『この大空に羽ばたいて』
どうやら、プテラは飛行能力を持っているらしい。
それはわかったものの、それはそれで難題だ。
何せ、これまでの子にはいなかったタイプである。ラウラは脳波動のちょっとした応用で空中浮遊が可能だったが、この子はそういうのではなく、翼を使って空を飛ぶようだ。
何が困るって、飛び方をどう教えたらいいのか分からない。
かといって、そのへんの野鳥を指さして「あんな風に飛ぶんだよ」で済ますのでは親の沽券にかかわる。
親というものは、子供の為に出来る事は全てするべきなのである。
で、あるからして。
その日の朝から、私は我が子を連れて廃墟のビル屋上にやってきていた。
「ふふーん。何ごとも実地あるのみ。プテラ、よーくママを見てなさい」
『きゅるるるぅ』
なにそれ? といった感じで首を傾げてくる我が子に、私はふふん、と鼻を鳴らして背負い物を見せつけた。
「じゃじゃーん。どう、いかすでしょ?」
私が我が子に見せびらかすのは、お手製のカイトというかグライダーというか、そういうものである。鳥人類コンテストともいう。
木材フレームに、あちこちから拾い集めたパラシュートの布を張り巡らせた滑空装備。いつかどこかで使うかも、とコツコツ日曜大工していたのだが、まさか本当に使う日が来るとは思っていなかった。
え、何に使うって? そりゃあ、乗り込んだ宇宙人の船から脱出する時とか、逆に乗り込む時とか……色々、ね?
そして我が子に飛行のやり方を教えるにはこれ以上の適材はないだろう。見た感じプテラは羽ばたいて飛翔するより滑空が適した形。翼をピンと張って風を受ける、という概念を説明するには、言葉よりも実践である。
「よーし、いくぞぉ」
強い風を浴びながら、屋上のほとりに立つ。
10階ぐらいのビルは流石に高く。下をみると失われたタマがひゅんとする。さしもの私もこの高さで落下したらジ・エンドである。
足元から小さな破片が風に吹かれて、真っ逆さまに落ちていく。
「……ひゅぅ」
ちょっと怖くなってきた。やめよっかな……。
そんな事を考えていると、不意に強風に煽られて私は体勢を崩した。クソデカ背負い物にひっぱられてたたらを踏んだ足先が、不意に無を踏みつける。
「あっ」
そしてそのまま落下。
「うぉわああああああ?! な、なんの畜生!?」
悲鳴をあげつつ、必死に体勢を整える。恥も外聞もなく、脳波動もフル活用して落下速度を軽減しつつ、背中の翼で風を受ける。
ぐっ、と肩紐が強く締め上げられる感触。浮力のようなものを感じて、私は思い切り体を仰け反らせた。
「ふんっぬ」
翼を傾けて、揚力を得る。俄かにグライダーが減速して、高度が少しだけ上がった。そのまま私は、風にのって空に舞い上がった。
「おぉぉ……」
体勢が安定してきたのを確認すれば、風景に目を向ける余裕も戻ってくる。
宙から見下ろす廃墟の街は、なんだかいつもと違う視点で新鮮だった。廃屋の間から見上げる街は陰鬱としていてゴミゴミしていて、ビルの上から見下ろすそれは人形の街のようで現実感が薄い。だがこうしてビルの合間を飛びながら見下ろす街は、なんだか綺麗だった。
綺麗、だなんて、変な表現かもしれないが、本当にこの時の私はそう思ったのだ。
朝の日差しの中で、少しずつ緑に飲み込まれつつある街を見下ろす。
完全に飲み込まれてしまう前に、人が宇宙人を駆逐してかつての姿を取り戻すのか。それとも、緑に飲み込まれて、かつて人が居たという痕跡を残す遺跡になるのか。
そうか。私はきっと今、歴史の狭間を目の当たりにしているんだ。
これからの時代がどうなるかが、今を生きる私達にかかっている。それを何故か、強く感じた。
「っと、そういえば、プテラはどうなった?」
屋上に残してきた我が子はどうなったのだろう。私を真似て飛び降りたのか、それとも首を傾げたまま大人しく屋上で待っているのか。
とりあえず一端着地して確認しよう、そう思って手ごろな空き地を探す私の耳に、べぎり、と嫌な音が響いた。
「げ」
反射的に振り返った先、左の翼が、微妙に変形している。見ている間も、ミシミシと歪んでいく翼……やっべ、最初の落下の際に負担をかけすぎたか?!
