『鏡の向こうが、そして私を見返した』
「何?!」
「襲撃!?」
突然の異変に、しかし少女達の反応は早かった。
まず最初に葵ちゃんが私を抱きかかえてトレーラーの外に出る。部下の少女達もそれに続く。
壁からがらんがらんと固定の甘かった道具や部品が転がるが、それが落ちるよりも早く私達はトレーラーの外に出ていた。
トレーラーがとめてあるのは広い空き地だ。ここならこれ以上何かが降ってくる恐れはない。
「隊長、あれを!」
少女の一人が指さす先。建物の向こう、広場の方から煙が上がっている。さらに、幾重にも重なった銃声と、それを上書きするように轟く咆哮。
「確認する!」
葵ちゃんが素早く荷台の上に昇っていくのを見て、私も後に続く。
昇った先、トレーラーの屋根からは建物の向こうの光景がよく見えた。
「……あれ、貴方の相棒が心配して駆けつけてきた……とかじゃないわよね?」
「無い無い無い、うちの子には人類軍襲わないようしっかり言いつけてある」
「そうよね」
建物の向こうは、今まさに大惨事になっていた。
いくつもの車輛が横転し、ローターを回転させるヘリが振動に飛び立てないまま地面に張り付いている。その操縦席から人が飛び降りた直後、振り下ろされた巨大な爪がヘリを押しつぶした。
『GRAAA……』
爆発炎上するヘリの炎の中から、巨大な怪物が姿を表す。
全高7mほど、全長は10mほどだろうか。
六本の蜘蛛のような足を持った、巨大な怪物。ただ似ているのはシルエットだけで、その全身は分厚く頑丈で鋭角的な甲殻にがっちり包まれており、腹部は小さく、胸部と頭部の区別がしっかりしている等、よく見れば見るほど別物の生物だ。その背中にはいくつもの煙突のような突起があり、そこから緑色の煙のようなものが噴き出している。
言うまでも無いが、うちのチルドレンではない。そもそもうちの子達は四本脚だ、六本足の子は一人もいない。まさか、あれが噂の新手の……?
その怪物の背後では、アスファルトに大穴が空いている。どうやら地下を移動してここまで来たらしい。
振動で地面を揺らしつつ、基地に向かって進撃する怪物。その侵攻を阻止すべく、複数の兵士が銃撃を繰り返している。だが、歩兵が携帯できる程度の銃火器では歯が立たない。まるで霧雨のように甲殻に跳ね返されるだけだ。
と、そこで通じてないのを見て取ったのか、一台の兵員輸送車が前に飛び出してきた。直接戦闘を想定していない車輛ゆえ大砲は装備していないが、代わりに歩兵を支援する為の機関砲が搭載されている。この敵味方入り乱れる状況では戦車は発砲できない、今出せる最大火力といった所だろうか。
砲塔が旋回、怪物に狙いをつけて、発砲。
『GRAAAAA!!』
今度は多少なりとも通じたようだ。甲殻の上でひときわ大きな火花が飛び散り、怪物が苦悶の声を上げて後退する。
「よし、効いてる!」
「…………ふむ」
……でかい割に脆いな。うちの子達ならあのサイズまで育ったら、ミサイルぶちこまれてもびくともしないぞ。
例えばプルートゥ。あの子ならゼロ距離で機関砲を弾切れになるまで撃ちこまれてもへらへら笑って砲塔を叩き潰すぐらいはやる。サイズは全高4~5mぐらいだが直立二足歩行で、総質量はあの怪物の三分の一ぐらいであるにも関わらず、だ。
もしかしなくても、私の子供たちと比べて大幅に劣化している? 理由はなんだ?
