『やんちゃでもいい、元気に育てば』
「うーん。傷、大分塞がってきたな……」
傷にあてるガーゼを新鮮なものに換えながら、私は治癒具合を確認する。孵化から三日、魔改造された私の肉体は早くも空いた大穴が塞がり始めていた。
お腹の大穴は、本来縫ってふさぐような傷だ。縫合技術がないので出血を押さえるためにガーゼを栓にしているのだが、とりあえず血が固まりさえすればデカいかさぶたみたいなのができて急速に治ってくる。一応、にじみ出てくる血を押さえるためにガーゼを当てていたが、今はもうほとんど汚れていない。
明日ぐらいにはこの瘡蓋がぽろっと取れて、腹の穴はふさがっているかもしれない。
「内臓に損傷はないとはいえ、どてっぱらに大穴あいたのに治癒に一週間かからない、かあ。つくづく人間やめちまったなあ……」
まあ女になってる時点で今更の話だ。
私は基地から脱走する際にくすねてきた端末を起動すると、そこに表示されているレントゲン写真的なものに目を通した。
そこには私の体内の様子がモノクロで映し出されている。医療知識の無い私だが、それでも一般常識としてそこにうつされているものがまともな人間の内臓でないことぐらい分かる。
「ううーん。ちゃんとした調査データを得るのも捕まった理由の一つだったが……余計訳がわからんな……」
捕まったのがアメリカ出向組だったもんで英語で書かれてるのもそうだが、そもそも調べた科学者も首を傾げていたらしい。特に増えた内臓の用途とかさっぱりだ。
遺伝子をやたら弄繰り回されたし、癌とかになってないといいんだが……。
「ま、それは今更か。そもそもこの再生速度で癌とかになったら一月経たずに死んでるだろうし……」
結局、今更気にしてもしょうがない、と自分を慰める他はない。
おのれ宇宙人。
そんな感じで私が憎い侵略者への憎悪を募らせていると、背後でがしゃん、どたばた、と喧しい音がした。
「え、ちょちょちょ」
物音に慌てて振り返る。するとそこでは、机の上で予想通りの光景が繰り広げられていた。
机の上に広げていた色んな雑貨。それらが転がされ、床に落とされ、しっちゃかめっちゃかになっている。その中央で、我が子が胡椒瓶を転がして遊んでいるのが目に入った。
「ちょ、だめでしょプテラ、ちらかしちゃ! それこっちに渡して、ね!」
『きゅいきゅい』
ベビーベッドに寝かしていたのを一体いつ抜け出したのか。やんちゃ盛りの我が子からすれば、よくわからないものが並ぶ机の上はテーマパークのようなものらしい。
お気に入りになったらしい胡椒瓶を両手で抱きかかえた我が子は、取り上げようと手を伸ばす私にいやいやと首を振った。
三日が経過して、その体も大分大きくなっている。体重は500g以上増え、前足のヒレも大きくなり、尻尾も三倍以上伸びている。閉じたままの目はいつのまにか退化し、額の甲殻が大きく成長している。
成長速度は勿論、いつもながら目を見張るような肉体の変異が進んでいるようだ。
うちの子は皆、生まれた直後は大体みんな似たような姿をしているのだが、急速な成長過程で大きな変化を遂げる。それを考えるとこの子は、まだ原型を留めている方だ。
『きゅいー、きゅきゅ』
「あ、だから、それは不味いんだって……」
すっかりお気に入りになったらしい胡椒の瓶を抱きかかえたまま、私の手から逃れて後退りする我が子。後ろを見ずにバックするもんだから、新たにペン立てがひっくり返される。
転がったペン立てからボールペンが転がり、それを我が子の頼りない脚がむんず、と踏みつけた。
『きゅい!?』
「ああほら、いわんこっちゃない」
バランスを崩してこてんと転ぶ我が子。さらにその拍子に、抱きかかえていた胡椒瓶の蓋が取れてしまう。忽ち、刺激的な黒い粉末がぶわあ、と溢れ出して、黒い煙が我が子を包み込む。
『きゅ……きゅぶえっ!? きゅぶっ!? ぶぇっくしょい!?』
ぽかんとしたのも束の間。猛烈に鼻腔を刺激する胡椒に、忽ちくしゃみを連発しはじめるプテラ。くしゅん、くしゃんとくしゃみを連発しながら涎と鼻水をだらだら垂れ流す我が子に、私はあわててハンカチ片手にかけよった。
「あーもう、だからやめなさいっていったのに」
『ぶえっくしょ、ぶっくしょ! ふっくしょ! ぎゅ、ぎゅいぃぃ……ぶぇっくしょ!』
顔を拭ってやっても、なかなかくしゃみは収まらない。泣きながらくしゃみをするという器用な真似をしながら、プテラが私の胸元に顔を埋めてしがみついてくる。
ああもう、鼻水で上着がべっちょり……。
「はいはい、びっくりしたのよねー。よしよし、すぐにおちつくからねー」
『ぶっくしょ、ぷっくしょ! ぎゅい、きゅぃいい……』
べったりしがみついた上に尻尾を巻き付けてきてテコでも離れない、といった様子の我が子を抱えて、その背中をぽんぽんしてやる。
