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第五話 忘れられた神の神子と過去からの手紙

そろそろサブタイトルのネタが切れてきました。

 紅魔館を訪れてから、今日で四日目。

 霊夢は居間の畳にごろんと仰向けに寝転がり、件の手紙を見つめて悩んでいた。

 手紙を開けて読んでしまおうか、それともレミリアの言うとおり時を待とうか。

 はあ、と吐くため息は、そうこうしている間にも時は過ぎ、消極的に後者を選択しつつあることへの自覚だ。

 おそらく、レミリアの言うその時は、そう遠くない。


「このままでいいのか、いけないのか、それが問題ね」


 前にも言った気がする台詞だな、と思いながら外に目を見やる。

 障子の開け放った部屋には南向きの縁側から日光が差し込み、少し眩しい。

 日差しの向く方に手紙を持った手を翳して、ふと、透けて中が見えないだろうかなどと益体のないことを試みた。


「そんなに気になってるんだったら、開けてみればいいじゃないか」

「そーなんだけどねぇ。あ、魔理沙、お煎餅取って」

「お、今日は骨せんべいか」


 今来たらしい魔理沙が縁側に座って霊夢へ声を掛ける。このやりとりもここ三日間でおなじみだ。

 変わるのは煎餅の種類だけである。

 ばり、と霊夢は骨せんべいを齧る。先日の鮎の骨に塩を振り、水分が完全に飛ぶまで干して揚げたものだ。

 なかなか美味しいが、骨せんべいとは言っても煎餅とは別物だと言わざるを得なかった。

 どちらかと言うとお茶よりもお酒が欲しくなる味である。


「で、何をそんなに悩んでるんだ?お前にしちゃ珍しいじゃないか」

「んー、何て言うかね、開けるのも開けないのも面倒がありそうな感じ」

「勘か」

「勘ね」


 なるほどそれは悩むだろうな、と魔理沙が真剣に頷く。

 なにせ自他ともに認める巫女の勘である。

 異変があれば動くべき瞬間を嗅ぎつけ、円満に終わる最高のタイミングで首謀者を探知し、弾幕の避け方すら思いつく。

 魔理沙が薄々それは神託なんじゃなかろうかと思っている、博麗霊夢の超人的な勘。

 それが開けろとも開けるなとも言わない、のではない。開けろと言い、開けるなと言っているのである。


「それなら」

「ん?」

「私がひとっ走り飛んで、紅魔館の様子、見てやろうか?」

「あー……」


 なるほどそれもありかな、という顔を一瞬した霊夢だったが、また顔を曇らせた。

 あー、とも、んー、とも言えない声を漏らして暫し眉を寄せ、やっぱいいわ、と結論を出す。

 自分がこの手紙を今開けるのと、結局変わらない気がしたのだ。

 それもやはり勘だが。


「なあ霊夢、そもそも、どっちにしろ面倒があるなら一緒じゃないのか?

 気になるんなら開けちゃえばいいじゃないか」

「面倒になるのは一緒でも、結果が違うんでしょ。何となくだけど」

「で、お前はどっちを選ぶのかためらってると」

「そんなんじゃないわよ。そもそも、どうなるか分かんないのに選びようもないわよ」


 結果。

 結果か、と霊夢は口の中で反芻する。結果のことを考える。結果のことを考えることを、考える。

 あの不良吸血鬼は何を考えているのだろうか。何と考えているのだろうか。

 そこに答えがある気がした。

 答え。

 何の答え?


