『はろー、まいすうぃーとべいびー』
侵略者の悪辣な実験の果て、女の子になってしまった私。
ビックリ仰天もものすけ、という話ではあるが、しかしながらそれで私が解放されるとか、実験をやめてくれる、とかそういう事はなかった。
結局、あいも変わらずガラスケースの中に閉じ込められて、伸びてくるロボットアームに注射される毎日。
かわった事といえば、サイズも合わないぶっかぶかの汚れた服をはぎ取られて、いかにも、といった感じの白い服を着せられた事だろうか。
あのロボットアームもこんな事できるのね、というか。
なんだったら最初から綺麗な服を出してほしかった。
「ぷぅー、ぴゅぴぴ」
それ以外では特に何もなく、暇を持て余した私は口笛を吹きながら、ガラスケースの外を観察していた。
どうやらここは、宇宙船の中とかではなく、どこかの基地か何からしい。
おそらく、連中が地球に設置した前線基地か何かなのだろう。あるいは、捕虜収容所か。
薄闇の中、よくよく見ると、他にもガラスケースが存在するのが見て取れる。これまで気が付かなかったが、似たような事をされている人はほかにもいたらしい。
だが気が付かなかったのにも理由がある。私のガラスケースは照明で照らされているのに対し、他のケースは真っ暗なのだ。
中がどうなっているのかわからない。ただ、よくよく目を凝らすと、その内部がびっちゃりと赤茶色の汚れに塗れているように見えて、私はそっと視線を逸らした。
なんだか見えちゃいけないものが見えてしまう気がする。
隣人たちの末路から目を逸らし、私は施設内に目を向ける。ここは完全に無人、という訳ではないようで、侵略者達の人員が何人かうろうろしては、モニターらしきものの前で話し合っている。中には、じっとこちらを観察している者もいる。
はろー、と手を振ってみた。
そのままそっと目を逸らされた。
ちっ。
「少しぐらいは愛嬌をみせろっていうんだ」
唇を尖らせながら天井を見上げる。
私はいつまでここに居ればいいんだろう。
というか、連中は私で何をしたいんだ?
「そもそも、こいつらなんで地球にやってきたわけ?」
こうしてじっと観察していても、何を考えているのかさっぱりわからない。言葉がわかればいいんだが……。
とりとめのない事に思索を巡らせながら暇をつぶしていると、変化は突然訪れた。
天井から、にょきにょきと何かが伸びてくる。いつぞやのスプリンクラーが動き出したのを見て、もしかして洗浄の時間か、と私は立ち上がった。
だが、噴き出してきたのは水ではなかった。
なんだか白い靄みたいなガス。霧のように漂ってくるそれに、私はケホケホしながら顔の前で腕を払った。
「なんだなんだ、喘息の治療でもはじ
あ れ ?
いしき ぐら とだ
ね む
◆◆
「……これで何度目だっけ?」
気が付くと、私はなんだか懐かしいベッドに括りつけられていた。
目の前にはやっぱり見覚えのあるガラスの壁。そしてその向こうにやっぱり見覚えのある三人のエイリアン。
メタル芋虫、ラジコン美女、トンボマッチョ。あれ、違ったっけ?
とにかくいつものメンツです、みたいな顔して宇宙人の幹部っぽいのが私をのぞき込んでいた。
あの時と違って私は女の子ボディーだが。途端にいかがわしい雰囲気におもえてくる気がする。
「ていうか今回は口を封じてないんだな……」
まあどうせ言葉なんか通じてないし構わないと思ったのかもしれない。首を切られるときのマウスの断末魔だって何いってるか人間にはわからないしな、逆もしかり。
嫌な事を考えてしまった私は顔をしかめた。
『●◆……★、▼●……』
『★●◆、▼、●★』
何事かメタル芋虫が呟くと、それにラジコン美女が応じる。トンボマッチョは、じっとこちらを見つめている気がする……いや複眼だからよくわかんないけど。
そうこうするうちに、いつもと同じく注射器を装備したロボットアームが伸びてくる。
が。
「……なんか太くない??」
そう。
その注射針は、なんかやたらと針が太かった。
いつものがコンビニでもらえるプラスチックストローだとしたら、今回のはタピオカミルクティーについてくる極太ストローみたいな感じだ。こんなのぶっ刺されたら普通の人間は死んでしまうのでは?
