『獣帝』
船の中は、意外な事に宇宙人の姿はほとんど見当たらなかった。
明らかに罠だと分かってはいるが、今更逃げだす事はできない。この高度では私は勿論、ブレイドだって死ぬ。最低限、脱出装置のようなものを見つけなければならないが、そういったものは見つからなかった。
自力で脱出できないなら、残される方法は一つだ。
この船の中枢を破壊する。そうして浮力を失った船は墜落するが、連中の船は無駄に安全性が高くて、そのような場合でもある程度原型を留めて不時着できる事が多い。空中で木っ端みじんにさえならなければ、私とチルドレンなら無事に脱出可能だ。何度か経験がある。
「まあ、この船を囮に私を殺すつもりなら、とっとと自爆でもなんでもしてるだろうしな」
『ザァン』
ずんばらり、と行く手に立ちふさがる壁をブレイドが切り開く。とりあえずは、中央部分に一直線だ。この子の刃を阻むような物は何もない。
そうして船の中心部に一直線で向かった私達。
また一枚、壁を切り裂いて先に進むと、しかしそこにはそれまでと違う光景が広がっていた。
大きな広場のようなスペース。到底、乗り物の中には似つかわしくない、体育館のような、ステージのような空間が目の前に広がっていた。
「……このパターン、二度目だな。どうする?」
『ズラァン』
「そうだな。何が出てきても正面から叩き潰して進むだけだ」
そうだ。私達は、この船に潜む何者かをぶち殺しにきたのだ。なのに、その相手に背を向けてどうする。どんな罠だろうと、正面から食い破るだけ。
これは慢心でも傲慢でもない。
決意表明だ。
覚悟を決めて、私達は広場の中央に進んだ。背後で、壁が再生して閉ざされる。
『◆●★▼、●◆……』
ふいに、部屋の中に声が響く。
それにつられるようにして顔を上げると、部屋の上の方、私達から入ってきたのと反対側の壁に、なにやらのぞき窓のようなものがあった。
その向こうに、居た。
人型を模したアンドロイドのボディ。他の廉価連中と違い、表情まで見えるような精巧な造りの頭の上に、小さな半透明のクラゲ型生命体が座している。
知っている。かつては知らなかったが、今の私はこいつの名前を知っている。
「パラタイン・ヴィシガーナー……!!」
『●★▼、◆●●』
憎しみを込めた私の呟きに、何事かを返すヴィシガーナー。何やら日本語でしゃべってるっぽいが、私の耳はそれを理解する事を拒絶した。
奴の言葉も、存在も、何一つ私は認めないし理解しないし、記憶にも留めない。
ただ殺す。
絶対に殺す。
どんな手段を使ってでも、奴の生命活動を停止させる!!
「ブレイドォオオオオッ!!!」
憎しみと怒りを込めて我が子に指示する。
この期に及んで子に頼る事を恥じるつもりはない。全ての罪過は死した後に引き受ける。今は唯、一秒でも早く奴の息の根を止める。
私の叫びに応えて、我が子が前に駆け出す。猛々しい獣の唸りを上げて、疾走する刃獣。
が、ふいにぴたり、とその足が止まった。
『ザ、ザァアン……?!』
「ブレイド?」
不意に我に返ったように停止する我が子の反応に眉を顰める。
その理由はすぐに分かった。
ヴィシガーナーが見下ろす窓のすぐ下、壁面にぴしり、と亀裂が入ると、観音開きに壁が開いた。その中から噴き出す猛烈な冷気……それと共に、何かが迫り出すように姿を表す。
それは、一言でいえば怪獣のミイラだった。
ロケットとかシャトルを整備するような鉄骨を組んだハンガーの中に、干からびた全長5mほどの怪生物が拘束されている。がっしりとした脚部、たくましく太い脚。腰は細すぎるほどにくびれ、胸郭は大きく発達した逆三角形。腕は六本あり、いずれも鋭い爪を持った五指を備えている。背中から肩部にかけては盛り上がった濃い紫色の外骨格が鎧のように保護しており、一際盛り上がった首部の甲殻に埋もれるようにして、爬虫類のような顔がある。その顔も額部から後頭部にかけて頑強な外骨格で覆われており、二本の角が生えていた。
「連中の生体兵器……?!」
思わず目を見張る。