今すぐにでも高度を落とさねば……そう判断するも時遅く。見ている前で、ぼぎりと左のフレームがへし折れた。
途端に、グライダーが失速する。
「お……うわああああ?!」
そのまま、地上に向かって真っ逆さま。ぐるぐると回転する視界の中で、ぐんぐん地上が近づいてくる。その地上で、ギラリ、と輝くガラスの光。
よりにもよってなんかショーウィンドウかなんかの上に落ちそうになってる。割れたガラスは剣山と一緒だ。
「うわあああああ死ぬぅうううううう誰か助けてぇえええ!?」
半ば本気で助けを求めて泣き叫んだその時。
ぐぐっ、と肩を縛る紐が強く締まった。
「うぐべ」
落下とは正反対の力に息がつまる。
何か強い力が、グライダーごと落下する私を支えている。
恐る恐る振り返った私の目に入ったのは……。
『きゅっくるぅ』
「ぷてらぁ!」
そこには、雄々しく翼を広げるプテラの姿があった。通常時の倍以上に広がった翼膜で風を受けて飛翔する我が子は、その足でしっかりと破損したグライダーを掴んで支えている。さらにしゅるり、と尻尾が伸びてきて、私の胴体に巻き付いて支えてくれた。
『きゅーくるー』
そのまま我が子は一声鳴くと、グライダーを抱えたまま滑空、ゆっくりと地上に降りる。比較的破損が少ない道路の上に舞い降りると、ゆっくり優しく、私をグライダーごと地上に降ろしてくれた。
「た、助かった……ありがとうプテラ」
『きゅるるる』
久方ぶりの安定した地上に安堵する私に、プテラが頭を擦りつけるように抱き着いてくる。私は感謝の気持ちが少しでも伝わるように心を込めて、そのぷにぷにした顔を思い切り撫で繰り回した。
「本当にありがとう、どうなる事かと思ったよ。しかし、凄いね。私を抱えてこの距離を飛ぶなんて」
『きゅるる?』
そーう? といった感じの顔をする我が子に頷き返し、私は自分が飛び立ってきたビルを振り返った。ビルは遥か遠く、ちょっと霞が掛かるぐらいの距離にある。ほんの僅かな間の飛行だったように感じるが、数キロ以上は軽く飛んでいたらしい。
「まあでも、これで飛び方はわかったかな、プテラ?」
『きゅっくる!』
ぴょんこぴょんこ跳ねて喜びを露にする我が子の姿に頬が緩む。まあ、この子が無事飛べるようになったなら、私も無理をしたかいがあったというものだ。
冷静に考えると、落下しかけた所を我が子に助けられている訳で、そもそもこの子、一人でも十分に飛べたのではないか、という点についてはこの際見て見ぬふりをする。
うん。余計な事をして自滅しかけて我が子に救われたとか、普通に一生ものの不覚である。うむ。そんな事は無かった。うん。忘れよう。
『きゅっくるる、くるっきゅきゅ』
「おいおい、そんなにはしゃぐなよ」
ぴょんぴょん跳ねている子を見守りながら、グライダーの肩ひもを外して自由になる。うーん、と肩を回してストレッチしていると、不意に動きを止めた我が子が、こっちを何やらじっと見ていた。いや、目はないんだけどねこの子。
「ん? どうした?」
『……きゅっくる!!』
「え? ちょ、まっ」
そして不意に肩に飛び乗ってくるプテラ。頭の片隅で嫌な予感がするよりも早く、我が子は大きく翼を広げて、そして……。
『きゅーるるるー』
「う…………うわぁあああああああ!?」
ぶわあ、と空に舞い上がるプテラ。そしてその足に掴まれたまま空に連れていかれる私。
人のいない廃墟の街に、情けない悲鳴が響き渡った。
なお。
あとでげんこつまじえて説教しました。
『きゅぅぅう……』
「まったく。……まったく!!」