しかも、シリンダーに満たされているブツもおかしなものだ。
私の目がおかしくなったのでなければ、液体じゃなくてその、いくらみたいなぷちぷちしたものが目いっぱいに詰まってない、それ。
何かの卵? 細胞? どちらにしても、注射器で肉体に打つようなものではない。
ゆっくりと極太注射針が私のおなかに近づいてくる。
今度こそ本気で命の危機を感じて、私は必死に体をよじりながら悲鳴を上げた。
「ちょ、やめ、死ぬっ! そんなぶっといのおなかに刺されたら死んじゃう! おなか破れちゃうぅっ! ちょ、やめ、まって……いぎぎぎぎいぃいいいいーーーーー!?」
死ぬかと思うぐらい痛かったです。
というかこれで死なない人体ってすごいね。生命の神秘を感じた。
◆◆
まあでも前回と同じなら、ぶっ刺されてからが本番で。
注射を受けてから、私は明らかな体調不良に悩まされる事になった。
「う、うぐぐぐ……」
強い吐き気とめまい、貧血の感触に耐えながら、私は戻されたガラスケースの隅っこでうずくまる。
この少女ボディになってからは体調もずいぶんよかったが、今となっては地の底のような気分である。
原因ははっきりしている。この間の注射で植え付けられたブツが原因だ。
いま、私のお腹はぷっくらと膨らんでいる。食べすぎたとかそういうレベルではなく、明らかに妊婦か何かかっていうレベルでぽっこり膨らんでいるのだ。
まあ女の子の肉体になったという事は生殖器とかもそれに準じている可能性が高いが、本能的にこれはそういうものではないという事がわかっている。
皮膚の皮一枚した、皮下脂肪のあたりで、大きな何かがどくどくと私とは違う心音を立てているのがはっきりとわかる。触れると、微妙に柔らかく、それでいて弾力がある何かが、私の体の中で日々膨らんでいるのがはっきりと感じられる。
これは。
卵だ。
多分、寄生虫の。
「うぇっぷ……」
どうやらこないだの注射は、寄生虫の卵を植え付けるためのものだったらしい。しかしなんでわざわざ幼女ボディーに置換してからこんな事をしたのか、宇宙人の考える事はさっぱりわからん。あるいは特に深い理由もなく、人間相手にいろいろ試して遊んでいるのか。
なんかそんな感じがする。
まあ人間の科学技術だって、思いつく限りいろいろやっているうちに「何の役に立つんだ?」って言われるような実験がすごい事になったりするしな……。
それを我が身で実践される日がくるとは思わなかったが。
「それにしても、だいぶん大きくなったな……犬のあかちゃんぐらいあるんじゃないか、中身」
最初は面皰か何かか、と思ったぐらいのしこりが、今やこのサイズである。もう時間経過もはっきりしていないが、2週間かそこらしかたっていないのではないだろうか。
大した成長速度だ。
んでもって、これ、これからどうするんだろう。
「……世界一有名な宇宙生物みたいに、体を突き破って生まれてくる、とか……ははは、流石に……」
頭の中に、思いつく限りの寄生生物、その寄生先の末路が思い浮かぶ。
しわしわになった亡骸の横で繭を作るコマユバチ。
空になったさなぎをくりぬいて出てくるヒメバチ。
多胚発生により、宿主の体を計画的に食い尽くしスポンジのようにして生まれでてくるタマゴバチ。
いずれも、宿主となった生物の末路は悲惨なものだ。
特にタマゴバチ。あの死に方だけはしたくない。
「けど一番今可能性高そうだよなあ……」
そもそも肉体を性別変わるレベルでいじられてるからな。元の形を留めていない、という意味では一番私こそが悲惨かもしれない。
そんな事を考えて現実逃避するにも、限界がやってきた。
最初はちくり、とした痛み。それが、たちまち激痛に変わっていく。
「い、いだだ、いだだだだ!」
孵化の時が、やってきたようだ。
「い、いたい! いたいって!! いだだだだ、いだだっ!!!」
おなかの中からナイフを突き刺されているような激痛。私は泣きわめいて横になり、必死に大きく息を吸った。
おい、見えてるだろ宇宙人、生まれそうなんだよ。
ほったらかしにしてないでなんかないのか、なんか。
せめてこいつ植え付ける時やったみたいにさ、麻酔ガスを噴射するとか!
「い、いだだ……ぁああああ゛っ!!!」
何時間ぐらい、激痛と格闘していたのだろうか。
気が付けば激痛は過ぎ去り、疼痛のようなものがじんじんと残るばかりだ。
虚ろな視線を向ければ、貫頭衣は真っ赤に染まり、捲れた下からは、面皰からでっかい角栓を取った時のを数十倍にでっかくしたような大穴が開いたお腹が見えた。内臓とかはまろびでていないらしい。多分、致命傷は避けられた。
床は広がった血で真っ赤だ。血は広がりやすいので、実際の出血量よりも多く見えると聞いた事があるが、これはあきらかにヤバい出血だろう。
「はは……死んでない……生きてるかな……」
でも死んでない。
生きてれば勝ちだ、と私はさらに目をさまよわせた。
どこからか。
小さな鳴き声がする。
『み、みぃー。みみぃー……』
「あ……」
そして、私は見つけた。
広がる真っ赤な血の海の中。
その中を這いまわる、小さな小さな命を。
『みぃー、みぃー』
一言でいうと、それはハダカデバネズミによく似ていた。目も開かない、しわくちゃの皮膚の赤ん坊。その肌は、赤紫色の粘液に塗れている。その体を守る黒い甲殻も、今はふにゃふにゃとして柔らかいゴムのよう。
それは必死に泣きながら、血の海の中でじたばたしている。前に進もうにも、血で足が滑って先にすすめないのだ。
泣き叫びながらじたばたしているその小さな生き物に、私は。
この地獄のような苦しみをもたらした寄生生物に、私は。
「…………っ」
なぜか。
どうしようもないほどの、愛しさを覚えた。
そっと手を伸ばして、生物を抱き寄せる。
『み。みぃー? みぃー……』
ぎゅっと抱きしめると、安堵したように寄生生物は動きを止める。そのまま抱きしめる私に体を寄せて、ちょこちょこ手足を動かしながら、確かめるように顔を寄せてくる。
「赤ちゃん……お前が、私の赤ちゃん……?」
『みぃー。みぃー……』
ぎゅっと抱きしめると、それはほのかに暖かく、とくとくと心臓が脈動しているのが感じられた。
ぺろぺろと、赤子が舌を伸ばして私の頬を舐めまわす。激痛で噴き出した脂汗を、労わるようになめとってくれるその小さな命を、私はそっと指で撫でた。
ねとっとした粘液をぬぐうと、シルクのような手触りが感じられた。
柔らかい。暖かい。そして、弱弱しい。
庇護者がいなければ生きていけないこの命を、今、抱きしめてあげられるのは私だけだ。
そう思うと、なんだか胸に暖かいものが満ちた。
「大丈夫……大丈夫。ママがいるからね……」
『みぃー……』
そのまま私は、小さな赤子を抱きしめたまま、血の海で眠りについた。




