『旅は道連れ、世は情け、ってね』
「やらかして……しまった……」
『ピロロロゥ』
航空機を追いかけた結果、軍用機のスクランブルを招いてしまった私。
その後私は、空から見つけた街の近く、環境維持システムの端末近くの草原に着陸し、黄昏れていた。
いや、その。
私にも言い分はあるのだよ。
少なくとも、私が活動していた昔は、好き勝手に動いても問題になる事ってなかったじゃん? 人類軍に、よくわからん小娘を気にする余裕が無かったともいうが。
だから私は今まで通りに行動しただけであって……。
そんなに、悪くは……。
「悪いよぉ!? うちの子達が今までマッハで飛び回った事なかったじゃん!? 大体人類軍からも宇宙人からも一応ステルス貫いてたじゃん!? 何やってんの私、飛行機が空飛んでたから追いかけたってダチョウか何か!?」
自己正当化に失敗し、私は頭を抱えてしゃがみこんだ。
何やってんの私。
何やってんの私ぃ!!
「ひぃん……アホじゃん、おもいっきりやってる事アホじゃん……人類の皆さまお騒がせして申し訳ありませんでした……」
『ピロロロゥ』
「うー。お前はお気楽でいいなあ……」
項垂れていると、我が子が顔を押し付けるようにしてくるので、よしよしとその頭を抱きかかえて撫でまわしてやる。つっるつるつやつやの銀色の皮膚は、硬いようで独特の柔らかさがある。
ほんのり温かいそれを撫でまわしていると、不思議と心が落ち着いてくる。やれやれ、どっちが甘えているのか分かりはしないな、これでは。
「ありがとう、落ち着いてきたよ……。まあ、うん。やらかしてしまったのは仕方ない。後日、あらためて謝罪にいくとして、しばらくは人目を避けて暮らそう……」
『ピルルル?』
「あー、うん、御免。つき合わせてわるいね……」
我が子……アースの頭から手を放し、私はうーん、と背筋を伸ばした。
聳え立つ巨木の根、その陰から顔を出すと、周囲には見渡す限り銀色の麦畑が広がっている。
人間達が銀シャリ麦、と呼んでいるらしい、これ。実は私が作った奴である。
人類の食糧問題解決のために生み出した調整植物。麦というか米っぽいこれは、私の肉体組成を基に人間が必要とするであろう全ての栄養を合成する完全食品である。とりあえずこれさえ食べてれば死にはしない……そういうつもりで作ったのだが、どうにも人間達には人気がないらしい。
せっかく生み出したのに誰も食べなかったので、人類の友として生み出した子供たちに「これ美味しいから食べてね」と念押ししてようやく消費が始まった有様である。そこから一時期はめちゃめちゃ食べられていたのだが、ここしばらくはまた消費が落ち込んでいた。
「なんでだろうなあ。もしかして美味しくないのか……?」
今も手付かずで広がる銀色の麦畑に首を傾げつつ、その中に踏み入り、私は手近な穂を毟り取って口に含んだ。
「あむあむ」
むしゃむしゃと穂を丸かじりする。
極薄の殻がぱりっと弾けて、中のもちもちぷにぷにした胚芽を噛みしめる。するとじわっと唾液に反応して甘味が出てきて、噛めば噛む程味わい深い。ぱりぱりの殻もよいアクセントになって、パリパリ、ムニムニ、いくら食べても飽きが来ない。
私が平和な時代に好きだった、グミに糖衣を被せた御菓子をモチーフに餅を参考にデザインしたのだが、概ね想像通りに仕上がっているようだ。
これできちんと脱穀すればお米のように炊いて食べられるし、粉にすれば小麦粉のようにも扱える。食料事情も流通事情も調理事情もヤバヤバの人類の事を考慮しての仕様である。
まさしく未来の猫型ロボットのスペシャル道具なみに夢の食べ物のはず。
どうしてこれが人気でないんだ?
いやまあ、急いで作ったやっつけ仕事ではあったが、ちゃんと仕上がってるぞ?
