第 7 章
第 7 章
光指す川のほとりで女性が倒れているのを一人の若者が見つけた。
「大変だ!!」
その若者は慌てて川から女性を助けだした。
「まだ・・かすかに息がある!」
急いで女性を村に連れて帰り手厚く看病した。
女性は数日間、高熱にうなされながら眠り続けた。
「頑張れ・・死ぬなよ・・・」
男性は夜も寝ないで看病しつづけた。
6日目の朝、女性が静かに目を開いた。
「・・・・・・・」
女性があたりを見回すと
ベットの横に座って居眠りをしてる男性に気がついた。
女性がゆっくりと起き上がろうとした時、男性も目覚めた。
「!!」
「良かった・・・目が覚めたんだね」
その男性は少し涙ぐみながら言った。
「あの・・・私は・・・一体・・・」
女性は見たこともない場所に驚いていた。
「何も覚えていないのかい?」
男性は今までの事を彼女に話した。
「俺はジェイドって言うんだ。よろしくな」
屈託の無い笑顔で男性が言った。
「君の名前は?」
ジェイドに問いかけられた女性は言葉に詰まった。
「・・・・名前・・・・私の・・・名前・・・」
うつむいたまま考えこむ彼女を見て
「もしかして・・・記憶がないのか?」
ジェイドの言葉に驚いて目をパチパチさせた。
「あ・・・私・・・何も・・覚えていない・・」
頭を抱え込んで彼女が言った。
ジェイドは優しく女性の肩に手をやり言った。
「今は何も考えないで元気になることだけを考えなさい
さぁ、まだ少し休んだ方がいい」
ジェイドはゆっくりと女性を横にさせた。
「俺、朝ご飯作ってくるから休んでてくれ」
そう言って男性は部屋を出た。
ベットに横になりながら女性は窓を見つめた。
そこには、雲ひとつない真っ青な青空が広がっていた。
「なんて・・綺麗な青空なんでしょ・・・」
ポツリと呟いた。
それから彼女は、
ジェイドの一生懸命な世話で少しづつ回復していった。
彼女はベットから起き上がって
歩けるほど元気になっていった。
そんなある日、ジェイドの元に女友達のアンナがやってきた。
「ジェイド〜いる〜?」
ジェイドは扉を開けた。
「アン、どうしたんだ?」
ジェイドの言葉に女性が反応して立ち上がった。
「・・・・アン?・・」
そう呟くと女性は頭を抱え込んだ。
「大丈夫か!」
ジェイドが心配して女性に駆け寄った。
「アン・・・」
そう呟いて女性はジェイドを見た。
「あの・・・私・・名前・・・」
「何か思いだしたのか?!」
ジェイドが嬉しそうに聞いた。
「私・・アン・・・」
女性は一生懸命記憶をたどるように言った。
「アン?アンって言うのか!」
ジェイドは目をキラキラさせて女性の顔見た。
「わからない・・・それ以上は・・・」
女性はまたうつむいた。
そんな女性を、優しく支えるようにジェイドが言った。
「焦ることないさ、名前が分かっただけでもすごい進歩だ!」
その様子をずっと見ていたアンナは、
ものすごく不機嫌な顔した。
「あ!ごめん!!アンナどうした?」
ジェイドはアンナが居た事を思い出して慌てて言った。
「なんでもないわ!私帰るわ!!」
アンナは怒って足早に帰って行った。
「なんだ〜?あいつ・・・」
ジェイドはアンナのことよりも
女性が名前を思い出したことのが嬉しくてたまらなかった。
「アン!今日は少し外に出てみないか?」
ジェイドがいつも家の中にばかりいるアンを気遣った。
「え?えぇ・・・・・」
少し気が進まなかったアンだが、ジェイドの言うとおりにした。
ジェイドは家の裏にある畑にアンを連れて行った。
「アン 手伝ってくれないか?」
ジェイドは収穫の手伝いをアンにさせた。
もう季節は秋になっていた・・・・
