『老若男女問わず、あれ嫌いな奴いないだろ?』
「む……」
不意に、私は眠りの闇から目を覚ました。
不快な目覚め。まるでさっきまでたちの悪い悪夢を見ていて、それが突然ブツ切りに終わったような。
体に眠気と倦怠感がまだ残っているのをひしひしと感じながらも、私はもぞもぞと毛布から這い出す。これで二度寝すると昼まで寝てしまう。
「くっそぉ……不愉快な朝だ……」
ふわあ、と欠伸をしつつ、私は顔をこすった。
周囲は真っ暗だ。太陽の光が差さない闇の中。当然だ、ここは地下。それも地下室とかではなく、地面に穴を掘ったトンネルである。
ラウラが作った地下室。常軌を逸した出力のあの子の脳波動によって、地面を溶かして作られた地下トンネルは、壁は溶解してすこしざらついた質感のガラスのようになっている。溶かして固めた地下室は、そうそう崩落する事はない。
私が抱卵中に身を隠す隠れ家としては最適だ。
まあ、あんまり居住性はよくないのだが……そう文句も言えない。ガルド達採掘タイプの子が地下に張り巡らせたトンネルはあるが、流石にこんな中部地方まで伸びていない。最近は人類軍がいい感じに逆襲しているが、そもそもこの近隣はついこの間まで宇宙人の完全な勢力下だったからして。
むしろ採掘タイプでもないのにこれだけのものを作ってくれたラウラに感謝だ。おかげでかなり助かっている。
私達はあくまで人類軍と宇宙人がどんぱちやってるのに隠れて活動しているからなんとかなっているのであって、宇宙人の勢力下で単独で長期間滞在はできないのだ。
なんせ卵を抱えていると動けないしね。こういう隠れ家がないととてもじゃないがやっていけない。プテラが生まれたあたりからこの辺では全く宇宙人は見なくなったが、抱卵中は身を隠すに越したことはない。
そんな事を考えつつ、桶にためておいた水で顔を洗う。
真っ暗でも流石に長くいればある程度うっすらとどこに何があるかぐらいは見えるものなのだ。なんなら、脳波動で自ら光るという手もあるしね。ふははは、私は人間懐中電灯なのだ。まあ一般人に遭遇すると宇宙人と間違えられるけど。
う。嫌な事を思い出した。やめよやめよ……。
朝から自爆しつつ、とにかくしけたビスケットを腹に捻じ込んでお腹を満たす。
これ、腹は膨れるが栄養は正直どうなのか……。子供特有のしまりのないイカ腹をぽんぽんと撫でまわすと、そこにこりこりとした大きなしこりを感じて私は口元をうっすらとゆるめた。
いうまでもなく、病気とかではなく、卵の感触だ。私の体に植え付けられた卵は、日に日に大きくなっている。私の経験からくる目算だと、あと二日ぐらいで生まれてくるだろう。
本来ならば、生まれてくる子の為により優れた遺伝子を取り込むべく、野生動物を狙って捕食してまわる時期なのだが、残念ながらそろそろ冬が近づいてきている。虫や小動物は姿を消し、鳥は暖かい場所へ飛び去る季節だ。
一応、見様見真似で作った熊の燻製とかはストックしてあるが、新しい情報は期待できないだろう。あとはイナゴの佃煮とか……まあそういう。少し物足りなかったし、佃煮を食べていくか。
「……考えてみると、レパートリーが無脊椎動物に偏ってんだよなあ。うちの子が外骨格ばっかなのは、もともとそういう遺伝子ベースなのか、この偏りのせいなのか分からんのだよな……」
缶に仕舞ってあるイナゴの佃煮をバリバリ噛み砕きながら首を捻る。
生まれた直後の姿を見る限り、防御・攻撃ともに外骨格が重要な役目をはたしているのは間違いないのだが、それはそれとして毛がそれに劣るという事はあるまい。しかし生まれてくる子供は大体毛が少ない。やはり偏った遺伝子情報のせいだろうか。
いやしかし、キティみたいにふわふわの毛並みの子もいたしなあ……。
「わからん。まあ、とりあえず強い子を願って遺伝子を取り込むのは間違ってないはずだ」
実際、カブトムシっぽい子や獣っぽい子が生まれてきている以上、このとりあえず遺伝子取り込んでみる方針は間違っていないはず。
それにどっちにしろ、廃墟に残された食品を漁るだけでは限界がある。ある程度は自給自足するべきである。
