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満江紅ー悲壮の民族英雄ー岳飛  作者: 光闇居士


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第三回:岳院君(がくいんくん)、門を閉ざして子を諭し、周先生、帳を設けて徒を授く

挿絵(By みてみん)

七歳の童子が壁に書をなす、大筆を一振りすれば龍蛇が走る。墨の痕は黒く白壁を裂き、忠魂が初めて発せられ天を驚かす雷のごとし。


【しおの】

【詩】

大いなる水に漂いて 辛苦に遭い

嘆くべし 幼子は荒れたる野辺に窮す

夜通しの紡績つむぎにて 日々の糧を供し

亡きひとを想い 密かに涙を拭いて子を導く


さて、母との約束を胸に家を出た岳飛がくひでしたが、いざ薪を拾おうと思っても、どこへ行けば手に入るのか見当もつきません。思案に暮れながらも、まずは近くの土山を目指して歩き出しました。山頂に立って辺りを見渡しましたが、薪になりそうな枯れ木は見当たりません。さらにもう一つ先の山の裏手まで足を延ばすと、七、八人の子供たちが野原に集まり、賑やかに遊んでいるのが目に留まりました。

その中には、恩人である王員外おういんがいの隣家に住む張小乙ちょうしょういつ李小二りしょうじの姿もありました。岳飛に気づいた彼らが声をかけます。

「岳家の兄弟じゃないか、こんなところで何をしているんだい?」

「母上の言いつけで、薪を拾いに来たのさ」

すると、子供たちは口を揃えて囃し立てました。

「それはちょうどいい。薪拾いなんて後回しにして、一緒に『羅漢積み(らかんづみ)』をして遊ぼうぜ」

「いや、せっかく誘ってくれたけれど、母上との約束があるんだ。遊んでいる暇はないよ」

岳飛が丁寧に断ると、子供たちは途端に顔色を変えました。

「ふん、何が『母上の命』だ。格好つけやがって! 言うことを聞かないなら、その生意気な頭を懲らしめてやるぞ!」

「からかうのはよしてくれ。僕は決して、喧嘩を望んでいるわけではないんだ」

「誰がからかっているものか!」「僕らがお前を恐れるとでも思っているのか!」

王三おうさん趙四ちょうしといった少年たちが一斉に色めき立ち、多勢に無勢で岳飛に襲いかかろうとしました。ところが、岳飛が両腕を力強く振るって押し返すと、三、四人の少年たちが木の葉のようにあっけなくひっくり返りました。その隙に岳飛がその場を立ち去ろうとすると、少年たちは「逃げるのか、卑怯者め!」と強がりを叫びましたが、岳飛の底知れぬ力に恐れをなし、追いかけてくる者は一人もいませんでした。

負かされた子供たちの数人は、そのまま岳飛の家まで泣きながら駆け込み、「岳飛にいじめられた」と不当な訴えをしました。岳飛の母、岳安人がくあんじんは、慈愛に満ちた言葉で彼らを優しくなだめ、家へと帰しました。

やがて、岳飛が枯れ枝を籠いっぱいに背負って帰ってきました。母はその様子を見て、静かに諭しました。

「薪を拾いに行かせたはずが、よそのお子さん方と争い、騒ぎを起こすとは何事ですか。それに、この枯れ枝は、あるいはどなたかの庭木であったかもしれません。もし持ち主に見つかってお叱りを受けたら、どうするつもりですか。もしも木に登って怪我でもされたら、私は誰を頼りに生きていけばよいのでしょう」

岳飛は即座にその場に膝をつき、「母上、申し訳ございません。明日はもう、枯れ枝を拾いには参りません」と深く反省しました。

母は息子を優しく立たせ、こう告げました。

「もう薪拾いには行かなくてよいのです。王員外のお宅からお借りした書物があります。明日からは、私があなたに学問を教えましょう」

「はい、母上の仰せのままにいたします」

翌日から、母による慈しみ深い教育が始まりました。岳飛は生まれながらに聡明で、一度教えれば即座に理解し、一度読めば暗記してしまうほどでした。数日が過ぎ、母が言いました。