アンジェシカが消息を経って、もう二ヶ月が経とうとしていた。
ジェイドに助けられた女性こそ・・・・川に身を投げたアンジェシカだった。
一命を取り止めたアンだったが、その代償に記憶を失っていた。
本当に失っていたのか・・・それとも・・・自ら、辛い現実から逃れるように
記憶を封印してしまったのかは定かではない。
若干18歳という、若い娘にはあまりにも重過ぎる現実・・・・
その現実から逃れるために自ら死を選んだアン。
このまま記憶を取り戻さない方が彼女にとって幸せなのかもしれない・・・・
「ジェイドさん!このトマト見て!!」
そこには昔の明るく元気なアンがいた。
満面の笑顔で真っ赤に熟したトマトを
カゴ一杯に入れてジェイドに駆け寄るアン。
「おお!今年は豊作だな!」
ジェイドも満面の笑顔で答えた。
そんな二人を木の陰から
睨みつけるように見ている人影があった。
「許せない・・・」
そう呟いた人物はアンナであった。
アンナはずっとジェイドを慕っていたのだった。
ジェイドはそんなことなどまったく気がついていなかった。
嫉妬心で一杯になったアンナの形相は、殺気さえも感じさせた。
毎日、畑仕事をしながら仲良く話している二人を見ているアンナは
日ごと、憎しみをアンに抱いていった。
そんなアンナをよそに、アンは日々元気になっていった。
すっかり明るさも取り戻し、笑顔が絶えなくなった。
そのアンの笑顔がアンナの憎しみを強くしていった。
毎日、ジェイドと共に畑仕事に精を出し朝から夕暮れまで働いていた。
そんな娘を誰が貴族の娘と思えよう。
その姿は、伯爵家の娘とは思えないくらい村になじみ、村の娘の一人としか見えなかった。
ある日、いつものように畑仕事をしているジェイドとアンの元へ、馬に乗った男が訪れた。
「すみません!」
その男が声をかけてきた。
ジェイドとアンは畑仕事をやめその男を見た。
「はい?なんでしょう?」
ジェイドが答えた。
「こういう女性を探してるのですが・・・」
その男が一枚の紙をジェイドに渡した。
「もし、見かけたらすぐそこに明記してある所までご連絡ください」
馬に乗った男は紙を残し去って行った。
その紙を見たジェイドは一瞬固まった。
「伯爵令嬢・・アンジェシカ レトワール・・・まさか・・・な・・」
ジェイドは一瞬アンのことかと思ったが
記憶が無い今の彼女には
当てはめることもできず考えるのをやめた。
「ジェイドさんどうしたんですか?」
アンが不思議そうに後ろから見つめていた。
「いや、なんでもないよ」
そう言ってジェイドは
紙をズボンのポケットに閉まってしまった。
アンが消息を経ってから、
今までずっと、アンの事を探し続けている人たちがいた。
あらゆる手段を使って、金も時間も惜しまず
カインはずっとアンを探し続けていた。
アリスとギルも、カインと共にアンをずっと探し続けていた。
これだけの月日が経っていることもあるが
公爵自身、アンへの償いのため結婚を自分から破棄した。
結婚を破棄することによって、自分の名誉に傷がつくのも恐れず。
そして、公爵は自分の犯した罪を償うべくカインに全力で協力しつつ
毎日仕事に没頭して、あの日の出来事を忘れようとしていた。
アンの母カトリーナは結婚破棄されたことに
ショックを受け、抜け殻のように生活していた。
しかし、アンの父は態度こそ出さなかったが人知れずアンの身を案じていた。
月日がたつにつれ父は、沈黙を破り自ら行動に出た。
ある日、カインの元へ一人の客人が訪れた。
「カイン様、伯爵家トレット レトワール様がお見えです」
カインは急なアンの父の訪問に驚いた。
「あっ、どうぞこちらへ」
