2.シスターの懸念
何やら己の事を言われた気がする
己の名前なのにその敬称はレオノアには聞き捨てならなく、けれどどこか不思議に懐かしいような気がした
「覚えておいででないですか」
「覚えてって…」
何を、と、出かかった言葉を引っ込めて、レオノワは訝しむようにスノウを見やった
一瞬あたりが眩く。日が差し込んだように思えたが、教会に灯りがともったのだとレオノワは知る
ややあって見つめる騎士の全貌が、より一層レオノワの視線を噛みつかせて放さない、スノウと名乗った男は、緑深い新芽色の瞳をしていた
「あ…」
この男が恐ろしい、レオノワの中の誰かが答えた
「ああ、いらっしゃいましたか、ようこそ」
動けないでいるレオノワの後ろから呑気に声をかけたのは牧師、レオノワはこれほど心強いものはないと、二、三牧師の後ろへと後ずさった。
「牧師殿、閣下の命により参上いたしました、“預けていたもの”を頂きたく思います」
「ええ、ええ…承知しております…レオノワ」
はい、と染みついた習慣にレオノワは嫌気がさした
「聖堂の扉に鞄が置いてある」
「はい」
「それをここに持ちなさい、聖堂を立ち去る前には必ず神にお祈りなさい」
「わかりました」
また言伝か、いつものレオノワならそうぼやいても可笑しくわない、けれど今日は牧師の言伝がありがたくて仕方なかった
レオノワはいまだ己を放さないスノウの視線を掻い潜り、教会の古びた扉を閉め、いそいそと聖堂に向かった
冷たい廊下を抜ける、牧師と騎士は何やら立ち話を始めたようだった
要人という割には、牧師も騎士を中に通そうとはしなかったし、騎士もそれを足さなかった。どうやら用は大したことは無いのだろう
という事は鼻息荒く待ち受けているシスタークロニカもお茶うけも出す必要がないし
その為に翻弄しレオノワがもぎ取った桃も、結局いらないのだ
ならば食べてもいいのだろうか
そうだ、食後のデザートとしてみんなに振舞おう、今日の食事当番に剥いて貰おう、レオノワはそう思った
ふと、聖堂の入り口でレオノワは異様なものを見た。
シスタークロニカをはじめ、教会のシスター全員が、跪いてお祈りをしていた
レオノワは訝しむ、牧師のいない中、しかもこんな不規則な時間に、個々私用があるはずのシスター達が揃いも揃って全員でお祈りなど
この小さな教会はじまって以来のことだった
「レオノワ」
シスタークロニカがレオノワに気が付いた、その膝元にはレオノワの目的の鞄があった
「牧師様の言伝でしょう?」
「はい、ありがとうございます」
「懺悔していきなさい」
「はい」
シスタークロニカも牧師と同じように祈りを進め、レオノワは従った
目を瞑ると、今日の憂いを懺悔する、レオノワはひそかに神より頂いた桃をかじった事を告白した
今日の失敗などその程度で、祈りもそれほど長い時間はかからなかった、そうしてややあって顔を上げたレオノアは、ようやくシスター達が己を囲んでいることに気が付いた
「レオノワ、これを」
「ありがとうございます」
シスタークロニカから受け取った鞄は軽かった。
騎士も牧師も、こんなものに何の用があるというのだろうか
「何をお祈りしましたか、懺悔いたしなさい」
レオノワは思わず、え?と言った。
不思議だった、普段は正式な場所以外の懺悔じゃない限り、祈祷の内容など他人には教えないのが常だ
けれどここに集うのは敬虔な修道女ばかり、レオノワは訝しみながらも、ぽつぽつと話した
「今日使いの途中、若い桃をとって食べてしまいました、皆に分けようと、神の果実を少し多めにもぎ取ってしまいました」
「…そうですか」
「だから今日のデザートは桃ですよ、シスタークロニカの好物でしょう?」
「…」
「…すみません」
「いいえ、その桃はあなたが一人でお食べなさい」
「そんな…私、そんな欲張りじゃありませんよ」
「ならおなりなさい、さあ鞄を持って、牧師様の所へお行きなさい」
「…クロニカ?」
村の大樹にたわわに実る桃、いつもならその果実香り立つだけで、シスターたちは色めき立つ
けれど今日は、レオノワがポケットからだしても飛びつかないし、それどころかすべて食べろと言う。
レオノワは不思議にまたポケットに桃を戻した。
シスタークロニカ達は先ほどからそんなレオノワの一挙手一投足を、目を細めながら見ているだけだった
「では、また夕ご飯の折に」
「ええ、また夕ご飯の折に」
最期に神に一例して聖堂を後にするレオノワを、シスターたちはさめざめと眺めるばかりであった。




