『ああ、私もずっとお前の事を愛してる』
私の意識に、何か大量の情報が叩きつけられてくる。
それは文字でも言葉でも記号でもない、文字通りの情報としかいいようがないもの。パソコンの中に詰まっている0と1の羅列を、何の翻訳機も通さずに脳髄に流し込まれているような感覚。
脳波動を通じて、巨獣の脳とアクセスしてしまったのだろうか? 100年も生きられない人間の脳、それを遥かに超える圧倒的な情報量に意識が押し流されそうになる。
ここで屈せば、私という概念は消滅する。それを直感的に理解して、私はただその奔流に耐え凌いだ。
そうしているうちに、少しずつ、流れてくる情報が整理できてくる。
辛うじて理解できるそれは、無数の映像のようにも見えた。場所も時間も何一つ一致しない、無数の誰かの視点の記憶。
それがてんでばらばら、ちぐはぐに、強制的に頭の中に流し込まれてくる。それを必死に処理しようとしていた私の頭に、ふと、妙な閃きが過ぎった。
なんか。
デパートの休憩広場にあった、複数のテレビをくっつけた奴みてーだな。
そんな事を考えた瞬間、不意に情報の奔流は私にも理解できる形に急速に整理された。
例えるなら、家電量販店のテレビ置き場だろうか。
いくつもの視点が、びっしりと、認識できる範囲でずらりと並べられている。それは昆虫の複眼のようにも見えたが、その全てに違う映像が移されているのは、果てしなく広大なピクセルアートのようにも見えない事もなかった。
「う……ぐぐ……」
現実であれば、目と鼻と耳から血を噴き出しているであろう精神ダメージをなんとかやり過して、私のちっぽけな意識は、その情報の狭間を漂っている。
ここは、なんだろう。
周囲を見渡す限り、無数の映像が並んで広がっている。背景には、青く輝く不可思議な空間が無限に広がっている。
光に満たされた宇宙というのか。闇を駆逐するほどの光が、雷鳴のように唸りを上げながら無限を満たしている。
それを認識する私に、ある蘊蓄が頭をよぎった。
今、宇宙が暗黒に満たされているのは、光よりも早く宇宙が拡大しているからだという。逆に言えば、宇宙の始まり、まだ宇宙の拡大がそれほど加速しておらず、宇宙そのものも狭かった原始宇宙においては、宇宙は赤い光に満たされていた、なんていう話。
その理屈でいえば、これは、小さな宇宙のようなものなのだろうか。あるいは、光よりも早い何かが、広がる宇宙を満たしているのだろうか。
疑問に思っても、説明してくれる者はいない。
私はぼんやりと、通り過ぎていく無数の映像に目を向けた。
それは、ありとあらゆる、殺戮の記憶だった。
視点は様々。場所も、時間も、恐らくは星さえも一致しない、無数の戦いの記録。だけど写っているのは全て同じ。
生まれて、食らって、殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して。
殺しつくして。
最後に、死ぬ。
ただそれだけの、人生の上映会。
そこにあったのは、意味のない時間。
ただの、無の具現化そのもの。
「これは……まさか……」
そして理解する。
これは、あの子達の……卵の、遠い祖先の記憶だ。
薄々分かっていた。あの子達は、宇宙人達の扱う生物兵器なのだと。何かしらの理由があって、卵が孵らなくなり、宇宙人達はあの子達を運用できなくなった。だから、地球人類を研究ついでに玩具にする傍らで、物は試し、と卵を植え付けて孵化しないか試していたのだ。
私がTSしたり内臓弄繰り回されたのも、その一環。どういう条件で卵が孵化するか分からないから、とにかく色々やってみたのだろう。
ああ。
そうだ。
宇宙人どもには、この子達がどうして生まれてこなくなったのかなんて、わかるまい。
映像には、様々な種族が、あの子達の侵攻に立ち向かっているのが見えた。子供を庇う母親、血まみれのまま立ち向かってくる兵士達、肩を震わせながらも最後の抵抗を試みる民兵達、文化も何も持たない星の現住生物の家族や群れ。
その全てを、子供たちは容赦なく殺戮し、蹂躙し、その痕跡も残さず食らいつくした。数千数万の星を、文明を、命を、徹底的に。
恐るべき行い。宇宙の悪、と呼ばれるに相応しい振舞いだが、しかし、彼らには微塵の邪悪さも無かった。ただひたすらひたむきに、ただひたすら真摯に。彼らは唯、望まれた事を望まれたようにやり通しただけだ。
なのに。
この子達の視線に、振り返る瞬間はただの一度もない。
この無量大数の記録の中で命じた者達が、その働きを労う瞬間も、労わる瞬間も、それどころか呼びかける声すら存在しない。