訝しみながら観察していると、怪物が新しい動きを見せた。
大きく発達した前足。それを振りかざすように大きく持ち上げると、人間の兵士や装甲車輛に盾のように突き出した。
防御の構え? いや、違う。
「……不味い、通信で警告して!」
「え?」
「反撃が来る、退避を!」
見れば怪物の爪、第一関節の付け根あたりに、無数の穴のようなものが開いている。そこから、ぷしゅ、ぶしゅ、と音を立てて、血飛沫のようなものが噴き出し……直後、黒い何かが、一斉にぶわあ、と放たれた。
それらは一瞬空中に停滞すると、びゅびゅびゅん、とここまで届く風切り音と共に一斉に兵士や車輛、戦闘ヘリに襲い掛かった。
兵士達が血飛沫を上げて倒れ、装甲車輛に穴が空く。ヘリが横転して、燃料に火がついたのか忽ち燃え上がった。
炎に包まれる中、怪物が勝ちどきのような雄たけびを上げる。
「何、今の!?」
「……あの爪の穴。あそこから、何か羽虫のようなものが飛び出すのが見えた。多分、そういう生物兵器なんだ」
「羽虫ぃ!? そ、そりゃあ、夜に飛んできたのに当たると痛いけど……っ」
宇宙人に散々弄り回された私の肉体は、視力も人間のそれを凌駕している。その私の目は、怪物の爪の穴から這い出した蝶のような生き物が一斉に飛び出し、空中で狙いをつけて一斉に襲い掛かったのがはっきりとみえていた。
言うなればセセリチョウが近いか? 昆虫界のジェット飛行機に例えられるあの虫を何十倍にも凶悪化させたようなのが、あの怪獣の爪の中に巣食っているらしい。
……やはり、うちの子と根本的にコンセプトが違う。
うちの子は卵から生まれてきたのが全てだ。他の生物と共生したりはしない。ラウラやプテラのように無数の分身を操る子もいたが、あれらはあくまで自分自身の一部だ。蜥蜴の尻尾や蛸の足のような、切り離しても活動できる肉体の延長に過ぎない。
『GAAAA!』
怪物が再び進撃を開始する。軽やかに六本の足で大地を踏みしめながら、基地に向かって移動する。
……機甲部隊は攻撃できない。怪物の足元には、まだ息のある兵士が多数ある。今、戦車砲やロケットランチャーで攻撃をすれば、味方を確実に巻き込む。それが分かっているのか、怪物は倒れている兵士にトドメを刺さず、敢えて彼らを避けるように地面に爪を立てて歩いている。
「あいつ、味方を盾に……!」
「の、ようだな」
しかし、私から見れば違和感がある。そんな考えが及ぶなら、もうちょっと上手い立ち回りがあるはずだ。機関砲程度で手傷を負うなら猶更の事。
まるで誰かに、入れ知恵された……あるいは、言いつけられたように見える。
やはり、居るのか。
あの怪物……あの子にも、親が。
「ち……っ、仕方ない! あんた達は少将の下に!」
「隊長は?!」
「この子を連れて離脱する! 少将から、何かあった時はそうするよう命じられている、良いわね葛葉ちゃん! って、あ……」
異論はない。
抱きかかえようと伸ばされた手を潜り抜けて、ぴょーいとトレーラーから飛び降りる。背後で悲鳴が上がったが、私は難なく着地。このぐらいだったら卵を抱えていてもどうという事はない。
見上げると、口を押さえて顔を出している女子ズと視線があった。葵ちゃんだけが呆れ顔だ。
「……まあいいわ、降りるからちょっとまってて」
「うむ」
梯子を滑るように降りてきた葵ちゃんと一緒に、広場と反対方向に走る。他の四人は、基地の方へ走っていった。
ずん、ずずん、と脚から振動が伝わってくる。これじゃあ、戦車やヘリは勿論、強化スーツの類も上手く動けないんじゃないかな。
意外と厄介な奴なのかもしれない。
とはいえ、地震ではなく足踏みによる振動なら、震源地から距離を取れば弱くなる。基地の裏手に回れば、広場の方の振動はほとんど届かなかった。
「何かあった時は、最寄の基地から救援が来る手筈になっている。このまま基地を脱出して、救援部隊と合流するわ」
「了解した。……あの装甲車がそうだな」
ぎゅるるる、とドリフトを決めつつ目の前に飛び出してくる軍用ジープ。運転席でサングラスのおじさんが、早く乗れ、と言わんばかりに手招きしている。
ええい、仕方ない。卵を抱えたまま人類軍のど真ん中に行くのは不安が残るが、あの生物兵器が私を狙っている可能性が高いなら仕方ない。
「仕方ない、付き合おう」
「ありがと、じゃあ急いで乗って……!?」
不意に、私達の頭上を一つの影が飛び越していった。
それは今から乗り込もうとしていた軍用ジープの上に飛び乗ると、勢いのままにぐしゃりと押しつぶした。弾け飛んだ車の部品が、からんころん、と私の足元まで転がってくる。
「うわあああっ」
幸い、荷台の部分を潰されたので運転手は無事だ。潰れた車体から這う這うの体で逃げ出す彼に何の関心も見せないまま、襲撃者はゆっくりと残骸となったジープを踏み砕き、私達に向き直った。
「しゅるるるる……」
それは、一匹の怪物だった。体格は全長2mほど。背中や肩、太ももを鎧のような黒い甲殻で覆い、肌は白い。目は瞳孔の無い黄色で、腕は左右二本ずつの四本。そのうち右腕二本は肩に担ぐように保持しているシンビオートウェポンと溶け合い一体化している。
間違いない。写真で見た別種のチルドレンだ。ただ、いくつか相違点がある。胸部から腹部にかけて、まるでサイボーグのように機械が埋め込まれている他、背中の甲殻にもいくつもボトルのようなものが突き刺されている。右腕と一体化したシンビオートウェポンも、点滴のような管がいくつも刺されており、全身に何かしら、人の手……宇宙人の改造が加えられているようだ。
だが、やはり間違いはない。私の子供ではないチルドレン……じゃあ表で襲撃してきている奴はなんだ? あっちも、間違いなく同じチルドレンのはず。
母胎が一つじゃないのか? それともまさか、この子達は一月の寿命制限を外されているのか?
疑問は多い。だが戸惑っている時間は無い。
ジープの残骸を後にした怪物が、こちらににじり寄ってくる。
「見つけた」