書斎に招き入れたカインは父を椅子に座らせた。
トレットは少しやつれた面持ちだった。
カインは心で何か罪悪感を感じた。
「カイン候、急な訪問で申し訳ない」
父がゆっくりと口を開いた。
「あ、いえ。とんでもございません」
カインはかしこまって言った。
「実はな、昨日公爵殿が来られてな・・・アンとの婚約を解消してほしいと言ってきた」
カインは父の話を黙って聞いた。
「カトリーナも、私もアンが行方不明になってる今
どうすることもできず公爵の申し出を受けるしかなかった」
寂しさと悲しさを表情に浮かべ言った。
「しかし、公爵殿のアンに対する気持ちはその程度なのかと・・・
私は彼を責めてしまった・・・・」
うつむき加減で父が言った。
「だが彼は、真実をすべて話してくれたよ
君のことも、自分がアンにしてしまった罪も・・・
私は・・・何も気がついてやれんかった・・・いや・・・・・・
気がついてたのに気がつかない振りをしていたのかもしれない・・・」
トレットは一呼吸置いてから顔を上げカインを見た。
「カイン殿、何故・・・何も言ってくれなかったのだ」
父は寂しげな瞳で訴えかけた。
「・・・・・」
カインは少し沈黙した。
「申しあけありません・・・」
カインは父の目をじっと見つめて言った。
「アンジェシカさんの結婚が決まったと聞いた時
私は、身を引く覚悟でした・・・・
しかし、公爵家で再び出合ってしまった時・・・私は・・」
カインは自分の手をぎゅっと握りしめた。
「私は・・自分の気持ちを抑えることができませんでした
そのせいで彼女を追い詰めることに・・・・・今回のことは私の責任です」
カインは一時も父から目を逸らさず話続けた。
「伯爵殿には合わせる顔もなく・・・
今はただ、必死に彼女の行方を探すことしか私にはできません
ですが!彼女が見つかった時、私はもう一度彼女の気持ちを聞き
もしも私と一緒になってくれるのであれば
それから、時を見てお話するつもりでした」
父はカインの真っ直ぐな瞳から何かを悟った。
「カイン候、あなたは本気でアンを愛してるのかい?」
父の問いに迷いも何もなく即答で答えた。
「はい!心の底から・・私はアンジェシカを愛しています」
父はふっと、顔を和らげカインに言った。
「カイン殿、私はね君を責めにきたわけじゃないんだ
ただ、真実を知りたかったのだ。君の本心を聞いて、それが本当ならば
アンを・・・君に託したいんだ・・・
カイン候、アンを・・アンジェシカを頼む!」
父が頭を下げて言った。
「伯爵殿!頭を上げてください!!」
カインは慌てて父に言った。
「決して、公爵家との結婚が破談になったからではないんだ
アンが誰かを想っているのは私は判っていたのだ。それを・・私は・・私は・・」
父が少し声を震わせて言った。
「カトリーナを抑えきることもできず・・・・
私は親として、アンに取り返しのつかないことを・・・
頼む!アンを幸せにしてやってくれ」
カインの心に新たに決意が生まれた。
「伯爵殿、私は必ず彼女を見つけ出し、そして絶対に幸せにします!」
カインは父に誓った。
そんなカインの姿を見て父は安心した顔をした。
アンのことをカインに託しトレットは部屋を去った。
トレットが帰ってからカインは、今まで以上にアンの行方を探し続けた。
その捜索範囲は隣の国にまで範囲を広げた。
自分の財産が果ててもかまわないくらいカインは、金も時間も惜しまずに
まるで自分の命すら惜しまない様にアンを探し続けた。
そんなカインの姿は、アリスやギルそして、エドワードの心を打った。
カインが必死になればなるほど皆はそれに答えるかのように
全力で協力しアンを探し続けてやった。
