第一話 素敵な巫女と昼更かしの吸血鬼
あらすじにも書きましたが、設定や描写の捏造、二次設定が混じる可能性について忌避される方にはおすすめできませんのでご注意ください。
「霊夢ー、来たわよー。居ないのかしら、霊夢ー?」
初夏。ある日の午後のこと。
暑さも相俟ってか、普段の三割増しで閑古鳥が発生している博麗神社に、幼い少女――ただし巫女でないモノを指す――の声が響いていた。
「あら、いた。お邪魔してるわ、霊夢」
「邪魔するなら帰りなさいよ、妖怪」
「つれないのね、あの激しい夜をお忘れになってしまわれたのかしら?」
声の主は紅魔館の幼き月、レミリア・スカーレットである。
吸血鬼という人類種の天敵である彼女だが、何故か人間側の切り札の筈の博麗の巫女宅たる此処へとよく遊びに来る。
どれくらい『よく』かと言えば、彼女の来訪に気づいた時点で霊夢が迎撃も接客もせず二人分のお茶を沸かすようになっているくらいには『よく』である。
付け加えるなら、レミリアの方もそれが当然とばかりに勝手に靴を脱いで上がり、一人万全の態勢でお茶と茶菓子を待ち構えるくらいには『よく』である。
お互いにこれでいいのだと本気で思っている節がある辺り、似たもの同士の二人ではあるようであった。
「……あの夜みたいに針だらけの血塗れにされたいのかしら?」
「怖いことを言うじゃないか。うちよりもよっぽど非道な悪魔の館らしいね、ここは」
「へぇ。また退治されたいの、あんた?」
それはご免被りたいわね、などと嘯きながら、レミリアは卓袱台を挟んで霊夢の向かいに正座する。
二人が居るのは、博麗神社の母屋にある居間である。
畳張りで十畳ほど。卓袱台を置いたら布団が敷けない程度の、狭くは無いが広くもない空間。
だが「不思議と落ち着く場所だ」と、客人となる機会のあった者たちからは洋の東西、老若男女問わず口にする場所だ。
いそいそとお盆から二人分のお茶と茶菓子を卓袱台に置きながら、霊夢はレミリアを睨む。
一方レミリアはそ知らぬ顔でお茶を受け取り、『今日の煎餅はゴマか』などと茶菓子に心を向ける。
口でこそ物騒な応酬をしているが、その実平和なひと時であった。軽口すら楽しんでいる気配がある。
『あの夜』――言わずもがな、後に紅霧異変と呼ばれるようになった、紅い霧の夜のこと――まで持ち出している割には、随分と長閑なことである。
「何にせよ、パスウェイジョンニードルも夢想封印も食らい飽きたよ。っていうか、私が昼に弾幕ごっこなんてできるわけないじゃない」
「じゃあこんな真昼間からなんでウチに来るのよ……」
「暇だったから。もとい、霊夢に会いに来たといえばそれらしいかしら?」
「暇潰しに妖怪が神社に来るんじゃない! ウチの評判が落ちるでしょうが!」
「落ちるほどあったのかしら? それは驚きね」
「――ぐっ……人が気にしてることを…」
日傘を片手に、昼間神社に現れる吸血鬼。確かに理不尽な存在である。
そんなものがいては神社の沽券が、と言う霊夢だったが、直後にレミリアにさらりとやり返されて沈没した。
妖怪が来ようが来るまいが関係なく、昔から――それこそ霊夢が巫女になるより前からずっと――参拝客は来た試しがないのである。
母数ゼロ。今更減りようがない。そんな冷たい方程式が霊夢の前には横たわっていた。
ちなみに、これを指して「火のないところに煙は立たないが、火も煙も、薪と酸素がなければ無力だぜ」とは普通の魔法使いこと霧雨魔理沙の弁である。
言いえて妙だが、その後素敵な笑顔をした素敵な巫女の素敵な弾幕に打ち落とされたのは言うまでもない。
「っていうか、霊夢。私が言うのもなんだけど」
「何……?」
「この神社に来るの。魔理沙以外は全員人外じゃない?」
「………………。こふっ」
更に止めを刺されて、いっそ切ない吐息を漏らし、今度こそ霊夢は卓袱台に突っ伏す。
実のところ、レミリアの言う通りなのだ。
幻想郷に在って尚幻想となりかねない(参拝客的な意味で)博麗神社は、来訪する者もほとんど特定されてしまう。
具体的に言えば、霧雨魔理沙、伊吹萃香、八雲紫、そしてレミリア・スカーレット。
恒常的に博麗神社に来る者といえば専らこの四人のみだった。最近はどこぞの不良天人も顔を見せるが。
