『身だしなみは大事だぞ』
思った以上にしょうもない話だった!!!
私は憤慨と呆れと絶望とがないまぜになった感情を処理できず、思わず天を仰いだ。
とりあえず辛うじて絞り出せたのはたった一言。
「馬鹿なの??」
『弁解の余地もないな』
肩を落として首を振るのはパワードスーツの宇宙人。
マスターと呼ばれていて、こいつらの中ではリーダーのような立場らしい。
私の知ってる連中より随分と人間臭い挙動の奴である。というか他の三大宇宙人がなんかおかしいのか?
少なくともこいつは話が通じるし。ついでに恥という概念もあるらしい。
「そう思うんだったら止めろよ。お仲間だろてめーら」
『我々は必要以上の干渉を禁じられている。惑星侵略の緒戦に参加したのも、そうするように縛られているからだ。そうでなければあんなつまらぬ戦いに手を貸すものか』
心底うんざりしたように吐き捨てる宇宙人のリーダーさん。
……なんか、今のちょっとしたやりとりで既に親近感がわいてきた自分がいる。さてはこいつら、社畜の類か?
「よくない上司を持った事に同情するのは失礼に値するか?」
『私の立場で言える事はない』
……うむ。常識を弁えた社畜だ。気の毒に。
宇宙人にもこういう奴らが居たのか。新鮮な気持ちだ。
そんな私とマスターとのやりとりを、葵ちゃんはなんだか変な顔でじろじろ見ている。
「……なんか、切り替え早くない?」
「そうは言われてもなあ。こいつらは私の絶対ぶち殺すリストに入ってないし……。あっ、でもお前らに捕まったせいで研究室送りにされたんだからな、おかげで酷い目にあったぞ」
『……。私が直接知る所ではないが、異様にしぶとい特異個体の捕獲に協力要請が出た記録がある。その事をいっているのか?』
ばあん、と何かを叩きつける音がして、一行はびくりと肩を跳ねさせた。
『グルルル……』
恐る恐る振り返ると、身を屈めて大人しくしていたはずのアステリオスが、尻尾をゆらゆら揺らしながら不機嫌そうに唸っている。今のはどうも、アステリオスが尻尾を地面に叩きつけた音らしい。
明らかに友好的でない視線を向けられて、葵ちゃんや柏木さん、マスターが思わず、といった感じで一歩下がる。
うーん、思った以上に人見知りしてる感じ。そりゃそうか、この子、生まれてから人間と関わる事もほとんどなかったし、宇宙人ぶっ殺しにいく事もなかったからなあ。
「どうどう、アステリオス。苛々するのは分かるけど、もうちょっと落ち着いてね」
『クルルル……』
首筋に抱き着くようにして撫でまわすと、途端に上機嫌に喉を鳴らす我が子。うんうん、聞き分けのよい子で助かる。
あと、うん。あっちに戻れないように腕で抱き留めてくるのはやめてくれないかな、話が終わってないし。
「落ち着かせるからちょっと待ってねー」
『……いや、うん。構わん。飛び掛かってこないだけ十分に理性的だ』
「だろう? うちの子は賢いし我慢強いし思いやりのあるいい子なんだぞ。おー、よしよし。なんだ照れてるのか? うりうり」
喉をなでくりしてやると、猫のようにごろごろ唸りはじめるアステリオス。地面に四つん這いでしゃがみこんで、尻尾をゆらゆらしているのはでっかい猫ちゃんに見えなくもない。うーん、いつまでたっても甘えん坊なんだから。
『本当に、大したものだ。我らに対する殺意を秘めながらも、それをおくびにも出さない。クイーンも、人類軍も。実に理性的だ』
和やかだった空気が凍り付く。
ちょっと空気読めてないマスターの発言に、はぁ、と葵ちゃんがため息をついた。
「それが分かってんなら口に出さないのが礼儀じゃない?」
『……失礼した。否定はしないのだな?』
「当たり前じゃない、あんたら宇宙人に何億人殺されたと思ってんのよこっちは。ディスペアの事がなければ誰があんたらと手を組むもんですか」
ふんす、と葵ちゃんが腕を組んで人類全ての意見を代弁してくれる。