カインの必死な姿勢を見てエドワードがぽつりとアリスに言った。
「私には・・・・彼等にこんなことしかやってあげられない
アリス、私の代わりにこれをカイン候に・・・・」
そう言ってエドワードはアリスに封筒を渡した。
「お兄様・・・・」
アリスは黙って封筒を受け取った。
アリスはその封筒をカインに届けた。
「カイン候、これはお兄様から預かってまいりました
どうか受け取ってください・・・」
アリスはカインに封筒を渡した。
カインはアリスから受け取った封筒をその場で開けた。
開けた封筒の中身を見たカインは驚いた。
封筒の中には何十枚もの紙幣が入っていた。
カインは一目見てその額がわかった。
受け取った封筒を見つめながらカインが言った。
「アリス嬢!これは・・・」
「お兄様がね・・これくらいしかできないからと・・
カイン候には快くないかもしれませんが
どうか、どうか黙って受け取ってください」
アリスは少し涙ぐんで言った。
カインは暫く沈黙してから言った。
「わかりました。アリス嬢、公爵殿にお伝えください
もう過去のことを考えず、お互い共にアンを探しましょうと」
アリスはカインの言葉を胸に刻み
カインに一礼して静かに部屋を去った。
アリスは屋敷に戻ってすぐに兄の所へ向い
カインの伝言を一言も漏らさずエドワードに伝えた。
「そうか・・・カイン候がそう言ってくれたのか・・・
アリス、私の頼みを聞いてくれてありがとう」
エドワードが静かに言った。
「いいえ、お兄様
皆でアンを一日も早く見つけてあげましょう」
そう言ってアリスは兄の部屋を出た。
アリスが去ってからエドワードは、カインの言葉を胸に刻み
窓辺を見つめながら涙した。
エドワードの部屋を去ったアリスはそのままギルの元へ行き
アンを探すため、旅にでることを告げた。
「ギル・・・・ごめんなさい。でも・・・私・・・
これ以上黙って屋敷にいるなんてできません!」
ギルにしがみつく様にアリスが言った。
「アリス・・・・」
アリスの姿をじっと見つめ、ギルが言った。
「わかった!アリス、共に行こう!」
アリスは驚いたものの
ギルの言葉に嬉しさを隠せなかった。
「ギル!ありがとう!」
そう言ってギルに口付けをした。
そして二人は共にアンを探す旅にでた。
本当ならばカインもエドワードも同じく探しに行きたかった。
だが、互いに公爵家と侯爵家と言う階級のために
色々な仕事があり、屋敷を離れるわけにはいかなかった。
カインもエドワードも、その想いをアリスとギルに託し
歯がゆい想いで二人を見送った。
「アン、ちょっと町まで買出しに行ってくるから留守番頼むな」
ジェイドが大きな袋を肩に持ちアンに言った。
「わかりました。お気をつけて」
アンはニッコリ笑顔で送りだした。
アンは一人、黙々と昨日収穫した豆の皮むきをしていた。
そこに誰かが尋ねてきた。
「コンコン」
ドアをノックする音にアンは立ち上がりドアに向かった。
「はい、どなたですか?」
と、言いながらドアを開けると
目の前にはアンナが立っていた。
「あ・・アンナさん
今ジェイドさんは町に買出しに行ってしまってるの」
アンが優しく微笑んで言った。
「でも、上がっていってください」
アンはアンナを家の中に招き入れた。
アンがドアを閉め振り返った瞬間・・・
「バシン!」
アンナが突然、アンを引っ叩いた。
アンは何が起こったのかわからず、
ただ呆然とアンナを見つめた。
「あんた何様なのよ!いつまでここに居座る気!!」
アンナの罵声が小さな家の中に鳴り響いた。
「え・・・?」
アンはまったく事の状況が判らなかった。
「もう元気になったんだから出て行きなさいよ!!
