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第五回:岳飛、巧みに九枝の矢を試し、李春、慨然として百年の姻縁を結ぶ

挿絵(By みてみん)

神臂の弓、満月のように円く開き、

二百四十歩の彼方に穿つ。

九本の矢、同じ黒点に同く貫き、

静寂の中に天の権威を見る。


【しおの】

【詩】

いまだ金殿に名を連ね、その誉れを刻む前なれど

魚が龍へと転ずるが如き、たぐい稀なる奇瑞を目の当たりにす

屏風に描かれし孔雀を射抜く故事を待つまでもなく

天上の仙子は、月中に棲まう嫦娥じょうがへと引き合わされたり

 さて、物語は移り――。

 師である周侗しゅうどうが、愛弟子である岳飛に対し、「なぜ試験を受けに行こうとせぬのか」と問いかけた折のことにございます。岳飛は包み隠さず、その胸中を明かしました。

「三人の義兄弟たちは富裕な家の出なれば、立派な弓馬や衣装を整えることも叶いましょう。しかし、ご覧の通り、私めは襤褸ぼろを纏う身。馬をあがなう蓄えなど、どこにございましょう。ゆえに今回は潔く諦め、次回の科挙を待とうと考えた次第にございます」

 周侗は深く頷き、「左様か、もっともな言い分だ。ならば、私について参れ」と言うと、岳飛を奥の寝室へと招き入れました。

 周侗は古びた長持ながもちを静かに開け、白の素袍すおう、鮮やかな大紅のにしき、そして紅の鸞帯らんたいを取り出して卓に置きました。

「これを持って帰り、母御に頼んでお前の体に合う戦袍ひたたれに仕立て直してもらうが良い。余った布で頭巾を作り、紅の錦は胴着と籠手に充てがうのだ。王員外から頂いたあの馬も、お前に貸してやろう。十五日の早朝には入城せねばならぬゆえ、急ぎ支度を調えなさい」

 岳飛は躍り上がるような喜びを胸に帰宅し、母の姚安人ようあんじんに事の次第を伝えました。母は子の晴れ姿を思い、夜を徹して一針一針に心を込めて針を動かしたのでした。

 翌日、周侗が書斎で文を読んでいるところへ、湯懐とうかいが姿を現しました。その装いたるや、白い頭巾には赤い牡丹の刺繍が映え、白の戦袍に紅の胴着、腰には銀の帯をきつく締め、磨き上げられた靴を履くという凝りようです。

「先生、私のこの姿、いかがでしょうか」

 周侗が「うむ、良かろう」と目を細めると、次に現れた張顕ちょうけんは緑の緞子どんすの衣装で艶やかに着飾り、さらに王貴おうきに至っては、全身を真紅に包み、まるで燃え盛る炭のような勇ましさで現れました。

 周侗は思わず笑みをこぼし、「お前たちは父親と共に先に入城しておれ。私は岳飛の家で膳を囲み、彼と一緒に後から会場へ向かうこととする」と告げました。

 運命の十五日の朝。周侗と岳飛は、内黄県だいおうけんの校場へと到着しました。そこは黒山の人だかりで、茶屋や酒場が軒を連ねる賑わいを見せておりました。

 そこへ、贅を尽くした装束に身を包んだ三人の義兄弟たちが現れます。周侗は彼らを呼び寄せ、静かに諭しました。

「お前たちは先に試験を受けるが良い。県知事様に岳飛のことを問われたら、『後ほど参ります』とだけ答えなさい。岳飛を後回しにするのは、こ奴の弓があまりに強すぎるからだ。先にお前たちの腕前を見せておかねば、岳飛の神技の前に、お前たちの影が薄くなってしまうからな」

 三人はその言葉に得心し、勇んで試験場へと向かいました。

 やがて、県知事の李春りしゅんが役人を引き連れて威風堂々と現れ、武芸試験の幕が上がりました。

 多くの武童たちが次々と弓を射ますが、聞こえてくるのは矢が空を切る「ヒュッ」という虚しい音ばかり。茶屋で聞き耳を立てていた周侗は、ふっと失笑を漏らしました。岳飛がその理由を尋ねると、師はこう答えました。

