『ママ、復活!』
銀色のフレンドと共に少女が去っていく。
羽ばたいてどこかへ飛んでいくその後ろ姿をぼへーっと見送って、その子供は傍らの相棒に語り掛けた。
「変な子だったね、ルーシー。……ルーシー?」
『…………』
ところが、同意を求められたフレンドの様子がおかしい。
二足歩行するシロイルカのような見た目のそのフレンドは、口を半開きにしたままカチンコチンに凍り付いていた。
どうしたの? と子供が首を傾げる。さっきまで普通にしていたのに。
「固まって、どしたの? 何か妙な事でもあったの?」
『………………グア』
「ぐあ?」
『グアアアアアアアアンッ!?(なんでビッグママが普通にその辺出歩いてるのぉおおおおおお!?)』
無防備に爆弾情報を叩きつけられた哀れな子羊の絶叫が、草原に響き渡った。
『グララアアアアアンッ!?(あと何あのフレンド!? いくらなんでも規格外すぎるでしょ、これから星でも滅ぼすの!?)』
「ルーシー、煩い」
『グァン……(涙目』
◆◆
超音速旅客機フェニックス。
かつて200年以上前に存在した、コンコルドの概念的後継機である。
成層圏ギリギリの高度を超音速で飛行するこの旅客機は、地球に点在する人類居住区を繋ぐ貴重な交通手段でもある。
この200年で地球の復興は大幅に進んだが、そもそもマザーフォーミング無しでは寒冷化の果てに死の星となるほど環境破壊された地球上ではかつてのような再開発が困難であり、人口の大幅減少もあいまって現在も100程の大都市が各地に点在するばかりなのが現状だ。
生存する人類が何不自由なく暮らせるレベルまで復興した時点で播種作戦に舵をきったのもあり、その状況はここ50年ほどかわっていない。よって、都市間を繋ぐ道路網も不完全であり、人の行き来は航空機が中心となっている。
そんなフェニックス内部では、カジュアルな服装の利用客が、それぞれ思い思いに寛いでいた。リラックスして座席に座る人間達の間で、フレンド達が楽しそうに歩き回ったり、時折窓から地上を覗きこんで目をキラキラさせたり、あるいはパートナーにだっこをせがんだりしている。
『ギュウギュウ』
「なあに? ……ジュースのお替り? はいはい、わかった。すいませーん、お替りお願いします」
『パルルゥ』
パートナーのおねだりに応えて中年の女性が声を上げると、それに応えてやってきたのは蛸のような足を持ち、キノコのような上半身を持つフレンド従業員である。頭にのせた青い帽子がチャームポイントだ。
台車を押してやってきたフレンドは、注文を受け付けるとカップにジュースを注ぎ、そっと差し出した。
フェニックス航空名物、オレンジジュースっぽい何か、である。
その起源は遠く200年前、宇宙人戦争の頃までさかのぼる。当時岩国基地で研究されていたハイカロリー飲料が源流とされるそれは、人間が飲むと一日はご飯が要らないという超高カロリー飲料であり、フレンドからすれば大変なご馳走である。
『パッパルルゥ』
『ギュウギュッ』
カップを受け取りお礼を言う毛むくじゃらのフレンドに、「ごゆっくりどうぞ」というかのように頭を下げる従業員フレンド。
他に注文が無いのを確認すると、フレンドはぺたぺたとスタッフルームに引き返した。
台車を所定の位置に戻し、頭に乗せた帽子を外して操縦席に向かう。
正規スタッフの存在を感知して自動的に開いた扉の向こうでは、彼のパートナーである操縦士がハンドルを片手でゆるく握りながら落ち着いた様子で業務に励んでいた。
『パルルル』
「お、お帰り。お客さんの様子はどうだ?」
振り返って笑いかける操縦士に、腕を広げて身振り手振りで伝えるフレンド。その意図を正確にくみ取って、操縦士は笑って視線を前に戻した。
「こっちは大丈夫だ。もともとほぼ完全に自動操縦で済むレベルのシステムに、安全の為にパイロットが乗っているっていう体裁だからな。はは、勿論フルオートにしてさぼっちゃいないよ。ちゃんとセミオートで飛ばしてる。やりがいだからな、操縦は。お前も、席に座って地上でも見てたらどうだ?」
『パルル、パルゥ』
相棒の言葉にフレンドは自分の席に戻ると、ぽちぽちとボタンを操作した。席のモニターが切り替わり、地上の様子が表示される。安全確認の為のサブモニターという体裁で用意されているそのカメラは、実質、フレンドや操縦士に対するボーナスのようなものだ。
画面に映し出されるのは、遥か下の地上の風景。200年前は銀色の草原が広がるばかりだった地上も再生が進み、ところどころに森が生い茂り、草原が広がり、青い惑星の異名を取り戻しつつある。その中に今も残る銀色の平原が煌めく様を見つめて、フレンドの瞳がしっとりと潤みと煌めきを宿した。
