『滅びの雷鳴』
ビィイー! という甲高い音が、忘我していた私達を正気に返した。
振り返る先、マスターが何か、腕の装置に触れている。まるで警告のように、繰り返しブザー音が鳴り響いた。
ざわ、と彼の背後に控える兵士達がざわついている。
なんだ。何をした?
「マスター、何を」
『……母艦に、最終攻撃命令を下した。今のはそれを知らせるビーコンだ。次元干渉波を制御できない我々でも、一言メッセージを送るぐらいの事は出来る』
「最終攻撃……ま、まさか貴方……プラネットデストラクターを使うつもり!?」
何の事だ、と首を傾げた私の耳朶を、葵ちゃんのとんでもない発言が貫いた。
ぷらねっと……ですとらくたー!? 惑星破壊兵器ぃ!? まじで、正気か?!
「正気か?!」
『すまない! それでも……こいつは駄目だ! 原因が我々にあるとか、裏切りだとか、道理だとか……もうこいつはそういう次元の存在ではない! この宇宙に生きる存在として、こいつはここで仕留めなければ! 奴は……奴はこの宇宙にあってはならない存在だっ!!』
震える声で、マスターは“ディスペア”を指さした。
それを言われると、私もぐうの音も出ない。悔しいが、マスターの言う事は正しい。
脳波動は、物理法則より上のレイヤーに存在する概念だ。だから出力次第で、巨大な宇宙船をくしゃっとしたり、ワープみたいに空間を繋げたり出来る。それでも、その脳波動を制御、発振しているのは現実に存在する物体だ。だからこそ限界はあり、熱力学の法則からは抜け出せない。それによって、上位次元の干渉によるこの次元の崩壊は抑えられている。
だがこいつは。
脳波動そのものになったコイツには、その枷がない。この次元の存在でありながら、上位次元の概念となったコイツには。それはエントロピーの法則の敗北であり、それはすなわち、この宇宙の破綻を意味する。
過去は未来となり、未来は過去となる。
時間の連続性が断たれ、宇宙は混沌の大穴に飲み込まれる。
『次元を超越した、無限のエネルギー存在! 死して尚、強まる次元干渉波そのものなんて……この宇宙にあってはならない! こんなものが存在すれば、宇宙そのものが崩壊するっ! 今、ここで……まだ惑星の上で成り立つ規模のうちに、消滅させなければならないっ! どんな手段を使ってもだ!!』
ずらり、と剣を振りかざし、マスターが声を上げる。それに応じるように、訓練された精緻さで、配下の兵達が銃を構えた。
『総員、総攻撃! 発射までの時間を稼げ!』
繰り出される一斉射撃。鋼鉄をも蒸発させる熱線が、燃え盛る憎悪の炎へと降り注ぐ。仮にこれがアステリオスであっても、無防備に浴びればそれなりの痛打は免れ得ない猛撃……しかしその全ては、虚しく炎の前で吹き散らされた。
内包するエネルギー量にあまりにも差がありすぎる。燃え盛る核融合炉のプラズマに、焚火の火の粉を吹きかけるようなものだ。
『ずあああ!』
だが、それを見てもマスターはひるみもしない。そんな事は百も承知と言わんばかりに、剣を引き抜いて切りかかる。手にする剣に紫電が走り、暗闇の中に光り輝く斬撃が尾を引く。
特殊なフィールドを刀身に展開しての攻撃。質量を伴うそれは、なるほど、まだ安定しきっていない形而上の存在には通用するかもしれない。
だがそれ以前の前提として、矮小にすぎた。
炎へと振りぬかれた刀身は、しかし、一瞬で消えてなくなる。半ばから炎によって蒸発した剣……直後、炎の化身が無造作に腕を振り、それに打たれたマスターの体がボールのように吹き飛んだ。
『がぁ!?』
壁に叩きつけられ、崩れ落ちるマスター。その壮麗にして頑強なパワードスーツの左半身が溶けて崩れ、ヘルメットも左顔面が崩れている。超高熱の焼けた鉄槌で殴打されたようなものだ、原型をとどめているだけでも奇跡の範疇。
それでも流石というべきか、まだ息はあるようだ。彼を庇うように配下の兵士が前に出て射撃を浴びせかけるが、ディスペアは小動ぎもしない。
「こっ、のおぉおおおお!」
叫び声を上げて、葵ちゃんが前に出た。両手にガトリングガンを構えて、猛烈な射撃を浴びせかける。
秒間数百発という高速連射で浴びせかけられる弾丸の雨。だがその全てが、奴の体に触れる前に火の粉になって燃え消える。
無理だ。
この世界の物理法則では、あの生きる炎に触れる事もかなわない。
それでも、無駄と理解してなお猛攻撃を加える皆。その猛火を霧雨のように受け流しつつ、ディスペアが何か、手を掲げるような動きを見せた。
途端、凄まじい出力の脳波動が周囲に撒き散らされ、私達は頭痛に頭を押さえてしゃがみこんだ。
「う……!?」
『ぐ、あ……!』
「頭……割れ……っ!?」
引き金を引くこともできず、全員がその場に倒れ伏す。脳をつんざく苦痛は高まるばかり、青い炎が真白く輝く。
だが、それだけだ。狙いは、この場に居る者達ではない。
何をする、つもりだ?!
