『積み重ねた愛の記憶』
『僕らのママに……汚い手で触れるなっ!!』
衝撃。
上から降ってきた何かが、私の顔に覆いかぶさる腕を何本も纏めて吹き飛ばした。それは跳ねまわるスーパーボールのように何度も何度もぶつかって、纏わりついてくる指を弾き飛ばしていく。
さらには肩口にしがみつく指に爪を立てて、メリメリと引きはがす。
妬まし気に指をくねらせて引きはがされる指の向こうに、私は懐かしく愛おしい者の姿を見た。
ああ。忘れる筈が。見間違えるはずがない。
額に生えた小さな角、鉤爪をもった細い腕。頭部に、生まれた時に打った跡が残った、小さな恐竜のような見た目をした私の愛し子。
「……ウルスラ……?」
『そうだよ、ママ! 僕だけじゃないよ、皆来てるよ!』
ぺかっと笑みを浮かべるウルスラ。その背後に、毛むくじゃらの二頭身マスコットみたいな我が子が、牙を剝いて腕に齧りついた。
『がるるるぅ! ママになんてことするんだ、がるるうぅ!』
「ミニモ!?」
さらに、背後から衝撃。首だけで振り返ると、外骨格を纏ったサイのような巨体が降ってきて、赤熱化する角で腕の柱を激しくえぐっていた。ちぎられた腕が闇の中に巻き散らかされ、浮かぶ顔が苦痛に歪んだ。
『ぉおおお……お前達……何故……?!』
「ケラト!?」
『……ふ、ふんっ。お母さまの為じゃないんだからねっ。兄弟たちがどうしても、っていうから仕方なく、なんだから!』
なんだか死ぬほど聞いた覚えのあるようなセリフと共にそっぽをむきながらも、甲殻獣は伸びてくる腕を片っ端から薙ぎ払う。
さらに、しゅるしゅると伸びてきた蛇のような子供が腕に潜り込むと、その腕はまるで操られたように他の腕に掴みかかって引きはがしにかかる。その隣では、蛙みたいな子がふわふわと凍結シャボンを放って、何本もの腕を纏めて凍らせた。
「シャフト、ロッグ!? 貴方達まで!?」
『ママ、ママ! 見て見て、僕、すごいでしょ!?』
『ふふふ……ネイルが剥げかけて、寝入る……なんちて……』
それだけではない。次々に姿を現す、個性的な姿のチルドレン。
私が生んで、育てて、その最後を看取った子供たち。彼らが生前の元気な姿で、それも私に通じる言葉で喋りながら、次々と怨霊の腕を私から引きはがしていく。
闇の底から響く声が、まるで戸惑ったように揺らいでいる。
『貴様ら……! 我らを滅ぼし、なおも邪魔するか……!』
『え、何こいつ、誰?』
『知らなーい。僕らこいつらと面識ないしー』
ミニモとウルスラが顔を見合わせて首を傾げ、再び指を引きはがしにかかる。その背後で彼らの弟達が大暴れして、さながら解体工事の現場のように怨霊の腕を粉砕している。土砂のように指が千切れて飛び交い、その間で外骨格の巨体が呵々と笑った。
『わははははは!! ようやく吹っ飛ばし甲斐のある相手に出会えたじゃんかー、うおおおお全力最大パワー!! このプルートゥ様の真の力を見せてやる!』
『わー、にいちゃん、すごーい。じゃあ、ぼくもー』
めきめきめき、と全身の筋肉を膨らませて腕を振り回すのはプルートゥだ。生前使う機会がなかった彼の渾身の一撃が、大爆発のように腕を吹っ飛ばす。本来であれば肉体の損壊と引き換えに放つ全身全霊の一撃を、復元能力を持つ彼はノーリスクで連打できる。宇宙人が逃げ回るせいで結局一度も使う事がなかったフルパワーを存分に発揮し、怨霊達を蹴散らしていく。
その傍らでは、ガルドが舌足らずな愛らしい声で、同じく怨霊を粉微塵に粉砕しながら大暴れしている。視界を埋め尽くすほどの怨霊は、むしろ彼にとってはやりやすいだろう。地面に潜るように掘削し、超振動波で吹き飛ばす。
『ママ、ママ。大丈夫? ばっちいの、取るね』
「キティ!」
ふわり、と肩口にピンク色の毛布みたいな姿が覆いかぶさってくる。キティは、私と腕の中の子供に纏わりついてくる怨霊の指を、瞬く間に溶かして消滅させた。その瞬間をのがさず、背後から伸びてきた腕が私を怨霊の塊から引きはがす。
『ママ上、ご無事で』
『うぇーん、どうして僕はこの姿なんだよぉ』
「シルル! ラウラ!」
透明化能力を生かして不意を突いた蛸っぽい感じの我が子が、私を抱えたまま怨霊から離れる。その間にわって入るのは芋虫みたいな姿のラウラだ。嘆きながらも、ぺっぺっぺっぺと口から食餌器官を吐き出して怨霊達を足止めする。
