第六回:瀝泉山(れきせんざん)に岳飛 墓を築き、乱草岡(らんそうこう)に牛皋(ぎゅうこう) 径(みち)を剪(き)る
【詩】
身の上の行く末は、風に舞う蓬の如く茫洋として、
振り返れば、ぽつねんと浮かぶ孤雲がいっそう哀れを誘う。
軍幕にありて策を練るに、他なる憂慮はなく、
ただ四海にその名を轟かせんことのみを、切に願う。
古来より「物にはそれぞれ主がいる」と申します。この馬はまさに岳大爺(がくだいかい・岳飛)が跨るべき定めであったのでしょう。それゆえ、馬は自然とその教えに伏し、暴れることもなく、岳飛に引かれるまま空き地へと連れ出されました。
つぶさに検るに、その姿は頭から尾まで優に一丈、蹄から背までは八尺ほどの高さに及びます。頭は兎の如く、眼は銅鈴のように輝き、耳は小さく、蹄は円やかに、尾は軽く、胸は広く。どこをとっても非の打ちどころのない、まさに龍駒と呼ぶにふさわしき名馬でした。しかし、全身が泥にまみれているため、肝心の毛色が分かりません。
傍らに小さな池があるのを見た岳飛は、馬夫に「馬櫛を持ってまいれ」と命じました。馬夫は返事こそしたものの、馬の威圧感に恐れをなし、遠巻きに見るばかりで近寄ろうとしません。
「案ずるな、私が押さえている。こちらへ来て洗い清めてくれ」
「では旦那様、しっかり押さえていてください。まずは古びた頭絡を付け替えてから、洗うことにいたしましょう」
馬夫が恐る恐る頭絡を付け替え、池のほとりで泥を丁寧に洗い流すと、岳飛は思わず相好を崩しました。なんとその馬は、混じり気一つない雪のような、まばゆい純白の駿馬であったのです。
身なりを整えた岳飛は、馬を後堂の階下に繋ぎ、義父の李春へ名馬を贈られたことへの深い礼を述べました。李春は「馬一頭のこと、心に留めるに及ばぬ」と朗らかに笑い、さらに家来に命じて一式揃った立派な鞍を取り寄せ、白馬に備えさせました。師の周侗も傍らでその様子を眺め、しきりに感嘆の声を漏らしておりました。
三人は席に戻り、しばし数杯の酒を酌み交わしましたが、やがて周侗が暇を告げると、李春は馬夫に別の馬を用意させ、周先生を送り届けさせました。李春が儀門(ぎもん・内門)まで見送ると、周侗は馬に跨り、馬夫を従えて内黄県の城門を後にしました。
「わが子(岳飛)よ、この馬はまことに稀なる名馬だが、その足並みはいかほどかな。お前が先を走り、私にその疾走ぶりを見せてくれぬか」
「承知いたしました!」
岳飛が一鞭を当てると、白馬は「忽喇喇」と四蹄を翻し、まさに矢を射るが如く駆け出しました。これを見た老周侗も興奮を抑えきれず、自らも鞭を入れ、その後を追います。供の馬夫は必死に追いかけますが、名馬の健脚にかなうはずもなく、息を切らして大きく遅れてしまいました。
師弟の二人は一気に屋敷の門まで駆け抜け、馬を下りました。周侗は馬夫に銀五銭の褒美を与えて帰らせ、岳飛は白馬を家に引き入れ、事の次第を母に伝えました。母子は周先生の並々ならぬ引き立てと慈しみに、深く感謝を捧げたのでした。
ところが、その日の駆け足で体に熱がこもったのか、書斎に戻った周侗は上着を脱いで扇で煽いでおりましたが、日が暮れるにつれ、次第に目がかすみ、頭痛を覚え、横にならざるを得なくなりました。
岳飛はこれを聞いて急ぎ駆けつけ、懸命に看病いたしましたが、二日過ぎても容体は悪くなるばかり。弟子たちや村の長者(員外)たちも、代わる代わる見舞いに訪れ、名医を呼び、祈祷を捧げましたが、岳飛の懸念は深まる一方でした。そして七日目、病状はついに重篤となりました。
枕元に弟子たちが集まる中、周侗は静かに岳飛を呼び寄せました。
「私が持ってきた行李の品々を、すべてここに持ってきなさい」
岳飛がそれらを用意すると、周侗は穏やかな口調で最期の言葉を遺しました。
「皆、よく集まってくれた。私の病はもはや膏肓に入り、長くはあるまい。岳飛よ、お前は私に弟子入りしたが、私にはお前に贈るべき蓄えもない。漂流の一生を終える私の、せめてもの形見として、これらを受け取っておくれ。葬儀は簡素で構わぬ。皆に万事を頼むことにしよう」
長者たちは涙ながらに答えました。「先生、どうかご安心を。もし万一のことがあっても、鵬挙(ほうきょ・岳飛)に苦労はさせませぬ」
