『かわいいベイビー、ねんねしな』
死にゆく命があれば、生まれくる命がある。
ラウラが没してから七日。
出来るだけ清潔に保った廃墟の一室で、新たな我が子が産声を上げた。
「はーい、ちょっと我慢してねー。お湯で、綺麗綺麗しますよー」
『みぃいっ、みぃ、みぃいっ!』
腹部の痛みをこらえながら、用意した産湯に我が子を浸す。温いぐらいのお湯で、その体表に纏わりついた血やら粘液やらをすすぎ、綺麗なタオルでその躰を拭う。未使用で見つかったふわふわのタオルは、忽ちお湯と汚れを吸い取って、我が子の柔らかい毛をふわっとさせた。
まだ目も開いていない我が子は、みぃみぃ泣きながらジタバタ手足を動かしている。それも、ふわっとおくるみで包んでやると、途端に安心したように動きを止めた。ふふ、かわいい。
『みぃ……』
「はいはーい、ちょっとまっててね」
大人しくなった我が子をベッドに預け、私は腹部の傷に目を落とした。もう大分慣れたが、腹に大穴が空いて血がダバダバ出てるのは心臓に悪い。封を切ったガーゼを傷口に詰め込んでその上から包帯を巻く。
痛みは……正直すんごくあるがもういつもの事だ。人間って凄いと思う。最初のころはもう私は明日にでも死ぬんじゃないかと思ってすんすん泣いていたのだが、そうそう死なないと分かってからは慣れたものだ。まあそれに今回の卵は比較的、皮膚に近い所に産み付けられたのもある。これが内臓の奥の方だと大変だ。まじで死にかけた事もある。
「ま、最近は回復力も人間やめてきてるから大丈夫でしょっと……」
応急手当を終えた私は、血で染まった両手を水ですすぎ、アルコール消毒すると我が子をそっと抱き上げた。
大人しくしていた赤子が、私の気配を感じたのか急に鼻をすんすんさせてぐずり始める。
『み、みぃー。みみぃー、みぃー』
「はーい、ママですよ。ちゃーんとそばにいるからね、安心していいよー。ん、どうした? くすぐったい?」
親を呼ぶように鳴く我が子に、鼻をくっつけて呼びかける。ふんす、ふんす、と鼻水を飛ばしてくしゃみをした赤子が、小さな指を伸ばして鼻にしがみついてきた。
弱弱しい力。本当に、誰かの庇護がないと生き延びられない、儚い命。
胸の奥がきゅんとした。
「んー、わかる? ママのお鼻でちゅよー……っていたいいたいいたい」
『みみぃー』
油断していたら鼻を両手でわしづかみにされてる。赤子とはいえ容赦なくにぎりしめてくると流石に痛い。ふんふん鼻息をならして指を離させると、代わりに人差し指を差し出した。両手で抱き着くように指にしがみつき、赤子はぺろぺろとその指先をしゃぶり始める。
「あら、気に入った?」
『み、みいぃ。みっ、みっ』
「あはは、くすぐったい」
まだ歯の生えてない口であむあむ噛みついてくる赤子。人間と違ってミルクで育つわけではない彼らは、産まれた直後から咀嚼が活発だ。すぐに牙が生えてきてくすぐったいでは済まなくなるので、この感覚は今だけの話。
思う存分堪能しつつ、私は我が子の体の特徴を観察した。
「んー。一見、獣タイプだけど……ふぅん? 前足が妙に長いね。で、後ろ足はなんか短い。腕についてるこれ……ヒレかと思ったけど、もしかして翼? 翼竜型なの、きみ?」
『みぃぅ? みっ、みっ』
しがみつかれたままの指を上げ下げして、体つきを観察する。と、持ち上げられるようになった我が子が、足をじたばたさせてもがき始めた。慌てておくるみで包みなおすと、途端に安心したように大人しくなる。
「んー。まあいっか。決めた、君の名前はプテラだ。ふふ、プテラちゃん、大きく育てよー」
『みぃ?』
私の指をしゃぶる赤子は、自らの名前を耳にして不思議そうに首を傾げた。
