『優しい子に育って、ママはうれしいなあ』
最初の怪物を倒して以降、宇宙人の連中は頻繁に子供を何かと戦わせるようになった。
それは機械人形であったり、昆虫のようなロボットであったり、ゴリラみたいな外骨格をもった怪物であったり、渦を巻くワームであったり、様々である。
その全てを我が子は撃退し、食らい、その度に変質していった。
今日もまた、ムササビとトラを足したような奇怪な生物をその爪と牙で切り裂いた我が子が、きゅうきゅう鳴きながらすり寄ってくるその頭を撫でまわしてやっているところだ。
「よしよし、お前は強いな。すごいぞ」
『クルルル……』
固い外骨格をさすさすと撫でまわしながら、私はちらり、とガラスケースの外に視線を向ける。
今も、宇宙人連中は私と子供の様子を熱心に観察しているようだ。
しかし、連中の目的は一体なんだ?
どうやら性能評価テストをしているらしい、という事はわかる。
だが、それなら子供を私から引き離してしまえばいいだろう。
我が子は、どうやら私を母親として大切に思ってくれているようだが、戦闘中の様子を見るにそれはそれとして非常に狂暴で凶悪だ、私がかかわらない所ではまさに生物兵器としか呼びようがないふるまいをする。
であるならば、私を隔離した方が奴らには都合がいいだろうに。
まあいい。
理由はわからないが、この子の母親として私はある程度の価値を認められているらしい。
「ん、どうした。今日は妙に甘えん坊だな?」
『クルルルッ』
執拗に頭をお腹にこすりつけてくる我が子。もちもちしたアゴ下の肉をたぷたぷしてやると、子は真ん丸な目を気持ちよさそうに細めた。
しかし間近で見ると、甲殻や皮膚に変化が生じているのがよくわかる。戦闘による刺激か、あるいは栄養状態の違いか。うっすら肌の紫は色っぽいピンクを帯びていて、黒い甲殻は縁の部分がグラデーションがかった虹色になっている。
なんかサンゴ礁の魚みたいだ。
そういえば、今更なんだがこの子は雄なんだろうか、雌なんだろうか。ひっくり返した時もそれっぽい器官はなかったから雌かな? しかし、宇宙からやってきた連中が飼ってる寄生生物なんだし、雄とか雌とかいう概念がそもそもない可能性がある。
『キュルルー、ルルル』
「あ、おいこら、ちょっと押し付けすぎだ頭。私は弱っちいんだぞ」
『キュルル?』
きょとん、と見上げてくる子には全く悪気がなさそうだ。こんのー、とひっくり返そうとすると、意図を察してか自分からこてんと腹を見せる我が子。その無防備なお腹を、わしわしわし、と両手でまさぐり倒す。
「ほれほれ、どうだー。ほれほれー」
『キャッキャ』
手足をばたつかせて楽しそうに笑う我が子。この先の不安を忘れて、私はしばし子供とのふれあいに没頭した。
が。
次の対戦相手が運ばれてきた時は、さしもの私も閉口せざるを得なかった。
分かっていたが。宇宙人連中は、性格が悪いね、本当。
「ああー。こう来たか……」
『グルルル』
座り込んだまま、子供を両手で落ち着かせようとするも、我が子はさっきから攻撃的な唸りを上げるばかりだ。
そんな私達の前で、新たに運び込まれたガラスケースが、低い音を立てて横に降ろされる。その中には、武装した兵士が一人、困惑しきった様子で周囲を見渡していた。
見た所日本人だし……自衛隊? でもなんか装備がちょっとこう進歩してる感じがある。少なくともあんな硬質のプラスチックアーマーみたいなのは私の知る自衛隊員は採用してなかった。ついでに言えば、装備もやたら重装備だ。
両手持ちのライフルに加えて、腰にはサブマシンガンや多数の手りゅう弾。どれも覚えがないモデルだ。いや、自衛隊の装備なんてそう詳しい訳ではないけど。
外では幾ばくかの時間が経過して、事情も変化しているらしい。まあ、これまでの装備で宇宙人に勝てなかったんだから、グレードアップぐらいするよな。
それはともかく。
どうにも、捕虜同士の顔合わせ、という雰囲気ではない。
「まあ……性能試験なら、今現在戦ってる相手とぶつけるのは、道理だよな……あ、よしよし、落ち着いて。飛び出すなよ」
『グルルル』
