『チンチクリンで申し訳ない』
地球の衛星軌道。
青い星を一望できる天の頂きに漂う、一隻の大型宇宙船があった。
“大いなる戦士の鉄槌”。地球人類がフォースエイリアンと呼ぶ、近衛軍に所属する宇宙船の一つである。
彼らは宇宙から、地球の様子を監視し続けていた。
『……マスターは無事、人類の反攻戦力と合流できたようだな』
『ああ。どうやら件の個体、クイーンも一緒らしい。データを見たか? とんでもないチルドレンを連れているらしい。統括個体には及ばないが、間違いなくウォーマスター級だ。この目で見てみたかったな』
『メッセンジャーを一捻りだったそうだ。最悪、これと戦わされていたと考えるとぞっとしないな。誇りの無い戦いでの無駄死には勘弁だ』
艦橋では、留守番を任された者達が雑談をかわしている。
彼らが見上げる先には、宇宙から見た太平洋の一角が拡大表示されている。渦巻く積乱雲の下で、人類やマスター達が合流しているのだ。
『しかし、またピンポイントな場所に雲が出たな。これではよく見えない』
『ああ。しかしあの空母、文明レベルを顧みればなかなかのものだ。馬鹿どもへの抵抗を続けていた事も考えると、地球人類というのは闘争心が余程に強いらしい』
『蛮族なのか理智的なのかわからんな……ん?』
映像から計器に目を移した兵士の一人が、訝し気な声を上げる。それに気が付いた別の兵士が、確認するように目を向けた。
『どうした?』
『いや……重力センサーに感が……おかしいな、地上にこの手の機材は持ち込んでいないはずなんだが』
人類のそれとは異なるメカニズムで表示される奇怪なグラフ。それがぴくぴくと震えるように変化し……次の瞬間、跳ね上がるように大きな波長を描き出した。
『重力センサーに大規模な空間変動の予兆を確認! 座標を確認しろ!』
『了解。場所は……マスターと人類軍の合流地点です!』
『なんだと!?』
咄嗟に光学映像に視線を戻す。
そこでは、積乱雲だったものが、全く違うものへと変化を遂げつつあるのが見て取れた。紫色の稲光を放ちながら、積乱雲が立ち昇り、成層圏を越えて巨大な雲の渦を作り出す。その内部で、漆黒の闇が渦巻き、周囲の大気が凄まじい勢いで引き寄せられるのが見て取れた。
『馬鹿な、惑星上で超空間ゲートを開くつもりか?! つながる先は……まさか!』
『南アメリカ、作戦対象の座標で同じく超空間ゲートの反応を感知! これは……戦力を直接送り込むつもりです!』
『マスターに警告を……くそ、届く訳ないか!』
急いで上官に連絡を取ろうとするが、返ってくるのは無線のノイズだけ。直近で物理的な距離を捻じ曲げるような空間の穴が空いているのだ、通信の電波など届くはずがない。
『……どうする?』
『想定しうるあらゆる状況に備えて待機する。総員、第一種戦闘配置! ……最悪の場合は、マスター代行の権限でプラネットデストラクターの使用も許可する!!』
忽ち艦内に警報が鳴り響き、黄色い警告灯の輝きで満たされる。俄かに騒がしくなる艦内で、マスター代行を任された兵士は、縋るように光学映像に目をむけた。
今や、漆黒の竜巻となって成層圏の上にまで聳え立つ超空間ゲート。その向こうから、大陸を埋め尽くすほどの戦力が押し寄せようとしている。
いくら近衛軍でも、抗えるものではない。
もし、これに抗えるものがいたとしたら、それは……。
『……クイーン。お前が、我々の想定以上の化け物である事を、今は祈ろう』
◆◆
しかしここの所、おかしな光景ばかり見ている気がする。
一体誰が想像しただろうか?