「こ奴らの射る矢は、弓の音ばかりが勇ましく、的に当たったことを知らせる太鼓の音が一つも聞こえてこぬわ」

 さて、知事の李春が点呼を取り、麒麟村の「岳飛」の名を呼びましたが、一向に返事がありません。代わって湯懐、張顕、王貴の三人が進み出ました。

 彼らは知事に対し、「的をさらに遠くへ」と願い出ます。六十歩、八十歩、百歩……。ついには、常人では狙うことすら難しい百二十歩の距離にまで的を下げさせました。

 三人が同時に弓を引き絞り、矢を放てば、驚くべきことに風を切る音すら置き去りにし、間髪入れずに「ドン、ドン!」と腹に響く太鼓の音が轟きました。放たれた矢は見事にすべて的を射抜き、知事も群衆も度肝を抜かれ、割れんばかりの拍手喝采が沸き起こりました。

 感嘆した知事が「誰に武芸を授かったのか」と問うと、三人は声を揃えて「師匠の周侗先生にございます」と答えました。周侗が知事の旧友であることを知ると、李春はすぐさま人を遣わし、演武庁の貴賓席へと周侗を招き入れました。

 久方ぶりの再会を喜ぶ二人。知事が「家族はどうされた」と案じれば、周侗は「妻は先立ちましたが、この岳飛を養子として迎えております」と紹介しました。

 李春は「貴殿の弟子たちがあれほどの腕前なら、愛息の腕を疑う必要もなかろう」と述べますが、周侗は「これは国のために材を選ぶ公の場。公平を期すため、ぜひその目でご覧あれ」と促しました。

 岳飛は静かに進み出ると、さらに的を遠ざけさせ、なんと二百四十歩の距離に置かせたのです。

 岳飛は周先生直伝の「神臂弓しんぴきゅう」を手に取り、満月の如く力強く引き絞りました。

 シュッ、シュッ、シュッ――。

 息つく暇もない速さで、九本の矢が放たれました。間を置かぬ太鼓の音は鳴り止まず、九本の矢すべてが命中。確認に走った役人は、その光景に驚愕の声を上げました。

「なんと……九本の矢がすべて同じ穴を通り、的の真ん中に一塊となって突き刺さっております!」

 李春は思わず立ち上がり、深く感嘆して言いました。

「この若さで、これほどの神技を体得しているとは。周兄、もしお嫌でなければ、私の十五になる娘を、この岳飛殿の妻に迎えてはいただけまいか」

 周侗は大いに喜び、その場で婚約が成立。岳飛もまた、新たな舅となる李春に恭しく礼を尽くしました。

 後日、届けられた李家のお嬢様の生年月日を記した庚帖こうじょうを見て、岳家の人々は驚きに包まれました。なんと岳飛と同じ年、同じ月、同じ日、そして同じ時刻の生まれであったのです。これこそは、天が定めた「宿縁」に他なりませんでした。

 結納の礼を滞りなく済ませた後、岳飛は舅の李春を訪ねました。李春は婿への贈り物として、厩舎うまやに残っている馬の中から、好きな一頭を選ぶよう勧めました。

 しかし、岳飛が数頭の馬の背に手を置き、ぐっと力を込めると、どの馬もその重みに耐えきれず、無様に足をついてしまいます。岳飛は言いました。

「私が求めているのは、単なる移動の足ではございません。戦場を縦横無尽に駆け、国のために手柄を立てられる名馬にございます」

 その時、隣の厩舎から天地を揺るがすような凄まじいいななきが聞こえてきました。

「あれこそ、求める名馬に違いありません」

 岳飛が指差すと、李春は困り果てた顔で答えました。

「あの馬は力こそ無双だが、気性が激しすぎて誰も乗りこなせず、売っては返されるを繰り返してきた。今はやむなく鎖で繋いでいるのだよ」

 岳飛は恐れる色も見せず、上着を脱ぎ捨てて馬へと近づきました。馬は激しく蹴り、噛みつこうと荒れ狂いますが、岳飛は電光石火の早業でたてがみを掴み、その首を力強く数回叩きました。