そりゃそうだ。私だって空気読めなきゃぶち殺しにかかってる。絶対ぶち殺すリストに入ってないだけで宇宙人は絶滅させるのが前提だ。
まあしかし、それを言ってる場合じゃないんだよなあ。
「ま、とくにあたしら日本人は、そういうのは昔っからだしね。古くは自分達の殿様殺した相手に仕えるとか、なんなら国土全体を焼け野原にした相手に生活のため頭を下げたわけだし。最終的に繁栄という勝利を得られるなら一時の屈辱を飲み込むなんて訳ないわよ……まあその線引きを勘違いしてるアホが時々いるけど、そういうの戦争で大体死んだしね」
「まあそういう訳だマスター殿。ここはビジネスライクに行こう」
『ビジネスライク。良い言葉だ。記憶に値する』
柏木さんの小粋なジョークに、なんか感じ入った様子のマスター。……なんかこいつらはこいつらで苦労があるんだろうなあ。いや当たり前か。あの三馬鹿勢力の御守をさせられていた訳だろ? そりゃ大変だわ……まあ今はこんな事になってんだが。
『……先ほどの話の答えだが柏木少将』
「うん?」
『我々にも、思う所が無い訳ではないのだよ。ただ戦う為だけに生み出される存在はない。何かしら、目的があってそういった存在は生み出され……その本懐を、疑似的にでも果たせる機会があれば、それは便乗するに値するだろう。結局のところ、我々は我々自身の目的の為に、お前達に手を貸している。これが答えになるだろうか』
なんか突然意味深な事を言い始めたマスター。私は途中から来たから全く話の流れが分からないが、柏木さんはそれで納得したらしい。小さく頷き、少しだけマスターに向ける敵意が和らいだ気がする。
大人は大人のやり取りがあったのかね。いや、私だって見た目はこんなんだが中身はいい年だけどな!
ぼんやり渋いやりとりを見ていると、もっとこっちに構え、とアステリオスが顔を寄せてくる。それに仰け反る様にしていると、調子にのった我が子がべろべろ顔を舐めながら私を押し倒してきた。アスファルトにひっくり返った私を、頭から足先までべろりんちょ。
ぎゃあー。全身涎塗れになるぅー!?
ちょ、ちょっと、葵ちゃん、見てないで助けて!!
「無茶言うな」
「……本格的な打ち合わせの為に準備をしてこよう。葛葉ちゃんもごゆっくり」
『私も被害状況の確認がある、しばし時間を頂こう』
見捨てられたぁーー!?
◆◆
「あぶぶぶぶ……」
「はいはーい、目を閉じてねー」
アステリオスに全身涎塗れにされた後、私は葵ちゃんにシャワーを浴びせられていた。
え、基地滅茶苦茶になってたのにシャワーがあるのかって? なんか、簡易テントみたいなものを立てて用意してくれてた。なんでも宇宙人どもと違って、暴走している子供たち……ディスペア、と人類が呼称している……の血液には毒性があるんで、戦闘後の肉体洗浄が義務付けられているという話だ。
……うちの子供たちには無かった能力だ。もしかすると、血液の成分を変化させられる特性を応用しているのかもしれない。言うまでもなく、そんな事したら自分達にも害が出る。それを厭わない……ううん、恐らく、今回の暴走を引き起こした原因は、あの子供たちを同胞とも兄弟とも違う、ただの使い潰せる有機ドローンだとしか思っていないのだろう。
そんなわけないだろ。
あの子供たち一匹一匹が、しかるべき愛を与え、教育すれば私の子供たちと同じように、愛情に愛情を返してくれる素直な子供に育つはずだったのに。
やはり、もう、完全に狂ってしまっているのだろうか。
どうしてそんな事になってしまったのか……奴らの事だ、とんだ悪辣な事をしたに違いない。宇宙人の三馬鹿どもに対する、負の信頼は絶大なものがある。
「くそどもめ……わぶぶ」
「ああほら、目を閉じてないから……」
「こ、子ども扱いするなぁ!」
大体見た目通りの年齢でないのを把握してるはずでしょ!
