『四国防衛戦』
四国沿岸。
そこに集められた兵士達は、緊張した趣で沖合を見つめている。
やがて、前触れなくその水平線が赤く染まり、兵士達の間に緊張が走った。
「き、来た……!」
「想定よりも遥かに早い……! 南アメリカ大陸を食い尽くした連中の一部が、こっちに流れてきたのか……?」
口々に囁き合うが、真相はハッキリとはしない。
人工衛星の殆どを撃墜されてしまった今、情報はごく一部の航空機による偵察によるもののみ。それも当然限界があり、その間を抜けてくる脅威があるのも当然の事だ。
「南アメリカはもう人間は一人も居ない、という話だ。早い段階で攻撃を受けた中東、アフリカも壊滅的被害を受けたっていうじゃないか。俺達で守り切れるのか……?」
「きれるのか、じゃない、守るんだ。せっかく宇宙人どもを叩きだして日本を取り戻したんだ、あんな訳の分からない化け物に食い殺されてたまるか」
「その意気だ。なあに、沖縄方面では完全撃退に成功したらしい。勝てない相手じゃない! 俺達極東人類軍が一味違うって事、教えてやろうぜ!」
絶望的な戦況に、しかし兵士達の士気は低くはない。
もとより、宇宙人相手に絶望的な抗戦に身を投じていた者達だ。相手が得体のしれないエイリアンからクリーチャーに変わった所で、彼らのやる事はなにも変わらない。
恐怖はあれど、それを理性で制御する。適切な畏れは、決して悪いものではない。
そして、水際での防衛線が始まった。
艦隊の数が足りない為、上陸そのものを防ぐ事は最初から諦める。故に、沿岸から数キロの範囲を削減区域と設定し、敢えて多少を上陸させて、それを削減区域内で叩く。その為、指定区域は重機、あるいは爆弾によって木々や建造物が除去され、無数の地雷が埋め込まれた殺し間になっている。
艦隊は、四国州域に迂回するように待機し、囮も兼ねている無人護衛艦のみが前面に突出する。この後も続く防衛線に備え、貴重な火力投射源である艦隊は温存する構えだ。
護衛艦の速射砲が火を噴いたのをきっかけに、一斉に対空砲撃が開始される。
航空隊の援護もあり、上空に飛翔する怪生物は忽ちのうちに数を減らしていく。しかし、海中を進む赤い影は刻一刻と距離を詰めてきていた。
すぐに、水中に設置された機雷がタイミングを図って起爆される。
地上とは違い、水中では衝撃波は遥かに早く、かつ広範囲に伝播される。その衝撃波によって、ほとんどの個体は圧力に耐えきれずに四散し、海の底へとその亡骸を沈めていく。
だが。
その中にあって、機雷の爆発をものともせずに進撃するいくつかの巨大な影があった。
「効いてない奴らが居る!」
「問題ない、大型機雷を起爆する! 伏せろ!」
直後、海面に巨大な水柱が立つ。
潜水艦どころか、軍艦だって撃沈する大型機雷の爆発。それがいくつも、沖合に間欠泉のように天高く吹きあがる。
だがそれでも、いくつかの巨影は止まらなかった。
ざばばぁ、と波打ち際に大きな波が押し寄せる。その波の中から、真っ赤なクジラのような影が這い上がり、陸に身を押し上げた。
見た目はシロナガスクジラに似ている。クジラが頭部と背面に甲殻を持ち、口の周りに乱杭歯を剥き出しにしたような怪物は、がばあ、と口を開くと腹に抱えていた陸戦個体を無数に吐き出した。
鋭い爪を持った中腰で走る猿と蜥蜴の混合物のような怪物が、一斉に何十匹も母艦の中から出撃する。それを見送った揚陸生物は、機雷のダメージでそのまま、自重に押しつぶされるように絶命した。