 すると、あの大暴れしていた荒馬が、不思議なことに岳飛の前で、まるで魔法にかけられたかのようにピタリと動きを止めたのでした。

 まさに、「駿馬、伯楽はくらくに逢い、馳騁ちていして王良おうりょうに遇う」の譬えの如し。

 果たしてこの名馬を駆り、岳飛がいかなる武勲を打ち立てていくのか。その真の勇姿は・・・

この第五回で描かれた岳飛の試験(県レベルの予備試験)が、当時の社会においてどのような意味を持っていたのか。文の科挙との比較、そして凄惨な時代背景から深く考察します。


1. 文の「科挙」と武の「武挙」:光と影の対比

中国史において、宋代はもっとも「文」が尊ばれ、「武」が軽んじられた「重文軽武じゅうぶんけいぶ」の時代でした。


文の科挙(文挙): 官僚への唯一の登竜門。数万倍の倍率を勝ち抜いた者は、皇帝の側近となり、国の政策を左右する権力を手にしました。


武挙: 唐の武則天期に始まりましたが、宋代では長らく「文官の下」に置かれました。試験内容は弓馬の技術(実技)に加え、『孫子』『呉子』などの兵法書に関する筆記試験がありました。


しかし、北宋末期から南宋にかけて、この構図は劇的に変化します。北方の強国・金によって国土を奪われ、平和な文治社会が崩壊したことで、「国を救う実力者」としての武官が切実に求められるようになったのです。


2. 「靖康の変」という時代背景:屈辱から生まれた渇望

物語の背景には、常に「靖康の変(1127年)」の影が落ちています。


未曾有の国難: 首都・開封が陥落し、二人の皇帝(徽宗・欽宗)が拉致され、北半分を奪われたこの事件は、漢民族にとって最大の「屈辱」でした。


文弱への反省: 詩作や絵画に耽り、国防を疎かにした文官政治への不信感が募り、「いま必要なのは、空理空論を語る文士ではなく、十万の敵を退ける名将である」という空気が国中に満ちていました。

岳飛がこの試験に臨む姿は、単なる立身出世のためではありません。それは、「奪われた山河を取り戻す」という民族の祈りそのものだったのです。


3. 第五回の試験シーンを深掘りする:象徴としての「二百四十歩」

この回で描かれた岳飛の神技は、当時の「武挙」の基準を大幅に超えた、象徴的な意味を含んでいます。


① 二百四十歩の射程(標準の二倍から三倍)

当時の武挙の実技試験(歩射)では、標準的な的の距離は八十歩から百歩程度でした。岳飛が提示した「二百四十歩」は、物理的な限界を超えた「神域」です。これは、当時の金軍(女真族)の強力な騎馬軍団に対抗するためには、「敵が近づく前に、遥か遠方から指揮官を射抜く圧倒的な力」が必要であることを暗喩しています。


② 「九枝の矢」と「一穴の命中」

九本の矢がすべて同じ穴を通るという描写は、単なる精確さの誇示ではありません。それは、戦場における「持続的な冷静沈着さ」と「完璧な制御力」を表しています。混乱を極めた南宋初期の戦線において、一瞬の動揺もなく敵を屠り続ける「鋼の精神」を、この一場面で表現しているのです。


③ 李春(文官)による評価と姻縁

県知事の李春は、文官でありながら岳飛の武才を認め、愛娘を託しました。これは、本来相容れないはずの「文(政治)」と「武(軍事)」が、国難を前にして初めて手を取り合った瞬間を描いています。岳飛が単なる「粗野な武夫」ではなく、文官からも尊敬される「士大夫的品格(師匠・周侗による薫陶)」を備えていたことが、この縁談の鍵となっています。


4. 宿縁と名馬の予兆

物語の最後に登場した荒馬を乗りこなす場面は、武挙の合格以上に重要です。

「名馬は伯楽(優れた鑑識眼を持つ者)を待つ」という言葉通り、暴れ馬(=制御不能な軍事力や乱世のエネルギー)を鎮め、それを「国を救う力」へと変えられるのは岳飛のみである、という天命の証明です。

そのため、この岳飛の試験とは、単なる官職を得るためのプロセスではなく、「沈みゆく王朝が、最後に掴んだ一縷の希望」を可視化する儀式であったと言えるでしょう。


この第五回は、平穏な村の少年が、歴史の荒波へと漕ぎ出す「英雄誕生の祝祭」なのです。

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