しかし葵ちゃんは私の反論に取り合わず、シャンプーをわしわしと泡立てた。こうなっては身動きもとれず大人しくしていると、再びシャワーが浴びせかけられて泡が流される。
「現地じゃシャワーじゃなくてホースで水ぶっかけなんだからね、感謝しなさいよ」
「そりゃまあそうだけど……」
「大体、普段ちゃんと体綺麗にしてないんでしょ、無理もないけど。……その割にはあんまり汚れてないわね。あ、あの子達に毛繕いならぬ舌繕いしてもらってるから?」
い、いや、流石にそこまで四六時中べろべろ嘗め回されてる訳ではないぞ?
どっちかというと、私の体質が爬虫類に近いというか。傷の治りは早いが、必要以上の代謝はコントロールしてるみたいな……細胞自体もかなり強くなってるのか?
とはいえそのあたりを説明すると人間離れしすぎている。私は沈黙でやり過す事にする。
黙って頭を流されていると、ぼつり、と葵ちゃんが呟くように囁いた。
「……死んじゃったのかと、思ってた」
「……」
「貴方が乗り込んでいった船が落ちて。それっきり姿が見えなくて。……一人で行かせるんじゃなかった、ってずっと後悔してた」
それは、その。
いや、最初は確かに焦ったんだよ。コントロールを失った船が墜落して、このまま海の藻屑かー、と。
意外だったのは、意識を取り戻したブレイドが、何故か泳ぎが達者だった事である。尻尾をくねらせてサメのように猛進した我が子の背中に背負われて、たどり着いたのは朝鮮半島。人間の姿はなく、殺人ドローンが徘徊するこの世の地獄だったが……ぶっちゃけブレイドからすると、食べ放題のバイキング会場に過ぎない。
どうにも耐久性に問題の有る人間の脳みそを使ったドローンはもう稼働してないらしく、ドローンは大体青い薬液に浸されたどうみても人間のそれではない培養脳髄に置換されていた。それらをブレイドはかたっぱしから切り刻んで食い尽くし、そうしていたらドローン側もなんかこの辺ヤバイと学習したのか近づかなくなって、最終的にぽっかり空白地帯が出来て。
ヴィシガーナーを焼き殺して復讐の第一段階も達成したし、ここらでちょっと休憩と私はそこに居を構えて、ブレイド亡き後に残されたアステリオスをせっせと養育していたという訳だ。
アステリオスはブレイドと違い再び未熟児で生まれたが、成長が早く大食漢であった。ブレイドがドローンを狩り尽くして食料をストックしていたので問題はなかったのだが、もしかするとあの子はそこまで予想していたのかもしれない。
そうしてアステリオスも大きくなったし、さてこれからどうしようかな、と岬から海を眺めていたら、地球の反対側から怖気が走るような脳波動が届いて、なんかヤバそうと慌てて日本に戻ってきたのがこれまでの経緯である。
……うん。普通に考えて薄情者だな!!
葵ちゃんが心配してるかなーとか考えてもいなかったよ!! ごめん!!
くっそ気まずい思いで口をもごもごさせていると、きゅ、とシャワーの栓が閉められて、頭からタオルが被せられた。
「ま、心配するだけ無駄だったっぽいけどね! 全く、人を心配させておいてはかったようなタイミングで助けに来るんだから。怒り損ねちゃったわ、全く」
「い、いや、今怒ってるじゃん……」
「え? 今お説教してもいいの?」
ぞくぅ、と背筋が泡立った。見えなくても、背後で今葵ちゃんが綺麗な笑顔を浮かべているのがよくわかる。そのこめかみにビキビキ血管が浮いているのも。
藪蛇!
「い、いえ、なんでもないっす……」
「よろしい。さ、早く着替えて少将の所に戻るわよ、今後の事を相談しなきゃ」
「りょ、了解……」