それが全部で10。吐き出された陸戦生物の数は数百にも上る。
四つん這いのような姿勢で、怪物達が複雑な地形を駆け上がり、戦線を目指す。だが……。
「地獄へようこそ化け物ども。早速だが手数料を払ってもらう」
あちこちで起きる爆発。
入念にしかけられた無数の地雷が、次々と怪生物を葬っていく。さらにそこへ、容赦なく機銃掃射の雨が浴びせられる。それによって怪物達は次々と倒れ、その数を減じている。
「数は多いが、一匹一匹は大した事はないな!」
「油断するな、まだ先は長いぞ! ……うん?」
機銃の射手を務める兵士が、ふと妙な事に気が付いてスコープを覗いた。てっきり全ての個体が我さきに突撃してくるかと思ったが、何匹かは母艦の周りにあつまって、何かごそごそとしている。
仲間の死でも弔っているのか、と観察した兵士は、しかしすぐに己の間違いに気が付いて無線機に怒鳴りつけた。
「報告! 母艦周辺で敵個体が増殖の準備をしている、撃て!」
母艦の周りでたむろしている個体。それはしかしよく見れば、事切れた母艦をガツガツと食らっていた。肉を腹にため込み、その体が膨らむ。満腹になったというより、文字通りにその体が風船のように膨らんでいるのだ。押し出されるように体表に膿や腫瘍のような黄色いブツブツが出来るが……よく見れば、その中で何かが蠢いているのが分かる。それは急速に成長すると、母胎の皮膚を突き破って爪を、牙を剥き出しにする。
まるで無数の寄生虫が羽化するように、母胎から何十匹もの幼体が這い出す。それはすぐに成長し戦闘可能な姿になると、干からびた母胎には目もくれずに走り出した。
それが、上陸した母艦の周囲で次々と起こる。事態に気が付いた機関銃の掃射で殆どは撃ち殺されるが、それでも何割かが生き残り、戦線に向かう。
それらは地雷にひっかかって殺された同胞達の亡骸を物陰に引きずり込むと、ガツガツと食らった。そして再び増殖。射線の通らない物陰で起きる出来事に対応が間に合わない。
ほとんどの個体を殲滅したはずが、再び数百匹に増殖した怪物達が再び地雷原に突撃を開始する。それらもまた地雷や迎撃によって命を落とすが、生き残った個体がその死体を食らって増殖する。
その繰り返しだ。
「くっそ! こいつら共食いでも増えるのか!!」
「情報共有には無かったぞ、くそっ。予想してしかるべきだったか!」
それでも対応する兵士達だが、彼らはさらに沿岸に吹きあがる水柱を目撃する。
揚陸母艦が、次々と上陸してきている。10……20……もっと多い。それらが一斉に、陸戦個体を口から吐き出す。突撃していく個体と、その場に残って増殖を開始する個体。地雷原は次々と減耗し、なのに敵はどんどん増えていく。いつの間にか、沿岸部を埋め尽くす敵の数は数千匹に膨れ上がっていた。恐らく、その数が減耗地帯に埋められた地雷の数より多くなるのは時間の問題だろう。
そしていつかは、銃座に蓄えられた弾丸よりも多くなる。
「お、おい……マジかよ……」
兵士達の間に、静かに絶望が広がっていくには、それは十分な光景だった。
同じころ。防衛部隊の指揮官も絶望的な戦況に必死に考えを巡らせていた。
頬を、脂汗が伝う。
不味い。
絶望的に火力が足りない。
このままでは突破される。際限の無い敵の数に、破滅的な未来の予想は容易い。
なんとかしなければ。しかし、どうやって?
