第 3 章
第 3 章
数日後の朝、ギルがアンの元へやって来た。
「アン!アン!起きてくれ」
ギルの声で目覚めるアン。
「ん・・・?ギル?どうしたのこんな朝早くに」
少し寝ぼけた声でアンが言った。
「聞いてくれ!この前、助けた女性のことなんだ」
アンは起き上がり話を聞いた。
「どうだったの?」
「大丈夫だ!軽い貧血で倒れてしまっただけだ」
アンがほっと胸を撫で下ろした。
「あの女性は・・・」
一瞬、ギルが言葉を詰まらせた。
「どうしたの?」
アンが不思議そうにギルの顔を覗き込んだ。
「う・・ん。あの女性は・・・・」
「公爵様の妹君だったんだ・・・」
アンはとても驚いた。
「えぇ!エドワード様の?」
「そうなんだ・・・幼少よりお体が弱かったらしい」
「そ・・そう、エドワード様の妹さんだったのね
でも無事でなによりだったわ」
アンが笑顔で言った。
「俺、これから公爵家に呼ばれてるから行ってくるな」
ギルが立ち上がり言った。
「わかったわ」
ギルはアンの部屋を去って行った。
アンの頭の中は公爵様の事で一杯になってしまった。
「私は一体・・・どうしたらいいの?」
アンが一人で呟いた。
「でも・・・あの胸の高鳴りは・・・・」
アンはたまらなくなり外へ出ることにした。
少し強い日差しがアンを出迎えた。
「もう夏がそこまで来ているわね」
アンが空を見上げて言った。
その空は雲ひとつない青空で
一瞬にしてカインの瞳を思い出させた。
「一体・・・私はどうしてしまったんだろう・・・・
何故こんなにもカインさんのことが頭から離れないの?
この胸の締め付けられる気持ちは何?」
居たたまれなくなったアンは散歩に出掛けた。
アンは屋敷から少し離れた場所にある湖にやって来た。
「ふぅ〜気持ちの良い日だわ」
アンは木陰に座り込んだ。
太陽の光でキラキラと輝く湖面を見つめアンは考え込んでいた。
「お母様やエドワード様のために結婚・・・・
どうしたらいいの?私はまだ恋愛もしたことが無いのに・・・・
人を好きになるってどんな風なのかしら・・・」
アンは暫く湖面を見つめていた。
そこへ、どこからか馬の足音がしてきた。
馬の足音がアンに近づいてくる。
アンは立ち上がり振り返った。
するとそこには、この前道で倒れていた女性・・・・
そう、エドワードの妹が居た。
アンが驚いていると妹の方から声を掛けて来た。
「こんにちは」
にっこりと笑顔で声を掛けて来た妹は
兄と同じ漆黒の長い黒髪に、瞳も黒。
そのため肌の白さが一段と透き通るような白さで
とても綺麗な人だった。
アンはハッと我に返り挨拶をした。
「こんにちは」
妹は馬から降りてアンへ近づいて来た。
「私、アリス フォーレンと申します」
妹が丁寧に自己紹介をしてきた。
「あっ、アンジェシカ レトワールです」
アンも慌てて自己紹介をした。
「ここで何をなさっていらしたの?」
アリスが問いかけた。
「え・・と、ちょっと考え事をしていました」
アンは少し困った顔で答えた。
「そう・・・隣いいかしら?」
アリスがアンの返答も待たずに横に座った。
アンも少し緊張しながら隣に座った。
「私ね、いつもここへ来て静養してるのよ」
アリスが話しはじめた。
「体が強くない方でね・・・
お陰で屋敷に閉じこもってばかりなの・・・
そうだわ!アンジェシカさん私とお友達になってくれません?」
突然アリスが言った。
アンは驚いて一瞬言葉に詰まった。
「あっ・・・あ、はい!喜んで」
それでもアンはにっこり微笑んで答えた。
アリスはとても嬉しそうに、また話はじめた。
「とっても嬉しいわ!屋敷にばかり居るものだから
お友達が少なかったの・・・
こんな可愛らしいお友達ができてとても嬉しいわ」
アリスはニコニコしながらアンを見た。
「そ・・そんな!私こそ光栄です」
アンは少し頬を赤らめて言った。
「これからは、アリスでいいわ」
