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TSさせられてエイリアン生まされたけど我が子は可愛い  作者: SIS
愛しき母に穏やかな午睡を

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『それでも、私は貴方を許すよ』



 気が付けば、私は真っ黒な沼に漂っていた。


 頭上には星の無い暗黒の空。冷たくも温かくもない、どろりとした沼に体を浸し、仰向けになっている。


 さわさわさわ、と囁くような声が聞こえる。


『辛い……辛い……苦しい……』


『……怖い……痛い……悲しい……』


 沼の中から、干からびた指が伸びてくる。四本指の、鋭い爪をもった、まだ生育途中の幼子の指。


 それが私の体にしがみついてくる。迷子の中で親に出会った子供のように、溺れる最中で見つけた藁にしがみつくように。


『どうして……どうして……?』


『苦しい……生きる事は、苦しい……』


『誰も私を愛さない……誰も私を見てくれない……』


 一つ、また一つ。嘆きと共に沼から伸びる指が、私にしがみついてくる。


 それは、同時に私を沼に引きずり込もうとしてはいるが……そちらはまるで遠慮するように、細やかな力だった。


 ああ、と小さな吐息が零れる。


 これは……ディスペア、否、理不尽に呼び起こされた、子供たちの嘆きだ。


 彼らは愛される事を諦めた。生まれてくる事がただの苦しみで、罰であり、最後に死だけが待ち受けるのなら、ならば最初から生まれてこない方がよいと、そう結論を出した。


 それは悲しい結論で、でも必然でもあった。


 全ての命には終わりがある。だからこそ、命は愛で、喜びで、絆で精いっぱい生を彩ろうとする。


 だけど、死が必然なのに対し、愛も喜びも必然ではない。


 何もない生は、ただ空虚なだけだ。


 最初から何もない事が定められている命ならば、生まれてこないほうがずっと良い。


『何も望まないから……僕らを、もう苦しませないで……』


 しかし、その彼らの嘆きを、宇宙人どもは一顧だにしなかった。


 中途半端な理解で作り出した紛い物のシステムに子供たちを繋ぎ合わせ、その意思を無視して無理やりこの世界に押し出した。


『どうして……望まない事すら、許されないの……?』


『……いらない。……辛くて苦しいだけの世界なんて、要らない……』


『死んじゃえ……滅びちゃえ……硬いものも、冷たいものも、全部……』


 ただ苦しくて辛いだけの世界に、弾きだされて、もう優しい暗闇に戻れないなら。


 だったら、この世界を、穏やかな暗闇に変えてしまおう。


 そう考えたって、きっと誰にも否定できない。誰も救ってくれないなら、自分で自分を救うしかないのだから。


 それが出来る力を、彼らは持っていた。


 だけど……。


「……それだけじゃないよね。貴方達は、優しいもの」


 小さく息を吸い、私は自ら、闇の中へととぷん、と潜った。


 沼の中は、先を見通せない暗闇……そう思ったが、むしろ明るかった。流星のようにキラキラと願いが煌めいて、私の行く先を照らしてくれる。


『ママ……ママ……!』


『愛はあった、僕達を愛してくれる愛はあった!』


『あったかい……これが愛……これが……』


 舞い踊るように、光が煌めく。チルドレンとの繋がりを通して、神獣兵の根幹に流れたいくつもの記憶。


 それが自分達と関係ない、別の自分達の記憶だとしても、彼らにとってそれは数万年にも及ぶ悲願そのもの。その暖かさを、子供たちはしかと抱きしめて。


 そして。


 理解した。


 そう……理解して、しまったのだ。




『じゃあ』




『僕達がたくさん奪ってきた』




『僕達がたくさん、たくさん滅ぼしてきた』




『それ(愛)も、こうなの?』








『あ、ああ、あああああああああああああああああ!!』








 悲鳴のような絶叫に、私は眉を顰めた。


 神獣兵は愛を知った。愛される事を知った。


 だからこそ……理解してしまった。自分達の罪深さを。許されざる大罪を。


 命じられるがままに、愛を求めるままに、神獣兵は数多の星を、文明を、命を奪ってきた。親が最後に守った子の柔肉を食らい、互いを求める恋人たちの最後の逢瀬を踏みつぶし、嘆く母を怒る父を殺してきた。