「ううーん。麦穂を丸かじり、というのが駄目だったのか? いやしかし、環境維持システムと一体化してる時の私はそこまで難しい事考えられる状態じゃなかったし……やっぱあれか、ぱかっと割ったら中からカツ丼とかステーキとか出てくる奴のほうがよかったのか? いやでも、そんなん流石に無理……いや今からでもチャレンジするべきか……?」
『ピルルルゥ』
麦穂を片手に思い悩む私を他所に、後ろからついてきたアースがバリバリ銀麦を貪り始めた。美味しそうにもっしゃもっしゃ食べてる辺り、うちの子の味覚にもあっているらしい。
「美味いか、アース?」
『ピルルッ!』
「そうかそうか、それはよかった。じゃあなんで猶更誰も食べないんだ……?」
尻尾の先をぴこぴこさせて嬉しそうにする我が子を眺めつつ、私も手にした麦をむしゃり、と口に運ぶ。
そんな時だ。
「こらーーーっ!! ここで何しとるんだっ!!」
不意の大声。
びくっと肩を弾ませて振り返ると、何やら大柄な男性がどたどたとこちらに走ってくるのが目に入った。
慌てて私はアースの傍に寄り添う。びっくりしたんじゃなくて、反射的にこの子がやらかさないように抑えに入ったのである。この子、スペックがアホすぎて危険だからね……なんだよ単体で宇宙空間に出られるって……。
あ、それと脳波動も意識して押さえないと。目とか髪とかピカピカ光ってる子供とか普通じゃないからね。
「お前達、ここが何なのかわかっとるのか、ばかもーん!」
「す、すいません。もしかしてはいっちゃ駄目でした……?」
「何をいっとるんだ、マザーツリーは本体も分木も周囲一キロは立ち入り禁止じゃーい! だいたいどっから入ってきたんだおぬしら!」
頭の上から私を怒鳴りつける男の人。
彫りの深いというか濃ゆい顔の造形、日本人か? 何十年たったか知らないけど、今もこういう人、いるんだなあ。ちょっと安心した。
「いいから、ほら、こっちに来るんだ! そこのフレンドも、銀シャリ草を勝手に食べるんじゃない!」
「え、でもこれ食べていいように作った……」
「勝手に食べたらいけない事になってるの! これでもマザーツリーの一部なんだ、昔ならともかく今は食べるものに困ってないんだから!」
え、そういう解釈なの!?
びっくりして目を丸くしていると、さらにもう一人、人間の男の人がやってきた。肩に小さなフレンドを乗せている若い男の人、ハンサムな感じの爽やか青年って感じだ。
彼は小走りで私と男の人の間に割って入ると、男性を宥めにかかった。
「まあまあ、先輩。こんな小さな子にそう怒鳴らなくとも」
「む。俺は別に怒鳴ってるつもりは……」
「その気はなくても先輩声が大きいんですから。ほら、あの子もびっくりして目を見開いてるでしょう?」
いや、別に声の大きさにびっくりした訳じゃないんだが。
しかし、この人のフレンドとやらは随分小さいな。可愛いし世話も楽そうだ。
肩に張り付いている、ヤモリとアルマジロを足して二で割ったような見た目のフレンドに小さく手を振ると、彼は小さく頭をさげて挨拶してくれた。
ふふふ、可愛い。
直後に何やら気になる事があるのか二度、三度と振りあおぐような仕草をする彼から目を逸らし、私は言い合う二人の男性を宥めにはいった。私が原因だしね。
「そ、その。お二人とも、そのぐらいで……。わ、悪いのは私なんです、よく知らずにここに入り込んだ私が一番いけないので……」
「む。い、いや、わしもお嬢ちゃんをとっちめたい訳では……」
「ほらほら。不法侵入という意味では僕達もそうなんですから、とにかく一旦この場を後にしましょう。お嬢ちゃんとそのフレンドもついてきておいで」
良かった、どうやら二人とも矛を収めてくれたようだ。促されるままに、私はアースに声をかけて二人の後ろについていく。何故かじっと青年の肩にいるフレンドがこちらを見つめているのが気になるが……。
二人について麦畑を抜けると、近くの丘を通る道に自動車が止めてあった。どうやらここから、麦畑で暴食に走る私達の事を見つけて走ってきたらしい。
「ほら、お嬢ちゃん、車に乗りな。そっちのフレンドは……まあ、必要なさそうだしそもそも乗らんな。っと、自己紹介を忘れていた。わしは小金井勘助っていうもんだ」
「僕は荒川譲二といいます。二人とも警察官をやってますね」
「け、警察官、ですかっ」
思わず車の後部座席で身を小さくする。
こ、こまった。今の世に公職がしっかり復活していたとは。ま、不味いぞ、戸籍どころかそもそも世の法に反するであろうフリーダムばかりしてきた私は真っ黒けだぞ!? ついさっきもパスポート無しで海を越えて大陸渡ったばかりだし、ま、まずい、不味いぞ!
どう言いつくろうか悩んでいる間に車が出発してしまう。
はっ、しまった。こうなってしまっては車内は陸の密室、走ってる車から飛び降りる事は……できなくもないけどそんな事したら完全な不審者である。つまり私は取り調べに応じるしかない!
ま、まさか、これが狙いで!?
