侯爵令嬢の秘密の趣味〜魔道具で婚約者の幻影を作って会話の練習をしようと思ったら、なぜかドSな婚約者が出てきました〜
シリアスに疲れたので、箸休めに書いてみました。
※少々過激な内容となっております。ご了承ください。
波打つシルクのような栗色の豊かな髪に、ルビーのように美しくきらめく瞳。
その眼差しは常に冷静沈着で、周囲からは「高貴な猫のよう」と賛美されている侯爵令嬢エルザ。
だが、彼女には誰にも言えない秘密があった。
あれはエルザが七歳の頃のことだ。
うだるように暑い夏の日。エルザは庭で一人遊んでいた。
侯爵家の屋敷の庭は大変広大で、侯爵の好みもあり、手を加えすぎない自然な造形を活かした作りになっていた。
エルザはその庭が大好きで、流れる小川に草花を浮かべて流してみたり、茂みのラズベリーをつまんで食べたりして楽しんでいた。
その日もいつものように冷たい小川に足首まで浸けて涼んでいると、少し遠くに一匹の子ウサギの姿を見つけた。
エルザはたちまち嬉しくなって、そのウサギを追いかけた。
夢中になって走るうちに、いつしか広大な庭の隅——木々が鬱蒼と生い茂る、森のような場所へと迷い込んでいた。
邸宅の敷地内とはいえ、幼いエルザには見知らぬ未踏の地である。
にわかに不安を覚え、きょろきょろと辺りを見回したその時、ふと内緒話をするような囁き声が耳に届いた。
恐る恐る声のする方へ近づいてみると、木陰に二つの人影が見えた。
一人はエルザもよく知る、生真面目な侍女。
そしてもう一人は、普段は無口でぶっきらぼうな庭師だった。
ほっと安堵し、話しかけようと踏み出したその瞬間、足がぴたりと止まった。
二人はいつもと違い、どこか淫靡な雰囲気を醸し出していたからだ。
庭師は侍女の顎を荒々しく掴み、深い口づけを交わしていた。
見てはいけないものを見てしまったと察し、その場を離れるべきだとわかっていた。
しかし、どうしても好奇心を抑えることができなかった。
庭師は口角に嗜虐的な笑みを浮かべ、侍女の耳元で囁いた。
『……はは。こんなところ、侯爵様方に見られたらなんて言われるだろうな?普段真面目で大人しい君が、仕事をサボって外でこんないやらしい口づけをねだっているなんてさ』
『あ……っ、言わないで……そんな意地悪……っ』
『そう言って、本当は見られることを想像して興奮しているくせに。俺は君のことならなんでも知ってる。ほら、何が欲しいのか、言ってみな』
『だ、だめ。今は仕事中で……』
『——あ?俺に嘘をついたらお仕置きだって、前も言ったよな。——仕事が終わったら、俺の部屋に来いよ』
『……あ……、ごめんなさい……っ。はあっ……お仕置き、してください……』
『ふ、だらしない顔しやがって』
——だめ。これ以上、見てはいけない。そう強く念じたエルザは、一目散に来た道を駆け戻った。
心臓が破裂しそうなほど、激しく鼓動が打っている。
大人って、あんな顔をするんだ……。
その日を境に、エルザは冷静沈着な顔で働く二人を見るたびに禁断の妄想を膨らませ、その秘められた関係に思いを馳せるようになった。
どんな風にお仕置きされるんだろう。
ああやって見られるかもしれないと怯えながら、今もこっそり何かしているのかもしれない……。
私も、いつかああやって意地悪されたり……するのかしら。
——そんな想像を飽くことなく紡ぎ続けた結果、エルザの性癖は、だいぶマゾ寄りに傾倒してしまったのだった。
だが、そんな侯爵令嬢にあるまじき特殊な性癖を持っていることなど、誰にも言うことはできない。
ましてや、愛する婚約者には。
現在十七歳のエルザには、完璧な婚約者がいた。
公爵家の嫡男、ユリウスだ。
彼の祖母は隣国出身の王女であり、その気品を受け継ぐ少し癖のあるオリーブベージュの髪と、前髪の隙間から覗く深緑の瞳が、彼をいっそう魅力的に引き立てていた。
常に優しく誠実で、エルザを文字通りお姫様のように扱ってくれる。
学園では生徒会の副会長を務め、その人当たりの良さと優れた手際で、次期公爵として絶大な期待を背負っている人物だった。
エルザはそんな彼を心から尊敬し、深く愛していた。
「おはようエルザ。今日の髪飾り、とても素敵だね」
「おはようございます、ユリウス様。ありがとうございます。本日も生徒会のお仕事、頑張ってくださいませ」
馬車を降りて各教室へ向かうまでの短い間、ユリウスとエルザはほとんど毎日こうして言葉を交わす。
だがその会話はまるで定型文のようで、エルザは特に表情を崩すこともなく、声色も酷く落ち着いていた。
婚約者に歩み寄ろうとするユリウスを冷たくあしらうエルザ——そんな風に周りからは映っていた。
けれど本当は——
(ああユリウス様、今日も素敵……!私の婚約者だなんて、未だに信じられないくらい。それに比べて私ったら……不自然な態度をやめたいのに、緊張して上手く話せないわ。それでもユリウス様はとっても優しくしてくれるけれど、このままだといつか愛想をつかされてしまうかもしれない。他に好きな人ができたって言われてしまったら、どうしよう……!)