悩む司令官の耳に、さらなる異常を告げる報告が入った。
「司令! 本部より報告……本防衛線の上空に、大気圏を突入してくる不明物体を複数確認したとの事!」
「何? 落下予測地点は?」
「計算中……これは……防衛線の前! 迎撃部隊の目前です!!」
テントを飛び出して指揮官は空を見上げた。
報告の通り、空に無数の流星のようなものが見える。赤い炎の尾を引いて落ちてくる落下物……かつて、宇宙人どもの侵略の緒戦、それに遭遇し生き延びた指揮官は、それに見覚えがあった。
忘れもしない。
当初はある程度抵抗出来ていた自衛隊を散々に蹴散らした、死の前触れ。空から舞い降りてきた殺戮の化身。
侵略戦争の最初期にのみ姿を見せ、それ以降、不気味に沈黙を保っていたそれが動き出した事を、指揮官は理解した。
「フォース・エイリアン!? こんな時に……?!」
高射砲の類は飛行怪生物への対処に割り振られている。よって、大気圏外からの来客は何の妨害も受ける事無く、防衛部隊の眼前に着地した。
減速しているとはいえ、大気圏外から降ってくるそれらは砲撃のようなものだ。着地の衝撃で凄まじい土煙が巻き上がり、防衛部隊の視界を隠す。
「な、なんだ?!」
「敵襲!?」
突然の事に混乱する兵士達。
そんな彼らの耳にまず聞こえてきたのは、がちょん、がちょん、という重厚な何かの足音であった。
状況が分からずとも、その物音を耳にした兵士達は息を飲み防壁に身を潜めた。
土煙が晴れていき、落ちてきたものが明らかになる。
それはちょうど、アポロ宇宙船のような形状をした大気圏突入ポッドであった。地面を割砕き着地したその側面が解放され、その中から巨大な人影が地面に降り立っている。
焦げ茶色の、地味なカラーリングをした分厚いパワードスーツ。三本腕が特徴的なそのシルエットに、何人かの兵士は記憶の中に残る影に目を見開いた。
「な、なんだ?! 宇宙人の残党!?」
「フォース・エイリアン……?! 本当にいたのか!?」
「でもなんでこのタイミングで……まさか、この怪生物、奴らの仕業なのか!?」
混乱する人類軍兵士。しかし、恐怖にかられて発砲する者は一人も居ない、皆、指揮官の指示を待って引き金を堪えている。
その様子を見て、パワードスーツの宇宙人達は満足そうに頷くと、揃って踵を返した。
人類に、無防備に背を向ける彼ら。
「え?」
そして、重装甲のエイリアン兵達は、揃って迫りくる赤い怪生物……ディスペアの群れ目掛けて、一斉に発砲を開始した。
手にしたレーザー銃らしき武器が火を噴き、複数のディスペアを纏めて粉砕する。さらに彼らは地雷原をものともせずノシノシと前進すると、物陰に隠れて増殖しようとしていた個体を次々と屠っていく。際限なく押し寄せる赤い津波を、僅か100人にも満たない鋼鉄の壁が押し返すのは、いっそ異様な光景ですらあった。
言葉を失って唖然とする兵士達。
一方、指揮官もまた混乱の境地にあったが、しかし彼は思考を止めなかった。
好機。彼は理性的に、この状況をそう判断した。
『……全防衛部隊に告げる! 識別不明のエイリアン部隊への攻撃を禁じる! 味方とは思わなくともいい、この場においては奴らの背を撃つような真似をするな! ディスペアの迎撃にだけ専念しろ! ただし、もし奴らがこちらに向けて発砲するような事があれば、すぐに報告しろ! その時は遠慮無用だ!』
「り、了解!」
「部下にも徹底させます!」
困惑しつつも、的確にパワードスーツを避けて反撃を開始する人類軍。
それを目の当たりにして、エイリアン同士が顔を見合わせ、何か笑うように首を震わせた。
そして、正体不明の増援到着から数十分後。
無限の如く押し寄せていたディスペアはその殆どが駆逐され、その屍を晒すばかりとなった。
積み上げられた赤い肉塊を前に、べったりと返り血を浴びたエイリアン兵が佇む。その傍らに、緊張気味で人類の兵士が走り寄った。
「……救援には感謝する。しかし、君達は何者だ? 一体なぜ、我々に手を貸す?」
『………………』
エイリアン兵は応えない。代わりに、彼は三本目の腕にライフルを握らせると、何やら手を細かく動かして見せた。
その兵士は、それにはっとする。
手話。エイリアン兵の手の動きは、言葉がしゃべれない人間が会話するのに使う、特定のメッセージのそれと酷似していた。
「ちょ、ちょっとまってくれ、判別できるものを呼んでくる!」
『…………(こくり)』
慌てて走って本部に戻る兵士。それを見送りながら、エイリアン兵は空をふと見上げた。
青空に描かれる五本の飛行機雲。救援のメタヴァルキリー達が到着した証だ。
ゆっくり上空から降りてくる熾天使達を見上げながら、エイリアン兵達はまるで敬意を示すかのように揃って綺麗な敬礼を見せる。
それを受けて、おっとり刀で駆け付けた葵達は、目を白黒させたのであった。
『怪生物の襲撃について、我々は人類軍と共闘する意思がある。可能であれば、責任者と話がしたい』