「? なんだ、そんなに縮こまって。ちょっと不法侵入したぐらいで取って食ったりはせんわい」
「大方、君のフレンドのしわざでしょう? よくあるんですよ、飛べるようになったフレンドが上機嫌のあまり、パートナーを抱えたまま大陸を渡って別の所にいっちゃうの。そしたら大体お腹が減ったんでツリーの根元にいくんですよね」
「ははは、お前の従妹、北アメリカで行方不明になったと思ったらイギリスで見つかったもんな」
車の横を同じ速度でパタパタしているアースを見上げて、運転席と助手席の二人が好意的に解釈してくれる。よ、よかった、助かった。
で、でもこのままだと、アースが悪いという事になっちゃう。どうにかして弁解しないと……。
「そ、その、アースは悪くないんです。私がお願いしたから……」
「はいはい、だから別にとっつかまえたりはしないから安心しなさいなって」
「別に刑法で罰則が決まってる訳じゃないですしね。きちんと取り調べされたら記録が残っちゃうし、そしたら君も困るでしょ?」
私の謝罪に和やかに応じてくれる警官二人。
た、助かった、思った以上に話が通じる! 平和万歳!!
「とりあえず仔細は聞かないから、数日ウチに泊まっていけ。フレンドが翼を休めたら、ちゃんと家に帰るんだぞ」
「い、いいんですか!?」
え、いいの?! なんか今の世の中想像以上にゆるくなってない!? いや助かるんだけど。犯罪率とかどうなってんだろうな、滅茶苦茶低そう。
実際の所、アースは休憩なしで地球を三周できるぐらいのスぺックはあるけど、そんな事いっても信じてもらえないだろう。というか、帰る所ないしね……。小金井さんの所で休ませてもらう傍ら、情報収取する事にしよう。
どうにも随分時間がたっているらしいしな。
環境維持システムと一体化している間の意識は曖昧だし、おまけに何回日が巡ったかなんて数えられなかったので、どれぐらいたってるのかわからんのだ。
感覚的に、50年かそこらじゃないかなーと思ってたんだけど、復興っぷりをみるともっと立ってるよな、これ……。
「いいとも。ワシのフレンド、デカくなりすぎて車に乗れなくていつも家で留守番しててな、退屈そうにしてるから相手してくれると助かるわい。あ、そだ、家までもうしばらくかかるから、荒川のフレンドと遊んでな」
「ボクシーっていいます、よろしくね。……うん、どうした、ボクシー? さっきからずっと固まってるけど、どうした?」
『プ、プキィ……』
肩から降ろされたボクシー君は何やらガチンコチンに固まったまま私に手渡された。私は両手で彼の脇を抱えて受け取ると、掲げるようにして挨拶した。
「よろしくね、ボクシー君」
『プキキ』
なんだか緊張してる感じのボクシー君を腕に抱きかかえる。……な、なんかガッチンコッチンになってて、ぬいぐるみというよりソフビ人形抱えているみたいだな……。
え、私、怖い? 人見知りするタイプの子なのかな。
私、ママ。怖くないよ。仲良くしようよー、ね?
手足をぴーんと伸ばして固まるボクシー君の右手を軽くつまんで、シェイクハンド。友好、友好。マイフレンド。
そうしていると、ちょっとボクシー君も緊張がほぐれたみたいで、大人しく私の腕の中で柔らかくなってくれる。
ふふふ、抱き心地いいねこの子。うちの子達の小さな頃を思い出すなあ。
そのまま私はボクシー君と戯れつつ、目的地への到達を待つのだった。
『ピロロロロ(嫉妬)』
ドスゥンッ、ギャリギャリリ!!
「う、うわあああ、でっかいのが車の上に飛び降りてきた!?」
「あ、アース、落ち着いて、車潰れちゃう!? あ、ちょ、そんな顔押し付けたら窓がわれる、今あけるから、あけるからぁ!!」
『プキキキキキーッ!?』
◆◆ ◆◆
ボクシー君のコメント:『いやあ、はい。まさに天国から地獄という感じでしたよ。だって考えてみてくださいよ、200年前に地球と人類を救う為にマザーツリーと一体化した我らのママが、何の前触れもなくひょいと目の前に現れて、挙句僕の事抱っこしてくれるんですよ? 緊張と驚愕と理解不能でガッチガチになるに決まってるじゃないですか。でも落ち着いてきたら、なんかこう懐かしくて優しい手つきにママァ……ってなってきてですね。そしたらそこにあの最強生物が嫉妬全開で窓から顔つっこもうとしてくるんですよ? 例えるなら、ゴジラが殺意全開で背びれと目と口を青く光らせながら顔突っ込もうとしてくるようなもんです、マジで生きた心地しなかったですよ。ええ』
コメンテーターの皆さん:『うわぁ(同情)』