そう、エルザはだいぶ、こじらせていた。
本当は素直に彼に甘えたり、好意を言葉にして伝えたりしたい。
だが、常に完璧な令嬢としての仮面を纏うことに慣れすぎてしまったエルザは、いつまで経っても、つんとお高くとまったような態度でしか接することができずにいた。
そんな悩めるエルザが頼ったのは、貴族令嬢の間で秘密裏に流行しているという、怪しげな魔道具だった。
それを知ったのは、たまたま下級貴族の令嬢たちの会話を漏れ聞いた時のこと。
その日はいつも使用する移動教室の備品が壊れており、例外的に下級貴族の階の教室を使うことになった。
授業が終わった後、手洗い場に立ち寄ったエルザが個室に入ると、別の生徒が身支度をしに入ってくる音が聞こえた。
それだけなら何も気にすることはなかった。
しかし彼女たちは何やら興奮した様子で、とある魔道具の話をし始めたのだ。
個室を出るタイミングを失い、エルザは息を潜めていた。
彼女たちの話から察するに、その魔道具は「どんなものも幻影として創り出すことができる」という代物だった。
むろん幻影ゆえに触れることは叶わないが、会話を交わすことはできるらしい。
一人の女生徒は、愛読書の恋愛小説に登場する男性を具現化させたらしく、自分の想像通りの見た目と声と仕草で本当にすごかったと、しきりに黄色い声を上げて興奮冷めやらぬ様子だった。
(想像通りの人物の幻影を出せるの……? それって、ユリウス様と会話する練習にぴったりじゃない!)
静まり返った個室を出たエルザは、さっそく魔道具について調べることにした。
◆
「ついに、手に入れてしまったわ……」
ある夜、エルザは自室に一人こもり、魔道具を前にしてベッドの上に正座していた。
梱包された薔薇模様の箱には、『禁断の果実の体験を、あなたに……』という売り文句が、毒々しい紫色の文字で書かれていた。
間違って何やらいかがわしいものを買ってしまった……、と後悔の気持ちがむくむくと湧き上がってくる。
「べ、別に浮気したいとかじゃないのよ。変な目的で手に入れたわけでもないの。ただ、ユリウス様と上手に話す練習がしたいだけ!やましい気持ちなんてこれっぽっちもないわ」
誰に言い訳しているのか、エルザは一人ぶつぶつと呟いた。
念のため自室の扉に内側からしっかりと鍵をかけ、部屋に備え付けられた防音の魔道具を起動する。
「えっと……まずは水平なところに置いて、それで?このボタンを……押す、と」
梱包から四角い箱のような魔道具を取り出し、床に据えると、説明書どおりにボタンを押し込んだ。
すると、箱の上部からにわかに淡い光が立ち上った。
光はシルクハットを被ったウサギの輪郭を形作ったかと思うと、甲高い声で喋り始めた。
『こんにちは!本製品をご購入くださり、ありがとうございます。さっそく、どんな幻影がご希望か、おっしゃってください!許可をいただければ、あなたの想像にアクセスして幻影を作り出すことも可能ですよ!』
エルザは特に深く疑いもせず、それは便利な機能だとアクセスの許可を与えた。
『アクセスの許可を確認しました』
「では、私の婚約者のユリウス様を出してほしいわ」
『あなたの想像にアクセスしています……解読完了。幻影を作成中です……幻影作成完了。投影します。夢の世界へ、いってらっしゃ~い☆』
エルザは思いもよらなかった。
ウサギという共通項が、あの庭での記憶を気づかぬうちに呼び覚ましていたとは。
そして、自身の深層心理が、ユリウスの性格に甚大な改変を加えてしまうとは。
気がつけば目の前に、本物と見紛うほど精巧なユリウスの幻影が佇んでいた。
『エルザ、おはよう』
「あ、ユ、ユリウス様……!?」
(わ、私の部屋にユリウス様が……! しかも二人きり!? ど、どどどうしたら!)
偽物だとわかっているのに、あまりに本物に近いせいで、エルザに錯覚を起こさせた。
『ん?どうしたの?エルザは今日も薔薇のように美しいね』
「……あ、あ、ありがとうございます」
エルザは固まった笑顔と平坦な声で礼を述べる。
(だめ、これじゃあいつも通りだわ!これは本物じゃないのよ。落ち着いて、私!)