「飛よ、私が少しずつ蓄えた小銭があります。これで紙と筆を買ってきなさい。字を学ぶことも、また大切な務めですから」

岳飛は少し考え、顔を上げて答えました。

「母上、わざわざ買う必要はありません。私には、私なりの紙と筆がございます」

岳飛は外へ出ると、川岸からもっこいっぱいの河原の砂を運び込み、柳の枝を削って筆の代わりとしました。

「これならば一銭もかかりませんし、一生使い切ることもありません」

母は微笑んで、「それは実に見事な考えですね」と褒め称え、机の上に砂を広げ、柳の枝を握らせて手本を示しました。岳飛はまたたく間に、砂の上に美しく力強い字をしたためるようになりました。

一方その頃、王員外の息子、王貴おうきは、数えで六歳ながらも大人びた体格を持ち、その気性は荒く、手のつけられない乱暴者でありました。ある日のこと、使用人の王安おうあんを連れて庭園の百花亭ひゃっかていで遊んでいた折、机の上に「将軍」や「馬」の駒が並ぶ象棋シャンチーを見つけました。

「これは何だ?」

「これは象棋といって、二人の打ち手が知略を競う遊びでございます。あかの駒が黒の『将軍』を仕留めれば勝ち、その逆もまた然りでございます」

王安の説明が終わるか終わらないかのうちに、王貴は自分の「将軍」の駒をいきなり動かし、王安の「将軍」を叩き潰しました。

「よし、俺の勝ちだ!」

「若旦那、そのような決まりはございません。将軍というものは、自陣の城から出られないものなのです。私が正しい遊び方をお教えしましょう」

「黙れ! 将軍(大将)になったからには、どこへ行こうと己の自由ではないか! できないなどと嘘をついて、俺を騙すつもりか!」

逆上した王貴は、重い盤を持ち上げると、あろうことか王安の頭に叩きつけました。王安の頭からは血が溢れ出し、彼は悲鳴を上げて逃げ出しました。騒ぎを聞きつけた父の王員外は激怒し、王貴の頭を拳で幾度も殴りつけました。

王貴は泣き叫びながら、母である院君いんくんの部屋へ逃げ込みました。息子を溺愛する母は、夫が息子を叱るのをどうしても許しません。

「この子は、岳安人の勧めがあってようやく授かった、かけがえのない一人息子なのですよ! この子の柔らかい頭をそんなに殴って、もしものことがあったらどうするのです! 私も一緒に死んでやるわ!」

そう言って、王員外に体当たりをせんばかりの勢いです。家臣たちが慌てて引き離しましたが、王員外は呆れ果て、「これほどまでに甘やかしては、この子の末路が思いやられる……」と、深いため息をつくばかりでした。

そこへ、友人の張員外ちょういんがいが顔を腫らして訪ねてきました。

「聞いてくれ、兄貴。うちの張顕ちょうけんの野郎だ。私が足代わりに買った馬を勝手に乗り回し、よその家を壊し、人に怪我をさせ、私は賠償ばかりさせられている。注意したら、これだ。家内が息子をかばって、私の顔を引っ掻いたのさ」

さらに、友人の湯文仲とうぶんちゅうも血相を変えて飛び込んできました。

「兄貴たち、私の話も聞いてくれ! うちの湯懐とうかいの野郎だ。近所の団子屋に嫌がらせをし、門の前に大きな石を積み上げやがった。主人が怪我をして、私が平謝りして金を払ったというのに、家内は麺棒を持って私を追い回す始末だ!」

