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TSさせられてエイリアン生まされたけど我が子は可愛い  作者: SIS
愛しき母に穏やかな午睡を

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『希望の船、海を行く』



 数日後。


 極東人類軍の所有する護衛艦が、遥か太平洋沖合へ向けて航行していた。


 その数、僅か二隻。ディスペアがはびこる今の地球では、遠回しな自殺のようなものである。


 そもそも極東がディスペアの攻撃にさらされている中、たった二隻とはいえ持ち場を離れるのは致命的な戦力の浪費に他ならない。


 それでもふみきった、その理由が、護衛艦の船首にどっかりと座り、昇る朝日をぽけーと眺めていた。


『クルルルル……』


 アステリオス。


 世界一有名な怪物、ミノタウロスの本名である。そもそもミノタウロスとは『ミノス王の牛』という意味であり、怪物としての彼の俗称に過ぎず、母親であるパーシパエーから生まれてきた王子であった彼には、人としての名前が当然あった。それが、アステリオス。


 これを葛葉が愛し子につけた理由は、もはや推測するまでもない。


 荒れ狂う怪物ではなく、一人の知性ある命として生きてほしい。その願いを理解しているかのように、アステリオスはこれまでの子と比べても情緒が豊かで、平時はとても穏やかだった。


 今も、人類の船の軒先で、輝く太陽を見て感動に目をキラキラさせている。楽しそうに、ぺちぺち、と籠手を打ち合わせる彼に近づく人影があった。


「ご機嫌ね、あなた。アステリオスだったっけ?」


『クルゥ?』


 かつかつと歩いてくるのは葵である。


 彼女はすでに臨戦態勢、ボディースーツを纏った状態で推進ユニットだけを装備していない状態で、片手に糧食をもってアステリオスの元にやってくる。


 振り返ったアステリオスの顔に険はない。母親が全幅の信頼を置いているこの少女、アステリオスは嫌いではなかった。なんだかいいにおいがするし。


「食べる?」


『クルゥ!』


 差し出された、銀紙に包まれたブロック状の糧食を、アステリオスは喜々として受け取って包みを器用にはがしながら咀嚼する。がっつがっつと糧食を口にするアステリオスに葵は小さく微笑み、ちらり、と船の船室に目を向けた。


「貴方のママはまだお眠ね。昨晩、頑張ってくれたからね。貴方は、朝の海を堪能中?」


『クルゥ!』


 尻尾を持ちあげてゆらゆらさせながら答えるアステリオス。先端が甲殻のメイスのようになっているそれを巨獣の怪力で振り下ろしたらこの護衛艦は撃沈されるが、それを“彼”がしない事を、葵はちゃんと分かっている。


 葵はアステリオスに並び、海を見る。


 沖合に出たことで波は高くなってきているが、それでも嵐のそれには及ばない。穏やかな海、といってもいいだろう。


 これもひとえに葛葉のおかげだ。


 海に出た後、彼女が広範囲に全力で脳波動を放出した。それによって一時的に周囲のディスペアのコントロールが途切れ、無力化されているのだという。もちろん、すぐに後続が補充されて封鎖線が形成されてしまうだろうが、それが閉じる前にハワイ沖合に待つアメリカ方面軍と合流する事が出来れば十分だ。