一呼吸置いて、なんとか平常心を取り戻したエルザ。
「あ、ユリウス様も、今日もとても……か、格好いいですわ」
(よ、よし。いつも言えなかった褒め言葉が言えた!可愛げのある言い方はできなかったけれど……それはこれから何度も練習して頑張ればいいわ!)
これはなかなか良い買い物をした。こうして経験を積んでいけば、きっといつか本物のユリウスに対峙しても、余裕を持って応じることができるだろう。
練習台として、きわめて有効ね——そう安堵した、その瞬間のことだった。
『それが挨拶?』
幻影のユリウスの声のトーンが、突如として低く沈んだ。
『ちゃんと教えたとおりやらなきゃ。エルザ』
「え、え?」
『二人きりの時は、僕のことをご主人様と呼ぶって決めただろ?』
「……は……」
『エルザ』
「ひぇ……!」
ユリウスが豹変し、いきなりエルザを言葉で責め始めたのだ。
その麗しい顔に浮かぶ嗜虐的な笑みが、あの記憶に焼き付いた庭師の表情と鮮烈に重なった。
——エルザの性癖に、ドンピシャだった。
何年もの間、妄想し続けてきたあの二人のやりとり。
いつしか自分が侍女の立場に、ユリウスが庭師の立場となり、脳内で肥大化していた歪な願望。
『最初からやり直しだ。エルザ、早く』
「あ……っ。ユリウスさ……ごしゅ、ご主人様……」
あまりの衝撃に、エルザは逆らうことも出来ず、顔を真っ赤に染めて声を震わせる。
『うん。よく言えたね。いい子だ』
「あ、ありがとう、ございます……」
『だけど……駄目だね。僕に指示させてしまった悪い子は、ちゃんと叱らないといけない。今日はどうやっていじめてあげようか?』
「〜〜〜!!」
ユリウスが甘美な笑みを浮かべ、エルザの頬へと手を伸ばす。
エルザはあまりの興奮に金縛りに遭ったかのように動けない。
肌に触れられる——そう身構えたが、いつまで経ってもその感触は訪れなかった。
すり抜ける感覚にはっと我に返ったエルザは、羞恥に耐えかねて慌てて箱のボタンを押し込んだ。
幻影のユリウスは、煙のように儚く霧散して消えた。
「え?え?えええ……っ?何、今のっ」
——とんでもない劇薬を創り出してしまった。
ユリウスの容姿を借りた、エルザの妄想の具現化という背徳的な産物。
あんなもの、もう絶対に呼び出してはいけない。
ユリウス様に失礼すぎる——そう強く自省したエルザだったが、その夜は一睡もできずに朝を迎えた。
次の日。
エルザは学園で、いつものように顔を合わせたユリウスを直視することができなかった。
昨晩の幻影が脳裏に焼き付いていて、今顔を見たら悶絶死しそうだったからだ。
『——二人きりの時は、僕のことをご主人様と呼ぶって決めただろ?——』
あのユリウスの酷く刺激的な声がエルザの脳内にこだまして、気を抜けば叫んでしまいそうだった。
ユリウスはいつも以上に挙動不審なエルザを見て体調不良かと心配したが、エルザはそれをはぐらかすと、逃げるように去っていった。
そしてその晩、エルザは再び、あの魔道具を睨みつけていた。
(昨日の幻影のユリウス様、とんでもなかったわ……。あれのせいで余計に本人と上手く話せなかったじゃないのよ!)
今日こそは、言葉責めをしてこないユリウスを創り出さなければ。
エルザは覚悟を決めてボタンを押した。あの忌々しいウサギが姿を現す。
『こんにちは!本日はどのような幻影をご希望ですか?以前のデータログを利用することも可能です。想像へのアクセスを許可しますか?』
「……いいえ。今日は、昨日のユリウス様の外見だけ再現して、性格は品行方正そのものの礼儀正しい公爵のご令息の設定でお願い」
『かしこまりました。幻影を作成中です……幻影作成完了。投影します。夢の世界へ、いってらっしゃ~い☆』
『エルザ、おはよう。昨日はよく眠れたかい?』
目の前に立つユリウスは、エルザの想像通りの優しいユリウスだ。
「ユリウス様、おはようございます!ええ、昨夜は疲れていてぐっすり眠ってしまいましたわ。ユリウス様はいかがですか?」
『実は、眠る前に読書に没頭してしまって、少し寝不足なんだ。とても面白い本だから、今度エルザにも貸してあげるよ』
「まあ!嬉しい!楽しみにしておりますわ!」
(すごい、すごい!とてもいい感じだわ!)
