『人はそれを■と呼ぶ』
先行した部隊に追いつくべく、横倒しになったエレベーターシャフトをひた走る。
たどり着いた先では、床になった扉を前に複数のエイリアン兵が周囲を警戒しながら解除を試みていた。その隣に葵ちゃんの姿もある。
「ごめん、遅れた! メインコンピューターは?!」
『この先だ、今解放する』
言葉と共に、がこん、と閉ざされていた扉が振動する。ごんごんごん、と音を立ててゆっくりとスライドし、開いていく扉。
「こっちはパスワード分かったんだな」
『中枢だからな。そうそう簡単にキーコードは変えられない』
やがて完全に扉が開き、心臓部への道が開かれる。だがその内部に広がっていたのは、これまでよりも密度を増した肉の構造物。蟻の巣というより蜂の巣だ。無数の卵のような繭を見咎めて、即座にエイリアン達がそれを射殺する。
黄色い膜が弾けて、羊水と共に撃ち殺されたディスペアが流れ出す。十分大人の体に成長しながらも目を閉じたままのそれは、生まれぬまま老衰した赤子のようにも見えた。
ぞっとして、私はお腹を思わず撫でまわす。心配するようにアステリオスが顔を寄せてきた。
「完全に巣になってるわね……」
『注意しろ。何があるかわからん』
老いた赤子の亡骸を踏み潰しながら、マスター達が先行して中に入っていく。私と葵ちゃんも、おっかなびっくりその後に続く。
本来であればそれなりに広いらしい空間だが、今や肉の柱が林立して迷路のようになっている。おかげで、90度向きが傾いていても足場に困る事はないのだが。その足場のせいで、敵がどこに潜んでいるか分からないから痛しかゆし、だ。
しかし、意外な事にこれ以上の敵の襲撃はなく、私達は部屋の中央に辿り着いた。
『見ろ。メインコンピューターのコアだ』
「あれが……?」
マスターが剣先で、巨大な多面体の結晶を指し示す。部屋の中央に、いくつもの柱で支えられて鎮座している大きな水晶……これが、彼らの宇宙船の中枢システムらしい。人間の使う、シリコンを主要原料としたコンピューターとは随分と違う。
聞いた話だとシリコンが使われているのは安いかららしいし、彼らは違う素材を基盤に使っているという事なのだろう。
しかしその制御システムは今や黴のように纏わりつく肉腫に覆い尽くされ、網目状になった肉の隙間から青白い光を放っている。いかにも有機物と無機物の混合体でござい、といったデザイン。90年代に流行ったグロ系のSFみたいなシチュエーションだ。
正直、ちょっとかわいいかもしれない。
「……完全に乗っ取られてるように見えるけど……」
『見た所、かなり機能低下しているようだ。……妙だな。想定では暴走した神獣兵が、制御系に使われた中枢システムを乗っ取って、それを経由してディスペアをコントロールしているのだと思っていたが……』
「え? じゃあ本体、どうやってあれだけのディスペア操ってるのさ??」
見る限り、陸戦個体なんかは完全にコントロール下に置かれていた。地球全体を襲う小型ディスペアは、総数は測定不能、推測で兆をこえる個体が存在すると考えられている。流石にその一体一体の手足から何から全部コントロールしている訳ではないけど、脳波動を遮断したら昏倒するような状態だ。ある程度は意識してコントロールしているはずである。
中枢コンピューター抜きに、そんな事が出来るのか?
『わからん。だが、ここに本体がいるのは間違いないはずだ。探せ』
「探せって言われても、どんな姿をしているかもわからないし……」
葵ちゃんに同じく。とはいえ、中枢というぐらいだから、それっぽい姿をしているんじゃないか?
例えばでっかい脳みそとか。あるいは、そうだな。
前に戦ったオリジナルは、情報を総合して考えるに、多分指揮個体だったんだと思う。同じ神獣兵なら、近い運用の奴は自然と似た姿になるんじゃないか。
特徴としてはアステリオスに似た感じの、鎧のような外骨格。角が生えてて、後頭部が大きい、みたいな。あとは腕が複数あって……目が複数あったりとか。
そうそう、丁度そこで転がってる死体みたいな……って。
……。
…………。
………………え?
