『こうしてパパはママになった訳』
侵略者どもに捕まった私は、気が付くとガラスケースのようなものの中で拘束されていた。
どうやらその場では殺されなかったらしい。
最後に、背後から何かゴツイ奴に羽交い絞めされたときは、そのまま首の骨をへし折られるかと思ったのだが……。
「もごもご」
身動きしようとするが、金属製のバンドみたいなので寝台に拘束されていてまったく体が動かせない。口にも変な器具がつっこんであって、息はできるけどしゃべる事はできそうになかった。
まな板の上の鯉、というより実験室のモルモットみたいな気分である。嫌な予感しかしない。
「もがが」
拘束を逃れるのは諦めて、唯一自由な視線で周囲を探る。
私はどうやら、緑色のガラスみたいなもので隔離されているようだ。外は……連中の基地か何かか? 暗闇の中に赤いランプが点灯し、何かが闇の中で蠢いている気がする。
ぱちぱち何度か瞬きしているとようやく目が慣れてきた。じっと、闇の向こうに目を凝らす。
「……もがっ!?」
そこには、三人……三匹? の侵略者がガラスの向こうから私を覗き込んでいた。
一人は、金属の芋虫みたいな、芋虫みたいな人間みたいな。およそ人間らしいシルエットをもってはいないが、節に分かれた体からいくつもの細い腕が伸びている。そのすべてが干からびたミイラのような肉体を金属で補強したようなもので、むしろ金属の蟲の中に生物のミイラが入れられているといった方がしっくりくる。手には大きな杖のようなものが握られているが、杖の先端は大きな時計になっていて、チクタクチクタク、不自然な間隔で時を刻んでいる。
一人は、一見すると人間の女性に近い姿をしているように、最初は見えた。全身を白い法衣で覆った、白人の女性……のように見えるが、よく見るとバランスが人類のそれと違う。関節の位置がちょっとずれているというか。そして顔をよく見ると、禿げ頭の麗人にみえてその実、おでこの部分がくりぬかれていて、そこに奇怪な生物が居座っている。目玉のあるクラゲみたいな。よくある、頭の小さいのが本体みたいなタイプか。
そして最後の一人。他の二人とは異なり、体格がちょっと小さく、そして姿かたちも人間に近い。真っ赤なコートを羽織った伊達男……だが、その頭部に目はない。てかてかするスキンヘッドかと思ったら、頭頂部をキラキラと光る複眼がびっしりと覆っているようだ。トンボの複眼みたい。よくみれば肌も薄紫だし、指も三本しかない。それでも筋骨隆々とした肉体で腕を組んで私を見下ろしている様子には、三人の中では一番人間味のようなものが感じられた。
メタル芋虫人間。ラジコン美女。トンボマッチョマン。
とりあえず、私はこの三人を内心でこう呼ぶ事にした。
『◆●★▼、●◆』
『●◆●◆』
『★★▼●……』
しかし何しゃべってんのか全然わかんねえな。
いや英語でもネイティブにしゃべられると全然聞き取れないしそんなもんか……。
拘束されている以上、私にできる事はない。かといって迂闊ににらみつけたりとかしたら機嫌損ねて殺されそうだし……。
それにしても、変な連中だが風格はある。もしかして、こいつら侵略者の偉い人みたいな感じなんだろうか。聞くところによれば、宇宙人は大きく分けて三つの勢力があるという話だ。数も合う。もしかして、初めてこいつらを目撃した人類じゃないだろうか、私。あと何分生きていられるのかわからないけど。
なんかもうお先真っ暗だけど、とりあえず1秒でも長く生きていたいのでおとなしくしておく。
と、何やらガラスの向こうの談義は終わったご様子。
三人そろって、じっと無言でガラスの中の私を見下ろしている。
と、うぃいいん、と音を立ててロボットアームが伸びてきた。その先端には、ぶっとい注射針が装着されている。シリンダーの中には、なんだか極彩色の液体がごぽごぽ泡立っているのがちらっと見えた。
え、今からそれを打つの?
ちょっと、その、実は注射苦手なんだけど……?!