「私もアンって呼んでいいかしら?」
二人はすっかり意気投合して仲良くなった。
「ねぇ、何を考え込んでいたの?」
アリスが湖面を見つめながら言った。
「あ・・・・それは・・」
アンは一瞬ためらった。
だが、女の人なら少しは
自分の気持ちを理解してもらえるかもしれないと思い
恥ずかしがりながらアリスに話し始めた。
「初対面でこんなこと話していいのでしょうか・・・」
「あら、何を言ってるの?もう私たちはお友達でしょ」
アリスはアンの顔を覗き込んだ。
「そうですね。じゃあ・・・唐突なんですが・・・」
アンはうつむいて言った。
「アリスは人を好きに・・・・」
と言いかけてアンは言葉を詰まらせた。
「ん?どうしたの?」
アリスが不思議そうにアンを見つめた。
「あの・・・人を好きになるって・・・
どんな・・・感じなんでしょうか・・・?」
アンが重い口を開いた。
「あら、恋愛をしたこがないの?」
アリスが少し驚いた顔で聞いてきた。
「あ・・・はい・・・」
アンは恥ずかしくなった。
そんなアンを見てアリスは優しく話し始めた。
「そうね、人を好きになってしまうと
その人の事で頭が一杯になるわ
その人を想うだけで胸が締め付けられたり」
アリスは湖面を見つめながら言った。
「本当に愛してしまったら・・・
きっと食事も喉を通らないわ」
少し笑いながら言った。
アンはその話しを聞いて
一瞬にして自分がカインに恋をしてしまったのだと理解した。
「そうなんですか・・・」
アリスはアンの様子を見て
「もしかして、好きな人がいるの?」
と問いかけた。
「えっ!あ・・あ・・・」
アンが言葉を詰まらせたのを見てアリスは確信した。
「そう、あなたも恋をしているのね」
アリスがニッコリ微笑んだ。
「え?あなたもって・・・?」
アンがアリスの言った言葉に気がついた。
「私も好きな人がいるわ」
アリスが少し頬を赤くして言った。
それを聞いたアンは何か親近感が沸いたのを感じた。
やっぱり女の人に話して良かったと心に思った。
それから二人は恋愛について色々と話し込んだ。
「大変だわ!こんな時間!急いで戻らないと」
アリスが突然立ち上がった。
「アン、ごめんないさいね。午後からお医者様が来るんだったわ
すっかりあなたとのお話が楽しくて時間が経つのも忘れていたわ」
アリスがニコニコしながら言った。
「またゆっくりお話しましょう!」
アリスはそう言って馬に乗り走り去って行った。
一人になったアンはまた木陰に座り込んだ。
「あっ!た・・大変・・・どうしましょう・・・」
アンは今、自分が置かれている立場を悟った。
「公爵様・・・お母様・・・・でも・・・私は・・・私は・・・」
アンの中で新たに葛藤が生まれた。
「いったい・・・私は・・・」
アンは今にも泣き出しそうになってしまった。
「本当にどうしたらいいの?」
アンがその言葉を呟いた瞬間
アンの大きな目から涙が溢れてきた。
「どうしよう・・・涙が止まらない・・・」
アンはポロポロと涙をこぼした。
一瞬、目の前が暗くなった。
アンは驚いて顔を上げた。
アンの目の前にはカインが立っていたのだった。
カインの姿を見たアンは心臓が止まるくらいドキンとした。
アンが慌てて立ち上がった。
「どうしよう・・・カインさんに見られた・・・・」
アンの頭の中に、自分の泣いてる姿を
カインに見られてしまったという考えが浮かんできた。
アンは慌てて立ち上がったものの涙が止まらなく、慌ててうつむいた。
それを見ていたカインは何も言わずいきなりアンを抱き寄せた。
アンの体は一瞬にして固まった。
カインの胸の中はとても暖かく、抱き寄せた腕はとても力強く優しかった。
アンはどうしていいかわからず、ただ固まるしかなかった。
そんなアンをカインは優しく包み込んだ。
しばらく沈黙した後、アンの心に響きわたる愛しい声が聞こえてきた。