このうち真っ当な(魔法使いが「真っ当」というのも変な話だが)人間は魔理沙一人。
ちなみに天人もどちらかといえば仙人等に近い、「人を外れたもの」であり、人間には含められない。
そして残りのメンツはと言えば、「妖怪の山の四天王」に「妖怪の賢者」、「紅い悪魔」。
もう清々しいまでに大妖怪であった。
人より妖怪に気に入られる妖怪退治屋というのはどうなのだろうか。
「いっそ、逆に人間退治屋とかやった方が信仰集まるのかしら……?」
「微妙ね」
紫辺りが聞けば凄絶な笑みを浮かべてスキマツアー送りにしていただろう霊夢の台詞は、やっぱりレミリアによってばっさり切り落とされる。
二人の雑談はいつもこんな感じだった。
「でさ、紫が『これは少女臭よ』って――あれ?」
「あら、どうしたの、霊夢?」
そのまま他愛のない話が続き、やがて高かった日も落ちかけた頃。
ふと霊夢が首を傾げる。
「誰か来た――って、考えるまでもないか。そこにいるんでしょ、咲夜」
「……気づかれましたか。失礼してるわ、博麗霊夢。それで、お嬢様、そろそろお時間が」
「ん……もうこんな時間か」
声と共に、レミリアの後方へ、音もなく従者が現れる。言わずと知れた完璧で瀟洒な従者――十六夜咲夜である。
普段は文字通り常に側仕えしている咲夜だが、レミリアが神社で談笑しているときに限っては側に居ないことが多い。
そして夕方頃、そろそろ帰らねばという時間になるとどこからともなく現れ、主人に刻限を知らせるのだ。
別に主人一人放り出して家にいるわけではない。レミリアについて境内まで来はするのだが、母屋までは入らずに外で待っているのである。
外敵に備えるためか、多くの従者に囲まれて暮らす主人の息抜きのためかは不明である。案外、自分が息抜きしているのかもしれないが。
或いは、外で談話しているときは普通に側に控えているので、建物の中に入りたくないだけという可能性もある。
ともあれ、いつも通りに咲夜はレミリアを迎えに来たらしかった。
「『もう』ってほどすぐでもなかったでしょうに。あんたお茶何杯飲んだか分かってんの?」
「さて。数えたことがないな。私は紅茶党だから」
「今ここで飲んだ緑茶の量を聞いてんのよっ」
「何のことかしらね……あら、そろそろ帰らないと美鈴が心配するわ」
うがー、と唸る霊夢から逃げるように、レミリアがそそくさと立ち上がる。
このままだと封魔陣の一発でも食らいかねないとレミリアが慌てて帰る準備を始め、一方で瀟洒な従者は如才ない動きを見せた。
「……ナニコレ?」
霊夢に差し出される包み。
何やら形状からして缶のようである。
「よい茶葉が手に入ったので、普段からのお嬢様とのお付き合いのしるしにと」
賄賂――もとい、心づけ。或いは巫女だから供物か。
いや、供物は神に捧げられるものなので別だろう、などとレミリアは他愛もないことを考える。
己の従者の完璧ぶりに舌を巻きつつ、こっそりと土間へ下りて靴を履きながら。
「ほほーぅ。ただ、レミリアがガバガバ飲んだのは」
「外の世界から、八女の玉露よ。私も飲んだけれど中々の出来だったわ。
ああ、うちで八女茶の茶葉を使った西洋焼き菓子を作るから、今度それも持ってくるわよ」
「やーいいの? ありがとね咲夜! 私もレミリアとは末永く付き合っていきたいと思ってたところよ!」
鮮やかな変わり身。
軽いなおい、などというツッコミをしに戻ると野暮天だと分かっているクールな吸血鬼は、従者を一瞥する。
愛コンタクト、じゃなかったアイコンタクトだ。
微かに肯きあうと、レミリアは霊夢が心変わりしないうちに玄関の戸を勢いよく開け、駆け出していった。
霊夢と咲夜はそれを生暖かい視線で見送ると、
「それじゃ霊夢! また来るわ!」
「はいはい、気をつけて帰りなさいよ〜」
「……迷惑かけるわね、いつも」
「おばあさんそれは言わない約束で――痛っ!?」
「誰がおばあさんよ」
「ツッコミにナイフ使うんじゃない!」
喧嘩を始めた。
追いつくのが遅い、と全力疾走で帰宅していた吸血鬼が人間の従者を叱るのは、これから四半刻ほど後のことである。
第一話を読んでくださった方々、ありがとうございました。感想、ご指摘等ありましたらよろしくお願いします。