今日のエルザには余裕があった。
言葉攻めをしてこないユリウスだと最初からわかっていて、安心していたからだ。
会話を終わらせた後も、エルザは鏡の前で練習した笑顔を上手く浮かべることができたと、一人達成感に浸っていた。
そうして日々、練習を重ねるエルザ。毎朝のユリウスとの会話も、最近は随分と緊張せずにできるようになっていた。
——だが、練習はあくまでも安心なユリウスの幻影とだけ。
あの脳の片隅にこびりついたあの記憶——最初の幻影の衝撃が、どうしても忘れられなかった。
そうしてついにある夜、エルザは悪魔の囁きを無視できず、「もう一度だけ……」と、ウサギに想像へのアクセスを許可し、あの最初の幻影ユリウスを発現させてしまった。
『エルザ』
——ああ、この目。この私を射抜く、意地悪な瞳。
「ユ、ユリウス様……あ、ちが、ごしゅ……」
『はあ……。一体何回教えれば覚えるんだ?エルザは物覚えも良くて成績優秀だと学園では評判なのにな。それとも——わざとやってる?』
ユリウスが下から覗き込むように、三日月のような目でエルザを嘲笑していた。
少し長い前髪がさらりと動き、彼の瞳の複雑な虹彩に光を反射させる。
「違うんですっ!ごめんなさい、私、どうしてもご主人様に会いたくなってしまって……ゆるして……」
『悪い子だ、エルザ。さあ、こっちに来るんだ』
「あ……っ」
エルザの嗜好の核心を突き刺して抗わせない、幻影のユリウス。
幻影の彼は、エルザをいつもほんの少しからかい、意地悪な命令を下し、最後にはとびきり甘く囁いてくれる。
一度覚えてしまったその至高の快感に、エルザは抗うことができなかった。
——そしてその誘惑に負けた日以降、何度も何度も、あの夢の続きを繰り返してしまうのだった。
◆
しかし、そんな歪な「二重生活」が、長く続くはずもなかった。
その日は、王都の名門貴族が集う夜会があった。
エルザはユリウスから贈られた、白銀のシルク生地に真珠が無数に縫い付けられた優美なドレスを身に纏っていた。
豊かな栗色の髪は高く結い上げられ、上質な黒いベロアのリボンで飾られている。
深みのあるモーブ色のリップが白皙の肌に映え、彼女の持つ大人びた色香をより強く印象付けていた。
「やあエルザ、贈ったドレスがとても良く似合っているね。僕の婚約者は魅力的すぎて心配だな」
ユリウスはそう言ってエルザの手を取り、甲の上へ触れるか触れないかの繊細な口づけを落とす。
その動作はやましさなど一切匂わせない、完璧な紳士そのものだった。
「ユリウス様も、今日のお召し物とても素敵ですわ。私の瞳の色のネクタイをしてくださっているのですね。嬉しいですわ、ありがとうございます」
エルザはふわりと、いつになく柔らかく笑った。
赤みを帯びた頬に浮かぶ可憐な笑顔に、ユリウスは一瞬、驚いた様子だった。
(幻影との練習のおかげで、ユリウス様と自然に会話できているわ!嬉しい……!)
心の内で快哉を叫ぶエルザに、ユリウスはなおも不思議そうに視線を注ぐ。
「……エルザ、なんだか今日は雰囲気が違うね?」
「そうでしょうか?」
「うん。なんだか少し……」
ユリウスが何かを言いかけたその時、夜会の主催者による厳かな挨拶が始まり、二人の会話は中断された。
ユリウスは挨拶に耳を傾けながらも、時折隣のエルザをじっと見つめ、何やら深く思案しているようだった。
やがて挨拶回りの大半を終えると、ユリウスは恭しくエルザをダンスに誘った。
エスコートされるまま、二人は華やかな光の満ちる会場の真ん中へと進み出る。
エルザの心は、にわかに浮かれていた。
心地よく喉を潤したシャンパンの酔いも手伝ってのことだったが、何より今日は、ユリウスとずいぶん打ち解けられた気がする。
きっとあの練習が実を結んだに違いない。
やはり、あの魔道具はこのためにあったのだ。
今までなら緊張で逸らしてしまっていた彼の目をじっと見つめることもできるようになったし、硬くならずに自然な笑顔を見せることもできた。
隣に立つだけで精一杯だったのが、その逞しい腕にそっと手を添えることすらできたのだ。
(それにしても……昨日のユリウス様、いつもより意地悪で素敵だった……)
ステップを刻みながら、エルザは会場の熱気に浮かされるようにして、昨晩、自室のベッドの傍らで繰り広げられた「幻影のユリウス」との秘めやかなやりとりを思い返していた。
