『そして今度は私の番だ! ほわたあ!』
とりあえず、ディスペアの襲撃を凌いだ私達。
だが、状況は何も好転していない。
空には変わらず大穴が開いたまま、そして艦隊は今の攻撃でそれなりに大きな被害を受けている。大波の中、接触し損傷した船も一隻や二隻ではない。
今はデカブツ投入で一旦途絶えているが、次の襲撃があったらやりすごせない、誰もがそう考えているだろう。
今は一刻も早くこの場を離れるべき。
そんな意見に、私は敢えて否を告げた。
「いいや、今が反撃の為の絶好の機会だ」
机に集うメンバーが、そろって私を見る。
人類も宇宙人も、人種を問わず疑問の視線を私に向ける。それを代表して問いかけたのは、相変わらずヘルメットをかぶったまま素顔を隠す宇宙人軍の代表だ。
『それはいかなる理由かな、クイーン』
「あのゲートは、連中の懐から直接戦力をこちらに送り込んできている。だが逆に言えば、こっちから相手の懐に飛び込む最短通路でもあるはずだ」
私は腕を振って、エンタープライズの艦橋から見渡せる艦隊を指し示した。
皆、既に大なり小なり破損している。燃え上がった船に水をかけているのもあれば、航行能力を失った船から人員を脱出させている様子も見られる。
傷は決して浅くない。
「まだまだ太平洋の沖合でこの損害だ。この状態で、南アメリカ沿岸部に辿り着けると思うか?」
『それは私も思うが……どうやって? 見た所、あのゲートは一方通行だぞ。こっちから突撃しても、ただの渦巻きにすぎない』
「私がこじ開ける」
ざわ、と集まったメンバーがざわついた。葵ちゃんが真っ先に声を上げる。
「無理よ! さっきなんて鼻血出してたじゃない!」
「今なら大丈夫だ、慣れたし、一旦閉じた事であの圧力も感じない。私なら、超空間ゲートの制御を奪って向こう側への道を作れる」
『保証は……問いただすまでもないか。そもそもクイーンの脳波動が、ディスペア本体の脳波動をジャックできる事が前提の作戦だ。そこに疑問を抱いては始まらんな』
マスターの理路整然とした解釈に、葵ちゃんが「余計な事を……!」とでも言わんばかりの視線を突きつける。
他の大人達は、マスターの意見を受けて一理ある、と考えたのだろう。顎に手を当てて何ごとか考えている。
「ヤロウ。ヤルシカナイ」
意外な事に、真っ先に声を上げたのはアメリカ軍のお偉いさんだった。
「ドノミチコノママデハジリヒンダ。ココカラモクテキチヲメザスカテイデ、ドレダケギセイガデル? ナニヨリ、ドレダケノニッスウウガカカル? ソノアイダニ、ドレダケノジンメイガウシナワレル?」
「それは……」
「選択肢は……なさそうだな」
そう。
ディスペア攻略作戦は、可能な限り速攻で勝負をつけなければならない。今も世界中で人類軍がディスペアの襲来に抵抗しており……その力は刻一刻と失われつつある。そして人類軍が全滅すれば、次は身を守る術を持たない一般人が犠牲となり、そうなれば人類は絶滅する。仮にディスペアを倒せても、生き残った人間の数が一定数を割れば人類の敗北なのだ。最後に男女一組が生き残ればいいなんて話ではない。
それならば、多少のリスクを利用しても超空間ゲートを逆用するのは理に適っている。
「……わかった。でももし無理だって思ったら……」
「何。私とて可愛い子供を残して死ぬつもりはない。これは保証にはならんかね?」
窓の外で、兵士達に大量のご飯を恵んでもらっているアステリオスを見ながら答える。先ほどの活躍で艦隊の救世主となったアステリオスは、腫れもの扱いから一転、艦隊のヒーロー兼アイドルだ。他の子と違って割と人間にも好意的なあの子は、今も米軍兵士に請われて一緒に写真なんかを取っている。
あの子を残して、私が死ぬわけがない。
それでようやく、しぶしぶ、葵ちゃんも認めてくれたようだった。
そして、艦隊上空。
飛翔形態のアステリオス、その首にまたがって、私は高度をどんどん上げる。頭上には、黒く逆巻く台風の目のような奈落。覗き込んでいると、空に上がっているのに落ちていくような気分になる。
この向こうに、ディスペア本体がある。自然と緊張に体が強張り、私は誤魔化すように上着の前を合わせた。
『クルゥ?』
「大丈夫だよ、アステリオス。問題ない」
『クルルル……』
我が子の首を撫でさすり、俯くように下を見下ろすと、小さくなった艦隊の影の他に、少し後ろで待機している葵ちゃんや戦闘機の姿が見える。葵ちゃんの顔は変わらず不安そうで、心配性だなあ、と私はあえて笑った。
実際の所、そんなに不安は感じていない。
恐らく、先ほどの超空間ゲートは相手にとってもかなりの消耗だったのだろう、ゲートを維持しているものの、そこに宿る意思は薄弱だ。それがゲートの生成に力を使ったからなのか、惑星を傷つけないよう地表近くにゲートを作るのはそれだけの難事だったからなのかは分からないが。出来れば前者であると助かる。
「さて、やるか……!」
前髪を払って、気合を入れる。忽ち私の全身から、青黒い炎が噴き出した。
我が憎悪と復讐の炎。恩讐の光たるこれは、私の望むものだけを焼き尽くす。灼熱の塊と化した私を抱えていても、アステリオスの体が燃える事はない。
