『鉄の火矢、降り注ぐ』
大阪に存在する、宇宙人の最大拠点。
これまで人類は度重なる攻撃で少しずつその力を削ぎ落し、今や宇宙人の拠点は一つだけとなった。
しかし、その事で宇宙人は焦る様子もなく、そして人類軍もまた、自分達が完全に優勢であるだなどとは考えていない。
それはなぜか。簡単な話だ、最後の拠点が、それだけ大規模かつ強力だからである。
かつての中心街を踏みつぶすようにして存在する、巨大な要塞寺院。幾重もの防壁に守られた中心に、悪趣味かつ荘厳な寺院が堂々と鎮座している。周辺は工場設備から吐き出される廃ガスによって昼間でもうっすらと暗く、その靄の中で無数の殺人機械が昼夜問わず徘徊している。
ここに詰めている兵力は数万ともいわれており、宇宙人が一転攻勢に出れば忽ち近畿地方の趨勢を塗り替えるほどの戦力を保有していると見込まれていた。それがいまだに動きを見せないのは不気味ではあるが、人類軍にとっては、それこそが最後の好機でもある。
故に、戦いを仕掛けたのは人類軍からであった。
突如、要塞寺院から無数の火砲が宙に向かって立ち昇った。はるか上空で炸裂する、無数の爆発……対空砲基地を攻略したときと同じ、対地ロケットによる飽和攻撃である。しかしそれは、ほかならぬ対空基地をも遥かに凌ぐ弾幕によって、はるか上空で迎撃される。
数百を越える対地ロケットの飽和攻撃が、しかしあっさりと空中で全て叩き落された。基地には一発のロケット弾も落ちる事なく、空に黒い煙が生じただけ。桁違いの防空能力が、要塞寺院の鉄壁の守りを証明していた。
だが……。
再び、猛烈な対空砲火が吹き上がる。それらは再び基地への砲撃を迎撃し……しかし、先ほどのようにはいかなかった。
空中でいくつもの爆発は起こる。だがそれを突き抜けて、一部の攻撃が要塞寺院に届いたのだ。
ばごん、ばごん、と音を立てて、要塞寺院の敷地に黒い土煙が柱のように吹きあがり、遅れて爆発が生じる。爆発そのものはロケット弾のそれほどではなかったが、着弾時の破壊力が凄まじく、がらがらと音を立てて尖塔の一つが崩れ落ちた。
ミサイルやロケットによる攻撃ではない。
これは、砲撃だ。
要塞寺院から遥か南東、太平洋上の沖合に、いくつかの船が浮いている。灰色の塗装を陽光に輝かせるそれらは、驚くべき事に軍艦であった。それも、砲艦。船体に備えているのはVLSランチャーでも速射砲でもなく、第二次世界戦にタイムスリップしたかのような、16cm三連装砲装備である。
改最上級巡洋艦。極東人類軍がハワイ工廠で新造した、反抗作戦における最大の切り札である。
波に揺れる戦艦の砲塔が、再び火を噴く。海面に衝撃波の小波を引き起こしながら、最大5秒に一発のペースで鉄の砲弾が要塞寺院目掛けて放たれた。
降り注ぐ鉄の暴風雨を、要塞寺院の対空砲が迎撃する。だが、ロケット弾やミサイルと違い、降り注ぐ砲弾はそう簡単には迎撃できない。
本来、宇宙人の高度なテクノロジーは、ミサイルやロケット弾の誘導システムをハッキングし、あらぬ場所へと誘導する、あるいは自爆させる事すらも可能である。また、高性能な対空砲弾は緻密に制御された弾幕を上空に網のように広げ、脆弱なミサイルやロケットの弾頭を的確に破壊し、無力化する事が出来る。
だが、そのような緻密さは、降り注ぐ砲弾にはない。鋼鉄の砲弾には歯車で動く時限装置と爆薬のみが詰め込まれており、発射したら最後自力で軌道を変更する事すらできない。また自らの直撃による破壊力を重視した質量砲弾は、多少、破片が掠めた程度ではびくともしない。
おまけに安い。ミサイルの数百分の一のコストで製造できる砲弾は、多少外れたとしても数でそれをカバーできる。数うちゃ当たる、と言わんばかりに、三連装砲が間隙なく唸りを上げ、鉄の砲弾を要塞寺院に送り続ける。
と、砲撃を続ける戦艦の上に、無数の火柱が降り注いだ。
要塞寺院からの反撃である。海上に漂う鉄の船など、宇宙人から見れば止まっているようなもの。逃げ隠れもしない鉄船に、迎撃のミサイルが降り注ぐ。
海面が爆発に覆われ、たちまちその向こうに船の姿がかき消える。爆炎の向こうに、その威容は消え去ったかに思われた。
直後。
その煙を突き破り、砲弾が放たれた。衝撃波が黒煙を吹き散らし、戦艦が再び勇壮な姿を露にする。
そう。戦艦が簡単に沈むわけがない。
この改最上級は、艦橋も持たない鉄壁の鋼鉄船。ごく少数の人員でのみ運用され、照準も何もかも外部に依存する事で物理的弱点を徹底的に潰してある。甲板は分厚い複合装甲であり、主砲装甲もそれに準じる。半面、戦艦としては喫水線下の防御は絶無で、とにかく宇宙人による長距離反撃への対策のみに特化した船である。早い話が、反撃を受けるならそれに耐えられるだけの防御力があれば、継続して殴り返せる、そういうアホみたいな代物である。