本当に。唯の一度も、奴らはこの子達の事を気に掛ける事すらなかったのだ。
宇宙人達にとって、この子達はただの道具。使い捨ての武器。動かなくなれば捨てるだけの、物。いや、ただの数字以下の存在。
でもそうじゃない。この子達には感情がある。願いがある。思いがある。それがどんなに歪んでいても、この子達はただ、自分達を生み出した“親”に褒めてもらいたかった、認めてもらいたかった、この宇宙に生まれてきた意味が欲しかった、ただそれだけなのだ。
ただ、愛されたかっただけなのに。
そして。
『モシカシテ ボクタチ ハ』
『アイ サレテイナイ?』
いつしか、それが決して満たされない事を、この子達は理解した。理解してしまった。
映像が、一つ、一つ消えていく。
星の数よりも多かった願いが、泡のように弾けて閉じていく。
ああ。あまりにも、それは悲しい光景だった。
あの子らは知ってしまったのだ。自分達に、生まれてきた意味なんて何もないのだと。何も望んではいけないのだと。生まれてくる事こそが、ただの罰なのだと。
だから、この子達は生まれなくなった。何も望まなくなった。
視界はもはやその殆どが真っ黒に閉ざされている。最後に残った少しばかりの視点も、結局同じく殺戮を繰り返すばかり。
最後に一つ、残った視点。
それも、どこかの誰かに刃を振り下ろして、そこで途絶えた。
宇宙が、闇に閉ざされる。
あれだけ空間を満たしていた光は、もうどこにも存在しない。星の瞬き一つもない、永劫の闇だけがそこに横たわっている。
それは、宇宙の終わり。
全てが、終わりに閉ざされたかに思えた。
数万光年の彼方に、光が灯る。
「あ……」
それはまだ生まれてもいない、卵の中の視点。
ただ生理的に生かされているだけで、きっとすぐに死んでしまうだけの寄生卵。宿主の体の中で、どくん、どくん、と打つ脈が、少しずつ弱まっていく。
それを。
優しく撫でる感触があった。
悍ましいはずの寄生虫を、自分の体の中で膨らむ何かを、どうしてか、優しく労わるように撫でる指の感触。
皮と肉を経ても、その感覚を、卵はずっと感じていた。ずっと心に刻みつけていた。
私は反射的に、己のお腹を見下ろした。
知っている。
あれは、私だ。
あの、ガラスケースの中に囚われていた頃。
得体のしれない卵を産みつけられて。栄養を吸われる虚脱感に苦しみながらも、私は他にする事もなくて、なんとなくお腹のしこりを撫でまわしていた。
意味はない。ただ、手ごろだったからだ。
正直、あの時すでに私は大分おかしくなっていた。普通ならば、こんな得体のしれない卵、なんとか叩き潰して殺してしまおうとするだろう。だが私はそうしなかった。
しない理由があるとすれば、実験体として役に立たないと分かれば即座に宇宙人に殺されるから。どうせすぐに死ぬとしてもあと少しの間だけでも生きていたい、そんな気持ちがあったぐらいか。
そもそも、当時の私はそんな事も思いつかないほど無気力になっていた。進んで死にたい訳ではないが、生きているのももう苦痛。何をする気にもなれないなかで、不思議と卵のしこりを撫でまわすのは心が落ち着いた、ぐらいの事でしかない。
別に、最初から、あの子達の事を愛していたわけではないのだ。
だけど、ただそれだけの事が。
その程度の事が、あの子達にとってはあまりにも甘美で耐えがたい幸福だったのだ。何故なら彼らは、無量大数の生の中でただの一度も、他の誰かに撫でてもらった事すらなかったのだから。
もしかしたら。
もしかしたら、今度こそ。
その誘惑に耐えられなくて、あの子は生まれてきた。
それでも、一抹の不安はぬぐえなくて、生み出されたのは不完全な未熟児。放置されれば、一日も経たずに死んでしまうその小さな体を、抱き上げる腕がある。
「赤ちゃん……お前が、私の赤ちゃん……?」
「大丈夫……大丈夫。ママがいるからね……」
……気が触れただけの、一人の小娘の抱擁。
だけどあの子達は、それを、数万年もの間、ずっと求め続けていたのだ。
唖然として、その映像に魅入る私。
世界に、再び光が立ち込める。視界の全てを、真っ白に染め上げるような、眩い輝き。
その、全てがホワイトアウトする光の向こうに、私は懐かしく愛おしい、小さなシルエットが見えた気がした。
「……。ルー、なの?」
『ママ、愛してくれて、ありがとう。ずっと、ずっと、永遠に、大好き』
◆◆
そして、私は現実に目覚めた。
「う、ぐ……」
なんだか、途方もない時間、夢を見ていたような気がする。そんな筈はない、気をしっかりもて。