『パルルゥ……』
「お前、ほんっと地上の光景が好きだよな、気持ちは分かるけど。銀シャリ麦、お前達からしたら母親の一部みたいなもんなんだっけ? ……俺もしばらく母さんには会ってないけど、その気になればいつでも会えるからな。……お前達はちょっと辛いな、母親と言葉を交わした事もないというのは」
『パルル。パルルルゥ』
少し湿っぽく語る相棒の口調に、フレンドは首を振って否定し、触手を伸ばして操縦士の肩に触れた。
「何、俺が居るから寂しくないってか? 嬉しいね、そう言って貰えると」
『パルルル』
「ははは、ありがと。そうだ、次の街に降りたら数日は休暇だし、ツリーに挨拶でもいくか? 確か街の近くに、マザーツリーの分体が生えていたはずだ」
操縦士の言葉に、フレンドが両手を振り上げて喜ぶ。ゆらゆら揺れて奇妙なダンスで感情を溢れさせる相棒の様子に苦笑しながら、操縦士がカチカチ、と手元のスイッチを操作する。
その時だった。
「……ん?」
不意に、レーダーが異物を感知した事を知らせてきて、操縦士が眉をひそめた。ぴたりと動きを止めて様子を伺ってくるフレンドを片手で制する。
『パルルゥ』
「いや、何。レーダーに反応が……まあどうせ、飛べるようになったフレンドが調子にのって高度を上げたとかだろう。フェニックスの高度まで上がってくるはずが……」
しかし、レーダーの表示を確認した操縦士は、その数値に目を見開いた。
高度、本機とほぼ同値。
速度……およそマッハ3。フェニックスの巡航速度についてきている。
フレンドではありえない。フレンドとて生物だ、音速を超える事など不可能である。かの伝説の、ノワールクイーンの子供たちでも、最後まで音速超過した記録はない。
そんな正体不明の何かが、自機の10km後方にぴたりと張り付いているのを確認して、操縦士は即座に管制室に連絡を取った。
『はい、こちら管制室。どうかなさいましたか?』
「こちらフェニックス航空528便操縦士だ。現在、当機はアンノウンによる追跡を受けている。データを送るので指示を頼む」
『……確認しました。528便は現状に変更ない限りそのまま規定コースで飛行してください、対象を刺激するのは極力避けるように。すぐさま、最寄の空軍基地から護衛機をスクランブルさせます。落ち着いて対応してください』
空軍基地に、サイレンが鳴り響く。
このサイレンが鳴る事自体、もう100年ぶり程の事だ。反共生主義者が社会から締め出されて長い間、地球は平和の裡にあった。
久方ぶりのスクランブル。しかし、平和ボケという概念は人類軍には存在しない。彼らはこの200年、宇宙人の再来に備えて訓練を続けてきたのだから。
「相棒、急げ!!」
『ミフミフッ』
滑走路を走る、空軍パイロットとそのフレンド。ヘルメットを小脇に抱えたパイロットは、すでに整備士によってエンジンに火が入った担当機の操縦席へと駆け上がるように乗り込んだ。その背後で、オーソドックスな恐竜タイプの姿をしたフレンドが、跳躍して補助席へと滑り込む。
ヘルメットをかぶってベルトを締めて、キャノピーを閉鎖する。フレンドもまた、自分の席で体を固定し、両腕を生体ソケットに差し込んで、自らの神経系を接続した。
途端、フレンドの制御下に置かれた機が、有機的な挙動を始める。艶めかしくベクタードノズルを蠢かして動作確認する戦闘機が、ゆっくりと滑走路に出ていく。
「発進する」
ジェットエンジンを噴射し、急加速。機体のウィングが生物の翼膜のように蠢いて空力を最適化し、ほんの数秒の滑走で機は空へと舞い上がった。そのまま宙がえりするような挙動で舞い上がり、大空へ高度を上げていく。
真っすぐ目的地に向かう機のコクピットで、遅れて状況説明がパイロットに行われる。僅か30秒ほどのスクランブルの間に、説明する暇はなかった。
『状況を説明する。フェニックス航空528便が、今現在アンノウンによる追跡を受けている。速度は凡そマッハ3、フレンドではまずありえない速度だ』
「宇宙人という事ですか? 奴ら、帰ってきやがったのか……?!」
『いや、だとしたら528便が未だ攻撃を受けていないのは不自然だ。宇宙人の排他的・攻撃的性質と一致しない。少なくとも、こちらに敵意がある存在ではないと考えられるが、正体は不明だ。慎重に接触しろ、迂闊に刺激するな。あくまで正体の確認を最優先に考えろ』
そうこうするうちに、レーダーが飛翔する528便の機影をとらえる。そして確かに、その後方を飛行する未確認飛行物体も。