気が付けば、何十体もの我が子達が怨霊相手に大立ち回りをしているこの現状。ボコボコにされる怨念たちが、恨めしそうな声を上げる。
『おぉおぉ……貴様ら……50にも満たない貴様らが、那由多の我らの願いを阻むというのか……?!』
『死者と生者を数えるならともかく、我らは互いに死者同士! ならば、数の大小は問題ではなかろう! その程度の道理もわからぬか、亡霊!』
しつこく伸びてくる腕を、飛翔する影が打ちのめす。黒い翼を広げたプテラが飛び回り、追いすがる怨霊を迎撃する。
その間に、シルルが闇の中を泳いで上昇。私と怨霊の間の距離がどんどん開いていく。
『逃さぬ……』
子供たちが暴れる中を割って裂いて、巨大な腕が現れる。見れば、無数の指が絡み合った異形の集合体。それは、立ちはだかるプルートゥやガルド、その他大型個体を力任せに打ち払って、私に向けて指を伸ばす。
まるで孫悟空の逸話に出てくる釈迦の腕だ。あまりにも巨大な指が、まるで空が堕ちるように迫ってくる……。
それを。
光輝く軌跡が、幾重にも寸断する。バラバラになって崩れ落ちる巨大な腕、その残骸の中から、ブーメランのような刃が飛翔する。それは闇を切り裂き、持ち主の元へと帰参。ぷにぷにの尻尾がしなやかにそれをキャッチした。
『ふっ。生前披露叶わなかったこの技、使う時が来るとは感慨深い。……さあ、母上を追うなら、我が三本の刃、越えて見せるがいい!!』
「ブレイド……!」
単分子ブレードを振りかざし、追いすがる悪霊の腕を切り捨てるブレイド。その獅子奮迅の活躍を背後に、シルルはどんどんと上昇していく。
と、ある程度の距離を取った所で、シルルは私の肩に手を置いて体を離した。
『ママ上。私はここまで、兄弟たちの援護に回ります。あとは、長兄に』
「シ、シルル……!」
『僕も皆を手伝いに行くね!』
私の体を覆うように守ってくれていたキティまでもが、シルルの横に並ぶ。
寄り添ってくれていた二人が離れたからか、触れる闇はひどく冷たく感じた。
「ま、まって、私も……」
『ママ上。我らは、すでに死者なのです。こうして言葉を交えられたのは、何かの奇跡。……奇跡にすがっては、いけません』
『死者の事は死者同士で何とかするよ! 今生きてるママとその子は、現実でやる事があるよね!』
だけど。
それはわかるけど。
それでも、せっかくこうして会えたのに。こうして言葉をかわせたのに!
「まって……まって、私、私は、貴方達に言わなきゃいけない事が……っ」
『ママ上』
『我らは、幸せでした』
シルルが、静かに断言する。その隣で、キティがうんうん、と頷いた。
『幸せだったのです。これ以上、何を望む事もないほどに。たった一か月の寿命? 戦うだけの人生? 御冗談を。我らは、一生を幸福に生きた。そこに、何一つの不足も後悔もない』
『幸せの価値は、誰かが決めるものじゃない、僕らが自分で決める事だよ、ママ! 僕らは幸せだった、ママにもそれは否定させないんだから。だから、ママが責任を感じる事なんて、何もないんだよ』
視界が滲む。
そんな事はない、と叫ぶ私がいて。
それならよかったのか、と黙る私が居る。
そうだ。私は彼らの親ではあるけど。
……子は、いつか親から離れていくものだ。
「……わかった。わかりたくないけど、わかった。それが、貴方達の結論ならば、私はそれを尊重する。ああ、でも、これだけは言わせて。……貴方達と過ごした日々は、私にとっても幸福な毎日だったよ」
『それは、ふふ、好かった』
シルルが優しく笑みを浮かべて笑い、そして私に背を向けた。
話は終わり、と言わんばかりに降下していく二人の子供。その先では、ちっぽけで僅かな子供たちが、無量大数の怨霊相手に奮戦している。
……死者は、死者に。
私は、私にしか出来ない事をしに行こう。
死んでいった者達が切り開いた道の、その先に行くために。
上に向かって上昇する。闇の先、きらきらと輝く光が見える。無数の星の光を受けて輝く境界線から、光の指がこちらに向かって伸びてくる。
『ママ! こっちに、手を、掴んで……!』
「……ルー!」
光り輝く指を、握り返す。
確かに握りしめる小さな指が、ぐい、と私の体を引き上げる。
そして、煌めく光の中に私の視界は閉ざされた。