◆◆
一方、宇宙。
フォースエイリアン達の母船は、突如鳴り響いた緊急コール、そして地上から観測された規格外の次元干渉波を前に、てんやわんやの大騒ぎになっていた。
『次元干渉波の出力、まだ上がり続けています!!』
『この数字は……計測不能!! そんな馬鹿な、この出力では、周辺の空間の次元連続性に破綻が……!』
『時空間の破綻の前兆を確認! フェルミオンの異常反応を検出! このままだと量子崩壊が……宇宙に、この次元に穴が空きます!!』
ブリッジに飛び交う、絶望的な報告。
それを聞き、留守を任されたサージェントは苦渋の決断を下した。
『……マスターからの最終攻撃の許可を確認。やむを得ん。プラネットデストラクター起動! この惑星ごと、特異点を消去する!!』
『……了解しました!』
味方と、仮にも共同戦線を張っている人類ごと、惑星を破壊する。
その悪辣な決断に、しかし反対する者はいなかった。ここに居る者誰もが、理解していたのだ。
これを放置すれば、宇宙が滅びる。
自分達の命どころではない。そんな事になれば母星どころか、ありとあらゆる生命、物質の存在、宇宙の積み重ねた時間、何もかもが失われる。どのような代償を払っても、どれだけの恥知らずな行いだとしても、ここで止めなければならない。
今なら、まだ間に合う。まだ対象は、惑星の重力に囚われたままだ。総エネルギー量も、一つの生命としては異常な数値だが、まだ天体規模ではない。惑星の爆発というより大きなエネルギーに巻き込めば打ち消せるはず。
まだ滅ぼせる。まだ殺せる。あくまで、まだ。
もはや一刻の猶予もなかった。
『警報発令! 総員、所定の位置にて待機せよ!』
『主動力臨界! 補助動力、バイパス開け!』
『艦内隔壁閉鎖! ノックバックに備えろ!』
全長12kmの巨大宇宙船がその身を翻し、地球にその腹を向ける。船体下部には6隻のドロップシップがくっついているが、そのさらに後方、主動力ブロック直下の装甲が、バラバラと開いていく。まるで蜘蛛が折りたたんでいた足を開くように展開された装甲の内部から、巨大なリング状の部品がせり上がり、幾重にもスライドして拡張される。
それは、巨大なビーム砲塔。地核を破壊し、惑星を消滅させるプロトン粒子砲……すなわち、プラネットデストラクター。
『プラネットデストラクター、展開完了』
『照準、南アメリカ大陸、ディスペア中枢!』
『作業員の退避を確認! 最終安全チェック完了!』
全ての準備が完了し、サージェントはブリッジの席で、手元のスイッチを見下ろした。三重にセーフティーがかかったこれを押し込めば、惑星破壊砲は発射される。
その重みをしかと受け止めながら、彼は躊躇う事なくスイッチに手をのばした。
スイッチを覆うカバーを解除し、一度スイッチを押し込む。それがひっかかった所で、横のレバーを引いて最終セキュリティを解除、もう一度深く押し込む。
赤いランプが、淡々と点滅する。
『プラネットデストラクター……発射!!』
砲身が回転を始め、エネルギーが充填されていく。深紅に輝く雷光が、ばちばちと砲身の周囲に立ち込める。砲口の奥深くで、赤い光がその輝きを増していく。
もう、誰にも止める事はできない。サージェントは息を呑んで、眼前の青い惑星の終焉を見届けようと顔を上げた。
その時だ。
『! 衛星軌道上に、超高出力の次元干渉波を確認……これは……超空間ゲートです!』
『なんだと!?』
すぐさまスクリーンに映像が表示される。南アメリカ上空、発射される粒子ビームの射線上の空間が、大きく揺らいでいる。それはまるで潮が引き、渦潮が生まれるように空間を陥没させ、底なしの亜空間へのトンネルを開いた。
『あり得ない、この一瞬でゲートを開いただと!?』
『駄目です、粒子砲の発射、中止できません……撃ちます!』
カァオ!! と深紅の閃光が宇宙船から放たれた。岩盤を蒸発させ、惑星の地核まで届くほどの超高出力ビーム……しかしそれは、空間に空いた虫食い穴に呑まれて消える。
まるで何事もなかったかのように、空間のひずみが解けるように消えていく。
ぞわり、とサージェントの背筋に悪寒が走った。
『取り舵一杯! 回避機動!』
『ほ、本艦の周囲に、無数の次元干渉を確認! ゲートが……ゲートが無数に……!!』
『取り囲まれています! 全てのゲートに高エネルギー反応を検知! これは……我々の、我々の撃った粒子ビームが撃ち返されてきまぁす!』
のたうつようにその場を退避しようとする宇宙船、その周囲を取り囲むように、いくつもの超空間ゲートが開かれる。一つや二つではない、10、いや13。三次元的に船を取り囲むように虚空へのトンネルが開かれ、その向こうに赤い光が灯っている。
直後。
全方向から、ゲートが呑み込んだプロトン粒子砲が宇宙船目掛けて降り注いだ。船の操舵手はそれをよく回避したが、しかし全てを避けきる事はできず。
一発の粒子ビームが船の側面を掠めて焼き払い、もう一発の粒子ビームが斜め上から艦首を貫いた。
それにより宇宙船は航行能力を喪失。船体のあちこちを誘爆させながら、焼けた鉄のように船体の大半を赤熱化させ、地球を回る周回軌道から脱落していった。




