『悪魔と天使』
流星が降り注いだ夜の後に、悪魔はやってきた。
冷たく奇妙な匂いのする怪物ども。毛皮を持たず、爪を持たず、光る矢を放つそれらは、縄張りや住処も関係なく、彼らを追い立てた。
唸りにも答えず、奇妙な音を立てるばかりの悪魔達には交渉も威嚇も抵抗も通じず、彼らは村を捨てて、霊峰のふもとへと逃げてきた。
そこまでいけばきっと霊峰が彼らを守ってくれる。落ち着いたら、他の村に警告を発せねば。
そう思って洞窟までたどり着いた彼らが見たのは、同じように逃げ延びてきたほかの村の者達の姿だった。
……知りうる限りの全ての村が襲撃を受けていた。生き残った者は、全体の三割ほど。それもほとんどが、若い女と子供。
戦える男の多くはそれらを逃すために討ち死にし、逃げてきたのは怪我人か病人、あるいは運よく手傷を逃れた護衛の者達だけであった。
絶望する彼らを追い詰めるように、悪魔達が包囲網を狭めてくる。
男達は、己の誇りをかけて最後まで戦い抜くと決意した。
女子供を洞窟の奥に隠し、自分たちはその手前の茂みに潜み、最後の抵抗に臨む。
数十年前の大火で、森の中には大きな道が広がっていく。霊峰に燃え移るのを避けるために、当時の者達が森を掘り返し、火が燃え移るのを防いだ後だ。
その草も生えない荒地が、最後の境界線だ。ここを悪魔達が越えれば、最後の戦いになる。
「……来たぞ」
「ウゴゴ。来るなら、こい」
分厚い毛皮の下で目を細め、戦士たちは武器を手にする。
太い枝に、黒月石の刃をツタで括り付けた手製の槍。それらは奴らの硬い皮膚に通じない事はわかっていたが、これ以上の武器がない。
がさごそ、と茂みを揺らして、悪魔達が迫ってくる。
冷たい黒光りする皮膚を持ち、頭だけが柔らかい悪魔。
不定形のうごめく石の内臓の塊のような、薄い毛皮を纏った悪魔。
蟲のような目を持ち、光る矢を手にした悪魔。
三者三様の悪魔が、動く石の獣を引き連れて迫ってくる。
その威容を前に、戦士たちは息をのむ。
……自分たちは死ぬだろう。
だが、それでも。先祖代々引き継いできたこの土地を、命を、むざむざ悪魔どもにくれてやるつもりはない。
「最後に一矢報いてやる!」
「おお、祖霊よ、ご照覧あれ!」
悪魔達が境界線を踏み越えようとする。その時を待ち、戦士たちは息を止めた。
その、瞬間。
降り注ぐ雷鳴が、悪魔達を打ち据えた。
『324441?!』
『■■■!?』
天から唸りを上げて巨獣が通り過ぎると同時に、地面が爆発したようにめくれ上がる。その土埃の向こうで、何事かを叫んでいた悪魔達の姿が忽然と消えうせる。
茂みが突如として消し飛び、地面に深い穴を残して消滅する。
大木がまるで巨人に引き倒されたように倒れこみ、悪魔達を押しつぶす。
「な、なんだ!?」
耳をつんざく爆音とともに生じた怪奇現象に、戦士たちは耳を押さえたまま困惑した。
気が付けば目の前まで迫ってきた悪魔の軍勢は、今や数えるまでに減少している。奴らの引き連れていた石の獣だけは雷鳴に耐えたのか、ふらふらしながら周囲を見渡している。
その頭上に、翼持つ影が舞い降りた。それは手にした剣を獣に振りかざすと、光とともにその体を撃ち抜いた。
動きを止めて、傾いて崩れ落ちる石の獣。
その前に、翼持つ者はひらり、と舞い降りた。
ぽかん、と戦士の一人が、その姿に見入って槍を取り落とす。
「て……天使……?」
刃のような鋭い翼に、風になびく長毛、かと思えばほかの毛皮は驚くほど薄く、骨や筋肉が透けて見えている。戦士たちとはまるで違う、すらりと長い手足を持ったその者は、黒光りする剣を両手で抱えるようにして持ち、湖の水面のように光る瞳で周囲を見渡していた。
さらに、それだけではない。
『うぉおー! やってやるぜー!』
『はっぴぃ! はっぴぃ! にゅー、いやー!!』