牙をむいて今にも飛び出していきそうな我が子をなんとか宥める。
この子は私にこそ懐いているが、どうも人間の区別がついていないようだ。目の前の兵士と、私が同族である、という認識が持てていない様子。
まあ、わからんでもない。そもそも私自身相当に体を弄られたのもあって、正直自分で自分が人間なのか自信が持てない。
が、それはそれ、これはこれ。まだ心は人間のつもりである。
そうこうしてるうちに、ついにガラスケース同士が接触。いつものようにぱっと境界が消え去り、あちらのガラスケースとこちらのガラスケースが融合した。
途端に、ずっと何ごとか叫んでいたあちらの兵士の言葉も聞こえるようになる。
「……つながった!? これは一体……いや、それより君! 大丈夫か!? その獣は……?」
流石にこちらに気が付いていたのだろう。ケースの融合を確認するなり、兵士がこちらに歩いて来ようとする。その足が、二つのケースの境界線だった場所を踏み越えた途端、我が子の堪忍袋の緒がぷちんと切れる音がした。
『ガルルルウゥウウアッ!!!』
「う、うわあ!?」
私の手を振り切って飛び出す我が子。
背筋を震わせるような猛獣の叫びをあげて向かってくる獣を前に、兵士がライフルを構える。
反射的に私の喉から悲鳴が迸った。
「や、やめて!」
ダダダダダ、と火線が迸った。高速で連射される銃弾を、しかし我が子は至近距離で回避する。ジグザグに動いて間合いを詰める猛獣に、ガチンとアサルトライフルが弾切れを告げた。
「くっ!」
兵士は即座にライフルを投げ捨て、サブマシンガンを手にする。飛び掛かってくる我が子に向けて、拳銃弾の高速連射を叩き込む。
それに対し、我が子はとっさに身を捻った。跳躍した状態で体を回転させ、黒い甲殻を相手に盾のように向けるのが、不思議とスローモーションになった視界ではっきりと見えた。
銃声。
一つに連なって聞こえるほどの連射音。ほとんど同時に、黒い甲殻が猛烈な火花を散らした。
走り寄る私の足元で、跳弾した弾丸がちぃんと跳ねた。
『ガルルルゥアッ!』
「う、うわあ、くるなっ!」
サブマシンガンの攻撃を弾き返し、我が子が兵士を押し倒す。ナイフを引き抜いて抵抗しようとするその腕を上から押さえつけ、大きく口を開いて首をもたげる。耳元まで裂けた大きな口ががぱりと開かれて、無数に並んだ鋭い牙がむき出しになる。我が子はそのまま、兵士の頭にがっつりかぶりつこうとして……。
「やめなさいっ!!」
それは、ギリギリで割り込んだ私の腕によって止められた。
鋭い牙が、柔肌に突き立つ。一瞬で骨まで達した傷口から、遅れて血が噴き出す。
その血の味に、我が子の目が一瞬で元に戻る。
戦闘の狂奔から我に返った黄色い瞳が、激しく揺れながら私の顔を見た。
激痛に堪えつつ、私は優しく微笑みかけながら、我が子を宥めた。
「だめ……やめて……お願い」
『グ、グルル、グル……キュ、キュゥ……』
ゆっくり、ゆっくり、傷口が広がらないように牙を抜く我が子。完全に子が戦意を失ったのを確認して、私は肩を落とした。
「そう、よいこ、よいこ。ごめんね、びっくりさせちゃったね」
『キュルル……キュルルル……』
「怒ってないよ、心配しないで。ね?」
怯えるように頭を低くして、ぺろぺろぺろ、と控えめに傷口を嘗め回してくる我が子に優しく微笑む。
そして、左手で兵士のナイフを抑え込みながら、私は彼に語り掛けた。
「そういう事だから。そのナイフはやめてください」
「あ、ああ……」
困惑しながらも、兵士は頷いてくれた。ナイフを大人しくホルスターに収めつつ、身を起こす彼。ぐるる、と子が低く唸るのを感じて、二人の間に私を壁のように割り込ませた。
背後で、子が身を隠すように影に隠れる気配がする。シャイな奴め。
「うちの子が失礼しました。貴方は?」
「え、ああ。私は人類軍極東方面軍、第6機械化歩兵旅団所属、柏木浩平軍曹だ。君は……」
「私は、葛葉零士といいます。こっちの子は、まあ家族みたいなもんです、気にしないで。それより、人類軍? なんですかそれ」
なんぞそれ。自衛隊じゃないの??
