第 8 章
第 8 章
その頃、ギルの手紙はカインの元へ届いた。
「カイン様!カイン様!!」
執事が慌しくカインの元へ手紙を届けた。
「ギル様からお手紙でございます!!」
カインは手紙を受け取ると急いで手紙を読んだ。
「!!」
カインの胸に激しい激痛にも似た衝撃が走った。
「すぐ馬の用意をしてくれ!」
カインは急いで馬に乗りギルたちの元へ・・・・
アンの元へ、休むことなく走り続けた。
ほぼ丸一日、馬を走らせ続けて
やっとギルたちのいる町へ着いた。
ギルたちがいる宿を見つけたカインは急いで中に入った。
「ドンドンドン!」
勢いよくカインが部屋に飛び込んできた。
「アンは・・・アンは・・!」
座ってるギルに駆ける寄るカイン。
ギルはカインのために冷静に答えた。
「カイン様、落ちついてください。さ、ここに座ってください」
息を切らしているカインをギルは座らせた。
「カイン様、落ち着いてお話を聞いてください」
そう言ってギルはゆっくりと全部を話した。
「そ・・そんな・・・」
カインは言葉が出てこなかった。
そんなカインを見てアリスが言った。
「カイン候、大丈夫ですよ!
アンは・・・アンは絶対記憶を取り戻します!」
アリスは優しく微笑みながら
カインを気遣って一生懸命元気づけた。
アンの容態が安定するまでの間
カインは自分を抑えるのが精一杯だった。
一刻も早くアンに会いたい気持ちで
今にも爆発しそうになっていた。
カインの限界がくる前に病院から連絡があった。
アンの容態が安定したとの連絡だった。
3人は逸る気持ちを抑えながらアンの病室へ向った。
「コンコン」
静かにドアをノックし、最初にギルとアリスが部屋に入った。
ジェイドは3人が来る前に、アンに自分の身分や探してる人たちのことを教えていた。
ギルとアリスは、静かにゆっくりとアンに近づいた。
「具合はどうだい?」
ギルが優しく、そっと話しかけた。
「あ・・はい。大丈夫です」
アンはまるで知らない人に話すように言った。
ギルはとても寂しくなったが・・・・・
それをアンに気づかれないように振舞った。
ギルの後ろから着いて来ていたアリスは
アンの姿を見るだけで
何も言葉がでなくなり、大粒の涙を流していた。
そんなアリスの姿を見てアンは少し反応した。
「あ・・あなたは・・」
アリスはアンの反応にすぐ気がつき、
近づいてアンの手を握った。
「アン・・・ごめんね・・・」
アリスは声を震わせながら涙を流し言った。
アンはジッと、アリスを見つめていた。
「もう・・・・泣かないでください」
アンが言った。
その様子を部屋の外から
ずっと見ていたカインが静かに部屋に近づいた。
ゆっくりとアンの部屋に一歩足を踏み入れた。
その人影にアンが気がついた。
ゆっくりと入ってくる人物を見た瞬間!
アンの心に衝撃が走った。
カインは自分の気持ちを抑え
アンが混乱しないように静かに優しく声をかけた。
「初めまして・・アンジェシカ・・・いや・・・アンさんかな?」
まったく知らない人の振りをするカイン。
ギルもアリスも、そのカインの姿に胸を締め付けられた。
すぐにでも、アンに近づいて抱き締めたい気持ちを抑え
カインはアンの為に、
苦しい胸の内を抑え、他人の振りをしていた。
「あ・・・初めまして・・・」
アンはゆっくりとその男の顔を見た。
真っ直ぐにアンを見つめる真っ青な瞳が、アンの記憶を呼び覚ますかのように・・・・
アンの瞳を捕らえて離さなかった。
その瞳を見ているとアンは胸が苦しくなった。
この気持ちは何?アンは心の中で思った。
何故こんなに胸が苦しいの・・・?
この人はいったい・・・・アンの頭に何かが浮かぶ。
だが、その記憶はまるで厚い雲に覆われてるかのように
掻き分けても、掻き分けても、見えてこなかった。
混乱しているアンに気がついたカインが言った。
「アンさん・・・私はこの辺で失礼します
またお見舞いにくるので、ゆっくりとお体を休めてください」
一礼をして部屋を去ろうとするカインにアンは思わず・・・
「行かないで!」
皆は驚いた。
驚いたのは皆だけではなく、アン自身が一番驚いていた。
私・・・・今何を言ったの?