ジェイドは・・ジェイドは私のものなのよ!」
それを聞いてアンは驚いた。
「あ・・・アンナさん・・・ごめんなさい・・
私・・何も知らなくて・・そんなつもりじゃ・・」
アンはその場にいられなくなり家を飛び出した。
「フン!図々しい女だわ」
アンナは家を出て行くアンを見て言った。
アンは村の外れにある海まで走って来た。
「はぁはぁはぁ」
息を切らしたアンは浜辺に座り込んだ。
呼吸を整えながらアンは冷静さを取り戻していった。
潮の香りと、波の音が、アンを優しく出迎えてくれた。
「なんて綺麗・・・」
アンが呟いた。
青くどこまでも広がる海を見つめるアン。
空も青空がどこまでも続き、
まるで海と一体化している様にも見えた。
アンがその光景を見続けていると・・・
「青・・・青い・・瞳・・・」
ふと、青い瞳を思い出した。
アンの頭に激しい激痛が走った。
「痛っ!!」
頭を抱え込むアン。
「わからない・・・一体、あの青い瞳は・・・何?」
アンはそれ以上思い出すことができなかった。
どれくらい時間が経ったのだろうか・・・
アンはずっと浜辺に座りこみ、
呆然と青い海と青い空を眺めていた。
すると、後ろから男の声がしてきた。
「アン!アン!どこだ!!」
その声はジェイドだった。
アンは慌てて立ち上がった。
「あ・・・ジェイドさん・・・お帰りなさい」
アンは少し元気のない声で言った。
「アン すまなかった!!」
ジェイドがいきなり謝ってきた。
「え?」
アンは驚いた。
「アンナから聞いたよ・・・すまない・・君は何も悪くないのに」
家に帰ったジェイドを待っていたのはアンナで
様子がおかしいアンナを追求して、事の事情を聞きだしていたのだった。
「あ・・いえ・・私こそジェイドさんのご好意に甘えっぱなしで・・
アンナさんの気持ちなんて何も考えずに・・・」
「違う!違うんだ・・・アンは何も悪くないんだ・・・」
ジェイドがアンの手を握って言った。
「俺が全部悪いんだ・・・・・」
その言葉の意味を、アンは理解しきれなかった。
ジェイドはそれ以上何も言わず、アンの手を引いて家に連れて帰った。
ジェイドに手を引かれて家に入る姿を木陰からアンナが見ていた。
「・・・あの・・女・・・さえ・・」
アンナの心に殺意が芽生えた瞬間だった。
数日後、いつものように畑仕事をしている二人の前にアンナが現れた。
アンはアンナの姿を見て一瞬固まった。
「ジェイド、アンさん、この前はごめんなさいね」
シレっとした感じでアンナが言った。
「アンナ!それが謝る態度なのか?」
ジェイドが少し怒り気味に言った。
「あ・・ジェイドさん・・」
アンが慌てて言った。
「アンナさん気にしないで下さい・・・
私の方こそ、申し訳ありませんでした」
アンがアンナに謝ると
ジェイドはアンナを睨みつけるように言った。
「アンナ!もう二度とあんな真似はするなよ!」
ジェイドに言われたアンナの目つきが一気に豹変した。
その目は、嫉妬に駆られたおぞましい目だった。
アンはふっと、アンナの変わりように気がついた。
日々募らせていった憎しみと嫉妬心は、
いつしかアンだけではなくジェイドにまで向けられていた。
そんなアンナの気持ちを逆撫でするかの様なジェイドの態度が
一気にアンナの理性と正気を失わせ殺意を抱かせた。
ジェイドにものすごい勢いで近づいて行くアンナ。
その様子をジッと見つめていたアンが叫んだ!
「ジェイドさん危ない!!」
とっさにアンがジェイドをかばった。
「ウッ!」
苦しそうな声と同時にアンが倒れた。
「アン!!」
ジェイドは一体何が起こったのか理解できなかった。
その瞬間・・・アンの服から真っ赤な血が溢れてきた。
「アン!!!!!」
ジェイドは慌ててアンを抱きかかえた。
「しっかりしろ!!!!」
アンはジェイドに抱きつくようにかばったせいで
アンナに背中を刺されていたのだった。
その様子を呆然と見ていたアンナは
すでに完全に正気を失っていた。
「あははははは!皆あんたが悪いのよ!!」
アンナは涙を流しながらそういい残し走り去っって行った。