 この穏やかな海は今ひと時のものである。やがて、この海も赤く染まるのだろう。


「……そういえば、貴方達にお礼を言ったことはなかったわね。ありがとう。これまで、たくさんの人が貴方達の、貴方のお兄様のおかげで助かってきたわ。感謝してる」


『クルル?』


 葵の感謝の言葉に、アステリオスは銀紙を舐めるのをやめて振り返り、首を傾げる。


 その、猫のような、子供のようなしぐさに、「ほんとに子供なのね」と葵は苦笑した。


「ふふ。貴方達にそのつもりがなかったなら、こんな事言われてもわからないか。もっと食べる? これ。ほら、たくさんもってきちゃった」


『クルルルゥ!』


「ふふふ。人間よりこっちのほうが美味しいのよ。食べるならこっちにしてね、いくらでも食べていいから」


 背中に隠していた糧食の包みを三つも四つも差し出すと、アステリオスは目をきらきらさせて歓喜の声を上げた。


 人間からすると大味、かつ味気ないカロリーブロックを、うましうましと貪る巨獣の姿に、葵は頬を緩めて船べりに腰を降ろした。


 彼に倣って、朝の海と太陽を眺める。


「……考えてみれば、私すごい所にいるのよね。太平洋の沖合で、朝日を眺める、かあ。なんかロマンチックよね」


『クルルル?』


「ふふふ、ありがと。ゴミは頂戴」


 あっという間に糧食を食べつくしたアステリオスが包みの銀紙を圧縮している。パチンコ玉まで圧縮されたそれを受け取ると、見た目に反してそれなりに重い。


 さらっとプレス機並みの圧力を発揮しているチルドレンの怪力に苦笑しつつ、葵はそれをポケットにしまい込んだ。


 と、そこでそれまでおとなしくしていたアステリオスが不意にはじかれたように顔を上げる。


 周囲をきょろきょろする仕草に、すわ敵の襲撃かと背を伸ばした葵だが、目を懐っこくキラキラさせたままの様子に違うらしい、とすぐに腰を戻した。


『クルルー』


 のそのそと身を起こし、船に戻っていくアステリオス。その行く先に目を向けると、船室から一人の小さな少女が出てくる所だった。


 小さな船員服を着て、その上からぶかぶかの防弾コートを羽織った少女。その黒髪は、度重なる高出力脳波動放出の影響か、内側が青く染まっている。


 葛葉零士。


 ママのお目覚めを敏感に感知したアステリオスが、甘えるように喉を鳴らしながらすり寄る。それに気が付いた葛葉が、寝ぼけ眼でよしよし、とその頭を撫でまわした。


 見た目と違って年季の入った巧みな撫でまわしに、アステリオスの目がたちまちとろーんとし始める。


「おはよう、葛葉ちゃん。よく眠れた?」


「んあー。おはよー。まあ、うん。なかなか快適だったぞ、もっと船って揺れるもんかと。ましてや軍船だしな」


「超絶VIPをそんな部屋に泊めるわけないじゃない」


 あきれたように腰に手を当てる葵。


 葛葉は今や、地球の命運をも左右する最後の希望だ。彼女の脳波動による敵コントロールの鎮圧は本作戦のキモ。そもそも彼女の力がなければ海に出ることすらできなかったのは自明の理である。