「そっか」

「ん? どうした、霊夢」

「ねえ魔理沙。この手紙……何が書かれてるのかしらね」

「開ける気に――なったわけじゃないみたいだな」


 つまり、開けずに考えてみようということか。

 そう問う魔理沙に向かって、霊夢はごろりと半回転。

 俯せになって、それから肘を立てて上半身を起こした。


「普通に考えたら、異変になったときのためのルール確認じゃないか?」

「普通に考えれば、ね。でもそれならいつ開けたって同じじゃない?」


 命名決闘法――スペルカードルールは大枠が明文化されているものの、行うものによって内容が異なる場合がある。

 肉弾戦の可否、スペルカードの枚数、喰らいボムの有無及びラストスペル化、などがその代表である。

 大概はその場の勢いで決まるが、それは突発的な試合が多いからだ。なにせ、気軽に行える弾幕ごっこである。


「じゃあ……その内容が弾幕ごっこじゃないとか」

「さすがにそれはないでしょ、レミリアに限って」


 これがレミリアでなければ、あり得ると言えばあり得る。

 最近は誰も彼も弾幕ごっこばかりやっているので忘れがちだが、人妖の決闘方法は弾幕ごっこに限られていない。

 どころか、「弾幕ごっこは少女の遊び」というだけあって、男性の妖怪等は弾幕ごっこなどやったことが無いモノが多かったりする。


 だが、レミリアは少女で、吸血鬼である。

 弱点や制約の多い吸血鬼は、ルールが守られなければ始まらない類の妖怪だ。それ故にルールの中での戦いには滅法強い。

 ましてレミリアという個体は流行に乗るのが好きな少女である。

 比較的ルールがきちんと決まっていて、なおかつ少女の間で大流行中である弾幕ごっこ以外を選ぶとは考え難い。


「だったら、異変になったときの宣戦布告文ってわけじゃあないんだろ」

「あんたも、そう思う?」


 だとしたら、何が書いてあるのか。

 霊夢は考える。――それが答えだと、霊夢の勘は言っていた。

 何の答え? すべての答え。 

 私はそもそも、何をしに紅魔館へ行ったのだったか。

 忘れ傘、そして。


『これは……レミリア?』


 霊夢はおもむろに起き上がり、はたと考え込んだ。

 何かが。何かが掴めそうだった。

 何が掴めるだろうか、と思った。掴めるだろう何かを、思った。


『ああ……お嬢様と妹様が、ちょっと。拳で語り合うという奴ですかねー』


 これは、異変だ。

 誰の? レミリアの。

 違う、誰と、誰の?


『フランがね……外になんて出たくない、って言うのよ。私とパチェと、咲夜と美鈴が居れば、それでいいんだって』


 レミリアとフランの、これは異変だ。

 どうして。

 どうして、レミリアは。どうして、フランは。


『……ああ、そういう。そうね、私にもあったわ。修行が嫌で嫌で、拗ねて「ご飯なんていらない!」って言って先代巫女おばあちゃん困らせたことが』


 どうして、私は。

 あの頃、何で修行なんてしたくないってごねたんだった?


「――……っ!」

「……霊夢?」


 息を呑む。

 そうだ。私は知ってたんだ。


「ごめん、魔理沙。ちょっと行ってくる」

「私――は、ついていかない方がよさそうだな。ほら、これ」

「ありがと」


 魔理沙が差し出したのは、お祓い棒と針入れ、お札の束。

 それから、一杯の、お茶。


「……いつの間に」

「お前が考え込み始めたときに。台所借りるぜ、って言ったんだけど、やっぱり気づいてなかったか。

 熱いぜ、ミニ八卦炉で瞬間湯沸ししたからな」

「今はそれくらいがちょうどいいわ」


 そう言うと思った、と頷いた魔理沙に、霊夢は薄く笑った。

 湯気の立つお茶を、気付け代わりにぐいっと一飲み。

 ぷはっ、と息を吐いて、湯のみを魔理沙の胸元に押し付ける。

 行ってこい、という魔理沙に頷いて、霊夢は縁側から空へと舞い上がった。



『……ああ、そういう。そうね、私にもあったわ。修行が嫌で嫌で、拗ねて「ご飯なんていらない!」って言って先代巫女おばあちゃん困らせたことが』


 霊夢は思い出す。

 そう、あの頃私は知っていたのだ。

 それが博麗の巫女になるための修行だということを。

 修行が終わったら、先代巫女おばあちゃんにはもうこの世に何の未練も無くなってしまうことを。

 人は死ぬ。それでも、それが分かっていても、私は分かりたくなんてなかったのだ。


 手に握りしめた手紙の封を切る。選択の時はもう終わったことを半ば感じながら。

 開いた手紙を、読むなんてことはしない。ざっと見て、予想通りの単語があることだけを確認した。


 フランとレミリアの立場は、私と先代巫女おばあちゃんとは違う。

 けれど多分、フランと私は似たようなものだろう。

 違うのは、失うか、失ったか。或いは、奪ったか。


 私は先代巫女おばあちゃんに教えられた。その生と、拒みようのない死を以て教えられた。

 失うことを。この世の理が喪失と創造の無限螺旋であることを。

 生とは、既にして死を内包することを。

 死は哀しいけれど、それは自然なものの一つの形なのだと、私は理解せざるを得なかった。

 なにものにも縛られず、ただ「在るが儘」に在ること。

 それが「空を飛ぶ」ということの意味だから。

 私の能力であり、私の本質だから。


 だからフランはレミリアに教えられようとしている。今まで分かりたくないと拒んできたことを。

 奪うことを。この世の理を。

 死は、生に内包されるものであることを。




 だって、彼女は。


 あらゆるモノを壊してきた。

 フランちゃんの情操教育としては割とありがち、生への認識というワードが登場。

 でも、それだけでは終わらない…話にする、予定です。


 何せそれだけで回せる先達の方々ほど素の筆力がありません。

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