第三話 幻想の巫女と門番妖怪
独自解釈がかなり混入注意です。
日が回って、翌日午後。
霊夢はレミリアの傘を持って、紅魔館への道を飛んでいた。
天候は快晴。雲間から射す日はじりじりと霊夢の黒髪を焼くようで、少し鬱陶しさを感じるほどだ。
「もう夏ねぇ」
はあ、とため息を吐く。
夏が嫌いなわけではないが、暑いのが特別好きというわけでもない。むしろじっとりとした幻想郷の夏の暑さは苦手な部類に入る。
そしてもちろん寒いのも嫌いだ。夏は暑いと文句をいい、冬は寒いと不平を垂れる。
それが人間として自然な在り方なのだと、霊夢は思っている。
博麗神社から紅魔館までは、そこそこ遠い。
最短で行っても、人里を通り越し、魔法の森を横目に見ながら霧の湖まで飛ぶことになる。幻想郷の半分ぐらいは横断する計算だった。
更に言うと、盆地である幻想郷の中心付近にあり、更に平野になっている人里は、特に暑い。
何にも遮られることのない日光が燦々と降り注ぐからである。
霊夢が下を見てみれば、人里は今日も平時の活動中だった。田畑を耕し、物を売り歩き、子ども達が駆け回る。
夏だと言うのに逞しい連中だ、と少し呆れながら、霊夢は速度を上げた。
人里さえ過ぎてしまえば、刺すような日差しも幾分和らいでいく。
妖怪の山の標高が幾らか日を防ぎ、西に見える魔法の森の瘴気が日光を妨げているからだ。
この辺りまで来ると、霊夢もほっと一息をつけるようになる。
このまま霧の湖に差し掛かれば、年中掛かる霧が涼しいくらいの体感気温を齎してくれる……はずだった。
「全く。何で私がこんなことを――ん?」
そのまま飛び続けること半刻ほど。
ようやく霧の湖に差し掛かろうかという辺りで、霊夢は異変に気付く。
霧の湖に、霧がない。
霧の湖は一級の霊地だ。故に霊気を含んだ霧が、必ず湖の上を揺蕩っている筈なのである。
例外と言えば、湖付近の妖精たちが軒並み薙ぎ払われて一時的に格が落ちたか、或いは――
「もっと強い妖気や魔力に吹き飛ばされたか、よね。これは……レミリア?」
霧の代わりに残留しているのは、レミリア・スカーレットの妖気だ。
紅魔館へ近づくにつれて強く感じる辺り、紅魔館内部で派手に暴れた余波だろう、と霊夢は当たりをつける。
面倒ごとは勘弁してよね、と愚痴りながら紅魔館の前に降りた。
此処まで来ると相手も分かる。
レミリアの撒き散らした妖気に混じった、微かなフランドールの妖気の匂い。
どうやら姉妹喧嘩の産物らしい。昼間から元気なことだ、と霊夢はため息を吐いた。
「あら、博麗の巫女。そっちから来るのは珍しいわね」
「そっちこそ、今日は真面目に門番してるのね、美鈴」
「やだなぁ普段は真面目にやってないみたいじゃないですかー。あはは……」
珍しく門から素直に入ろうとした霊夢に声を掛けたのは、紅魔館の門番、紅美鈴である。
霊夢の体感では結構な確率で寝ている奴なのだが、今日は起きていたらしい。
正直にそれを指摘すると目を逸らして唐突に敬語になった辺り、やはり今日はたまたまなのだろうが。
冷や汗をかく美鈴をジト眼で見遣りながら、霊夢は用件を告げる。
「ま、いいわ。今日は客よ」
「それは結構なことです。どのようなご用件で?」
「これよ、レミリアの傘。ウチに忘れてったから届けにきたわ。全く、吸血鬼が日傘忘れてくんじゃないわよ」
「わあっ、わざわざありがとうございます! 上がっていかれますか?」
「どうしようかしらね…暑いから日が柔らかくなるまで休みたいけど」
「では上がっていってください、お嬢様も喜びます」
「んん? レミリア起きてんの? いや、この妖気見れば何となく分かるけどさ。でも今お昼じゃない」
美鈴の態度の分け方は簡単だ。客には敬語、侵入者には威圧。
今回は客だと判断されたらしく、霊夢は丁寧に応対された。初対面では巫女は食べていい人類などと宣っていた相手が敬語を使ってくることが、霊夢には微妙にむず痒い。
とはいえまあ、今回に限っては好都合と言うべきか。丁寧に扱われるならばある程度突っ込んでも応えてくれるだろうと踏み、霊夢は先ほど気になったことへ切り込んでみることにした。
