『ママがパパだったころの話』
当初、地球が宇宙人に攻撃を受けているという事実は伏せられていた。
当然だよね。ちょっと信じがたいもの。
始まりは、何かしらの戦略兵器による都市部への攻撃。
全く突然の先制攻撃に、死者は数万人にも上ったといわれてる。確認できた死者が数万人なんだから、実際はその数十倍の犠牲者が出ていたのは想像に難くない。
最初は正体不明の武装勢力による攻撃と報道される中、割と私達一般市民は落ち着いて対応していた。
幸か不幸か、ここ数年地球上では紛争が絶えなかった。特別軍事作戦と言い訳した大国の侵略があちらこちらで行われ、武力による国境線の書き換えが当然となりつつあった。
そんな状況だからか、平和ボケとまで呼ばれたうちの国の人間だって、ああ、その時が来たのだと朧げに理解してはいた。
尤も、それが宇宙人によるものだなんて知った時は本当にびっくりしたし絶望もしたね。
自衛隊はよく戦ったと思う。
人員もなく、弾薬もなく。米国の応援が来るまでの数週間という想定しかされていない装備で、数か月もの間連中の猛攻に抵抗し続けた。
だけど、当の米国は敵の“本隊”による猛攻にさらされており、いつまでたっても救援の手は来ない。
そしてついには、都市部から山間部への疎開が促される事になった。
当時、私は大学を卒業したばかりで、なんとか見つけた就職先である実家を離れた遠い県まで引っ越していた。
そこで避難勧告が行われ、私もまた、縁もない田舎へと避難する事になった。
避難民が詰め込まれたバスの片隅で、立ったまま車内を見渡す。
「……が……だって……」
「自衛隊……壊滅……」
避難民達の顔色は暗い。それはそうだろう、ネットも寸断され、聞こえてくるニュースは暗いものばかり。この頃には、攻撃してきているのが宇宙人らしい、という事はすでに知れ渡っていた。
都市から逃げたところで、一体どうなるというのか。宇宙から攻めてくる敵に、この地球上のどこに逃げても逃げきれないのではないか。
アメリカは何故動かない。もしかしてすでに滅ぼされてしまったのか。
ロシアは、中国は? 非道をほしいままにしていた軍事大国はどうなってしまったのか。
不安に満ちた囁きから逃れようと、私は窓の外に目を向けた。
バスの横には、自衛隊の装甲車が護衛のために随伴されている。ずいぶんと古い型のようにも見える。装甲もぺらぺらで、到底実戦には耐えられそうにないように見える。
だから、今まで生き残り、こうして護衛任務についているのだろう。
ぼんやりと随伴する車両を見つめていると、その運転席の自衛官と目があった。
まだ若い自衛官だ。緊張気味でハンドルを手にしていた彼は、私と視線が重なった事に気が付くと、ぎこちなく笑い返してくれた。
私もぎこちなく笑みを浮かべて手を振り返す。
ほんの少しだけ、気分が明るくなった瞬間の事だ。
視界の端で瞬く青い光。
気が付いた時には、軽車両は激しく炎上しながら後方に落伍していくところだった。
茫然と振り返る先、はるか後方で横転した車両が爆発炎上する。その衝撃波が遅れて届き、バスの窓ガラスにヒビが入った。
遅れて悲鳴が上がる中、バスの床が傾いていく。
攻撃の衝撃でバランスを崩したバスが横転していく中、私は隣に立つ誰かをかばうために腕を伸ばした。
それからの事は、よく覚えていない。
怒号と悲鳴、致命的な閃光が飛び交う中、数人の避難民と共にその場を逃げた。
逃げ遅れた者、愚かな者から命を落とした。敵は無慈悲に、平等に、殺しやすい者から命を奪っていく。
逃げて、逃げて、逃げて。
気が付けばビルの陰に身を隠す避難民は、私のほかにもう数人しか生き残っていなかった。
「……大丈夫か?」
「今のところは」
残っているのは老人が一人、大人が二人、子供が三人。うち大人の一人は足を怪我した青年で、もう一人は子供たちを抱きかかえるようにして慰めている女の人。どちらも、もはや走って逃げられるような状態ではない。只一人のご老人の紳士が、しゃっきりと背を伸ばし受け答えもはっきりしているのが救いだろうか。
私はそっとビルの陰から周囲をうかがう。
居る。
周囲の路地裏やビルの間を、がしゃがしゃと動き回る何かの気配がある。
サイボーグ連中か、変な宗教家みたいな連中か、特殊部隊みたいな連中か。
宇宙人の戦力は大きく分けて三つあるというが、そのどれもが妙に人間臭い特徴をもっている。ついでに言えば、手も二本で足も二本だ。少なくとも、タコとかイカみたいな連中ではないらしい。ヘルメットをはいだら、その下にカエルの顔があったりするのだろうか。
どうでもいい事だ。
とにかく今は、どうにかして生き延びる事を考えなければ。
「……一番近い自衛隊の駐屯地はどのあたりか、知っていますか」
「私は知ってる。このあたりには来たことがある……数キロほど歩けば、自衛隊の勢力圏に離脱できるはずだ」
ご老人が意外な事に地理に通じていた。あと数キロ。平和でさえあれば、目と鼻の先といってもいい。
だがこの状況では絶望的な距離だ。
周囲にこれだけ敵が徘徊しているこの状況、迂闊に動けば見つかってしまう。かといって、ここにずっと隠れていても、そのうち見つかってしまうのは時間の問題だ。
どうすればいい?
私は再度、生き残ったメンツを見渡した。この中で、まともに動けるのは……。
「……少し離れる。みんなは、状況を見計らって駐屯地を目指して」
「待ちたまえ。何をするつもりだ」
がっ、と紳士に肩を押さえられる。それを優しくどけながら、私は彼の目をみて決断を伝えた。
「私が囮になります。ここまで逃げてこれた実績を考えれば、10分は稼いで見せますよ」
「やめたまえ。そういう事は若者のする事ではない」
私に代わって表に出ようとする紳士を、片手で押しとどめる。
「道理でいえばそうですが、この場合は実行可能な能力があるかどうか、で判断するべきです。貴方は元気ですが、すでにご年配だ。全力疾走を何分続けられます? 私はまだ無駄に若いおかげで、それなりに動ける。後の二人は怪我人と、庇護対象がいる大人だ。この中で囮を実行可能なのは私だけです」
「しかし……」
「というかなんなら、皆さんには一秒でも早く駐屯地にたどり着いて助けを呼んできてほしいんですよ。俺たちのほかにも逃げ延びた避難者はいるでしょうし、とにかく自衛隊に動いてもらわないと話にならない。俺だって死にたくないですよ、でもほかの誰かが囮をして即行捕まったら結局ダメなんです。俺が囮をするのが、一番生き延びる可能性が高い」
そういう事だ。正直言うと、他の連中は信頼できない。
自分の事は、自分でどうにかするしかない。
「そういう訳なんで、あとはよろしくお願いします」
「……わかった。幸運を」
「どうも」
老紳士が納得したところで、外に飛び出すタイミングをうかがう。
周囲を徘徊する連中の足音が遠のいたタイミングで、一気に飛び出す。ここに潜んでいた事を悟られたら意味がないからな。
と、そこで老紳士が一言訪ねかけてきた。
「君の名前は?」
「葛葉。葛葉零士」
名乗りを最後に私は表通りへと飛び出した。
名前一つをその場に残して。
まあ、数時間粘った挙句、結局捕まったんだがな!
助けは来なかった、畜生。