だが、事ここにおいてはそれが有効である。人類軍がちまちまちまちま、周辺の拠点をどれだけ小さくとも徹底的に潰して回ったのは、この切り札がたえられる規模まで敵の反撃能力を削る為だったのである。
矢継ぎ早に送り出される砲弾が、要塞陣地を更地にする勢いで降り注ぐ。要塞寺院の長距離攻撃の手段である垂直ミサイル発射管や滑走路、尖塔、ありとあらゆる防衛設備に砲弾が降り注ぐ。凄まじい砲撃に、要塞寺院が真っ黒な噴煙に覆われていく。
これで、最後の拠点は壊滅したかに思われた。
だが……。
噴煙が晴れた時、敵要塞寺院はまだまだ健在であった。確かに、第二、第三防壁は完全に崩壊し、唯の瓦礫の山になっている。だが肝心の第一防壁から内側は、あれほどの砲撃を受けても傷一つない。
理由は、それらをうっすりと包み込む、黄色い光の壁のせいだ。
これを人類軍はパワーシールドと呼称している。
宇宙人が重要施設や宇宙船に展開するこのシールドは、開戦初期に核弾頭すら防御しきった実績がある不滅の防壁である。例え16cm砲の掃射であっても、これを貫通する事は不可能。そしてそれを展開する第一防壁もまた規格外の強度を持ち、戦車のAPFSDSを以ても貫通できない事が判明している。
まさに攻略不能の防壁。
だがそれは人類軍も百も承知。それを分かった上で攻撃をしかけた以上、この展開も予想済みだ。
艦砲射撃は露払いに過ぎない。崩壊した第三防壁を踏み砕いて、待機していた地上部隊が一斉に進出を開始する。三方から押し寄せる機甲部隊。
ここからが本番。
調査の結果、パワーシールドにはいくつもの欠点がある事が発覚している。一つは、膨大なエネルギーを使う為、地上設備では最重要部位にしか展開できない事。ゆっくりと動くものは通してしまう事。展開中は向こうも反撃が出来ない事。
これらは全て、諜報員が接触に成功したX-0から齎された情報だ。実際に、彼女は不滅のパワーシールドに守られているはずの関東最大拠点を単体で突破、制圧、壊滅させている。
その情報を参考に、人類軍はパワーシールドの熱量に耐え突破できるだけの防御力をもった強襲車輛を今回多数配備している。宇宙人が亀になれば、そのまま押し込んで制圧するだけである。
しかし、敵もそれを察したのだろう。人類軍を迎撃するべく、第一防壁の内側から一斉に敵戦力が出現する。一時的にパワーシールドが解除され、無数の歩行機械、奴隷兵、宇宙人の兵士達が出現する。それらと進出する機甲部隊が銃火を交え、忽ち要塞寺院周辺は鉄火場の様相を見せ始めた。
そして、それを物陰から見守る人影が一つ。
葛葉と、ブレイド。
息をひそめる親子は、宇宙人と人類軍、その両方に見つからないよう、こそこそと移動を開始する。やがて、誰も見向きもしていない、防壁のど真ん中まで近づく。
宇宙人と人類軍の攻防は、防壁の切れ目、門のあたりに集中している。この防壁もまたほぼ破壊不可能な強度であり、それは人類軍も宇宙人もよくよく認識しているため、ただの行き止まりであるこのあたりには誰も関心を向けていない。
よっていかなる妨害も受ける事なく、二人は防壁に近づく事が出来た。
高層ビル並みの高さで佇む防壁の前で、葛葉とチルドレンは脚を止めた。
「ブレイド」
『ザァン!』
親の合図で、ブレイドが両手の刃を閃かせる。
一瞬の斬撃。核弾頭が直撃しても表面がちょっと溶けるだけの防壁に、刃渡り1mほどの刃が振りぬかれた。
傍から見れば、何の変化もない壁面。前に出た葛葉が、ぺたり、と吸盤状の工具を押し付けてぐっと引っ張る。
ずずずず……と円筒形に引き抜かれる装甲。厚さ1mの装甲が、綺麗に丸くくり抜かれて地面に転がされる。その断面は曇った鏡のようにつるつるとしている。
恐るべき刃の切れ味。そのチルドレンの爪には、単分子フィルムが挟み込まれている。それにより、ありとあらゆる物質をブレイドは一刀の下に両断する事が可能だ。それは、宇宙人が科学技術の粋を尽くして建造した防壁でさえも例外ではない。
よし、と頷き、葛葉とブレイドはその穴に潜り込んで姿を消す。最後にきっちり、くり抜いた防壁の壁を戻すのも忘れない。
そして、たった二人の第三勢力は、静かに要塞寺院に潜入する。
それはまだ誰も気が付いていない、戦場の端での出来事だった。
「やっぱり、来たわね」
「……ここに、来たのね」
ごく一部の例外を、除いて。




