『嵐が、来る』
『!!!????』
がしゃあん、と演算装置が床に叩きつけられる。精緻極まる精密部品が無残にも床に散らばり、芸術品のような装置が唯の鉄くずに変わり果てる。
それでもまだ憤怒収まらず、至高工房長は自らの手で作り上げた至高の一品を、何度も何度も手にする鉄杖で殴りつけた。
『落ち着きなさい、パーリアス。気持ちは分かりますが……』
『やめておけ、ヴィシガーナー。ああなったパーリアスは話など聞かん』
荒れ狂うクロノス・オーダーの長を、距離を置いて見つめているのは二人の宇宙人。秀麗な見た目の機械人形に座する司祭と、複眼を煌めかせる立派な体躯の司令官。
葛葉が、それぞれメタル芋虫、ラジコン美女、トンボマッチョと呼称した、宇宙人達の三幹部である。
彼らが何故ここに集まっていたか、そして何故メタル芋虫……至高工房長が荒れ狂っているのかは、もはや説明するまでも無いだろう。
嘆息するように司令官がぼやく。
『それに、パーリアスの気持ちも分かる。まさか、至高の六隻のうち一隻を、実験体一匹に落とされるとはな……。頭の痛い話だ、これで地球の監視網に明確な穴が空いた』
『……そうですね』
『そうですね、ではないぞ!!』
二人の会話に、至高工房長が割って入る。
自らの創造物の破壊と引き換えに若干の理性を取り戻した彼は、語気も荒く捲し立てた。
『至高の六隻は、この星船と同様、我らが神より賜った代替の利かぬ品! それをまさか、一匹の実験体に破壊されるなどと! 一体、神にどう申し開きをすればよいのだ!? 私の首一つでは到底足りぬぞ!』
『落ち着きなさい、パーリアス。そもそもこのような事態、想定できる方がおかしいというもの。まさかあの実験体がこれほどの力を発揮するとは……』
司祭長が指を振ると、虚空に映像が投射される。
それは、母船からの観測映像。常軌を逸する脳波動によって、ドロップシップが一瞬で押しつぶされる様がはっきりと記録されている。
それを目の当たりにした至高工房長が頭を抱えた。
『うぉおおおわあああ!! 私に! それを見せるな!!! 気が狂う!!』
『だから落ち着けと言っている。そう案ずる事はない、調べた限り、これを成す為に実験体は非常に時間をかけて準備を整えている。やつが機密情報を奪取した方法もほぼ特定した。同じことはそうそう出来まい』
『逆に言えば、情報があり、準備さえできれば同じ事が出来るという事。これから先、地表への降下作戦はさらに制限せざるをえませんね。いつ、どこで、彼女が牙を剝いてくるかわかったものではありません』
三者三様の意見をかわす三幹部。その中で、ふと思い出したようにヴィシガーナーが疑問を呈した。
『……天使兵達は、この事態になんと?』
『彼らから何等かの通達はない。この状況も静観するつもりのようだ。……つまり、神はこの事態をさほどお怒りにはなっていない、という事だろう』
『ええい、だとしても何故天使兵達は動かぬのだ。確かに、惑星制圧の緒戦のみ協力するという話ではあったが……いや、これ以上は不敬か』
頭を振って落ち着きを取り戻してきた様子の至高工房長に、司祭と司令官は小さく頷いた。激情家ではあるが、基本的に冷静で明晰な彼の思考は、常に三人の行動の指針である。
『考えようによっては、我々は神の御意思に一つまた近づいたともいえますよ、パーリアス。かつてこの宇宙を支配したという神獣兵、その真の力の一端を垣間見たとも』
『だがな、ヴィシガーナー。流石に、あれほどの怪物が制御下にないというのは危険だぞ。ましてや、あれが最大値ともあながち言えぬのだ』
『勿論。わかっておりますよ。ですが……好機ともいえるのではないですか? 貴方の実験が、ようやく実を結んだのでしょう?』
囁くように語り掛けながら、かつかつ、と司祭は壁際に身を寄せる。
壁には、いくつもの窓ガラスがはめ込まれている。そこから彼女は、遥か下を見下ろした。
三人がいるのは、母船内部の研究区画。それを一望できる展望室であり……闇に閉ざされた区画の一か所だけが明るく照らし出されている。
そこには、無数のガラスケースが積み上げられている。その殆どは、中を赤黒く汚すか、得体の知れない肉塊が蠢いているばかり。だがその中に一つだけ、様子の違うモノがあった。
比較的綺麗なガラスケースの内部で、一人の人間の少女が蹲っている。その足元にじわじわ血が広がっているのを見下ろしながら、ヴィシガーナーは薄く笑った。
『奇跡的な偶然で再現された始原の神獣兵。それに対し、貴方が改良を加え誕生させた改造神獣兵。どちらが、真に優れているのか……比較実験は、貴方の好む所では?』
『む、うむ。それは……そうだな……。考えようによっては、またとない機会ではあるか……?』
『私としても、パーリアス。お前が生み出した改造神獣兵には強い興味がある。まずはお手並み拝見、と行こう』
三人そろって、囚われの少女を見下ろす。
今や床一面が血に満たされるなか、少女は呻くように背を震わせて、身体を抱きしめる。
その傍らで、何かが血の海に、小さな波紋を広げた。
『みぃ』
嵐が近づいている。
悪意と狂気が引き起こす嵐が。