「……まあ答えの出ない事で悶々とするのはこの辺にしておくか。とりあえず、そろそろ行くか」
いかんな。子がいないと独り言が多くなる。
私はぼやきながら厚手のコートを取り出すと身に纏い、地上に向かった。
地下への出入口を塞ぐ瓦礫を入念に元に戻し、私は北風に身を震わせながら廃墟の街を歩く。
身に着けているのは、デパートに放置されていた子供用のコート。体をすっぽりつつむ銀色のそれは、もともとお腹に卵を抱えているのを隠すために用意したものだ。しかし、こう寒くなってくると単純に防寒具として引っ張りだこになってきている。
本来かなり高額で売られていたらしいそれは実にあったかい。が、それでも、やはり限界はある。
「うー、さぶさぶ」
前をきつく重ね合わせて風に耐える。お腹の卵に響かないかが心配だ。
そろそろ雪でも降るのだろうか。
そんな苦行を堪えて出歩いているのは、当然。理由と目的がある。
今日は、例の密偵とのコンタクトを取る日なのだ。
「お、いたいた」
元はバス亭か何かだった道路わきの小さな小屋。そこで焚火がぱちぱち燃えているのを見て、私は周囲に警戒しつつ近づいた。
ここから東2kmぐらいかな? 狙撃班が控えているのを感じる。それ以外には……あ、すこし先の曲がり角、不動産の看板が出ている建物の中に、武装した一個小隊が息を潜めてるな。
にこにこ笑って手を振ると、動揺した気配。ふははは、気配の消し方がちょっと甘いぞ。
勿論、この程度で機嫌を損ねる事はない。
仮に私が卵を抱えて弱体化してるところを捕縛、あるいは殺傷しようとしているのだとしても、悪いがこの程度の人数に仕留められてやるつもりはない。もしこれぐらいでやられるんだったら、私はとっくに宇宙人の研究室か何かでホルマリン漬けになっているだろう。
だからこれはどちらかというと密偵の護衛と言うべきだ。このあたりは宇宙人が駆逐されてそれなりに経つが、言うまでもなく安全が保障されているなどとは口が裂けてもいえない。もし、まだ人類軍に裏切りものが残っていたら、密偵と私のコンタクトなど絶好の機会だ。最低限、護衛をつけないと人類軍としても不安でしょうがないだろう。
というかそもそも、得体の知れない化け物っぽい奴に、いくら優秀とはいえ密偵一人で接触させるなというのだ。そっちの方がよっぽど誠意が無いわ。
やはり最近、人類軍はまともになってきた感じがする。
気分がよくなった私は、上機嫌で焚火の近くに佇んでいる密偵のおじさんに声をかけた。
「こんにちはー。今日も寒いですね」
「どうも、こんにちは。……今日はお洒落してますね」
「ふふふ、いいでしょ。気に入ってます」
コートのすそをパタパタさせると、密偵のおじさんは苦笑を浮かべた。
彼は、キティと一緒に潜入した人類の集落で知り合った人類軍の密偵である。本来は、人類軍や集落に潜伏している宇宙人のスパイを探るのがお仕事らしい。特殊な装備もなく、挙動の不審さとかからほぼスパイを断定できていたあたり、かなり優秀な人物と見える。
が、最近はもっぱら、私と人類軍の連絡役として、こうして数週間おきに接触するのがお仕事になっている。優秀な人材をつかいっぱしりにするのは申し訳ないのだが、私としても正直、人類軍の大半はいまだに信用できない。
ある程度信じてもいいかな、と思えるのはせいぜい、葵ちゃんとキャラ変おじさん、そしてこの草臥れた中年男性ぐらいである。
故に、悪いけどこうして時々話につきあってもらっているのだ。
ちなみに、期日とかはこっちで一方的に決めている。日付を書いた紙を紙飛行機にして人類軍の基地に放り込んでおくのだ。今の所、こっちの要望が通らなかった事はないので、それなりに私の事は重視してくれているのだろう。
まあ、このおじさんが私の事どう思ってるかは知らんけど……。いや、間違いなくよくは思ってないな。初遭遇で脅かしたし。いや、仕方ないんだ。あの時は私も焦ってたし……。
「寒いなら、ちょうどいいもんがありますよ」
私の探るような視線に気が付いているのかいないのか、おじさんは懐から何かを取り出す。
差し出されるのは、一本の缶コーヒーだ。