侵略した者、侵略された者、そしてそれに使われた者。
全く立場も種族も育ちも生まれも違う者達が、狭い部屋で顔を突き合わせて意見を交えている。
これがより大きな破滅を前にしてでなければ、まさに平和と叡智の象徴となってもいい光景だろう。
実際はもっと即物的な理由で叡智とは程遠いのだが。まああの三馬鹿どもがいないだけマシか。
『……という訳だ。つまり、地上から低空飛行で接近する場合にのみ、対空砲に死角が存在する。我々に勝機があるとしたら、そこから突入するしかない』
「逆に言うと、それはあちらもわかっている。防御は分厚いという事か」
「わかりきった事だけど、ほぼほぼ決死隊ね。参加した兵員の9割は生きて帰れないわ。……まあ今更の事か」
エンタープライズの作戦指令室に集まる、そうそうたる面子。
米軍のお偉いさん。
フォースエイリアンの指揮官。
極東人類軍の艦長。
葵ちゃん。
んでもって、私とアステリオス。
なんていうか、私、はなはだしく場違いな感じがするんだが、いいんだろうか。ぶっちゃけ私とアステリオスは突っ込んで暴れるしかできないんだけども。
『クルルル……』
「ん、よしよし。知らない人ばかりで緊張してる? 大丈夫大丈夫、私がいるぞー」
さっきから座り込んでガチガチになっているアステリオスの喉もとをワシワシなでてやる。するとちょっとリラックスできたのか、強張っていた四肢が少しだけ落ち着く。不安そうに揺れていた尻尾が、ぺたり、と床に降ろされた。
「というかお前、話聞いててわかる? つまらなくない?」
『クルルル』
「そうか……。私はよくわからん」
というか私も知らない人ばかりで声をかけづらいぞ。柏木少将あたりが来てればよかったんだが、流石にあの状況であの人を引き抜く訳にはいかなかったらしい。
と、そこで不意に私は名前を呼ばれて竦み上がった。
「ミス・クズノハ! カクニンシタイコトガアル、イイカ?」
「っ、は、はい! ど、どうも……呼ばれました葛葉です……」
びくっと立ち上がって、いそいそと机を取り囲む一行に加わる。大丈夫だアステリオス、そんな心配しなくていいぞ。
皆の間に交じると、私を呼びつけた米軍のお偉いさんが、まじまじと私を見下ろしている。へへ……チビな上にチンチクリンで申し訳ない……。
「に、日本語、お上手ですね……」
「ニホンハスキダ、20年グライマエハスンデイタコトモアル。ソレヨリ、キキタイコトガアル。イイカナ?」
「な、なんでもどうぞ……?」
い、いかん。あきらかにこう、立派で偉い人、みたいなのを前にすると、かつての社会人経験からどうしても卑屈な態度になってしまう。柏木少将? あの人、なんかこう雰囲気が穏やかで親しみやすかったからさ……。
「キミノノウハドウトヤラ、ドコマデテキヲムリョクカデキル?」
「効果範囲ですか? んん……小さい子達のコントロールを完全に遮断するなら直径1キロですけど、命令の更新とか情報の電波を遮断するだけだったら、大体見える範囲だから……半径3キロぐらいですかね?」
「…………パードゥン?」
あれ、なんか皆目を丸くしてドン引きしてる。おい、宇宙人、てめーにまで引かれる筋合いはないぞ、お前らだって3キロぐらい先まで見えるんだろ。あ、この場合の見える、っていうのは視力だけじゃなくて、何かいるな、って感じられるところまで含めてね。
『い、いや、我々は遺伝子改造によって強化されてるからできるのであって……クイーン、本当にそういった強化改造は受けてないのだろうな?』
「知る訳ねーだろてめーらの部下に原型残さないレベルで改造されたんだから。これで仕様外とかいわれてもしったこっちゃねーよクソが。あの三馬鹿どもいいかげんな仕事しすぎだろ、いやまあおかげで私は助かったんだが」
「……連絡員の人が言ってたの本当だったのね、どれだけ遠くに監視班配置してもばれてるって」
おほん。話が逸れた。