ジェイドは急いでアンを村の病院に運んだ。
アンの服から滴り落ちる真っ赤な鮮血が
ジェイドの服をも染めていた。
「アン!アン!目を・・目を開けてくれ!!」
アンの出血はひどかった。
「先生!!助けてください!!!」
ジェイドは先生にしがみつきながら必死に頼んだ。
「出血がひどすぎる・・・ここでは十分な治療をしてやれん
町の病院まで運ばなければならない。急いで馬車の用意を!」
ジェイドは急いで馬車の用意をした。
その間に先生は少しでもアンの出血を抑える治療を施した。
「頼むぞ・・もちこたえてくれ!」
先生がアンの出血を抑えながら言った。
ジェイドは馬車を必死に走らせた。
アンの顔色が
段々と悪くなっていくのが目に見えてわかった。
「アン・・・死なないでくれ・・・」
ジェイドが呟きながら馬に鞭を打った。
やっと町に到着した時には、アンの顔色は真っ青になり・・・
呼吸はもう・・・・・虫の息だった。
急いで緊急の手術がおこなわれた。
ジェイドは手術室の前で愕然と座り込み強く手を握り合わせ祈り続けた。
「神様・・・お願いします・・・アンを・・アンを・・・
私の命と引き換えにでもアンを救ってください・・・」
ジェイドは必死に祈った。
手術は5時間にもおよんだ。
「ガチャ」
手術室の扉が開いた。
ジェイドはすごい不安そうな顔で先生に駆け寄った。
「先生・・・アンは・・・アンは・・・」
先生がマスクをはずしながらゆっくり言った。
「ジェイド・・手術は成功した・・
だが・・あまりにも出血がひどく・・・
今夜が山になるかもしれん・・・・」
ジェイドは床に座り込んだ。
「そ・・そんな・・・神よ・・・」
座り込んだジェイドに先生が手をかけ言った。
「ジェイド まだ諦めるな!彼女はまだ若い
あの子の生命力を信じるんだ」
先生はそういい残し去った。
病室に移されたアンのところにジェイドが駆け寄った。
真っ青な顔で眠り続ける
アンの手を強く握りしめジェイドが言った。
「アン・・・死ぬな・・一度は助かった命だ・・
君なら大丈夫だ!生きろ!!生きるんだ!!」
ジェイドが泣きながら言った。
「こんなことなら・・・・もっと早くに打ち明けるべきだった・・」
眠るアンの顔を見つめながらジェイドがそっと呟いた。
「君を・・愛している・・・・・」
ジェイドは片時もアンから離れず見守り続けた。
時間が刻一刻と過ぎていく・・・・・
だんだんと夜も更けてきたころ・・・・・
握り続けたアンの手がかすかに動いた。
「!」
ジェイドは慌ててアンに呼びかけた。
「アン!アン!!」
その声を聞いて先生も駆けつけた。
真っ青な顔をしながらも
ゆっくりとゆっくりとアンの目が開いていった。
「ジェ・・イ・・ド・・さ・・ん」
耳を澄まさないと聞こえないくらいの声でアンが呟いた。
先生が脈を計りながらアンを診察した。
その様子をジェイドも不安げに見つめた。
ほっとした顔で先生がジェイドに言った。
「ジェイド・・・君の祈りが通じたようだ
もう大丈夫だ!山は越したよ」
先生の言葉にジェイドは泣き崩れた。
「良かった・・良かった・・・神よ感謝します・・・」
次の日の朝、アンの顔色が少しづつ元に戻ってきていた。
目覚めたアンの瞳に映ったのは、ジェイドの心配そうな顔だった。
「ジェイ・・ドさん・・お怪我はありませんでしたか?」
アンの言葉にジェイドは居たたまれなくなった。
「アン・・・何を言ってるんだ・・君の方が・・・」
そう言ってジェイドは言葉を詰まらせた。
「無事で・・良かった・・・」
アンがそっと微笑んで言った。
ジェイドはまた、涙が溢れてきた。
溢れそうになる涙を抑えながら、アンから視線をそらしジェイドが言った。
「アン・・・ゆっくり休んでてくれ・・俺はちょっと村に戻らないといけない
心配するな!すぐ戻ってくるからな!」
ジェイドはそういい残し部屋を出て行った。
アンの生存すらわからいまま
カインとギルとアリスは毎日探し続けていた。
「アリス・・・もう無理をしないでくれ」
ギルがアリスの顔色を見て言った。
「何を言ってるの!