空から、次々とほかの獣達が舞い降りてくる。戦士たちも見たことがない、奇妙な姿の者達ばかりだ。毛皮がなく代わりに鱗の鎧を纏っていたり、蟲のような硬い皮膚を持っていたり、かと思えば戦士たちとそう変わらぬ見た目の者の姿もある、まるで統一感のない異郷の戦士たち。その間に先ほどの天使と同じ姿の者達も混じっている。
それはまるで占い師が語る神話の光景のようだった。天から降り注ぐ火と共に舞い降りる、いくつもの戦士と神の使い。
それらが悪魔を神々しく屠りつくす。苛烈にして荘厳なその姿を前に、一人の戦士がよろよろと茂みから迷い出た。
「ば、馬鹿、うかつに出るなっ」
「か、神よ……天使よ。我らを……我らをお救いください……!」
一同の中でもひときわ信仰篤かった彼は仲間の制止にも耳を貸さず、おぼつかない足取りで天使の元に向かうと、その足元にしゃがみこんだ。
顔を伏せ、両手両足を地につける最敬礼。
文字通り這いつくばって恭順を示すその戦士を、天使は見下ろし。そして。
「……◆●★?」
「!」
自らも片膝をつき、優しく戦士の毛皮を撫でさすったのだ。
その隣に、異形の戦士が一匹駆け足でやってくると、鼻先で這いつくばる戦士の毛皮をさすさすと擽った。
『ダイジョブ! モウ、ダイジョビ! オネチャン、僕、キミタチタスケニキタ!』
「! お……おお……! おおお……!」
顔を上げるも、流れる涙を止められず咽び泣く戦士に、異形の戦士は身を寄せると優しくその肩を抱えた。
その様子を見て、おずおずと自分たちも茂みから姿を見せる戦士達。
彼らの姿を確認して、天使たちはきびきびとした動きで歩み寄ると、右手を掲げて頭に翳す、奇妙な礼を取って見せた。
「◆●★! ●◆★▼!」
「む……済まない、我らには君たちの言葉は……」
身振り手振りで何事かを伝えようとしているのはわかるが、天使たちの言葉は戦士にはわからない。
困っていると、天使は傍らにべったりと寄り添う奇妙な……無数の蔦が絡まったような本当に奇怪としか言いようがない見た目の……異形の獣に、小さく語り掛けた。
すると。
『ツウヤク……スルノネ……。ワタシタチ、アナタ、タスケニキタ。ワカル?』
「! わ、わかる、わかるとも!」
異形の獣が、戦士達にも理解できる言葉で語り掛けてくる。その事に驚愕しつつも、戦士はコクコクと頷き返した。
それを受けて、天使たちが頬を緩める。
たとえ言葉が通じなくとも、姿かたちが違うとも、はっきりとわかった。
それは、安堵の笑み。
何もかも通じない相手を、それでも案ずる、優しさの発露であった。
◆◆
「なんとかギリギリ間に合いましたねー」
「ああ、まったくだ」
『ギャル、ギャルウ』
周辺の残敵の掃討を確認し、高度機械化空挺兵団……通称メタヴァルキリー、その第26即応大隊に所属する斑鳩美月少尉は、部隊長と言葉を交わして笑顔を浮かべた。
その足元を、彼女のフレンドであるアズワウが救急箱を抱えて走っていく。地球に居たというコモドオオトカゲに羽毛が生えたような見た目のアズワウは、背中に積み重ねた箱を崩すことなく器用に抱えたまま、要救助者達の元へ向かう。
そう、要救助者。
人類以外の知的生命体。熊のような姿をした哺乳類タイプの人類。宇宙人どもの侵略で追い詰められていた彼らを救うのが、今回のミッションだった。
彼らは人類とは言葉が通じないが、言語にまだ発展していない鳴き声でコミュニケーションをとっているらしい。そのせいか、同じく鳴き声で意思疎通を行うフレンドとは相性がいいようで、彼らとは意思疎通ができている節がある。よって彼らへの細かい対応はフレンドに任せ、人間たちは周囲の警戒に当たっている。
「む」
「あ、たーまやー、ですね」
爆音に空を見上げると、宇宙人のドロップシップらしきものが墜落していくのが見えた。母船から分離し、大気圏への突入・再離脱能力を持ったドロップシップは、宇宙人どもによる惑星制圧における主力だ。それを友軍が撃墜に成功したようである。見上げる美月のバイザーの内部に、自動的に拡大される巨大な翼をもった猛獣は……今回の作戦の全体指揮を執る総司令のフレンド“タケミカヅチ”だ。彼がどうやら、ドロップシップを撃墜したらしい。