『——それで、エルザがいつも僕でどんな妄想をしているのか、自分の口で説明してくれる?』
「は、はい……。……学園のガゼボで、ご主人様が私に触れて……それで、他の生徒に見られそうになって……それでもご主人様はやめてくださらなくて……私……っ」
『ふぅん。それで僕はどんな風に触ったの?』
「それは……」
『どんな風に?』
「あ……っ、ご、ご主人様の手が、あの、私の太腿を……」
『——ふ、いやらしいね、エルザ』
——オーケストラの奏でる甘美な旋律のなか、そんな破廉恥な記憶を鮮明に思い返しながら、エルザは本物のユリウスとダンスを踊っていた。
脳内に溢れる背徳的な熱と、アルコールによる高揚。
その混濁のなかでエルザはうっかり、取り返しのつかない致命的なミスを犯してしまったのだ。
「エルザ、気分が悪いのか?顔が赤いし、熱でもあるんじゃないか?」
至近距離から向けられたユリウスの言葉に、エルザは微熱を孕んだ吐息とともに、とろけた思考のまま答えてしまう。
「えっ……いえ、大丈夫ですわ、ご主人様」
「……え?」
その瞬間、流麗にステップを刻んでいたユリウスの動きが、ぴたりと止まった。
周囲の華やぎから隔絶されたかのような、奇妙な静寂が二人の間に流れる。
「……何?ご主人様って」
低い、驚きと不審の混じった声に、エルザは一瞬にして血の気が引いた。
一気に酔いが覚め、ルビーの瞳が恐怖に大きく見開かれる。
「!!いえ!ぼうっとしていて、間違えましたの!!何でもありませんわ……っ」
「……エルザ。こちらへ」
ユリウスの端正な顔から、完全に笑顔が消えていた。
冷徹なほどに据わった瞳のまま、ユリウスは有無を言わせぬ強引な力でエルザの手首を掴むと、賑わう会場の外へと引っ張っていく。向かう先は、廊下の奥にある無人の休憩室だった。
休憩室に押し込まれると、エルザの背後で重々しい木製の扉が閉まった。
カチャリ、と鍵の掛かる冷たい音が室内に響き渡る。
エルザは恐怖と恥ずかしさで心臓が破裂しそうになっていた。
「ユ、ユリウス様……?」
恐る恐る声をかけるエルザを、ユリウスは壁際へと追い詰める。
その深緑の瞳には、かつて見たこともないような冷ややかな怒りと焦燥が入り混じっていた。
「エルザ。僕以外の男に、あんな風に呼ばせている奴がいるのか」
「え……?」
「『ご主人様』だなんて……君が僕にそんな言葉を向けるなんて、普通はあり得ないだろう。——僕が知らない間に、君は誰かとそんな関係になっていたのか?」
ユリウスの声は低く、激しく張り詰めていた。
完璧な次期公爵としての余裕はどこにもない。
彼は今、最愛の婚約者が自分以外の男に心変わりし、裏切られたのではないかという疑念に狂わされかけていたのだ。
「最近なんだか浮ついた様子が増えたし、前よりずっと表情も豊かになった。僕に気を許してくれたのかと一人で喜んでいたのに、馬鹿みたいじゃないか。僕は……」
「違う、違いますわ、ユリウス様!浮気だなんて、そんなこと絶対にありません!私はユリウス様を心から愛しておりますもの!」
エルザは必死に首を振った。だが、ユリウスの疑いは晴れない。
「なら、どうしてあんな言葉が自然に口から出たんだ。頼むから本当のことを言ってくれ、エルザ。心変わりをしたのなら、何でもするから戻ってきてくれ!君を失うかもしれないと思うと、僕はどうにかなりそうだ……」
いつも完璧で取り乱すところなど見せたことのないユリウスが、今にも泣き出しそうな、悲痛な表情で自分を見つめている。
(ユリウス様が、私のことをこんなにも思ってくださっていたなんて……)
このままでは、大好きな彼を深く傷つけ、本当に失ってしまう。隠し通せるわけがない——そう悟ったエルザは、顔を真っ赤に染め、涙目になりながらついにすべてを白状した。
自身のあまりに不器用な恋心。
ユリウスと上手に話す練習のために、貴族令嬢の間でひっそりと流行している幻影の魔道具に頼ったこと。
——そして、自身の幼い頃の記憶のせいで、出力された幻影のユリウスが少し意地悪で「お仕置き」をする破廉恥な「ご主人様」になってしまったこと。
先ほどは毎夜重ねていたその秘密の練習のせいで、現実と幻影が混ざってうっかり口走ってしまったのだと、必死に訴えた。