何故・・・呼び止めてしまったの・・・?
アンの頭の中に、何かが芽生えつつあった。
呼び止められたカインは
ぎゅっと拳を握り締め、ゆっくりと振り返った。
「申し訳ないのですが・・・・皆さん、アンさんと二人にしてもらえますか」
皆は静かにアンの病室から出た。
カインはアンのベットの足元に立ったまま動かなかった。
「あ・・・あの・・・ごめんなさい・・私・・・何を言ってるのかしら・・・」
アンが戸惑いながら言った。
そんなアンの姿を見て、カインはゆっくりと動きだした。
静かにアンの横に座り、アンの手をそっと握り締めた。
「あ・・・の・・・・」
アンは握り締められた手を解くことができなかった。
逆にその手をとても愛しく思った。
一体私はどうしてしまったの?アンが心の中で呟いた。
カインはアンの手を握ったまま沈黙していた。
アンはどうしていいかわからずカインを見つめた。
サラサラとした金髪の髪が光に照らされて眩しいくらいだった。
そっと顔を上げてアンを見たその瞳に、アンは何かを確かに感じた。
「綺麗・・・・」
アンが呟いた。
カインがアンを見つめながら言った。
「アンジェシカ・・・・」
その声はどこかで聞いたことのある
甘く優しく、心底響く低い声だった。
二人は沈黙の中、まるで時間が止まったかのように
長い時間、見つめ合っていた。
アンもその瞳から目をそらすことができなかった。
アンの目に熱いものが込み上げてきた。
アンは無意識のうちに涙を流していた。
カインはそっとアンの涙を拭った。
二人の間に言葉は一切なく沈黙の中、何かを確かめ合うかのように
ずっと、ずっと、見つめ合っていた。
「カ・・・イン・・」
アンが呟いた。
その言葉も無意識に出ていたのにアンは気がつかなかった。
カインは驚いて身を乗り出した。
「アンジェシカ!思いだしたのか?」
カインはアンの手を力強く握った。
「あ・・・私・・今、何か?」
アンは今、自分が何を言ったかまったく分かっていなかった。
カインが切なそうな瞳をした。
その瞳を見たアンは胸を締め付けられた。
「私・・・私・・・ごめんなさい・・・」
アンの困った様子にカインは手を離した。
「いえ・・・・申し訳ない
そんな怪我をなさってるあなたに無理をさせて・・・・
私はそろそろ失礼します・・・
また・・日を改めて会いにきます・・・」
カインはそっと部屋を出た。
カインが去った後、アンは漠然とした寂しさに襲われた。
「この気持ちは何・・・・?」
カインたちはそれぞれの想いを胸に宿に戻った。
「カイン候・・・よろしかったのですか?」
アリスが不安げな顔で言った。
「今のアンに、精神的負担をかけるべきではない
焦る気持ちは私たち皆、同じだろうが・・・時を待とう・・・」
カインは必死に自分の気持ちを抑え言った。
アリスとギルはカインの姿を見て心を打たれた。
数週間、3人はアンに会うのを控えていた。
カインは今すぐにでも連れて帰りたい気持ちで一杯だった。
しかしカインは・・・・
「こんな私の苦しみなど・・・・アンジェシカの今までの苦しみに比べたら・・・・・・」
カインは自分の気持ちを抑えるかのように、そう思い続けた。
「ジェイドさん・・前にお話ししてくださったことで・・・」
ベットから起き上がれるようになったアンが座って言った。
「ん?」
ジェイドが優しくアンの話を聞いた。
「アリスさんやギルさんは、ジェイドさんからお話を聞いて
私とどういう関係なのかはわかりました・・・
でも・・・あの人は・・・?」
ジェイドは一瞬、顔を曇らせた。
ジェイドも直接聞いたわけではないが
アンとカインの間に何かがあるのか
この前の二人の態度を見て感づいていた。
「あぁ・・・・俺もその人に関しては何も聞いてないから分からないんだ・・・・」
ジェイドはとっさに嘘をついてしまった。
「そう・・・ですか」
アンはそう呟いて窓の外の青空を見上げた。
カインと会ってからアンはずっとカインのことばかりが頭に浮かんでいた。
あの青い瞳・・・あの心に響く低い声・・・・アンはそんなことばかり考え込んでいた。