最大出力で、移民船の動力数日分にもなる大電力を放出する彼は電化製品の天敵である。あえなくドロップシップも回路のほとんどを吹っ飛ばされて機能停止とあいなったのだろう。
「さすがですね。ほかにも第21強襲大隊の支援もあったと思いますが」
「ま、ドロップシップは運搬船であって戦闘用じゃないからな。戦闘タイプのフレンドに張り付かれた時点で終わりだろう」
ちなみに、記録によれば全てのフレンドの祖たるチルドレンの一匹、神獣ラウラはあのドロップシップを念動力でぺしゃんこにしたという記録がある。
さすがに冗談だろうと皆が思っているが、あの頃は人類も追い詰められてやばかったので詳細な記録が残っていない。
「ほかの大陸での戦況は?」
「おおむね好調だ。ここほど追い詰められている戦線はほかにはなかったらしく、フレンドが仲を取り持って宇宙人どもと交戦中、らしい。……流石にここは、被害が大きすぎておいては帰れん。こちらも輸送機を呼んで、彼らをいったん母船に収容しよう」
「それがよろしいですね」
頷きあって、二人は連絡を取るべくその場を離れる。残されたフレンド達は、傷ついた原住民とウニャウニャミャオミャオ語りながら、大げさな身振り手振りでコンタクトを行っている。
『ギャル、ギャルゥ。ギャッギャ』
『クァオ、クァ。クルルル?』
『ギャオゥ』
仲がよさそうなフレンドと原住民。それを見て、船の卵が原住民に反応しないか試してみるか、と美月は母船への連絡事項を一つ増やした。
人類が、宇宙に出て50年。
その間に、彼らは多くの知的生命体の住む星と接触し、同時にそれらをむしばむ宇宙人どもの悪意と戦いを続けていた。
宇宙人達の勢力は驚くほど広範囲に広がっており、すでに彼らによって滅ぼされてしまったと思われる惑星も多く発見されている。
これ以上の悲劇を防ぎ、そして命の尊厳を守る為に、人々は宇宙人と戦い、そしてこの宇宙に、友好の輪を広げていく。
それがいつしか、大宇宙連合という形を得て、宇宙人達の侵略に抗う傘となるのだが、それはまだ少し未来の話である。
◆◆
それはそれとして。
頑張った人間には、休息が必要である。
「平和は、いいねー」
『ピロロー』
銀色の麦畑の只中で、昼寝を決め込む親子が一つ。
銀竜のお腹に頭をのせて、そのぷにぷにの感触を楽しみつつ、葛葉は流れる空を見つめていた。
環境維持用にそびえたつ巨木から降りた後、接触した現地の子供から聞くに、とりあえず地球は今現在平和らしい。
「どこから来たの?」と尋ねてくる子供達に曖昧に答えた後、葛葉は適当に地球をうろついていた。
が、流石に土地勘もなしにうろつきまわってどこかにたどり着くはずもない。さっきの子供に、町の場所を聞いとけばよかったなー、と後悔しつつも、葛葉はのんびりと構えていた。
何せ、宇宙人はもうこの星に居ないのだ。
何も焦ることはない。
「あ、飛行機……」
見上げる空を、一機の航空機が横切っていく。旅客機らしいそのシルエットは、宇宙人に支配されていた頃には全く見かけなかったものだ。
「あれについていったら、人類の町にたどり着けるかな。ちょっと後を追いかけてみるか」
『ピルルルゥ!』
母親のお願いに、アースが喜び勇んで身を起こす。葛葉も立ち上がってうーん、と背を伸ばす。
「よぅし、ひとっとびお願いね!」
『ピッルルルゥ!』
気合を入れてアースが翼を広げて空に飛び立つ。銀竜は瞬く間に高度を上げて、空飛ぶ飛行機の後を追いかけた。
なお。
音速の数倍で飛翔する未確認飛行生物をレーダーで確認した人類がちょっとしたパニックを起こしたのは、まあ余談である。
『ピルルル……』
「やっちまった、てへ」
そしてそれが誰なのかを知って更なる驚愕のズンドコに叩き落されるのだが、まあ、それはまた別の話で。
どっとはらい。
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