話を聞き終えたユリウスは、片手で顔を覆い、しばらく沈黙していた。やがて静かに告げた。
「……なるほど。状況は理解した。ただ、僕も公爵家の男だ。言葉だけでは信じられない。その魔道具には、利用者の『幻影との記録』が保存されているんだろう?」
「え、ええ、まあ……一応、リプレイ機能のようなものはありますけれど……」
「それ、全部僕に見せてくれるよね?」
「ええええええええええっ!?」
こうして、エルザは人生最大の公開処刑に臨むことになった。
◆
夜会が閉幕した数日後、エルザはまさに死地へと赴く兵士のような、悲壮極まる面持ちで公爵邸を訪れていた。
その手にしっかりと抱えられているのは、あの忌まわしくも甘美な四角い魔道具。
今日のために、自室の鍵付きの引き出しから泣く泣く引っ張り出してきたものだ。
案内されたユリウスの自室は、主人の人柄を表すように洗練され、静謐な空気に満ちていた。
しかし今のエルザにとっては、どの拷問部屋よりも恐ろしい場所に思える。
「よく来てくれたね、エルザ。待っていたよ」
ソファに腰掛けたユリウスは、いつも通りの微笑みを浮かべて彼女を迎えた。
だが、その深緑の瞳の奥には、獲物をじっと見据えるような酷薄な光が揺らめいている。
「さあ、それをそこに置いて。……さっそく見せてもらおうか」
「……はい……」
エルザは震える手でローテーブルの上に魔道具を据えた。
この禍々しい箱の中には、エルザと幻影のユリウスのいやらしく耽美なやりとりが全て記録されている。
手が震えて、ボタンを指先で上手く捕らえられない。
「……あの、ユリウス様が押してくださいませんか?」
そんな些細なお願いを、ユリウスは非情にも却下した。
「だめだ。君が押すんだ」
「わ、わかりました……」
震える指をもう一方の手で押さえ込むと、なんとかリプレイ機能のボタンを押し込んだ。
直後、部屋の中央に淡い光の粒子が広がり、あの「幻影のユリウス」が鮮明に姿を現す。
『二人きりの時は、僕のことをご主人様と呼ぶって決めただろ?』
『最初からやり直しだ。エルザ、早く』
『あ……っ。ユリウスさ……ごしゅ、ご主人様……』
『うん。よく言えたね。いい子だ』
『あ、ありがとうございます……ご主人様……っ』
『だけど駄目だよ。僕に指示させてしまった悪い子は、ちゃんと叱らないといけない。今日はどうやっていじめてほしい?』
——エルザは羞恥心で穴に入りたくなったが、横に座るユリウスがエルザの手をしっかりと握り込んでいて、逃げられない。
顔から火が出そうなくらい熱くて、目尻に涙がじわりと浮かぶ。
(あああ、神様、いっそ今すぐ私を消し去って……!)
自分のあまりに破廉恥な声と、大好きな人の前で「ご主人様」と睦み合う過去の記録が、立体映像として次々と部屋いっぱいに響き渡る。
ちらりとユリウスの顔を窺い見るも、その表情からは何の感情も読み取れない。
「あ、あの……もう、十分おわかりいただけましたよね。もう、このくらいで……」
「全部見るに決まってるだろう?さあ、次のやりとりを再生するんだ」
そうしてついに、昨晩のガゼボでの過激な妄想のやりとりまでが、一言一句漏らさず再生され始めた。
『ご主人様の手が、あの、私の太腿を……』
『——ふ、いやらしいね、エルザ』
「……っ!」
エルザはあまりの羞恥に耐えかねて、火事場の力でユリウスの手を振り解くと、顔を両手で覆い、耳の裏まで真っ赤に染めながらしくしくと嗚咽を漏らし始めた。
「うっ、ううっ……意地悪です、ユリウス様。私にだって、見られたくないものくらいあります!どうしてやめてって言ったのに、やめてくださらないの?あんまりですわ……!」
羞恥に身悶えて泣くエルザの姿を、ユリウスは至近距離からじっと見つめていた。
(……あぁ、なんてことだ)
ユリウスは己の身体の奥から、経験したことのないほど獰猛で暗い衝動がせり上がってくるのを感じていた。
羞恥に震える彼女の姿が、たまらなく愛おしく——同時に、もっと啼かせて、めちゃくちゃに壊してしまいたいという強烈な加虐欲を刺激する。
自分の内側に眠っていた凶暴なサディズムが、エルザの涙によって完全に呼び覚まされ、激しく興奮している自身に気づいたのだ。
「——でも、そんな恥ずかしいのが好きなんだろう? エルザ」
「……え?」
(今のはどっちのユリウス様の声?幻影……じゃない?)