周侗はさらに王明に向かって言いました。
「王どの。瀝泉山の東南にある空き地……あそこにお主の領地があるな。私は、あの地に葬られたいのだが、許してくれるか」
「もちろんでございます。すべては先生の仰せの通りに」
周侗は岳飛を呼び寄せ、王員外に深々と礼をさせました。そして三人の長者に向かい、「もし息子たちを大成させたいと願うなら、決して岳飛から離してはならぬぞ」と言い残し、痰が絡んでそのまま静かに息を引き取りました。
時は宣和十七年九月十四日、享年七十九。岳飛は慟哭し、その場にいた者で悲しみに打ち震えぬ者はおりませんでした。
長者たちは亡骸を王家荘に安置し、四十九日の法要を懇ろに営んだ後、周侗の遺志に従い、瀝泉山の麓に埋葬いたしました。葬儀が終わると、岳飛は墓の傍らに蘆の小屋を建て、そこで墓守(廬墓・ろぼ)を始めました。長者たちの息子たちも、交代で岳飛に付き添い、師を偲びました。
月日は矢の如く過ぎ、冬を越して二月の清明節となりました。長者たちが息子たちを連れ、墓参りにやってきました。
「鵬挙よ。家では老母がお一人で帰りを待っておられる。いつまでもここに留まっていてはいかん。荷をまとめ、我らと共に帰りなさい」
岳飛がなおも墓を離れがたく固辞していると、弟弟子の王貴が声を張り上げました。
「父上、兄貴を説得しても無駄ですよ。俺がこの小屋をぶっ壊してやります!」
湯懐と張顕も「それが一番だ!」と手を叩き、あっという間に蘆の小屋を跡形もなく取り壊してしまいました。岳飛は致し方なく、墓に向かって幾度も拝礼し、涙を拭って村へと戻ることにいたしました。
四人の兄弟分は、山角のあたりで酒を酌み交わしておりました。
「兄貴、今日帰ればおばさんも安心するよ」「だが、武芸も文芸もすっかり鈍ってしまった。これでは功名など望めそうにないな」
弟たちが口々にこぼすと、岳飛は寂しげな眼差しで答えました。
「義父を亡くした今、私には功名などという言葉は、もはや心に響かぬのだよ」
王貴は「先生の恩は一生忘れませんが、功名も大事なはず。兄貴がその気にならなければ、俺たちに望みはありません」と食い下がりました。
そんな語らいの最中、背後の草むらがガサガサと騒がしく鳴りました。
王貴が振り向きざまに草をかき分けると、一人の男が這い出してきました。
「大王様、どうか命ばかりはお助けを!」
王貴はその男をひっつかみ、「お宝を出しな!」と凄んで見せますが、岳飛が「馬鹿な真似はよせ、放してやれ」とたしなめました。岳飛が事情を尋ねると、男は「失礼いたしました、山賊かと思いまして」と言い、物陰に隠れていた仲間の二十人ほどを呼び出しました。
「相公(しょうこう・若旦那)様方、ここは酒を酌み交わすような場所ではございません。この先の『乱草岡』という場所に、近頃恐ろしい強盗が現れ、旅人の財宝をことごとく奪っているのです。私共は裏道を通って必死に逃げてきたところです。皆様も一刻も早く、内黄県へお急ぎなさい」
彼らが去った後、岳飛が帰宅を促すと、王貴が血気盛んに言い出しました。
「兄貴、その強盗とやらがどんな野郎か、拝んでやろうじゃありませんか」
「良心を捨て、目先の富を追うような卑しき輩など、見る価値もなかろう」
岳飛は静かに諭しますが、湯懐たちが「千軍万馬を恐れぬ兄貴が、たかが強盗一人を恐れるのですか」と囃し立てます。岳飛は「ここで引いては、師の名を汚し、臆病者と思われるやもしれぬ」と考え、庄丁(しょうてい・下男)たちを先に帰らせ、三人とともに乱草岡へと向かいました。
彼らは手近な木を根こそぎ引き抜き、枝を払って棍棒の代わりに担いで進みました。
乱草岡に着くと、遠目にも恐ろしげな体躯の男が立っておりました。顔は漆の如く黒く、筋骨隆々とした逞しさ。鑌鉄の兜に鎖帷子を纏い、黒い袍の上に革帯を締め、烏騅馬という名の黒馬に跨っております。手には二本の重厚な鑌鉄鐧(てつかん・鉄の鞭状の武器)を握り、十五、六人の旅人を土下座させて脅しておりました。
「お宝を出せば命は助けてやる。出さねば一人残らず皆殺しだ!」
これを見た岳飛は、「弟たちよ、あの男はなかなかの強者だ。私が行くゆえ、お前たちは遠くで見守っていろ」と言い、丸腰のまま悠然と強盗の前に進み出ました。