ジェイドはアンの様子に気がついていたが、見てみぬ振りをしていた。
ジェイドの心に一瞬、悪にも似た感情がこみ上げてきた。
このまま・・・このままアンが記憶を取り戻さなければ・・・・
一瞬そう思ったジェイドは、ハッと我に返った。
俺は・・・なんてことを考えているんだ・・・・しかし日が経つにつれて
あの日以来、まるでカインに心を奪われたかのような
アンを見ていたジェイドは、自分でも嫌気がさすほど
汚い気持ちが次第に大きくなっていくのを感じた。
その頃、アンは自力で歩けるまでに回復していた。
アンが歩けるようになってからは、時々アリスがお見舞いにきた。
アリスもアンに負担をかけないように真実を話さず、自然に友達として振舞った。
アンの傷は治って行ったが・・・・・記憶だけは何の進展もなかった。
ただ一つ変わったことは・・・・・・アンの頭の片隅には
いつもカインの存在があることだった。
そんな時、アリスの元に一通の手紙が届いた。
手紙を読んだアリスが愕然として椅子に座り込んだ。
「アリス!どうしたんだ!」
ギルが心配そうに駆け寄った。
「お父様が・・・お父様が・・・・」
そう言ってアリスは手紙を床に落とし泣き崩れた。
その手紙を見たギルも愕然とした。
そう・・・ついにアリスの父、アンドリューが亡くなったのだった。
その手紙は兄エドワードからの手紙だった。
「アリス・・・急いで戻ろう・・・」
ギルは泣き崩れるアリスを支えながら言った。
「でも・・でも・・・」
アリスが泣きながらアンの身を案じた。
「アリス、アンはもう大丈夫ですよ
今は一刻も早く戻らなくては」
カインがアリスを気遣って言った。
3人はアンを残して戻らなければならなかった。
カインも自分の気持ちを抑え、貴族として
公爵家の葬儀に参列しなくてはならなかったからだ。
あれ以来、アンと会うのを控えていたカインだったが
出発する前にアンに会うことに決めた。
病院に到着したカインは中庭に出ていたアンを見つけた。
遠目からアンを見つめるカイン・・・・アンはずっと空を見上げていた。
カインはゆっくりアンに近づいた。
アンが人の気配に気がつき振り向いた。
カインの姿を見たアンの胸にまた、ドキンと衝撃が走った。
「アンさん・・・すっかり良くなられましたね」
カインがそっと微笑んで言った。
「あ・・・・お陰様で・・・」
アンの態度は相変わらずよそよそしかった。
「しばらくここを発つことになりましたので、出発の前にご挨拶に参りました・・・」
少し寂しげな目でカインが言った。
「えっ・・・そう・・なんですか・・」
アンは何故か寂しい気持ちに駆られた。
「またすぐに会いにきますので・・・それまで・・
無理をなさらずに早く怪我を治してください」
カインは最後まで他人行儀に言った。
カインが一礼をして去ろうとした時・・・
「!!」
カインの心に衝撃が走った。
去り行くカインの手を・・・・・知らず知らずに握り止めたアンがいた。
アンもハッと我に返り、慌ててカインの手を離した。
「あ・・・私・・何を・・・」
戸惑うアンを見てカインは気持ちを抑えきれなくなった。
アンに握られた手がとても熱く感じた。
その瞬間、カインはアンを抱き寄せた。
「アンジェシカ・・・・・」
そう呟いてカインは強くアンを抱き締めた。
アンは何故かその腕を払うことができなかった。
払うどころか・・・
この腕を・・知っている・・・・
と感じた。
「あの・・・」
アンがそっと呟いた。
その声にカインは我を取り戻した。
「あ!申し訳ない!」
慌ててアンから離れた。
「驚かせてしまいましたね・・・私はこれで失礼します」
カインは必死に自分の気持ちを抑え、アンの元を去った。
カインが去った後、アンは自分を抱き締め空を見上げた。
「あの腕・・・・知ってる・・・記憶が・・・なくても体が・・・覚えて・・・」
青空を見つめながら呟いた。
アリスとギルとカインはその日のうちに出発した。
3人が出発してから数日後、アンも退院できることになった。
ジェイドとアンは村へ帰った。