三人の親たちは、我が子の放蕩と家庭内の不和に頭を抱え、ただ嘆き合うばかりでした。

その時、門番が知らせをもたらしました。「陝西せんせいより、周侗しゅうどう老相公がお見えになりました」

三人は歓喜して迎えました。周侗といえば、かつて都の禁軍で教官を務め、あの林沖りんちゅう盧俊義ろしゅんぎをも育て上げたという、伝説の武芸家です。

「老兄、お久しぶりでございます! 都におられるとお聞きしておりましたが」

「ああ、私もよわいを重ねた。かつてこの地に持っていた田地の年貢を清算しに来たついでに、旧友である諸君の顔が見たくなって立ち寄ったのだよ」

周侗は、妻を亡くし、息子も戦功虚しく戦死し、弟子たちも奸臣に陥れられて世を去った、孤独な身の上を静かに語りました。三人の親たちは、藁にも縋る思いで、我が子たちの不行跡を打ち明けました。

「これまで何人も家庭教師を呼びましたが、全員が彼らに叩き出されました。あの荒れくれ者どもを教えられる御仁は、もはやおられません」

周侗は泰然と微笑んで言いました。

「それは先達方の教えが、彼らに届かなかったのでしょう。私が教えれば、彼らが私に手を上げることはありませんよ」

「おお、それならばぜひ! 彼らの師となって、鍛え直していただけませんか!」

こうして、周侗を師に迎えた「私塾」が、王家の中に開かれることとなりました。

これを聞いた王貴、張顕、湯懐の三人は、新しい先生に手荒い「洗礼」を浴びせてやろうと、鉄の物差しや棍棒を懐に隠し持って待ち構えました。

翌日、周侗が王貴を呼び寄せると、王貴は不遜な態度でいきなり鉄の物差しを振り上げ、先生の頭を狙いました。しかし周侗は、電光石火の早業でそれをかわすと、片手で王貴の首筋を掴んで椅子に組み伏せ、戒尺(しつけ用の板)で鋭く諭しました。

名家の若旦那として、かつて一度も痛みを知らずに育った王貴は、この一撃に震え上がり、すっかり神妙になりました。それを見た張顕と湯懐も、恐れをなしてこっそりと武器を捨て、周侗の教えに服従するようになったのです。

さて、壁一つ隔てた隣家の岳飛は、毎日椅子の上に立ち、壁に耳を当てて周侗の講義を熱心に盗み聞きしておりました。

ある日、周侗が小作人の王老実おうろうじつに誘われ、豊作の田を検分するために外出しました。先生は三人の弟子に「自習の課題」を与えて出かけます。

岳飛はこれ幸いと、主のいない書斎に忍び込みました。王貴たちは、自分たちの代わりに課題を片付けてくれと岳飛に泣きつきました。

「岳兄さん、君は賢い。僕らの代わりにこの作文を書いてくれよ! お礼に引き出しにある菓子を全部差し上げるから!」

彼らは岳飛を中に閉じ込めるようにして、遊びに行ってしまいました。岳飛は三人のそれぞれの学力に合わせ、異なる文体で課題を鮮やかに書き終えると、ふと先生の席に座り、周侗の認めた文章を読みました。その気高い筆致に深く感銘を受けた岳飛は、抑えきれぬ情熱のままに筆を執り、書斎の白壁に一首の詩を書きつけました。

【詩に曰く】

筆を投げ打たんとして 虎頭(班超)の志をうらや

すべからく 談笑のうちに功を成し封侯を求むべし

胸中の浩然たる気は 天の霄漢しょうかんを凌ぎ

腰下に帯びたる名剣は 北斗の星を射る

英雄はおのずから 天下の調和(羹鼎)を司り

雲龍風虎 おのずから志を同じうする

功名いまだ 男児の志を遂げ得ぬのは

ただ世人が この身の貧しき衣を笑うにあるのみ

書き終えた後、端の方に「七歳の幼童、岳飛、たまさかに題す」と潔く署名しました。

その刹那、ガチャンと鍵が開く音が響きました。王貴たちが慌てふためいて飛び込んできます。

「大変だ! 逃げろ、早く逃げるんだ!」

岳飛は驚き、何事が起きたのかと鋭く身構えるのでした。

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