その声は抱き締められてるアンの胸にも直接響いてきた。
「何を一人で泣いているんだ・・・」
カインが甘く優しい声で言った。
アンの涙はいつのまにか止まっていた。
「こんな所で・・一人で・・」
いつもより、もっと低い声でカインが言った。
アンはその声とカインに抱き締められてることで
今にも気絶しそうだった。
「あ・・カインさん・・・泣いてなんていませんよ」
アンがやっと話した言葉がそれだった。
「目・・目にゴミが入ってしまっただけです」
アンは自分が何を言ってるのかさえ解らない状態だった。
こんなすぐばれてしまうような嘘を言ってる自分が
恥ずかしくなって、アンはカインの腕から逃げるように逃れた。
「あはは・・ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
アンはカインに背中を向けて言った。
カインはそんなアンを見て
「はぁ〜」
と、ため息をついてアンに近づいた。
「そんな子供みたいな嘘を・・・」
そう言ってカインは後ろからアンを抱き寄せた。
もう、アンの頭は真っ白になってしまった。
何も考えられない状態でついに足に力が入らなくなり
その場に座り込んでしまった。
「大丈夫か!」
カインが心配そうにアンの顔を覗き込んだ。
「あの・・あの・・・」
アンはもう訳が解らなくなり次第に意識が遠のいて行った。
「アンジェシカ!!」
アンはついに気絶してしまった。
それからどれくらいの時間が過ぎたのだろう・・・・
暖かい温もりを感じてアンが目覚めた。
薄っすらと大きな瞳を開けたアンの瞳に飛び込んできたのは
あの、真っ青な青空のようなブルーの瞳だった。
「あぁ、何て綺麗な青かしら・・・」
アンが呟いた。
「アンジェシカ大丈夫か?」
その声でアンは我に返った!
「あっ!!」
と、驚いた声と同時にアンは起き上がった。
「あ・・・カインさん!」
一瞬、事の状況を把握できなかったアンは
それしか言葉が出てこなかった。
しかし、すぐ状況を思い出したアンが言った。
「あ・・・ごめんなさい!!本当に本当にご迷惑ばかりかけて」
アンは必死にカインに謝った。
そんなアンの姿を見てカインが
「あははははは」
と、思いっきり笑った。
アンは驚いて大きな目をパチパチさせてカインを見つめた。
「アンジェシカ、君は本当に可愛らしい人だ」
そう言いながらカインは笑いをこらえるのが精一杯だった。
アンは何か馬鹿にされてるように思えた。
「カインさん!私は真剣に謝ってるんですよ!!」
頬を赤く染めて少し強い口調で言った。
「わかってるよ。しかし君は本当に素直な人だ」
そう言ってまたクスクスと笑いだした。
「もう〜カインさん笑いすぎです!」
アンが立ち上がって言った。
「すまない」
「あまりにも君が色んな姿を見せるからついつい・・・」
それを聞いたアンは真っ赤になった。
「私帰ります!!」
アンは恥ずかしくなって走りだしてしまった。
カインは慌てて馬に飛び乗りアンを追いかけた。
「アンジェシカすまない!君を怒らせるつもりじゃなかったんだ」
そう言ってカインは走るアンに追いつき
馬に乗ったままアンを抱き上げて馬に乗せた。
その力強い腕にアンは何もする術がなかった。
「カインさん!」
アンが慌てた様子で言った。
「おっと!そんなに暴れたら馬から落ちてしまうよ」
そう言ってカインは馬を走らせた。
「何て強引な人なんだろう・・・」
アンの頭の中に浮かんだ。
だけどアンは、そんなカインにどんどん惹かれていった。
カインはアンを屋敷まで送り届けた。
「アンジェシカ、明日また迎えに来るよ」
そう言ってカインは走り去っていった。
アンが
「え?!待って・・・」
と、言いかけるのも聞かずに・・・・
その夜は、昼間のできごとで、
頭も心もカインの事で一杯になり
ご飯もろくに食べれなかった。
どんどん夜が更ける中、アンは浅い眠りについた。