 そんな彼女の扱いは、どんな繊細な電子機器の扱いよりも重視される。食料でもなんでも、出せるものはすべて無制限に許可が下りている。


 まあそもそも、極東人類軍も色々カッツカツで出せるものがそもそも限られているのは、目をつむっておくとして。


 ちなみに今、葛葉が着ている服はイベント用に用意されていた子供服である。倉庫の奥で埃をかぶっていたのを引っ張り出してきた、物持ちがいいのは日本人の良い所だ。


「ふぁー。朝ごはん、食べに行くかあ」


「そうね。今日は朝からカレーらしいわよ」


「おぉー。いいね、朝カレー。アステリオスも食べる?」


 自分の子供に抱え上げられながら、葛葉が我が子に頬を寄せる。体格差といい、何もしらない人だったら親子の上下関係を逆に勘違いするかもしれない。


「ていうか、葵ちゃんと一緒にいたんだな、お前。葵ちゃん、何かこの子に迷惑かけられなかった?」


「何も。人の事齧ろうとしてきた子に比べたら、ずいぶんとおとなしいわね、その子」


「あー……。ま、まあ。少しは人間の事を理解してきた、という事かな。ねー?」


 笑いかける葛葉に、同じように首を傾げ返すアステリオス。なんていうか見た目は完全に怪物なのに、仕草がいちいち幼児っぽいなあ、と葵は改めて首を傾げた。


 彼女が初めて遭遇したチルドレンであるプルートゥは、母親と話しているとき以外は完全に怪物だったが……。


 これもチルドレンが進化している、という事なのだろうか? しかし、生物がそんな高速で変化するものだろうか。


 まるで、どこかにデータのバックアップがあるみたいな……そこまで考えて、葵は首を振った。今、考えるべき事ではない。


 と、そこで船から甲高いブザーが響き始めた。ヴィイイイイン、と警報のような高い音が大音量で鳴り響き、並走する護衛艦からも同じような音が響き始める。


「……朝食は後回しね。米軍艦隊と接触したわ」


「ええー。お腹すいたのにー」


「糧食ならあるわよ?」


 葵がまだ背中に残していた包みを差し出すと、わーい、と葛葉はそれを受け取って齧り始めた。そんな母親を肩に担いだまま、アステリオスがかがめていた身を立ち上がらせる。母親を肩車のように抱えたまま立ち上がったアステリオスの頭は、艦橋よりも高い所にあった。その隣の葛葉の目からも、水平線が広く見える。


 その水平線の向こうから、巨大な影がこちらに近づいてきているのを、人間を超越した彼女の瞳が捉える。


「……実物を見ると、思った以上にでっかいな」


 近づいてくる、複数の艦船の姿。その中央に坐するのは、旗艦マウント・ホイットニー。全長200m近い大型艦ではあるが、その隣に並ぶ原子力空母と並べるとさすがに霞む。


 海をかき分けて進むのは、ジェラルド・R・フォード級航空母艦3番艦『エンタープライズ』。全長337m、満載排水量101600トン。


 アメリカの誇る原子力空母である。戦争開始時、まだ建造段階にあった船だが、同じく建造中であった2番艦を囮にハワイに建造された工廠に退避。そこから長い時間をかけて、宇宙人のテクノロジーを組み込みながら建造が進み、つい先日完成したばかりの船だ。本来であれば宇宙人達への大反抗作戦の切り札となるべき船であったが、ディスペアの襲来によってその運命は大きく変わる。全地球規模で襲い来るディスペアの襲来を前に、北アメリカ方面軍がこの船を切り札として温存する方向に舵を切ったことが、絶望的な戦況に風穴を開けるジョーカーとなったのだ。


 そんなエンタープライズを擁するのは、元アメリカ海軍第六艦隊の面々である。ヨーロッパ方面に派遣されていた彼らは、しかし、戦争開始当初に行われた宇宙人の斬首戦術によってヨーロッパ各国の指揮系統が麻痺した事もあって孤立し、補給もないまま北海に退避。宇宙人達からの追撃を強くうけなかったこともあり、最後まで艦隊を維持した状態で北アメリカ方面軍に合流していた。そして今回も、戦況の好転によって西欧に向けて出発した所でディスペアの襲来が発生し、急遽引き返し……結果的に、最も戦力を残した最後の機動艦隊となったのは、皮肉というべきだろうか。


 文字通りの、今現在人類軍に残された最大最後の戦力である。それが、葛葉達と合流するべく、この海域に接近してきている。


 さらに上空を見上げれば、飛行機雲をひいて空を飛ぶいくつもの機影。


 人類のものではない、武骨な箱型の航空機が、こちらに接近してきている。


 マスター達、フォースエイリアンの部隊だ。マスターをはじめとした総勢100人が、こちらに合流する手はずになっている。


 そして極東人類軍からは、葛葉と葵、そして護衛艦二隻。メタヴァルキリーの部下四人は、極東防衛のために日本に残った。


 ディスペアを無力化していても、帰るところが滅びていては意味がない。各国の防衛線は、ディスペアの戦力を釘付けにする陽動でもある。


「……まさに殴り込み艦隊だな」


「ええ。たったこれだけの戦力で、ディスペアの中枢が存在する南アメリカ大陸に突入しなければならない。……ま、やるしかないんだから、やるしかないわね」


『クルルル』


 エンタープライズを加えた第六艦隊。


 葵と葛葉。


 そしてフォースエイリアンの精鋭100人。


 これが、この星の運命を左右する最後の切り札。地球という惑星が死ぬか、生きるか、そのすべてが彼らの肩にかかっている。


 希望の船が集結する……その傍ら、青く晴れ渡っていた空はたちまち曇りはじめ、暗雲が渦巻き始めていた。


 太陽の光が隠され、渦巻く暗雲に紫電が走る。


 それはまるで、彼らの未来を暗示しているかのようだった。





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