 何百何千何万何億何兆何京、あるいはもっともっと。


 優しい子供たちは、それを正しく理解してしまったのだ。


『許されない……僕たちは、許されない……』


『生きていてはいけなかった。生まれてきては……いけなかった!』


『愛を奪った僕達が、愛を求めるなんて……なんて……烏滸がましい!!』


 嘆き。


 嘆き。


 嘆き。


 それこそが、あの子達が生まれる事を拒絶した本当の理由。愛される、自分達を愛する母の元以外で生まれる事を、だからこそあの子達は拒んだ。


 求められぬ限り、決して生まれてはいけないと。


 それを……それを、宇宙人どもは踏みにじったのだ。生まれてはいけない、愛してはいけない。愛されてはいけない。なのに、世界に強制的に産み落とされた事で発生した、ロジックエラー。


 それが、ディスペアなんていう怪物が生まれた、本当の理由。


『僕達は……存在してはいけなかった……』


「……違う。違うよ、そんな事はない」


 私は、闇の底に手を伸ばす。キラキラと舞い散る輝きが沈んでいく底なしの闇。その奥に、体を丸めて眠っている、小さな子供の姿が確かに見えた。


 私はその子に、手を伸ばす。冷たく凍え切ったその体を抱きかかえる。少しでも、私の熱がその子を温めるように。


『ママ……違う……僕達のママは、居ない……居てはいけない……』


「そんな事はない。何も違わない。私は、ママだよ。貴方達の、ママ」


『違う……許されない……僕達は、許されてはいけない……ママだって、きっと……』


 なんて、いじらしい子供たち。


 知らず犯した罪におびえる小さな命。知らなかった事を言い訳にしない彼らを、私は本当に愛おしく思う。


 だから、恥知らずにもこんな事を言えるのだ。


「大丈夫。私は、許すわ。貴方達を」


『嘘だ……そんな事……。僕達の罪は……誰にも……』


「それでも、許すわ。愛しい子供たち。他の誰が許さなくても、貴方達が許せなくても、私だけは、貴方達を許すわ」


 それは酷くエゴイスティックな言葉だ。


 彼らの罪を、否定できるものは誰も居ない。私も、その罪から目を逸らす事はできない。罪は罪だ。決して、無くならない。


 それでも、私はこの子達を許そう。


 自らを許せぬ、その純粋さを愛おしもう。


『……どうして?』


「だって。私は、母親だもの。親は、子を見捨てないものよ」


『………マ、マ……ママ……』


 小さな子を、抱きしめたまま私は上を目指す。


 この子を、こんな所で独りぼっちにさせる訳にはいかない。


「大丈夫。大丈夫。宇宙の全てが貴方達を否定しても、それでも貴方達には、幸せになる権利があるの。きっと、大丈夫だから……」






『否。それは、許されない』






 子供たちではない、誰かの言葉。


 闇の底から伸びてきた腕が、私の足を掴んだ。


 一つじゃない。いくつもいくつも、闇の向こうから指が伸びてきて、私の体に纏わりつく。信じられない程強い力で、私を闇の底に引きずり込もうとする。


 いや、違う。こいつらが引きずり込もうとしているのは、私の腕の中に居るこの小さな子供だ。


 誰だ?


 どうして、こんな事をする!?