「こうやって本物の僕の目の前で恥部を晒している自分に、むしろ興奮しているんだろ?」
——気づけば、目の前にいるユリウスが、嗜虐的な視線をエルザに注いでいた。
ぶわっと体の中心から、熱が指先まで広がっていく。
震える声で、エルザは答えた。
「あ……あ……。いやらしい女でごめんなさい……っ。ゆるしてください、お願いします……っ」
蕩けるようなルビーの瞳が、マグマのようにぐつぐつと欲望に煮えていた。
ユリウスはごくっと喉を鳴らすと、その手をエルザの頬に伸ばし、ゆっくりと顎先へと指を滑らせた。
そして溢れる涙を掬うと、その指を自身の唇へと運んだ。
「——しょっぱいね」
エルザは驚いた。
これまでどんなに淫靡なやり取りをしようとも、決して触れることの叶わなかった幻影のユリウス。
だが今は、ユリウスの指を伝わって、彼の熱が頬に染み込んでくる。
エルザの思考が一気に状況を整理し、焦点を合わせていく。
「……あっ、やだ、舐め……嘘っ!だめだめだめ……!」
エルザは本能的にユリウスから距離を取ろうと頭を振り、後ずさろうとした。
しかしユリウスの方が早かった。
ユリウスはエルザを再びソファに深く座らせると、わざとらしい深い溜息を吐き、悲しげに眉をひそめてみせた。
「……ショックだなあ。僕の幻影とはいえ、僕の知らないところで、君がこんなに淫らな顔をして僕の名前を呼んでいたなんて。冷たい態度を取りながらも、恐る恐る近づいてくる——そんな懐かない猫みたいなところが可愛いと思っていたのに。偽物には簡単にお腹を見せておねだりしていたんだね。なんだか……嘘を付かれていたみたいで、すごく悲しい……」
「ち、違います、違いますの、ユリウス様……!悲しませるつもりなんて、決して……っ!」
ユリウスの言葉に、エルザは弾かれたように顔を上げ、必死に弁明した。
「ユリウス様をお慕いするあまり、緊張してしまって……!本当に、ただ会話の練習のつもりだったのです!ユリウス様を傷つけるつもりなんて、これっぽっちも……っ。本当に、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
ユリウスはニコリと笑うと、さらなる爆弾を落とした。
「じゃあ今ここで、あの続きを見せてくれたら許すよ」
「え?」
「僕の目の前で、もう一人の僕とやり取りして見せて」
◆
エルザの混乱はもうとっくに閾値を超え、理解できない領域まで到達していた。
『やあ、エルザ。——おや』
本物のユリウスの目の前で、彼の容姿をした幻影が、低く冷ややかな声で語りかけ始める。
『この男は誰?……何。僕以外の男と二人で会っていたの?』
一方で、本物のユリウスもエルザに言葉を投げかける。
「……へえ、本当に僕みたいだ。けど、エルザは本物の僕じゃ物足りなかったみたいだね」
——エルザは今、なんと二人のユリウスに詰問されるという特殊すぎる状況に追いやられていた。
「あの、ユリウス様っ……!じゃなくて、ご主人様!じゃなくて、えっと……!」
『何?僕だけじゃ満足できなかった?欲張りだな、エルザ』
エルザはもはや、どちらのユリウスに弁明しているのかさえも、わからなくなっていた。
「ちが、そんなことない……やだ、ユリウス様……もうやめたい……」
エルザは潤んだ瞳で本物のユリウスを見上げて懇願する。
だが、ユリウスは非情だった。
「ううん、僕のことは気にせず続けていいよ」
ニコニコと底知れない笑顔で足を組んで、観察し続ける悪魔のようなユリウス。
(あの優しいユリウス様が……こんな、こんなことって……)
『ああ、わかった。こうやって二人の僕に虐められたかったんだね。すごいね、そんなこと考えもしなかったよ。君の欲望は底なしだね。高慢そうな顔の下に、こんな淫らな女の顔を隠しているなんて、皆が知ったらどう思うだろうね?』
「やだ、やだあ……」
——どのくらい時間が経ったのか。
エルザはへとへとになり、ドレスの裾をぎゅっと握る指先は白くなっていた。
とめどなく流れる涙の跡が幾筋も頬に刻まれ、泣きすぎて真っ赤になった目元はウサギのようだった。
そんな婚約者の姿を見てどこか満たされた気持ちになったユリウスは、満足げに告げた。
「……頑張ったね、エルザ。いい子だね。……いいよ、もう許してあげる」
ユリウスは箱のボタンを押して映像を消すと、至極優しく、子猫をあやすようにエルザの頭を撫でた。
エルザはとたんに嬉しくなって、無意識にその手に頭を擦り付け、ほぅ、と熱い吐息を漏らした。
ユリウスの動きがぴたりと止まる。
そんな行動、今はするべきではなかったと言われてももう遅い。
ユリウスは次の瞬間エルザの肩をぐっと掴んだかと思うと、ソファに乱暴に押し倒した。
「きゃ……!?」
エルザの細い身体は、抗う隙もなくソファーの上へと倒されていた。
視界が反転し、目の前には、世界で一番大好きな、そして今や世界で一番恐ろしい婚約者の端正な顔が迫っている。