「もし、友よ。私がここにおる。その者たちを逃がしてやってはくれぬか」
大男が顔を上げると、そこには気品に満ちた岳飛の姿がありました。「ほう、お前も私に差し出すものがあるのだな」
「もちろんだ。山にあれば山を喰らい、水に頼れば水を喰らう。出すのは当然の道理であろう」
岳飛の物分りの良い口調に、男は気を良くしたようです。岳飛はさらに「私は大きな商いをしており、荷馬車は後ろにある。この者たちは小金しか持っておらぬ。先に逃がしてやってくれ。後で私がたっぷり包もうではないか」と提案しました。男が旅人たちを放すと、彼らは這う這うの体で逃げ去りました。
「さあ、約束のお宝を出せ」
「そうしたいのは山々だが、私の二人の『番頭』が承知しなくて困っているのだ」
「番頭だと? どこにいる」
岳飛は、硬く握った二つの拳を突き出しました。「これこそが、私の自慢の番頭だ」
男は激昂しました。「この俺の虎の髭を抜こうというのか! だが、お前は素手、俺は鉄鐧だ。これで勝っても男がすたる。よかろう、俺も拳で相手をしてやる!」
男は馬を降り、鉄鐧を鞍に掛け、岳飛に殴りかかりました。背後で弟たちが息を呑む中、岳飛はまともに受けず、ひらりと身をかわして男の背後に回りました。男が向き直って胸元を突こうとした瞬間、岳飛は電光石火の如き右蹴りを放ちました。これが男の脇腹を鋭く捉え、大男は無様に大地へと転がりました。
「見事な武芸だ!」と湯懐たちが喝采を送ります。
男はむっくりと起き上がると「屈辱だ!」と叫び、腰の剣を抜いて自刎しようとしました。岳飛は慌ててその手を抱きとめました。
「好漢よ、なぜそのように死を急ぐ」
「俺はこれまで一度も打ち倒されたことがない。このような恥をさらして、生きてはおれぬ!」
「気が早すぎる。私はお主に手を触れてもおらん。ただお主の靴底が滑って転んだだけではないか。そんなことで貴重な命を捨てては勿体ない」
岳飛の計り知れぬ怪力に驚いた男は、観念して名を尋ねました。
「私は麒麟村の岳飛という」
「何、岳飛殿か! では、もしや周侗先生をご存知か」
「わが義父である。なぜ亡き先生の名を?」
男は驚愕し、その場に膝をつきました。「どうりで勝てぬはずだ。先生のご子息であられたか。早くそう仰ってくだされば、これほどまでの失礼はいたしませんでしたものを!」
二人は草の上に座り、心ゆくまで語り合いました。
男の名は牛皋。陝西の出身で、代々軍人の家柄でありました。亡き父の遺言で「大成したければ周侗先生を頼れ」と言われ、母を連れて遥々やってきたのです。しかし道中、この乱草岡で山賊に遭遇し、返り討ちにして賊の頭を叩き殺すと、その馬と鎧を奪い取り、行きがかり上ここで通行人を脅しては、先生への手土産と生活費を稼いでいたというのです。
「何ということだ。あいにく義父は、去年の九月に亡くなったのだよ」
岳飛の言葉に、牛皋の母も悲嘆に暮れました。「先生が亡くなられては、この子の行く末も……」
岳飛は二人を力強く励ましました。「お母上、どうか悲しまないでください。私の腕前は義父には遠く及びませんが、その教えの一端は受け継いでおります。どうかわが家へお越しください。皆で修行を共にいたしましょう」
牛母は喜び、岳飛たちは牛皋親子を連れて村へ戻りました。岳飛の母、そして長者たちも牛皋を温かく歓迎し、岳飛は義兄弟の契りを結んだ彼に、武芸のみならず文字をも教えるようになりました。
ある日のこと。五人の兄弟が庄前の広場で槍棒の稽古に励んでいると、向かいの林から何者かがこちらをじっと伺っているのに気づきました。
「何奴だ、わが家を嗅ぎまわる不届き者は!」
王貴が怒鳴りつけると、林の中から一人の男が悠然と姿を現しました。男は深く拱手(きょうしゅ・うやうやしく挨拶)して口を開きました。
この男がもたらした一言こそ、岳飛が再び英雄としての牙を剥き、家園を立て直す契機となるのですが……。
五星は炳炳として、奎の辺に集まり、
多士は昂昂として、気象鮮やかなり。
万里の前程、手を唾して期し、
馳驟して、争い見る、祖鞭を著くるを。
果たしてその男が告げた驚くべき内容とは・・・




