『私にそれを否定する権限はない』
「見つけた」
聞き覚えのない少女の声。
背後に振り返ると、そこに一人の女の子が立っていた。
年のころは14、15。今の私より肉体年齢は年上。
奴隷兵と同じ拘束具を兼ねるスーツに袖を通した見知らぬ少女が、激しい憎悪の視線で私を見ている。
その手には、古めかしい造りのサーベルが握られていた。
「ようやく見つけたわよ、狂人め。お前のせいで、私は……」
「君は……」
「ここであったが百年目。……死んでちょうだい!!」
叫んで少女が切りかかってくるのと同時、背後の怪物もまたこちらに飛び掛かってきた。
挟み撃ち。
葵ちゃんが苦し気な声を上げる。
「く……このぉ!」
彼女は引き抜いたナイフで、怪物の凶悪な爪の一撃を凌いだ。だがその背中はがら空きだ。その無防備な背中を狙う……と思いきや、少女は葵ちゃんには目もくれず、私目掛けて切りかかってきた。
「死んで、クィーン!」
「くぅっ!」
咄嗟に足元に転がっていたジープの部品を拾い上げて刃を受け止める。
高硬度の金属を、サーベルがガリガリと削って火花を散らす。
振りぬかれるサーベルの軌跡を避けて後退り、私は小さく舌打ちした。
しまった、葵ちゃんと分断された。
こちらに向けてじりじりと距離を詰めてくる少女。その背後で、爪とナイフで打ち合う怪物と葵ちゃんの姿が見える。
「お前はこのままここでその女を押さえてなさい」
「フシュルルルゥ」
「く……っ、このっ。逃げて、葛葉ちゃん!」
葵ちゃんはこちらに向かって来ようとするが、怪物がその前に立ちはだかる。ご自慢のシンビオートウェポンを使わないのは、射撃では彼女を止められないと分かっているからか。
「し……っ!」
少女のサーベルが肩口を掠めて血が滲んだ。
太刀筋そのものは素人剥き出しだが、やはり無手と武器有りでは差がありすぎる、そもそも私も素人という意味では何も変わらない。ああ、こんな事なら関節技の一つでも学んでおけばよかったよ、本当!
大体、こんな女の子に暴力なんか振るえるか!
私は逃げるぞ畜生!
「く……っ」
「逃さない……!」
振り切ろうと人外性を発露して建物の上に飛び上がるが、少女もその後を追ってくる。そりゃそうだよな、あっちも改造されてるだろうし! だがこれではっきりした、この子が怪物達の親か!
恐らく、私と同じコンセプトの……後継機と呼べる存在なのだろう。
「ふふふ、どうしたのクイーン、あなた自慢の可愛い子供は、親を助けにこないのかしら?! なんてね、この千載一遇の好機、逃すものですか……!」
「ぐ……っ」
振りぬかれる刃が、また一つ、私の体を切りつける。腕の一部をざっくりきられて、私は傷口を押さえた。
「ぐ……き、君も……宇宙人に体を弄りまわされた口か」
「……そうよ。安全だっていう避難所で暮らしていたところを、家族と一緒にさらわれたわ。パパとママは私の目の前で、ぐちゃぐちゃの肉塊になって焼却処分された。私はなんでかそれに適合して、こんな事になってる」
「そ、そうか……」
……口ぶりからして、私と違って性別や年齢が変わるレベルの改造はされてない、か。
にじり寄ってくる少女を激昂させないように、言葉を尽くして説得を試みる。
「私を狙うのは……宇宙人の指示か。人質……いや、そんな半端な事をするわけないか、あいつらが」
「よくわかってるじゃない。あいつらにここ……身体の中に、変な器具を埋め込まれてる。あいつらの機嫌をちょっとでも損ねるとね、酷い目に遭うのよ。死んだほうが絶対にマシってぐらい、痛い目にあわされる。はは、まるで犬よね。叩かれて覚える間抜けな犬みたい……っ!」
「あぐぅっ」
再び振りぬかれる刃が、肩口に突き刺さる。
駄目だ、説得はちょっと難しそうだ。言葉の節々に、強い拒絶がにじみ出ている。
な、なんか、随分と恨まれてるみたいだな……? いや、当たり前か……。
「こ、個人的な恨みもあるように、みえるが……な、何かしたかな、私は、君に」
「……ふざけないで。分かってるんでしょ、私があの化け物どもの母胎にされてるって! 貴方のせいよ!!」
「ぐ、う……っ!」
激昂と共に突き出された刃が、深々と私の右わき腹に突き刺さった。まずい。卵の位置からはずれてるが、それはそれとしてこれは不味い、内臓が傷つく……!