しかし半日経つ間にまた重くなったなこの子。絶対食べさせてる量より増える体重の方が多い。一体どういう原理なんだろう。
なんかもう、非物質的なものを栄養にしていると言われても驚かない。ひょっとしたら私の脳波動を知らない間に食ってるとか? そもそもいつの間にか使えるようになってなんだかんだで使いこなしているが、脳波動だって大分わけわかめな代物だし。
超能力とは違うんだが、じゃあなんだ、と聞かれたら答えようがない。
「よーしよしよし……おや?」
『きゅい……きゅい……きゅい……』
「あらら、寝ちゃった」
気が付けば、抱えられて背中をあやしている内に我が子はすっかりお眠のようだった。こうやって電池が切れたようにこてんと寝るのは、まだまだ子供らしくて微笑ましい。
しかしどうしようかな。ベッドに戻そうにも、くるりと巻き付いた尻尾が剥がせそうにない。多分無理やり引きはがしたらそれで目を覚ましそうだ。
仕方ないかあ。
「よしよし。寝る子は育つ。ゆっくりお休みー」
私は我が子を起こさないように抱きかかえたまま、散らばった机や床を片付け始める。しかしどうやってこの机の上に登ってきたのか、猫みたいな奴である。あんまり物を置かない方がよさそうだ。
「もしかして木登りが得意なのかな。プテラノドンも、自力では羽ばたけなかったから、木の上や崖の上に昇って滑空していた、というのが通説だし」
我が子の手足をまじまじと見る。そんな器用な手足には見えないんだが……まあ、観察していればはっきりするか。
翌日。
すっかり先日の出来事は忘れて部屋の中を動き回る我が子の姿。
朝から振り回されてグロッキー状態の私は、椅子にぐったりと座ったまま、元気いっぱいに動き回る我が子の姿をほけーっと観察していた。
『きゅいきゅいー』
「ああ、そうやって登るのね、成程……」
見ている前で、ヤモリか何かのように箪笥を這いあがっていく我が子の姿。見れば、翼膜らしきものをぴったり箪笥の表面にくっつけて、凹凸に張り付くようにして体を支えているらしい。ハゼとか一部の魚がもつ吸盤は、ヒレが変化したものだという学説がちらりと頭に過ぎった。
「流石にプテラノドンはああじゃなかったろうな……」
『きゅきゅきゅきゅ!』
ぼんやりと見つめる私の前で、あっというまに箪笥の上まで登り切った我が子はその上でごろごろ転がり始めた。もう朝からこんな感じで、登っては降り、登っては降り、を繰り返しているので、高所に積もった埃が部屋の中に撒き散らされている。
あの子の体にモップでもくくりつけたらよい掃除になるかもしれない、なんて考えながら、私は念のために注意を呼び掛けた。
「あんまりやんちゃしてると落ちるぞー」
『きゅっきゅぅ』
箪笥の上から顔をだして、我が子は楽しそうに鳴いている。駄目だありゃ、多分注意が聞こえてない。
あくまで母親の注意が自分に向けられているのに喜んでいるだけである。
『きゅっきゅっきゅ』
「ん?」
と、そこで我が子が妙な動きを始めた。
さっきまでのようにすぐに降りていくのではなく、棚の上で腕を振り回している。ストレッチ運動みたいに腕を胸の前で開いたり閉じたり。その拍子に、広がった皮膜がばっさばっさと風を煽った。
「お、おぉ……?」
これは、もしかして。
飛ぶのか?!
息を飲んで見守る私の前で、準備運動を終えた我が子がぐーんと体を低く沈める。
そして。
『きゅぅっ!』
「飛んだ!」
跳躍。猫のようなしなやかな動きで、宙に向かって身を投げ出し、翼を広げる。
そして。
『きゅぅうぅうう!?』
「あっっっっぶぅ!?」
墜落。
一瞬も滞空する事無く床に落ちていくその体に、辛うじてボディスライディングした私の手が間に合った。
床に叩きつけられる前に我が子をキャッチ。
「せ、セーフ……」
両手で掲げるように受け止めた我が子の姿に安堵する。
ギリギリセーフだった、この体がつるぺた幼女で助かった。もし胸があったりしたらこうも滑らかに床をスライディング出来なかったに違いない。
宇宙人のロリペド趣味のおかげで事なきを得た。
『きゃっきゃっきゃ』
「そしてお前は緊張感ないなあ……」
そして墜落しかけた我が子は緊張感もなく、私に掲げられるのをきゃっきゃと楽しんでいる。
「お前なー。あと少しで床に叩きつけられて大怪我だったんだぞー? わかってるのかその辺? んー? うりうりうりー」
『きゅ? あんむ、きゅるるるる』
我が子の口に指を突っ込んでうりうりすると、一瞬キョトンとしたものの、ちゅっぱちゅぱと指を吸い始めるプテラ。
途端に大人しくなった子供を抱えて、ベッドに戻す。
「そこでしばらく大人しくしてなさい……ちょ、こら、指を離して……吸いつき強っ!?」
『きゅるるるる』
「ふんぬぅー。ぬ、抜け、抜け……ないっ!? すっぽんかお前?! ちょっと離しなさい! はーなーしーて!!」
結局、指先にプテラをぶら下げたまま家事をする事になる私なのだった。