困惑に首を傾げるも、それは相手も同じようだった。そりゃそうか。あっちからすれば宇宙人の捕虜収容施設に居る、モンスターを従えた謎の女の子だ。
男なんだけどねほんとは。うん。
「人類軍を知らないのか??」
「え、ええ。随分前に捕まって、それからずっとここに閉じ込められているもので」
「そうなのか? いや、しかし見た所12歳前後だろう? 君が生まれた頃くらいには既に……」
お互いに情報交換する。
正直、この時の私は油断しきっていたと言わざるを得ない。
久しぶりの人間相手の会話。なんだかんだいって、言葉が通じる相手に飢えていたのは事実だ。我が子とのふれあいは確かに心の慰めになってはいたが、これはこれ、それはそれ。
だから、私は我が子が強く背を引っ張るまで、その危険に気が付けなかった。
『ガ、ガゥッ! ガルルルゥッ!』
「え、あ。ちょ?!」
有無を言わさず、私の背中を強くひっぱって兵士から引きはがす我が子。そのあまりの力強さに、私は抵抗できずにそのまま引きずられた。
視界には、突然の事にびっくりしている兵士。だが距離を置いた事で、私は周囲を取り囲む不穏な気配に気が付く事ができた。
ロボットアーム。
これまで散々注射とか色々やってきた機械の腕。それが今は、先端にバチバチする危険な電極を剥き出しにして、兵士を取り囲んでいた。
次の瞬間。
《バチバチ》
「ギャッ」
迸る雷光に、視界が一瞬真っ白に染まる。
思わず閉じた瞼を恐る恐る開くと、そこには人類軍の兵士さんの姿はなく、真っ赤に燃え上がる炎の柱が立っていた。
燃える柱が、その場でぐしゃり、と崩れ落ちる。みるみるまにそれは燃え尽きて、最後に僅かな灰を残して消え去ってしまった。
今、のは。
ガラスケースの外に振り返る。
ケースを取り囲んでいた宇宙人の科学者たちは、興味を失ったようにケースから離れていく所だった。
「そん、な……」
わずかにまだ燻ぶる灰に歩み寄る。
かつて人間だったものは、もう微かな原型すらとどめていなかった。装備も何もかもが燃え尽きて、跡形もない。
「う……」
気が付けば、ぽろり、と一滴の滴が私の頬を伝っていた。
同じ捕虜同士、宇宙人の玩具に過ぎない私に何かが出来たとは思えない。だけど、言葉を交わした相手の無残な死に、麻痺させていた心の弱い部分が震えている。
「ごめん……なさい。ごめん……」
『ルルルルゥ……』
めそめそと泣く私に寄り添って、子供が不安そうに鳴く。
本当に良い子だ。子にとって、私以外の人間は何の価値もない、むしろ敵ですらある異種族だろうに、私の心によりそって悲しい気持ちになってくれている。
その背中を、優しく撫でる。黒い甲殻は、サブマシンガンの一撃を受けた事で凹んでいたが、貫かれた弾丸は無いようだった。
「……せめて……いつか。ここから、貴方も一緒に……」
そっと灰に手を伸ばし、一筋口に含む。それはじゃりじゃりとして、塩辛かった。
残りを両手でかき集めて、我が子に差し出す。
「お食べ。私の事は、気にしなくていいよ」
『キュルル……?』
いいの? と子は私の顔と灰の間で視線を往復させていたが、やがてぺろぺろと舌で灰をなめとった。
みるみるうちに、銃撃で受けた傷が癒えていく。とりあえず炭化していても有機物は有機物、という事らしい。
元気になった我が子の首を抱きしめて、私はしばし、目を閉じた。
そんな私達を。
宇宙人達はガラスケースの外から、じっと見つめていた。
じっと、見つめて、いた。