一日も早く・・アンを・・アンを見つけてあげなくては・・」
ここ数日、アリスは自分の体のことも考えず
遠方までアンを探しに来ていた。
「アリス、少し休まないと君が倒れてしまう!」
アリスとギルは宿にも止まらず
屋敷から遠く遠く離れた町にやってきていた。
「駄目よ!!」
「こうしてる間にもアンは・・苦しんでるかもしれないわ!」
そう言ってアリスは町の人々に聞いて回った。
ギルが心配そうにアリスを見つめていた時・・・・
「バタン!」
アリスが急に倒れた。
「アリス!!」
ギルは急いでアリスを抱きかかえ、町の病院に向かった。
「すみません!病院はどこですか!」
「あそこの角を曲がったとこにありますよ」
婦人が答えた。
「ありがとう!」
ギルは急いで走った。
「ドンドンドン!」
「すみません!病人がいるんです!診ていただけないでしょうか!」
病院の扉が開いた。
ギルは急いで中にアリスを運んだ。
先生の診察を終えたアリスは
病院のベットでぐっすりと眠っていた。
「大丈夫ですよ。疲労が溜まって倒れただけです
念のため点滴をしておきましたので
今日一日、入院していってください」
ギルはほっとした顔をした。
ぐっすり眠るアリスを置いて、ギルは宿を探しに病室を出た。
病室の扉を開いた時、向いの扉から看護婦が出てきた。
何気にその扉の奥に目をやると・・・そこには・・・
ギルは再度見直すために目をこすった。
再度見直したギルの目に映ったものは・・・
ベットに眠るアンの姿だった。
「アン!」
ギルが慌てて看護婦を呼び止めた。
「あの!あそこに寝ている方は・・・」
看護婦が振り返り答えた。
「あぁ、昨日近くの村から運ばれてきた娘さんです」
「な・・名前は?」
ギルが声を震わせながら尋ねた。
「アンさんとしか聞いてないですけど・・何か?」
「この紙を見て下さい!」
ギルはアンの捜索願いの紙を見せた。
看護婦は目を丸くした。
「アンは・・彼女はどうしたんですか?」
ギルが驚いている看護婦に尋ねた。
「えっと・・ここだけの話にしてくださいね」
と、小声で看護婦が話した。
「何だか・・誰かに刺されたらしくって・・
運ばれて来たときは重体だったんですよ
でも、なんとか一命を取り止めたんです
きっと・・あの献身的な彼のお陰でしょうね」
看護婦がニッコリ笑って言った。
「えっ?彼?!」
ギルが聞きなおした。
「夜も寝ないでずっと付き添っていましたよ」
そう言って看護婦は立ち去った。
ギルは暫くの間、固まった。
「どう・・・いう・・ことなんだ・・」
すぐ我に返りアンの病室に向かった。
静かにアンに近寄るギルは、震える自分を抑えた。
そっとアンの横に立ち
ジッとアンだと確認するかのように顔を見つめた。
「やっぱり・・アンだ・・・」
ポツリと呟くと、その声でアンが目覚めた。
ゆっくりと開いた目は紛れもなくアンの瞳だった。
「ア・・・ン・・・・」
アンを見つけた嬉しさで、胸が一杯になったギルは
うまく言葉がでてこなかった。
ここ数ヶ月、必死に、必死に、探し続けた幼馴染がやっと目の前にいる。
ギルは涙がこみ上げてきた。
「アン・・・何があったんだ・・」
ギルが涙をポロリと流した。
そんなギルの顔を見て、アンが不思議そうに言った。
「あの・・・どなたでしょうか?・・」
ギルに衝撃が走った!