逃げ道を塞ぐように両脇に突かれたユリウスの腕は、決して彼女を逃がさないというように、強固な檻となっていた。
見下ろしてくる彼の深緑の瞳には、あの幻影をも凌駕する、底知れない愉悦と独占欲がぎらぎらと渦巻いていた。
「君のせいだよ、エルザ。こんな感情を知らなければ、ずっと完璧な紳士でいられたんだから。これからは、本物の僕が君の『ご主人様』だよ。……もう偽物との練習なんて必要ない。この僕が、骨の髄までたっぷりとお仕置きしてあげる。——わかったね」
「っは、はい……ご主人様……!」
完璧な王子様の微笑みのまま、熱情を孕んだ声で宣告され、エルザは抗えぬ快感に小さく鳴いた。
◆
それから数年後。
二人はめでたく結ばれ、今や社交界でも誰もが羨む「完璧でお似合いの公爵夫妻」となっていた。
公爵の愛を一身に受け輝きを増した公爵夫人エルザと、そんな妻をいつまでも優しく誠実に愛し、次期公爵として揺るぎない地位を築いたユリウス。
エルザの性癖が完全に暴かれてしまって以降、本物の「ご主人様」となったユリウスの手によって、エルザの歪な欲望は徹底的に満たされていた。
あの魔道具も役目を果たし終え、倉庫のどこかに仕舞われて早数年。
苦い思い出は薄れて美化され、青春の一節として、過ぎた過去になっていた。
おかげで最近のエルザは、歪んだ妄想に頼る必要もすっかりなくなり、激的に突き動かされるような感情も落ち着いて、公爵夫人としての穏やかで充実した日々を送っていた。
そんなある夜のこと。
身支度を終えたエルザが寝室に戻ると、ユリウスはエルザの手を引いて、いつものようにベッドへといざなった。
しかし、今夜のユリウスの深緑の瞳には、どこか悪戯っぽく、それでいて底知れない光が宿っていた。
「エルザ。今日は君に、ちょっとしたプレゼントがあるんだ」
「プレゼント、ですか?まあ……なんですの?」
ユリウスはふわりと微笑むと、背中に隠していた、見覚えのある「それ」をローテーブルの上に置いた。
時が経ち、少し色褪せた四角い箱。……あの、忌まわしくも甘美な魔道具だった。
エルザは一瞬で血の気が引き、ルビーの瞳を丸く見開いた。
「な、なぜそれを……!?倉庫の奥に封印したはずでは……っ」
「今日、少し探し物をしていてね。偶然見つけたんだ。懐かしいなと思って。……ねえ、久しぶりに動かしてみない?」
「い、嫌ですわ!!絶対嫌です!!今すぐ片付けてくださいませ!」
立ち上がって箱を奪おうとしたエルザだったが、ユリウスに軽々と手首を掴まれ、そのまま彼の膝の上へと引き寄せられた。
背中から抱きすくめられ、ユリウスの逞しい腕がエルザの身体を完全に固定する。
耳元に、熱く低い声が届いた。
「だめだよ。僕が『見たい』って言っているんだから」
「……っ!」
エルザの顔がみるみるうちに溶けていく。
カチャリ、とユリウスが指先でボタンを押し込む。
にわかに淡い光が立ち上り、かつてのデータが、部屋の空気の中に鮮明な幻影となって浮かび上がった。
「ああ良かった、壊れてない」
『ご主人様の手が、あの、私の太腿を……』
『――ふ、いやらしいね、エルザ』
部屋に響き渡る、過去の自分の、酷く蕩けた破廉恥な声。
「いや!やめて、消してユリウス……っ!」
エルザは耳まで真っ赤に染め、ユリウスの胸に顔を埋めて必死に隠れようとした。
だが、ユリウスはその豊かな栗色の髪を優しく梳あげ、無理やり彼女の顔を上げさせる。
その瞳は、完全に「ご主人様」のそれに変わっていた。
久しぶりに見る、彼の猛禽類のようなギラついた瞳。
「どうして隠れるの?ほら、ちゃんと見て。この頃のエルザも、初々しくて本当に可愛らしいね。……でも、今のエルザの方が、ずっと大人っぽく――妖艶になったと思わない?」
「もう見たくないわ……っ。早く消して、ユリウス……!」
「ユリウス、じゃなくて。……こういう時、なんて言うんだった?」
至近距離で見つめてくるユリウスの、底知れない愉悦を孕んだ眼差し。
久しぶりに味わう、ユリウスからの強烈な言葉責めに、エルザは屈服した。
忘れていたはずの背徳的な熱が、一瞬にしてエルザの身体の芯を突き抜け、下腹部を甘く疼かせる。
羞恥に涙目を潤ませながらも、エルザは抗うことのできない快感に身体を震わせ、夫のシャツの胸元をぎゅっと握りしめた。
「……お、おねがいします……ご主人様。……もう、意地悪はやめてください……っ」
「よく言えました。……でもね、エルザ。過去の自分の声を聞いて、こんなに身体を熱くして……本当に、悪い子だ」
ユリウスはそう囁くと、魔道具の映像を流しっぱなしにしたまま、エルザの薄いドレスの肩紐をゆっくりと滑り落とした。
幻影の自分の声が響く、二人きりの寝室。
「今夜は、久しぶりにお仕置きが必要なようだね」
「あ……っ、はい……ご主人様……っ」
甘い幻影の声に包まれながら、エルザはユリウスの熱の中に、深く、深く溺れていくのだった。
了
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