全体的に見るからに屈強な肉体、強靭な怪力、頑強な甲殻を備えた、戦う為に創造されたかのような怪物の姿がそこにあった。
だがそれ以上に私が気になったのは、その怪物がどこか、見覚えがあるような姿だった事だ。
似ている。
プルートゥをはじめとした、パワーで制圧するタイプの二足歩行に進化した我が子達が、あんな感じの雰囲気を持っていた。だが、目の前のこいつはそれよりも遥かに屈強で強力そうに見える。
ただ、皮膚はしわしわで乾ききっていて、生命力のようなものは感じない。見た所、ただの干物にしか見えないが。
何のつもりだ、とヴィシガーナーを見上げると、奴は片手に、何か宝石のようなものを持っていた。
赤い、多面体の結晶。それを奴が掲げると、宝石は赤く輝いた。
どくん
弾かれたように視線を戻す。
運び出されてきた怪物のミイラ。その胸郭の奥深くで、巨大な心臓が脈動する気配。ただ脈を打つだけで、叩きつけるようにその鼓動が私達の体に響く。
私の細胞が全身全霊で訴えている。
アレが、動き出す前に殺せ、と。
「ぶ、ブレイド!! 今のうちに……!」
『! ザ、ザァン!!』
おなじく存在感に呑まれていたブレイドが、私の声に我に返る。
もはやヴィシガーナーの存在など目になく、我が子は干乾びたミイラ目掛けて全力疾走。
一方、脈動を開始した怪物はぱきぱきと音をたてながら、ひきつった手足を少しずつ動かし始めている。破片を零しながら乾ききった皮膚が砕け、その下から赤い血がにじむ。全身に蜘蛛の巣のように無数の赤い血を浮かび上がらせながら、怪物の止まっていた時間が動き出す。
だが、その動きはまだ緩慢だ。それが調子を取り戻すよりも早く、飛び掛かったブレイドが刃を振り上げた。
あの子の刃は、全てを切り裂く単分子の刃。あれがいかなる頑強な甲殻を持ち、いかに巨体を誇ろうと、その刃の前では薄紙も同じ。
「よしっ」
勝利を確信し、私は拳を握りしめた。そして、我が子の刃が動けない怪物を一閃し……。
途端。
怪物の巨躯が、忽然と消え失せた。
『ザァン!?』
一閃した刃が、中身の無いハンガーだけを斜めに切り裂く。ばらばらと崩れ落ちる瓦礫に、困惑した声を上げるブレイド。標的の姿を探して、首をきょろきょろと巡らせる。
だが、私には見えた。
距離があった事が幸いした。目の中に、超高速で動く残像が微かに焼き付いている。戦慄しながらも、私は我が子に危険を叫んだ。
「右だ!!」
『ザッ……ァン!?』
辛うじて反応が間に合い、ブレードを交差させてガードするブレイド。その体を、振りぬかれた拳が吹き飛ばした。砲弾のように真横に吹き飛ばされるブレイド。
思わず悲鳴が迸った。
「ブレイド!?」
『ヅ、ヅァアン!』
が、その吹っ飛びっぷりは衝撃を受け流したからでもあったらしく、我が子は空中でくるりと回転すると後退りながら着地した。
ダメージは軽微。ぺっ、と小さく血を吐き捨てて刃を構えるブレイドの眼前、拳を振りぬいた巨獣がゆっくりと腕を引く。
ずしん、と一歩踏み出し、尻尾を背後に叩きつける。その肉体にみるみる間に生命が漲っていき、干からびた肌が活力を取り戻し、痩せこけていた筋肉が膨れ上がる。まるで水を吸ったスポンジのように生命力を取り戻した巨獣の眼窩で、赤い光がぎらり、と瞬いた。
ヴィシガーナーの持つ宝石と同じ輝き。
恐らくこの怪物は、奴の制御下にある。
そして、私はこの怪物の正体にも気が付きつつあった。
「……そうか。そういう事、か」
そう。
私の子供たちは、元はといえば宇宙人達に植え付けられた卵から生まれてきたもの。じゃあ、その卵はどこから来たのか? 一体何が生んだのか?
その答えが、目の前にある。
「お前が、“オリジナル”か」
『ヴォオオオオ……』
私の声に応えるように、怪物が低く唸った。鋭い牙の並ぶその奥から、空気を歪ませる超高温の吐息が吐き出される。
私がその名を知るのはまた後の事。
これこそが、最後にして最強の神獣兵。
その名を。
スウォーム・エンペラー。