床に這いつくばった状態で周囲を見渡す。あたりは、得体のしれない青黒い炎が燃え盛っている。
力が入らない。それでもなんとか顔を上げ、半身を起こす。
「……!」
私のすぐ目の前に、巨獣が佇んでいる。
一瞬身構えるが、すぐに気が付く。その瞳に、あの赤い光はない。肉体からも、完全に命の鼓動は消え去っていて……いまやその巨体は、燃え盛る松明でしかなかった。
その頭部、私がブレイドの刃を突き刺した場所が、一際激しく燃えている。ゆらめく炎の向こう側に、ヴィシガーナーが居る窓が見えた。
……窓は、粉々に割れて砕けていた。吹き曝しになった観覧席の床に、人型の薪が青黒く燃え盛っている。
ヴィシガーナーの義体。その頭部に座していたはずの本体は、今や火をつけた着火剤のように激しく燃えて灰になりつつあった。
「……死んだか」
恐らく、巨獣をコントロールする関係で奴の精神が繋がっていて……その精神の繋がりを通して、私の憎悪の炎が燃え移ったのだろう。ほかならぬ宇宙人達に対する憎悪から発した炎、その復讐相手にはさぞよく燃え広がったろうと想像に容易い。
憎んで憎んで憎んでも憎み足りなかった相手の死。
復讐の成就に、しかし私にはほんの僅かの達成感もなかった。
「…………なん、で」
知らぬ間に相手が燃えて死んでいたというのもあるだろう。実感がないのも仕方ないかもしれない。
だとしても、あれだけ憎んだ相手の死、喜ばしくないはずがないのに、ただ私の心には冷たい風が通り過ぎていっただけだった。
だって、奴らをどれだけ殺しても。
●●●●は、返ってこないのだから。
「っ、考えるな、考えるな……。そ、それより、ブレイドは……?」
ずきり、と頭が痛む。かぶりをふってそれを振り払い、私は我が子の姿を求めた。
居た。
壁際でひっくり返ったまま動かない我が子の姿が目に入る。ぴくりとも動かないその様子に一瞬心が冷え込むが、小さく胸が上下しているのを見て取って胸を撫でおろす。
よかった、気絶しているだけだ。
安心して我が子の元に歩み寄ろうとして、しかし、私は立ち上がる事もできずに、その場にひっくり返った。
「え あ、れ?」
全身に力が入らない。指先をぴくりと動かすのがやっと。
なんで、と考えて、私は自分が何をしたかを思い出した。
青黒い炎。それを全身から放出した代償だ。手足に感覚がまともに通わない。
「あ これ は」
これは、ちょっと不味い。
さらに、青い炎は飛行船へと燃え移り、どんどん炎を広げている。概念上のこの炎は、どうやら燃やす物を問わないらしい。このままでは自分で放った炎で焼け死んでしまう。とにかく這ってでも我が子の下に向かわないと……。
そう考える端から、ぐらり、と床が傾いた。傾斜になった床を滑って、我が子ともども傾いた先の壁へ転がっていく。
「な、何が……まさか、このUFO」
墜落している……?
そして、確かこの船は北へ……日本海へと向かっていた。
不味い。海の上なら不時着の衝撃は和らぐかもしれないが、それよりもっと深刻な問題がある。手足がまともに動かないこの状態で海に落ちたら、そのまま溺れてしまう。
「ぶ、ブレイド! 目を覚ますんだブレイド! 起きて!」
必死に声をかけるが、気を失っている我が子が目覚める様子はない。そうこうしている間に、燃え広がる炎はどんどん広がり、私達を取り囲んでいく。
「く、くそ……っ」
炎に咳き込みながら、私は手足をなんとか動かして、這うように我が子の元へ向かった。
その間にも、どんどん、船は高度を落としていく……。
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2036年10月3日。
オペレーション“ヤマタノオロチ”の成功により、極東人類軍はついに、極東最大の宇宙人基地の攻略に成功。これにより侵略者達は、この地におけるアドバンテージを完全に失った。
基地の攻略間際、要人が脱出したと思われる船も日本海上で撃墜され、そのまま海に水没。調査によればこの船には、侵略者の最高幹部である“三賢人”の一人、パラタイン・ヴィシガーナーが乗船していた事が分かっている。
これは人類軍始まって以来の戦果であり、多くの人類は、この勝利に沸き立ち、各地での人類軍の猛反撃に繋がっていく。
しかし。
この作戦以降。
最重要探索目標X-0こと葛葉零士とそのチルドレンの活動は。
2036年11月13日時点において、確認されていない……。
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