まあ、ちょっと熱いかもしれないけど……。それは本当にごめん。
「アステリオス!」
『クルルル!』
私の掛け声に応じて、我が子が折りたたんでいた腕を伸ばす。両腕と一体化した籠手の先端から、鋭い骨芯が突き出し、そこに私の炎が纏わりついて一体化する。
その照準を、渦の中心に向ける。そして……。
「撃て!」
合図とともに、炎の弩と化した骨芯が打ち出される。それは風を突き破って飛翔し、渦巻く黒雲の中に飛び込んでいく。その間も、燃え盛る炎は消える事無く、それがやがて向こう側に姿を消す。
しばしの間、沈黙が宙に過ぎる。
1秒、2秒、3秒……。
たっぷり30秒ほど数えて、多分、下の誰かが「駄目か……」とでもぼやいたであろうそのタイミングで、渦巻く雲が突如、青く燃え上がった。
炎は瞬く間に広がり、空を覆い尽くしていく。黒く渦巻いていた奈落の奥で、青白い光が輝いていた。
成功だ。
「ゲートを開いた! 飛び込め!!」
通信機の向こうに叫んで、私はアステリオスに指示を下した。瞬く間に高度を上げる我が子と共に、逆巻く炎の渦に飛び込んでいく。
瞬く間に、視界が白く染まり、そして……。
「……!!」
『クルルルルッ!』
気が付けば、私達は雲を突き破り、“落下”していた。
眼下に広がるのは、見渡す限りの大平原。緑が殆ど失われ、地面がむき出しになってはいるけど……どこか面影がある。
南アメリカ大陸。ブリーフィングで見せられた15年前の衛星写真と、山脈などの形に面影がある。
そして、私達がまっすぐに落下していくその先に、それはあった。
大きく大地を削る、巨大なクレーター。アポカリプスエリア、と呼ばれる絶対破壊圏の内部に存在する、直径数十キロにも及ぶ超超巨大なクレーター。そしてその真ん中に、墓標のように突き刺さる巨大な、あまりにも巨大な宇宙船。
墜落した、三馬鹿の母船だ。
その全長およそ12km。そのうち数割が地面に埋まり、さらには落下の衝撃で大半が崩壊していても、その威容は街そのものが地面に突き刺さっているようなものだ。事前に大きさを伝えられていても、感覚がバグる。
そしてその落下地点、クレーターの底に、無数の赤い何かが蠢いている。
ディスペア。
やはり、再度襲撃する為に数を集めていた。だが、十分な数にはまだほど遠い!
今がチャンスだ!
『クルルルゥ!』
アステリオスが声を上げて、翼を翻して落下コースを変える。まっすぐ、クレーターのど真ん中、宇宙船の元へ。
さらに背後に、いくつもの機影が出現する。ゲートを越えて、つぎつぎと人類の戦力が飛び込んでくる。
先頭を切るのは葵ちゃん。スーツを纏っているとはいえ人間一人が先陣を切り、それに負けずと箱型の航空機が後に続く。さらにそれに続いて、人類軍の航空機。今回の作戦の為にあつめられたありったけ……F-35、F-16にF-15E、得体のしれない新型までより取り見取り。エンタープライズが最新技術の導入によって、本来艦載できない機体まで運用できるからの、ありったけ、出せる限りの夢のごちゃまぜ航空隊だ。本来ならばここにたどり着くまでに9割が失われていたとされる戦力が、万全の状態で敵本拠地上空に姿を現す。
まずはお通し、と言わんばかりに、対地ミサイル、誘導爆弾の類が地表に降り注ぐ。それは集結するディスペア集団に炸裂すると、光り輝く紅蓮の花を咲かせた。
とはいっても、それは集まった大集団のごく一部。ましてや聳え立つ巨大宇宙船と比べればかすかなもの。すぐに反撃が来る。
無数の赤い影が宙に舞い上がり、壊れかけていた宇宙船がギシギシと動き出す。艦上に聳え立つ無数の対空砲台がぎこちない動きで至近距離のターゲットに狙いを定め……。
「だまって寝てろ」
私の放つ脳波動が、その全てに叩きつけられた。
流石に相手がデカすぎて全てとはいかなかったものの、対空砲台の半分ぐらいは火花を上げて沈黙。迎撃に飛翔したディスペア群も、大多数がそのまま地表に墜落していく。
せっかくの奇襲攻撃、出鼻をくじかれては困る。
あとは、どこから突入するかだが……ちらり、と視線を向けると、まるで応じたようなタイミングで箱型飛行機がミサイルを放った。それは宇宙船のある場所に命中すると、爆発ではなくピンク色の煙を噴出した。
なるほど。あそこから中に入れるか。
私はアステリオスに指示をし、マーカーの元へと向かう。そのあとに続くように、葵ちゃんや箱型飛行機が続き、残った航空隊はディスペアの足止めと宇宙船の対空砲の破壊に専念する。
「一番乗り!」
『クルルルゥ!』
マーカーされたポイント、なにやら離発着場らしき場所に一足先に到着する。
当然のようにそこには歓迎が多数待ち構えていた。無数の陸戦個体と、それよりちょっと大きなリーダー個体みたいなものがたくさん。このままだと後続が着地できないが……。
「アステリオス」
『クルルルッ!』
鎧袖一触。アステリオスが数度腕を振り回せば、それで見渡す限りの戦闘個体は全滅していた。鞭のように振り回した骨芯を回収し、生き残りが居ないか確認して回る我が子。そして確保したスペースに、つぎつぎと味方が着陸していく。
さあて。
これからが本番だ。