問答無用で突破する普段ならいざ知らず、客に対して腹芸が出来るほど美鈴は器用には見えない。
「ああ……お嬢様と妹様が、ちょっと。拳で語り合うという奴ですかねー」
「主とその妹が喧嘩してんのに随分悠長ね、あんた」
「まあ、私が関われる問題じゃないですからねえ」
にゃははー、と言わんばかりの美鈴に、こりゃダメだわと霊夢は嘆息する。
レミリアも起きているらしいし、直接聞いた方が早そうだと勘が言っていた。
仕事がしたくなくて釘を刺そうとしているのに、それが一仕事になるとはこれ如何に、と霊夢は心中で呟く。
霊夢にとっては、自分が面倒ごとに巻き込まれなければそれでいいのだが。
面倒ごとに巻き込まれたくないから面倒ごとに首を突っ込む、という矛盾については、今は考えないことにした。
「ま、いいわ。じゃあレミリアに直接聞くことにする」
「そうしてください、今伺いを立てますから。あなたが来たと言えばお嬢様も喜びます」
「喜ぶ……ねぇ」
その気持ちが霊夢には分からない。
霊夢は人間で、博麗の巫女だ。餌で、天敵。それが堂々と客人を名乗って、何故喜ぶというのだろうか、あの吸血鬼は。
そもそも、悪魔と称される大妖怪が神社へ年がら年中遊びに来るのが異常なのだ。
そう言うと、美鈴は少し困った顔で門番の待機所の向こう、紅魔館の本館を見た。
「それは……霊夢さんだからですよ」
「私だから? ……なに、私にソッチのケはないわよ」
そういう意味ではなく、と前置いて、美鈴は語り始める。
「霊夢さんは、妖怪の理想なんです」
「はあ?」
「霊夢さん。妖怪って、寂しがり屋なんですよ、本当は」
「…なにそれ」
「妖怪と言えば、寿命が長くて、その分付き合いもあっさりしてて。仲がいい相手が死んでも、一日悲しんだらあとはすっぱり忘れる。
そんな風に思ってませんか?」
少し寂しそうな目をして問いかける美鈴に、霊夢は諾と応えた。
実際、今まで会った妖怪達は、みなそのような印象を抱かせる連中だったからだ。
「そう、それは間違っていません。
……でも。それは最初からそうだったと思いますか?」
「……最初?」
「生まれてすぐから、です。
人間の大人に近いかそれ以上の知性を持って発生した妖怪達は、最初から達観していたかと言えば、そうでもないんです。
知性があるから。死という意味を分かってしまうから、私達妖怪は酷く臆病なんですよ。傷つくことに。失うことに」
「ああ……なるほど。だから、あんた達は」
「そうです。もう慣れたと。死なんて見慣れてきたと、そう強がるんですよ。
心に傷を持ちながら、覆って、隠して。でもそれは、やっぱり長い間残っているんです」
だとすれば。
妖怪が、霊夢を憧れるというのは。
「霊夢さんは、きっと最初から最後まで霊夢さんです。誰に何があっても、あなたはあなたのままでしょう。
生まれながらに『空を飛ぶ』――何にも縛られない霊夢さんは、妖怪の演じる姿、在りたかった姿なんですよ」
「…………随分と、買いかぶってくれるわね。だけど」
妖怪に妙に懐かれる理由は、それか。
そう呟いた霊夢に、美鈴は少し哀しそうに笑って、肯いた。
「お嬢様も同じです。あの方の500年も、別れに彩られたものでしたから」
「なるほど、ね」
もしかしたら、女性の妖怪の多くが少女の姿形を取るのも、そういう理由かもしれないなと、霊夢はぼんやりと考える。
心と知性のバランスがどうしても知性に偏ってしまうから、100年、1000年を生きる彼女らは未だ少女の精神のままなのではないか、と。
思いがけず、思いもよらなかったことの回答が得られた霊夢は、少し頭の整理に時間が必要だった。
だからだろう、その気配に気付かなかったのは。
「主がいない間に、随分と面白い話をしているのね、美鈴」
「お、お嬢様っ!?」
いつの間にか紅魔館の主、レミリア・スカーレットが紅美鈴の後ろに立っていた。
そして話は進まない。来年中に完結できれば御の字だろうか。
※5月5日、気になったところを少し修正。
余談ですが、男の妖怪は大人(青年程度~年寄り)が多いんじゃないかと勝手に思っています。男は見栄っ張りですから。
「女の子は年齢じゃない生き様だ」なのであり、「意地があんだよ男の子には」なのです。