小さい。全長2mほどだろうか。あくまでステルス能力の類をもっていない、という前提でだが。
『ミュフフ』
「対象をレーダーで捉えた。接近する」
『気をつけろ。慎重にな』
アンノウンとコースを合わせ、ゆっくりと距離を詰める。超音速飛行中は、ほんのわずかな操縦の乱れが大事故につながる。人間を超越した感覚能力を持つ相棒のコントロールを頼りつつ、パイロットはゆっくりと、アンノウンが目視で確認できる距離まで接近した。
いた。
何か、銀色の物体が、高空を飛翔している。
馬鹿馬鹿しい事に、それは翼を広げ、羽ばたくようにして飛行していた。超音速で飛翔する羽ばたきってなんだ、何を推進力にしてるんだ? という疑問がパイロットの頭を横切った。
「なんだあれ。銀色の……ドラゴン? ……ん? 誰か背中に乗ってる? ウォルフィン、拡大しろ」
『ミフミフ』
すぐに相棒の視野がフィードバックされ、ヘルメットのバイザーに拡大映像が表示される。
……銀色の薄布を纏った、黒い髪の女の子。目は青い……というか、なんか内側から光っているように見える。
外見上は人間に酷似しているが……人間は目を光らせたりしない。よく似た姿の地球外知的生命体? いや、だとしたら入管が黙っている筈がない。まさか単独で大気圏突入して侵入してきた? だとしても何故、こんな目立つ真似を? そもそもあのマッハ3でこの高空を飛翔してるシルバードラゴンはなんだ?
頭の上にあまりにも多くのクエスチョンが浮かび、パイロットの思考が止まる。と、遅れてガクン、と機が傾いた。
相棒の制御が滞っている。慌ててパイロットは声を張り上げた。
「ウォルフィン、どうした!? 制御が乱れているぞ?! 何があった!?」
『ミ……ミフミフ! ミフフフゥ!? ミィフゥッ!』
「え? なんだ……ママがどうしたって?!」
突然何ごとかを捲し立てる相棒に困惑するパイロット。今までこんな事はなかったのだが……。
追跡監視どころではなくなり、なんとか機の安定を取り戻そうとするパイロット。と、計器を見下ろす彼の視界が、不意に暗くなった。
「え……」
反射的に顔を見上げた先。
キャノピー越しに、目の無い顔が、操縦席を覗き込んでいた。
シルバードラゴン。
さっきまで数キロ先を飛翔していたはずのそいつが、いつの間にか音もなく、機の上に覆いかぶさるように着地していた。
その瞬間の衝撃も感じなかった。信じがたいが、奴はバランスを崩して不安定な機の動きを完全に把握して、まるで羽毛のようにふわりと機の上に着地したのだ。
そして。
「えっと……ごめんなさいね?」
「?!?」
『ミィフゥ!?』
弾かれたように振り返る先。反対側、左手のキャノピーの横に、小さな女の子が立っていた。
間違いない、シルバードラゴンの背中にまたがっていた女の子だ。彼女は目を青く光らせ、髪の内側を青く染める不思議な光を放ちつつ、ぺこり、と頭を下げた。
なお、戦闘機は今現在もマッハ3で飛行中である。人間がその上に立てるはずがない、というのは説明の必要もないだろう。
「お騒がせするつもりはなかったの、ほんとに。ごめんね……あとで謝りに行きます」
「??????」
「そ、それじゃ、また……」
ふわ、と少女が戦闘機から飛び降りる。それに続いてシルバードラゴンもゆらりと機から離れて、落下する少女に回り込むようにして背中に乗せる。
そのまま、どこかへと飛び去っていく二人の姿を、パイロットはぽかーんと口を開いたまま、茫然と見送った。
通信機の向こうで上官が何ごとか叫んでいるが、彼の耳には届いていない。
『どうした、何があった!? 脳波動計測機が音を立てて片っ端から弾け飛んだぞ!? 対象と接触したのか?! 無事なのか?! おい、返事をしろ!?』
『ミ、ミフミフミフミフミフミッ!? ミィフゥーーッ!!』
『? なんだ、ママがどうした……? 怒らせると地球が爆発する?! 何のことだウォルフィン少尉!? もう少し分かりやすく頼む!』
もうしっちゃかめっちゃかなのである。
ちなみに、これが偉大なるビッグママ復活の公式確認第一報なのであるが、ぐだぐだすぎて表向きにはもっとこうスマートに接触したように伝えられているのは、言うまでもない。
どっとはらい。
「アースゥ~~。音速以上出してるなら教えてよ、慣性制御されたら分からないんだってば!」
『ピロロロロ~』
「うえぇーん、一体、どの面下げて顔を出せばいいのさぁ~」
頭を抱えるビッグ・ママ。
ママが顔をだせばどこも這いつくばって歓迎すると思うんだけどなあ、というか僕が這いつくばらせるけど、と思うアースなのであった。