「!!」
「アン・・・俺だよ?・・ギルだよ」
アンは少し困った顔した。
「ごめんなさい・・・私・・」
そう言ってアンは黙り込んでしまった。
「う・・嘘だろ・・俺を覚えていないのか?」
ギルは呆然とした。
そんな時、一人の男が部屋に入ってきた。
「あの・・どちら様でしょうか?」
その男はジェイドだった。
ギルは呆然としながら振り返った。
「アンの知り合いですか?」
ジェイドが続けて尋ねた。
ギルはやっと我に返り話だした。
「私はギルフォード バルギスと申します
アンは・・・彼女とは幼馴染です」
ジェイドはゆっくりとギルに近づいた。
「彼女は伯爵家の娘 アンジェシカ レトワールです」
ジェイドはぎゅっと拳を握った。
「そうでしたか・・・」
やはりアンは、あの紙に書いてあった人物だったんだと確信した。
「アンに一体何が起こったのか教えて頂けますか?」
ギルが冷静さを取り戻し言った。
そしてジェイドはアンと出会った時のことからすべてギルに話しました。
「そんな・・・ことがあったんですか・・」
ギルは落胆した。
ここ数ヶ月、必死に探してる間、アンには
そんなに辛く過酷な思いをしてきたことを知ったからだった。
「申し訳ありませんでした・・・・
アンに・・アン様にこんな大怪我をさせて・・・・」
ジェイドが深々と謝ってきた。
ギルはそんなジェイドの誠実な態度に敬意を払った。
「いえ、アンを救って頂いて有難うございました
もうしばらくアンの側に居て頂けますか?」
ギルが丁寧に言った。
「え?私みたいな身分の低い者が、アン様と一緒にいてよろしいのですか?」
ジェイドは驚いた。
「今はそんなことは関係ありません
あなたはアンの命の恩人です。記憶が戻らないアンに・・・・・
今必要なのは一番身近に居たあなたです。
私もこれから色々とやらねば行けないことがるので、アンの側に居てあげれない・・・
だから、お願いします」
ギルが頭を下げて言った。
「ギル様・・・頭をお上げください!」
ジェイドが慌てて言った。
貴族の方が身分の低い自分に頭を下げてくるなんて・・・
ジェイドは心の中で思った。
「安心してくださいギル様!私がしっかりアン様をお守りしときます」
その言葉を聞いて安心したギルはアンの病室を後にした。
町に出たギルは、すぐにカインに事の状況を書いた手紙を書いた。
それから宿を探し終え、急いで病院に戻った。
アンの側に行きたい気持を抑え、ギルはアリスの病室に戻った。
アリスはすっかり顔色もよくなり目を覚ましていた。
ギルはアリスの横に座りゆっくりと話し始めた。
「アリス、体の具合はどうだ?」
「ごめんなさいね・・・心配をかけてしまって」
「すっかり良くなったわ」
アリスがニッコリ微笑んで答えた。
「そうか・・良かった・・・・・」
ほっとしたギルはアリスの体を気遣いながら話した。
「アリス・・落ち着いて聞いてほしい」
「実は・・アンが見つかったんです」
その言葉を聞いたアリスは勢いよく起き上がってしまった。
「え!アンが・・アンが見つかったの!!」
ギルは慌ててアリスをベットにそっと寝かせながら言った。
「アリス・・落ち着いて!アリスの気持ちはわかるが・・・
頼む!横になったまま落ち着いて聞いてくれ」
アリスは逸る気持ちを抑えベットに横になった。
ギルはそんなアリスの様子を見てから
静かに、ジェイドから聴いた話を全部話した。
「そ・・・・そんな・・・・・」
話を聞き終えたアリスの瞳から大粒の涙がこぼれ落ちた。
「アリス・・・」
ギルはそっとアリスの涙を拭った。
「何故・・何故・・・・・アンばかりが辛い思いをしなきゃいけないの・・・・」
アリスはポロポロと涙を流した。
二人はアンの容態が完全に安定するまで会うのを控えた。
次の日、アリスは退院してギルと宿に戻った。
病院を出る時、ギルはジェイドに事を説明した。
「アンの容態が安定するまで
私たちは宿に泊まり、会うのを控えます
その間・・・ジェイドさん、アンをお願いします」
ジェイドの手を握りギルが言った。
「ギル様、ご心配なさらないでください。私がこの身をもってお守りしますので」
ジェイドもギルの手を握り返して言った。
「もしも、何かあったら・・・・ルエン宿に滞在しているので、すぐに連絡してください」
「わかりました!」
ギルとアリスは、アンに会いたい気持ちを必死に抑え宿に戻った。