「お前のせいで……! お前が、化け物と一緒に暴れまわって有用性を示したから! 宇宙人に逆らったから! 私はこんな体にされたわ! 今度は失敗しないように、念入りに逆らえないようにしてっ!!」
「ぐぅっ、が、あ……っ!」
「大体頭おかしいんじゃない!? あんな、人の腹を食い破って生まれてくるような化け物を! 血もつながっていない宇宙の怪物を! 我が子だなんていって可愛がるなんて! 貴方、狂ってるのよ! 私なんかより、ずっと、ずっと哀れで可哀そうな生き物!! だから……だから」
少女は肩で息をしながら、サーベルの刃を引き抜いた。血塗れの刀身から、つぅ、と血が滴って屋根に落ちる。
「そんな……そんな、私を哀れむような目で見るな……っ!!」
「…………」
それは。無理、というものだ。
全身を切り刻まれて。それでも私の心に、少女への怒りは全く浮かんでこなかった。
だって、全部彼女の言う通りなのだ。
私という成功例があったから、彼女はこうして実験台にされた。
我が子を愛する事を否定されても、道理で言えば彼女の方が正しい。普通、自分の腹を食い破って生まれてきた異種を、我が子として愛するなんて事はあり得ない。
でも、私にはそれしかなかった。
あの閉じたガラスケースの中で、血の通う暖かな命は、私とあの子の二つだけ。あの子達が私を求めたように、私にとっても、あの子達の暖かさは必要だったのだ。
でもそれを、他人に理解してもらおうとは思わない。
私の復讐は、狂気は、私だけのものだ。
だから、こう言う他は無い。
「貴方は。可哀そうな、子ね」
「…………っ!」
きっと私を睨みつけた彼女が、刃を振り上げる。
ああ、これは流石に、助からない。
彼女を殺すつもりで抵抗すれば、助かったかもしれないが……多分、そうすると彼女が死ぬ。
あの、哀れな子供を殺してしまう。
それは、駄目だ。流石に、駄目だ。
だから、私はここまで。
せめてお腹の卵は守ろうと、私は自ら首を差し出すような姿勢をとった。
「え……」
ずくん、とお腹の奥で、卵が強く脈動する。
「う……あ゛、あ゛ぁあああ!?」
まだ孵化には早いはずの卵が、お腹の奥で蠢いている。それに伴い、はっきりと自分で分かるほど体から力が抜けていく。出血によるものではない、それらは既にほとんど止まっている。なんだかんだで、首でも刎ねられない限り、そうたやすく私は死ねない。
だとすると、これは。
卵に……命を、吸われている?
「な、何……?」
「あ……がああああ?!」
異変を察した少女の刃はすでに止まっている。だが代わりに、私のお腹の中で激しく卵が、我が子が蠢いている。
いつもの孵化と違う。こんなに激しい事なんて、これまで、一度も……?!
「葛葉ちゃん! 無事…………っ!?」
その場に、運悪く葵ちゃんが駆け付ける。恐らく怪物を何らかの形で足止めして追って来たのだろう、上着をビリビリに破られているが彼女には怪我一つない。
その彼女の目が、きっと、屋上で座り込んでいる私を見る。
ああ。
せっかく仲良くなれたと、思ったのにな。
直後。
鋭い爪を持った指が、私の腹を突き破った。
「あ……あが、があ……あっ!」
めりめりと、傷口を押し広げて這い出して来る我が子。
普段、私の子供は体長10cmぐらいで生まれてくる。そしてそこから、数日かけて戦闘可能なサイズまで成長するのだ。
だがこの子は、産まれた瞬間から成長を始めていた。親である私の命を吸い、急激に成長していく小さな赤子。
その足が床を踏みしめて一歩進む間に太さは倍に。甲殻はしゅうしゅうと音を立てて拡張し、手足の骨がメキメキと伸びていく。その成長についていけずに肉が裂け、血が滴るが、瞬く間に腱は修復され、それまでよりも強く硬く変化していく。
『ズラァン……』
子の変化は止まらない。
親の腹を切り裂いた中指の爪が、甲殻と一体化して延長し、一振りの刃になる。頭部の角も同じように薄く鋭く伸びていき、やがて我が子は両腕と頭部、合計三振りの刃を備えた猛獣の姿を取った。
私の腹から臍の緒のように滴る血の糸を引いて、全身の甲殻がいまだ濡れたままの我が子が、唸りを上げる。
『ザァァアアンッッ!!』
「ひ……っ、な、なんなのオマエ! 私のと同じじゃなかったの!? なんで、生まれた瞬間に成長して……3、3号! 助けて3号、何所に居るのっ!? 3号っ!!」
『フシュアッ! ……シュルゥア!?』
狼狽する少女の呼び声に応えて、彼女のチルドレンが戻ってくる。
左肩にナイフを突き刺され、何か粘性の固形物で体を固められているようだったが、子供は母の呼び声に応えて助けに来たのだ。むしろ、頼られた事に喜んでいるようにすら私には見えた。
だがその怪物の視線が、目の前に佇む異様を前に見開かれる。動揺を隠せないまま、しかし怪物は反射的に生体兵器を目の前の“敵”に向けた。
『フシャッ!』
放たれる生体砲弾。打ち出されたコガネムシのような砲弾は、しかし空中で我が子の刃で切り払われる。
一瞬の早業。瞬時に、音速の小型昆虫を複数、空中で切り捨てる。尋常ならざる剣の冴え。
着弾するよりも早くその生を終えた哀れな生き物の残滓を振り払い、我が子が唸りながら姿勢を低くする。
『ザァアンッッ!!』
そして三本の刃を構えた武人の如き我が子は、立ちはだかる銃手へと躍りかかった。