さて、出産に伴うあれやこれやを片付けたら、ご飯の時間だ。
うちの子達の主食は宇宙人である。
そしてこいつらの肉は、都合がいい事に地球上の環境で腐らない。おかげで冷蔵庫に電気が通ってない廃墟でも保存できる。クーラーボックスにいれてるのは、まあ、私の気分の問題だ。
「はーい、プテラちゃん。ご飯にしましょうねー」
『みぃ、みぃ。みっ!』
おくるみの中で両腕をばたつかせて返事する我が子に微笑みながら、私はブツ切りにした宇宙人の肉をミキサーにかける。電動式ではなくて、手回し式のやつだ。精肉店の廃墟から貰ってきたのだが、これがまた役に立つ。
ぐるぐる取っ手を回していると、宇宙人の肉が青い挽肉になっていく。ある程度の所で作業をやめて、中身をスプーンですくい、我が子の前にもっていった。
「はーい、あーんしてあーん」
『み゛っみ゛っみ゛っ!』
目が見えなくても本能で分かるのか、興奮したように両手をばたつかせて必死に口を突き出してくる赤ちゃん。その口にそっとスプーンを含ませてやると、はもはもはも、と歯の無い口を蠢かしてミンチを食べ始めた。
「あっ、ほら、こぼしちゃったよ。もう、焦らない焦らない。ゆっくりね」
『みぃ~~』
「うんうん、上手。よく食べれたね、偉いね~」
最初は殆ど零してしまったが、二杯目は半分ぐらいちゃんと口の中に納まった。ごくん、と離乳食を飲み込んでいく赤子の頭をさすさす撫でまわしながら、私は口の周りをティッシュで拭いてやる。
そうやってたっぷり30分ぐらいかけて、スプーン5杯ぐらいの量を食べさせた。
『みゅみゅみゅ』
「あらあ、お腹いっぱいになっちゃった?」
仰向けになって大人しくなった赤ちゃん。そのお腹は、おくるみの上からでも分かるほどでっぷり膨らんでいる。
ご満悦といった所か。でもごめんね、まだやる事はあるんだ。
『みぃ?』
「ちょっとごめんね、食べたら出さないとねー」
おくるみから赤ちゃんを取り出し、分厚く重ねたティッシュの上に寝かせる。そのお尻の穴を、濡らしたティッシュを丸めたやつで、こちょこちょ、と転がす。
子猫の母親が、ミルクを与えた後お尻を舐めて排泄を促すという話を聞いた事がある。
その事を思い出して見様見真似でやっているのだが、やはりこの子達も最初はこうして排泄を促してやった方がいいらしい。生まれて最初の食事だから腹には何も入っていないと思いきや、どうやら卵の白身だか私の血だかを飲んでいるようなのだ。
こちょこちょこちょー、とくすぐっていると、赤子がぴくぴく震えだす。しばらくすると、黒っぽいゼリーのようなものが、ぷりぷりとお尻から出てきた。
「よーしよし、いい子だ。上手にウンチできたねー」
『みぃ~~~』
なんだか我が子も気持ちよさそうだ。ひとしきり出させると、ティッシュで拭って、染みないアルコールティッシュで消毒する。お尻を清めたら、ふたたびおくるみに包んで胸に抱く。
「はーい、よくできました。プテラ、すごいよー。ご飯もうんちも済ませちゃったねー。疲れたでしょう、ゆっくりおやすみー」
『みぃ……みぃ……』
胸に抱きかかえてゆっくりゆすると、次第に赤子が静かになる。すぅすぅ小さな寝息を立てて眠る我が子に小さく微笑み、私もそのまま壁に背中を預けて仮眠する。
出産で体力を使ったのもそうだが、このあとも大変だ。数時間置きに目覚めて泣きわめく我が子と、二日ぐらいは悪戦苦闘する事になる。
少しでも寝ておかないと体がもたない。
「おやすみ……」
両目を閉じて、視界を闇に閉ざす。途端、猛烈な眠気がやってきて、私はあっさりと意識を手放した。