「アン様、退院できたとはいえ無理なさらないでください」
ジェイドが家の片付けをしながら言った。
「ジェイドさん・・・その・・・・アン様ってやめて頂けないでしょうか・・・」
ジェイドは驚いて手を止めた。
「確かに私の過去は・・・貴族だったかもしれません・・・・
でも・・・記憶が戻らない今・・・私は普通の庶民と一緒です」
アンが微笑みながら言った。
「わかりました!貴方がそう言うのならそれに従います」
ジェイドもニッコリ笑って今まで通りに振舞った。
「アン、頼むからベットに寝ていてくれないか?片付けは俺がやるから」
そう言ってジェイドはアンをベットに寝かせた。
そんなジェイドの態度にアンも今まで通りに戻れた。
「わかりました」
笑いながらアンはベットに横になった。
だけどアンの心から・・・
カインが消えることは一時たりともなかった。
季節はだんだんと冬へ足早に向っていた。
「今日は寒くなりそうだな」
ジェイドが暖炉に薪を入れながら言った。
「そうですね。雪でも降るかもしれませんね」
アンは窓の外を見て言った。
カインたちが戻ってから数週間が過ぎようとしていた。
アンはずっと心に想っていたが
その気持ちを外に出さないように
心の奥底に閉まっていた。
「もうすぐ、クリスマスだね」
ジェイドが言った。
「あっ・・もうそんな季節になっていたのね・・・
病院から戻ってからは、ずっと家の中ばかりだから・・・」
アンがまた窓の外を見て言った。
「ごめんな・・・アン・・・本当は外に出してあげたいんだ・・・でも・・・」
そう言ってジェイドは言葉を詰まらせた。
その理由は、アンナだった。
アンが意識を取戻してから村に戻ったジェイドは密かに
村の人たちに話をして、アンナを探してもらっていたのだった。
少しして正気を失くして見つかったアンナは、ジェイドを含め村の皆からの温情を受け
警察には引き渡されず、病院で隔離されていたのだった。
アンにそんな現実を教えたくなかったジェイドは極力アンを外に出さなかった。
「そうだ!来週山に木を採りに行ってくるよ」
ジェイドが明るい声で言った。
「え?」
アンはジェイドの言葉の意味を理解できなかった。
「クリスマスが近いんだ ツリーくらい飾ろうよ」
ジェイドに言われてやっと理解できたアン。
「あ!そうね。せかっくですものね
じゃ・・・私は飾りを作るわ!」
ニッコリ笑ってアンが言った。
その表情を見てジェイドは安心した。
日一日と、外は寒くなっていった。
「ただいま!」
ジェイドが山から木を持って帰ってきた。
「わぁ!素敵な木ね!!」
アンが嬉しそうに言った。
二人は楽しそうに木に飾りつけをした。
「アン・・・これ知ってるかい?」
ジェイドが手に持っていたものはヤドリギだった。
不思議そうに見てるアンの目の前でジェイドはヤドリギを天上から吊るした。
「アン、これはねヤドリギと言って
このヤドリギの下で男女がキスをすると・・・・
その二人に幸福が訪れるんだ」
「そう・・・・そんな言い伝えがあるの・・・」
暫くアンを見つめていたジェドが少し頬を赤く染め、アンに静かに近づいた。
アンの肩を持ちジェイドがキスをしようとした。
アンはとっさに顔をそらしてしまった自分に驚いた。
「あ・・・・ごめんなさい・・・」
アンは何事もなかったのようにツリーの飾りつけに戻った。
ジェイドは拳を強く握った。
ジェイドの心はすごい葛藤を抱いていた。
アンがこのまま記憶を取り戻さなければ、いずれ自分のものになるだろうか・・・・・
いっそうのこと、このまま無理強いしても・・・・
ジェイドの心は次第に欲望が強くなっていった。
しかし、そんなことをしたらアンナと何も変わらないと自分に言い聞かせ
理性を保ち普通に振舞った。
「バタン!」
村の病院の一室に鈍い音が響いた。
その物音に慌てて、ドアについている
小さな窓を開けてみた看護士が驚いた。
「おい!大丈夫か!!」
そこには隔離されていたアンナが倒れていた。
慌てて扉の鍵を開け部屋に入る看護士。
アンナに駆け寄って脈を計ろうとした時!