「のみます? あったまりますよ?」
「わぁい!!」
ありがたく受け取ってプルタブを捻る。賞味期限の切れてない缶コーヒーなんて数か月ぶりだー。
かしゅ、と捻って飲み口を開ける。途端、漂うやすっぽいいかにも作り物ってかんじのコーヒーの香り。まあ、今となっちゃこの代用コーヒーこそがコーヒーなんだろうな。本物を飲めるのはいつになるやら。
「いただきまーす」
ぐびり、と喉に黒い液体を流し込むと、うん。合成甘味料やら品質の悪い乳脂やらで雑味たっぷりの胸やけするような味! いや頑張ったのはわかるよ、わかるんだけどさ……。
それはともかく、温かい飲み物なので有難く最後までいただく。ほんの少し、身体があったまった気がした。人から分けてもらう温かいものって、なんかこう、格別だよねえ。
「ごちそうさまでした。空き缶は?」
「あ、こっちで処分しときます。いい飲みっぷりでしたね、コーヒーすきなの?」
「本物はね」
言外にクソ不味かったです、と告げると、密偵の人はきょとんとした後、朗らかに笑った。なんかツボったらしい。
「はははは、じゃあさっさと宇宙人どもを追い出して本物飲めるようにしないとですね。なあに、チョコレートよりは可能性はありますよ」
「やっぱ駄目なのか、チョコレート」
「あっしの知る限り、平和な時代からクソ高かったですからね、チョコレート……」
そういやそうだったな。
二人そろってちょっと遠い目をする。
「……まあ、そんな話は置いといて。実は今日は、貴方に一つ提案がありまして……」
「提案?」
珍しい。この密偵がそんな事言い出すのは初めての事だ。人類軍、というかこいつの上司はよっぽど私の機嫌を損ねたくないらしく、私に対して何か交渉の類は今まで一度も仕掛けてこなかったのだ。
とはいえ、対価も何も言いだして来ないのなら、実質お願いみたいなものだろう。聞くだけ聞いて、そこから判断だ。
「なんだ。今日は気分いいから話だけは聞いてやる」
「そりゃ有難い。そのですね、ちょっと、人類軍の前線基地に来てくれませんかね。私の上司が直接話をしたがってまして……」
「……お前の口からは言いづらい話、という事か?」
ちょっとした話なら目の前の密偵に言わせればいい。ならば私を基地に招いて話したいというなら、それなりに重要な話なのだろう。
なんせ、私を拠点に招き入れるのは相応のリスクが互いに発生する。私のリスクは言うまでもなく、人類軍からすればいつ暴れだすか分からない怪物の逆鱗を懐に抱え込むようなものだ。実際は、可愛い我が子はまだ卵なのでその心配はないが、人類軍がそれを把握できているとは限らない。攪乱の為に、今まで子が健在でも一人で会いに来たりしてたしな。
それを踏まえても話がしたい、か。
よほどの緊急の要件と見える。
「……ま、いいだろ。最近の人類軍の頑張りに免じて、ちょっとぐらいは付き合ってやる」
「本当っすか!? いやあ、そりゃありがたい! じゃあすぐにでも」
密偵が手を叩くと、わらわらと不動産の家屋に隠れていた兵士達が姿を表す。彼らは無線機でどこかに連絡をとりつつ、焚火の処理やら移動の為の後始末を始めた。
すぐに通りの向こうから、装甲車輛がぶろろろ、と走ってくる。私の目の前で停車した兵員輸送車が、ぎぃ、とハッチを開いた。
……中には、でっかいぬいぐるみとか、軍用の甘味レーションの箱などが山積みになっている。壁に固定された液晶端末には、国民的食物系ヒーローのアニメが流されていた。
あきらかに子供を歓待する為だけにデコレーションされた軍用車両の中身に、私はドン引きして一歩下がる。
「ささ、どうぞ」
「お前らな……こんなもんで私が懐柔されるとでも……」
「いやその……上が張り切りまして……。もしかして、お嫌いでした?」
苦笑いする密偵の顔を見るにこいつの判断ではないのだろう。まあ、馬鹿にしてるとかというより、上の誰かが素でやらかしたっぽいから、大目に見るとするか。
「……まあ嫌いではない」
子供扱いに不貞腐れながらも、中に乗り込む。ばたん、と扉が閉じられると、すぐに車輛は走りだした。