「うそ」
『どうした、クイーン。中枢を見つけたのか?』
「あれ。あれみて」
頭も舌も回らず、私はマスターにそれを、指さしで伝えた。
そちらを確認して、マスターも息を呑む。
肉塊と融合した中枢の影。支柱の陰に寄りかかる様にして、一匹の大型クリーチャーが倒れている。
肩当のように大きく張り出した外骨格と、爬虫類というより鳥に似た感じの頭部。背中に翼のような触手が張り出し、両腕が鋭い爪になっているそれは、生前であればさぞ強大な戦闘能力を誇ったのだろう。
だが今は命亡く、色あせた骸として、ただその場に転がっている。動く様子はない、これは、完全に死んでいる。唯の肉の塊だ。
『統括個体のようだが……これは……どう見ても……』
「……死んでる? 嘘でしょ?」
気が付いて駆け寄ってきた葵ちゃんも絶句する。
茫然と佇む私達だが、状況は何も変わらない。骸は何も語らない。
困惑と共に、私達は顔を見合わせた。
『い、いや。考えてみればおかしくはない。本来、チルドレンの寿命は長くはない。あくまで偶発的に発生しただけの個体なら、寿命を迎えていても……』
「ちょ、ちょっとまってよ、だったら外で暴れてる奴らなんなの!? あいつら、中枢に操られてるから暴れてるってだけで……じゃあ何が動かしてるのよ!? そこで死んでるのがお化けになって取りついてるとでも!?」
『わ、わからん。我々も何が何だか……?!』
背後でマスター達と葵ちゃんがぎゃあぎゃあ言い合っている。
それを背中に、私は茫然と横たわる骸を見つめていた。
見た感じ、これが死んだのはついさっきの事ではない。じゃあ、私がこれまで感じ取っていた、あの異常なまでの脳波動は誰が発していたのだ?
あるいは、超空間ゲートを開いた事で力尽きた? あり得なくもないが、じゃあその後ディスペアの群れを一体何がコントロールしていたのだ?
突入時の様子からして、あれらが操られるがままの意思なき人形であるのは変わっていない。じゃあ何が、誰が、あの哀れな子供たちを憎しみに染め上げているんだ?
呆、と突っ立っていると、傍らで唸り声。
『グルルルルル……!!』
「アステリオス?」
我が子が、牙をギリギリ噛みしめながら、低く、低く頭を下げて四つん這いのような姿勢で唸り声をあげている。
初めて見る。
こんな、怯えるようなアステリオスの威嚇は。まるで今にも逃げたくて逃げたくて仕方がないのに、それを必死で堪えているような。
そうだ、笑みが本来攻撃的な行動ならば。
威嚇は、何かを恐れるからこその防御的な行動だと言える。
「どうしたの、アステリオス。何が怖いの? 何がいるの?」
『グルルルルル』
私が声をかけても一顧だにせず、アステリオスはじっと空間の一点を見つめている。その視線を負った先には、静かに横たわるだけの躯。
死者は何もできない。
死者は、何も語らない。
だからそこにあるのは、ただただ、もはや意味を失ったただの肉塊で……そうであったはずだった。
「……っ!!」
ずきん、と頭に痛みを覚えて私は膝をついた。この痛み、何度か感じた、ディスペア中枢の脳波動による干渉。
だが今回はいつもと様子が違った。背後からも、苦悶の声が上がる。
「いつ……っ!?」
『ぐぅっ!?』
脳波動の適性が無いはずの葵ちゃんやマスターまでもが、頭痛を覚えて頭を抱える。見れば、この場に居るほとんどすべての知的生命体が、痛みに膝をついていた。
唯一の例外は傍らのアステリオスのみ。だがこの子も、畏怖か恐怖にか、まるで犬のように尻尾を丸めて股の間に入れてしまっている。
いつもであれば相手を畏怖させる力強い唸りも、今はまるで虚勢のように虚しく響くだけ。
ぼぅ、と闇の中、青い炎が灯る。
まるで誰かが火種を投じたように、横たわる骸が燃え上がった。
青く青く青く……青く、松明のように燃え上がる亡骸。
それは葬送の炎のようでいて、その実全く違うものである事を私は知っている。むしろその逆。
憎しみ。怒り。悲しみ。
魂をこの世界に縛り付ける重し。死んでも死にきれない深い絶望。私の放つ炎よりも、ずっとずっと純度が高いそれは、透き通るように青白かった。
燃え上がった炎が吹きあがり、柱のように蟠る。
見ている前で、それは形を変えていく。明らかに何かの意思をもって、何かの形を。
燃え尽きた死体から、ふわり、と燃え残りの外骨格が浮かび上がる。それは炎と融合して、生前のそれを象った姿を形作った。
そこにいたのは、一匹の亡霊だった。
鎧のような外骨格を纏った、怪物の上半身。下半身は炎の柱と化して、地面と……この部屋と融合した肉塊と一体化している。炎の揺らぎと共鳴するかのように、部屋を覆う肉塊、そして中枢コンピューターが青い光を帯びて脈動する。
『■■■■■』
炎の化身が、言葉にならない咆哮を上げる。それは空気を震わせる事無く、私達の意思を直接揺さぶった。
茫然とそれを見上げる私の足が、一歩下がる。
わかる。
私にはこれが何かわかってしまう。
これは……脳波動だ。脳波動“そのもの”だ。
中枢の持つ膨大な精神エネルギーそのものが肉体という枷から解き放たれ、新しい存在となったもの。自らエネルギーを作り出し、決して尽きる事の無い、超常的な高次元存在となったそれが、ディスペアの中枢の正体。
実体の無い形而上の存在でありながら、この世界に干渉する力をもった何か。
私達人類は、それをこう定義する。
「……神、さま」
私が戦うべき、倒すべきは。
絶望の神。
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