じりじり注射の針が近づいてくる。それはゆっくりと私の胸元に押し付けられ、そしてそのままチク、と肌に切っ先を触れさせた。
「もごごごご……むがががーーーーー!!??」
ものすごく。
痛かったです。
◆◆
それからしばらくたって、私は拘束を外した状態で四角いガラスケースの中に移された。
ほとんど虫かごである。夏の日に捕まえたカマキリとかバッタとか、こんな気分だったんだろうか。
なんだかとても申し訳ない気持ちになる。
ああ、戻れるならあの頃に戻って、捕まえた虫達を解放してあげたい。
そんな事を考えたところで現実は変わらず、私は来る日も来る日もガラスケースの隅っこに座り込んでいた。
「う゛……気持ち悪い……」
最初の注射以降、それこそ数えきれないぐらい注射を受けた。
一日に2,3回は打たれているだろうか。皮膚のアルコール消毒もしてくれないうえに、はっきりいって下手な注射ですごく痛い。
普通だったらそんな注射ばかり打たれていたら皮膚は真っ青の注射跡だらけ、重度の麻薬中毒者みたいになってそうだけど、今、私はそれどころじゃない。
薬の副作用か何かだろうか。
皮膚が水膨れみたいにぶくぶく膨らんでボロボロになり、ちょっと掻いただけで古い垢みたいにぼろぼろとれていく。あんまり擦ると、それこそ指とか取れてなくなってしまいそうな勢いで、恐怖を覚えた私は可能な限り動かず、じっとしている。まあじっとしてても耳はとれたが。
この部屋に鏡が無くてよかったと思う。今の自分の姿を見てしまったら、ショックのあまり舌を噛み切って自殺していたかもしれない。
まあ、なんか死んだところで扱いは変わらないだろうけど……。あ、死んじゃったー、で嬉々として解剖とかされそうな気がする。
実験室のモルモットがそうだったからね。
「……ん……」
ふと、尿意を催して私はのそのそと立ち上がった。
食事に関しては、変な注射のせいか、何も口にしなくても生きていける。が、水だけはそうもいかないらしく。一日3杯だけコップで出される水を飲んで生きている。飲むという事は出さないといけないわけで、このガラスケースの端に和式便所みたいなものが一応用意されている。
それはつまり、排せつ中の姿も観察されている訳で。
正直最初はかなり抵抗があったが、こうまで体がボロボロになってしまうと羞恥心もくそもない。私はただれた皮膚や血で茶色く汚れたズボンとパンツをずらして、便器の上にまたがった。
「……?」
おかしいな、なんだか素直に出てこない。引っかかる感じがあってなかなか出てこない尿に、私はふん、と絞り出すように踏ん張った。
ぽろり、と。
肉の塊が取れて、便器に流れていった。
「…………??????」
数秒間、何がおきたか分からなかった。
茫然と、流れていく肉塊を見送る。腐った豚肉みたいな塊が、水に流れて排水口に消えていく。
ちょろちょろ、と漏れていく尿にも構わず、私はぺたぺたと、自分の股間に触ってみた。
無い。
無い。
……無い。
「あ……あああ…………ああああああ………」
呻きながら横に倒れる。便器の床で死にかけのセミみたいに手足をばたばたさせながら、私は流れていく水の音を耳にする。
涸れはてたと思っていた涙が、眼窩から溢れる。
まだ悲しいと思える心が残っていたことに、正直自分でもびっくりした。
私は。
男の子じゃなくなってしまった。
「あああああ…………」
子供のようにひとしきりやだやだ泣きわめいて、やがてぶつり、と私の意識は真っ黒に途絶えた。
◆◆
大切なものをトイレに流してショックのあまり失神した後。
すごい勢いで放水されて、吃驚して私は目を覚ました。
見上げれば、ガラスケースの天井から、スプリンクラーにしても尋常ではない量の水が噴出している。床にあふれかえった水は便器から流れていっているようだが、溜まるほうが明らかに早い。
頭の中で、捕まえたネズミをネズミ捕りごと水没させて仕留める映像が再生される。
すわ実験終了で殺処分か、とあきらめた私は、まあ最後だしいいか、と思って水のよく当たる場所へと移動した。
ずばばばば、と高圧の水がぶっかけられて、体の肉がぼろぼろと取れていく感じがする。
この調子だとすぐに全身粉々になって死んでしまうだろうが、もういいや。大切なものを失って、私は何もかもがどうでもよくなってしまった。
今は、それよりもこの水の感触が心地よい。最後に水浴びしながら死ねるなら、それはそんなに悪くない。
だけど、しばらく浴びていて、私は違和感に気が付いた。
ぼろぼろと景気よく取れていった体の組織、それがいつからか収まっている。それに、あれだけ派手に肉をこそぎ落とされているのに痛くない。いやまあ、感覚が死んでいるだけかもしれないが、いつまでたってもその時が訪れない。
「……?」
不思議に思って私は流水を浴びながら両手を顔の前に持ってくる。そこには、水膨れでぼろぼろになった真っ黒い汚い両腕……ではなく。
ピンク色の、すべすべぷにぷに新品の小さな腕が、水のなかでてかてかしていた。
「…………。??????」
手をぐーぱーさせてみる。私の意識に従って、小さな指は閉じたり開いたりする。
顔をぺたぺた触ってみる。髭や腐って膨らんだ肉の感じはなく、ぷにぷにっとした肌の感触と、頬を押される感覚が同時に存在している。顔の形を確かめるように指を這わせると、一回り以上小さくなっていたが、しっかり人間の形をしている。抜けてしまったはずの髪の毛も、なんだかふさふさになってしっかりある。耳も、千切れてない。
そうこうするうちに放水が止まる。結局、水は私の腰ぐらいまでしかたまらず、そのまま便器から排水されていく。
水が排水されると、今度は温風が吹き始めた。たちまちびしょびしょだった体が乾いていく。
みれば先ほどの水は、何か洗浄剤でも含んでいたのかもしれない。乾き始めた床や壁は、曇りがとれてぴっかぴかだ。鏡のようになっているそれに、私は覚悟を決めて覗き込んだ。
一体、私はどうなってしまったのか。恐ろしいのは事実だが、それよりも今は不可解さと困惑が勝った。
自ら目を逸らしていた禁忌に向き合った私が、目の当たりにしたのは……。
そこには、一人の女の子がいた。
年のころは12歳前後だろうか。ぷにぷにの肌、成長過程の寸詰まりな感じの手足に、丸っこい顔の輪郭。目は大きくて、鼻筋もすらっと通っている、子猫のような印象を受ける小さな少女。将来、絶対に美人になるだろうと親であったら甘やかしまくるであろう、テレビの子役みたいな可愛らしい女の子が、私の困惑に合わせて、目をぱちくりさせていた。
いや、これは。
つまり、私は。
「お……おお……女の子になってるぅううーーーーー!?」
絶叫がほとばしる。
びりびりとガラスを震わせる大絶叫も、甲高い少女の叫びそのものだった。
こうして、青年・葛葉零士は死に。
少女・葛葉零士が生まれたのだった。