「グサッ!」
恐ろしい音と共に看護士が倒れた。
「クックックック」
不気味な笑いを残して部屋から逃げだしたアンナ。
アンナは食事の時にこっそりとフォークを隠し、倒れた振りをして、近づいて来た
看護士の目にフォークを突き刺したのだ。
アンナが逃げ出したことなど知らないジェイドとアン。
二人はクリスマスに向けて部屋も飾りつけていた。
「あぁ、アン。プレゼントは何が欲しい?」
ジェイドがリースをドアに飾りながら言った。
「え!?プレゼントだなんて・・・」
赤いリボンを結んでいたアンが手を止めた。
「私、何もいりませんよ」
ニッコリ笑って言った。
「そんな遠慮しないで、何か言ってくれないか?」
ジェイドは寂しげに言った。
「困りましたわ・・・本当に何もいらないんですもの
じゃあ、ジェイドさんは何かありますか?」
アンが逆に尋ねた。
ジェイドは一瞬沈黙してから言った。
「俺は・・・・・・・俺が欲しいのはたった一つ・・・・」
ドアの方を向いたままジェイドが言った。
「アン、君が欲しい」
アンは持っていた赤いリボンを床に落とした。
「え?今なんて・・・?」
まさかと言う気持ちでリボンを拾いなおしながら言った。
ジェイドはアンの方を振り返って、もう一度言い直した。
「君だよ。君が欲しい・・・・俺と結婚して欲しい」
今度ははっきりと確実にアンに聞こえるように言った。
アンはリボンを持ったまま固まった。
数分間、アンは固まっていた。
そんな時、ドアをノックする音がしてきた。
ジェイドはゆっくりと振り向きドアを開けた。
「ガチャリ」
ドアを開ける音がアンの耳にも聞こえた・・・・
その瞬間!ジェイドが叫んだ!!
「アン!!逃げろ!!!」
アンは何事が起きたのかわからず立ちすくんだ。
そこには、見る影もないくらい狂気に満ちた顔をした
アンナが立ちはだかっていた。
片手には外に置いてあった斧を握り締めていた。
アンはすぐに持っている斧に気がついた。
「ジェイドさん!!!」
ジェイドはアンナを取り押さえながら叫び続けた。
「アン!!逃げろ!逃げるんだ!!!」
アンはどうすることもできず無我夢中で家から飛び出した。
錯乱と狂気に満ちたアンナは、女とは思えない力でジェイドを跳ねのけた。
跳ね除けたと同時に、手に持っていた斧でジェイドを切りつけた!
「ズバッ!」
衣類が切れる音と同時にジェイドの肩から血が噴出した。
「アンナ!!正気を取り戻せ!!!」
ジェイドの声などまったく聞こえていないアンナ。
「あはははははは!」
高笑いを残してアンナはアンの後を追った。
ジェイドは肩から流れ落ちる血を押さえながら
必死にアンナの後をおった。
「はぁはぁはぁはぁ」
アンは助けを呼ぶことさえできないくらい息を切らし走り続けた。
アンは丘を登り、無我夢中で走り続けた。
「ズサッ!」
アンが足を止めた。
アンは足元を見て立ちすくんだ。
その足元は断崖絶壁で、後一歩で足を踏みはずすところだった。
「はぁはぁはぁはぁ・・・」
呼吸もままならないアンの後ろから、恐ろしいアンナの高笑いが聞こえてきた。
「あはははははは!」
アンが振り返ると、髪を振り乱し、狂気に満ちた顔で
片手に血のついた斧を持ったアンナが立ちはだかっていた。
アンは恐怖で一歩も動けなかった。
「あはははは!もうお終いよ!!
今度そこ・・今度こそ・・・・・
殺してやる・・・殺してやる・・・・」
アンナがじりじりとアンに近寄ってきた。
アンはもう言葉もでなかった。
その時、後ろから血を流したジェイドが追いついた。
「アンナやめろ!!」
ジェイドはアンナに飛びついた。
「離せぇぇぇ!!」
二人は揉み合いになった。
アンはその様子を震えながら見ているしかできなかった。
アンナとジェイドは揉み合いになりながら
少しずつ崖に近寄って行った。
「離せぇぇぇぇ!!殺してやる!!!」
叫び続けるアンナを必死に押さえた。
アンナに押されながら崖の方に近づいて行くジェイド・・・・
その瞬間!
「ジェイドさん危ない!!!」
アンがやっと声を出せた時・・・・アンナとジェイドは崖から足を踏み外し
凍てつく海へ落ちて行った・・・・・
「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
村中に響き渡るかのような
アンの叫び声だけがあたりに響きわたった。
悲鳴と共にアンはその場に倒れた。
無情にも気を失ったアンの体に真っ白な雪が降り注ぎだした。
雪は何もかもを消し去るかのように降り続いた。