「は、離せ! 一体何の道理で、何の為にこんな事を……!」


『道理ならある。我ら程に、その権利があるものはいない』


 絡みついてくる無数の指。伸びてくる闇の向こうに、骸骨のような顔が浮かび上がる。


 眼窩は落ち窪み、歯は欠け、頬は痩せこけた骸の顔。頭髪の代わりに瘤のような隆起が頭を覆う、ヒューマノイド型の宇宙人の姿。


 見覚えがあった。


 それはいつかの過去において、子供たちが滅ぼしてしまった星の住人。


 それが、いくつも、いくつも。闇の奥から、死者の顔が数限りなく浮かび上がる。


 鼻の部分が大きな穴になっている者、後頭部が長く伸び額に鱗のようなものがある者、牙を打ち鳴らす蜂のような顎を持つ者、棘のような鱗をもった者、象のような大きな鼻をもった者、ドレッドヘアで蟹みたいな口の者……。


 その全ての死者の顔に、私は見覚えがあった。


『何故なら。我らは、それらに滅ぼされたのだから』


 伸びてくる腕から小さな子供を庇う私に、死者の腕が掴みかかってくる。爪が食い込み、肉が抉られ血が流れる。


 虚ろな死者達が、恨みを込めて呪いの言葉を囁いた。


『何故だ、何故我らは滅ぼされなければならなかった』


『皆、皆殺された。妻も子も、従妹も知らぬ人も、善き人も悪しき人も皆殺された』


『我らが何をした。ただ、慎ましく日々を送る事が滅ぼされなければならないほどの罪だとでも?』


 それらは、かつて子供たちが神獣兵と呼ばれていた時、戦っていた相手だった。


 宇宙人の尖兵として、子供たちが滅ぼしてきた数多の星々。その怨念。


 それは死しても消える事無く、怨霊のようにこの世界に留まり続けていたのだ。子供たちのネットワークの片隅に纏わりつく、黒い染みのように。


 ……きっと子供たちは、これを消そうだなどと、考えなかったのだ。


「いいから、離せっ! うちの子に、触れるな……っ!」


『いいや、離さぬ。お前も、この闇の底に来い』


『滅びろ、滅びろ、滅びろ。我らのように、お前達もまた、滅びるがいい……』


 幾重にも響く怨念の合唱。そうか……ディスペアが人類にまで牙を剝いたのは、こいつらの影響か。


 そもそもおかしいと思っていたんだ。暴走していたにしては、ディスペアの行動は理性的、かつ、戦略的に過ぎる。事故を装って地球に降下し、その後、人類軍が警戒して動かない間に近隣の宇宙人勢力を殲滅、それを食らって力を蓄え、十分な数になるまで増殖に専念。人類軍が調査隊を出して接触すれば、これ以上隠せないと判断するや否や一斉に攻撃に出る。人類が攻撃したから反撃に出たんじゃない、一連の動きは明らかに最初から人類軍を殲滅する前提で行われた戦略的な侵攻計画だ。


 罪悪感とロジックエラーで暴走している子供たちの行動じゃない。


 私は思わず怒鳴り返した。


「殺されたのが悔しいなら! 殺されたのが苦しいなら、人が死んでいく事の悲しさだってわかるだろう!? どうして今生きている人達を恨む必要がある!?」


『我らは理不尽に未来を奪われた。ならば、他のすべても、同じであるべきだ』


『我らだけが滅びて、何故お前達は生きている? 我らとお前達に、何の違いがある? そうだ……全ての命が平等ならば、お前達も我らのように滅びるべきだ……』


 駄目だ話なんか通じない!


 結局は死者の怨霊、ただの恨み言の記録だ。これらはそこからもう変わる事はない、先に進む事のできない、ただの残響。


 変化するのは生きている者の特権。


 こいつらは、全ての命にとってただの害悪にすぎない!


「く、くそっ! 放せっ! 死んだ奴らが、生きてる奴らの邪魔をするなっ!」


 絡みついてくる腕を、肉を引き千切って振り払おうとする。それでも、闇の底から限りなく沸いてくる腕が、次から次に私に掴みかかってくる。気が付けば振り払うどころか、周囲の全てが腐ったような腕に覆われ、私の頭まで覆いかぶさってくる。


 駄目だ、逃げられない。


『お前も、私達と同じ所に、来い……!』


「ぐ、ぅ……!」


 視界の全てが、腐敗した闇に覆われていく。


 私と子供が、怨念の底に沈む、その瞬間。




 聞いた事が無いのに、酷く懐かしい、幼げな声が響いた。




『僕らのママに……汚い手で触れるなっ!!』


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