「まあとにかく、皆で固まって突っ込む分にはちびっこい奴らは気にしなくていいよ。ただ問題は、連中が黙ってそれを見逃すか、っていうとこだな。脳波動は私の専売特許じゃない、同じように脳波動特化型の個体を配備して妨害してくる可能性は当然あり得る。使い方じゃ負ける気はないが、単純な出力勝負になるとちょっと保証はできないぞ」
『……そうだな。奴らは常に進化する。クイーンが生きていた事も把握しているだろうし、何かしらの手を打ってくる可能性は、ある、か……』
「まあその為に人類軍もありったけの護衛をだす訳だしな。結局、やる事は想定していたものとそう変わらない。南アメリカ大陸沿岸部ギリギリまで接近し、航空部隊を射出。真っすぐ死角をついて墜落宇宙船に突入し、内部に潜んでいる元凶を撃つ。やる事がシンプルなのは助かる」
いや、まあ。そりゃあ、言うのは簡単だが……。
「そりゃ、口で言うのは簡単だけどさ……」
「実際、当初考えてたのよりはよっぽど簡単よ。最悪貴方抜きでやる場合、道中に立ちはだかるディスペアも全部相手にしなきゃならなかったんだから。想定の百倍ぐらい簡単よ、マジで」
「作戦時、人類軍の管理している全ての大陸間弾道ミサイルを投入し、フォースエイリアンの母艦も軌道爆撃で援護してくれる事になっているが、ほとんどは撃墜されるだろうしな……。あれだけ派手に墜落しておいて対空砲は殆ど無事、どころか、高射砲型の生体兵器まで増設しているらしいからな。難攻不落にも程がある」
しみじみと葵ちゃん達が呟いてるけど、それもう感覚がおかしくなってるだけだからね?
現状でもルナティックハードなのは変わらんからな?
南アメリカ大陸がどんだけ広いと思ってんだよ。それを渡る間、全方向から翼つきが押し寄せてくるんだぞ? 大砲型の子達も居るって言うなら、地上から生体プラズマ砲なり寄生虫弾なりが雨霰と飛んでくる訳で。さすがにそっちまでは私もカバーできんぞ。
「いくらなんでも命を投げ捨てすぎだろ……」
「そうは言われてもねえ……」
「ココデカテナカッタラミンナシヌダケダ。イノチノカケドコロ、トイウヤツダナ。ハッハッハッハ!」
笑う所じゃないよ!!
ああもう、人類軍死生観がおかしいやつしか生き残ってないの?!
まともなのは私だけか!
『…………』
「おい、そこの三本腕野郎、何か言いたい事があれば聞くぞ」
『いや。この中で一番ぶっ飛んでるのが、一番常識人みたいな顔をしているのは、面白いという奴なのかな、と』
おうこら宣戦布告か望むところだぞてめー! 腕を振り回して掴みかかろうとした私を、背後から伸びてきた腕がひょい、と摘まみ上げた。
アステリオスである。我が子は私を自分の元にひっぱりもどすと、べろべろと舌で嘗め回してきた。
「わ、ちょ、いや、あすてりおすぅ?! いまはちょっと……うべべべ!?」
「…………とりあえず、微笑ましい親子のスキンシップはほっといて話を先に進めましょう」
「ソウダナ」
いや、ちょ、助けろよ!?
というか最近アステリオス、嘗め回しすぎだろ私の事。なんか肌から甘い汁でもでてんの、私!?
ありえなくもないのが怖いんだけど。
「まったく……ん゛っ!?」
「? どうしたの、葛葉ちゃん」
「あ、いや。何か今、頭にびりって……なんだ?」
不意に頭にはしった痛みに頭を抱える。と、気が付けば私を抱きかかえて嘗め回していたアステリオスが、顔を上げて天井を睨みつけて小さく唸っていた。
『グルルルル……』
「おい、どうした、アステリオ……うわあ!?」
「何?! 津波?!」
突然、作戦室が大きく揺れる。超大型の原子力空母、その中枢にある一番安全なはずの部屋が。
あり得ない。一体何が起きている?!
アステリオスにしがみついて揺れに耐える。お偉いさんたちも、机や椅子にしがみつく、あるいは床に這いつくばって揺れに耐えているようだ。
そこに、英語でまくし立てるような艦内放送。それを聞いたお偉いさんが、血相を変えて叫んだ。
『キンキュウジタイダ、ミンナ、ブリッジニ!!』




