『それは、我が子へ送るオーバーチュア』
ごっぽりと欠けた、巨獣の中心。
断末魔の叫びもなく、聳え立つ瓦礫の巨体が崩れ始める。基地の残骸や取り込まれた兵器が、ガラガラと音を立てて滑走路の大穴を埋めていく。
ここに、岩国基地を脅かしていた宇宙人の脅威は、完全に滅ぼされつくした。
「ふん」
そこそこてこずったな。
私はふんすと鼻を鳴らして、朽ちた瓦礫の山を見下ろす。
燃え広がっていた炎の海も、今はもう僅かな火種がちろちろと舐めるように残るだけだ。
「とりあえず、お疲れ、ラウラ。よーしよしよし」
『クルルルゥ』
丸みを帯びた我が子の甲殻を撫でまわす。キチン質の黒光りする甲殻は肉厚な感触で、表面はつるつるしていると同時にどこかしっとりした手触りがする。硬質だがなんというか……高級な革、みたいな?
正直一生撫でまわしていられる。
「おー、よしよし。お前は撫で心地がいいなぁ」
甘えるように身を寄せている我が子の甲殻から埃を全部拭い去る勢いで撫でまわしていると、背後でかつん、と硬い足音がした。
ん? と振り返ると、そこには煤けたスーツ姿の葵ちゃんが佇んでいた。
「あ、どうも」
「どうも……じゃなくってね……」
彼女は私の挨拶に頭を下げるも、すぐに顔を上げて困惑したように髪をくしゃっとする。ノリ突っ込みである、やっぱこう、いちいち律儀なんだよねこの娘。
「……何か、私達に言う事はないの?」
「? 別にないが?」
「別にないって……」
私の言葉に呆気にとられたような顔をする葵ちゃん。
あ、もしかして。
「……基地をぶっ壊したのは私じゃないからな? 滑走路に穴を開けたのは悪かったが、そこはほら、下に奴が埋まってたから仕方ないというか……」
「いやそうじゃなくって……」
え、違うのか。てっきりこっちの都合で基地を壊滅させた事への恨み言かと思ったのか。
それともあれか、もしかして?
「私を人類軍がとっつかまえた事を気にしているのか?」
「! そ、そうよ。状況的に貴方がそう仕組んだと考えられるとはいえ、酷い不義理よ。貴方は、これまで宇宙人を倒して、たくさんの人々を助けてくれたのに、それに銃を向けた……。許される事じゃないわ」
「いや、そう言われても。そう仕向けたというか、そうして貰わないと私も都合が悪かったし……大体、組織の制御下にない化け物連れた幼女が好き勝手暴れてたら、それをとりあえずどうにかしようと考えるのは普通の事だろう?」
仮に私が人類軍の司令官だったとしても、そんなもん厄介すぎてどうにかしようとするに決まっている。特に見た目が幼女っていうのがよくない、いかにも感情的で分別がついてなさそうに思える。子供なんて我が儘で気まぐれで残酷なのが当たり前だからな。
トンボの羽をむしったり、蟻の巣に水を注ぎこんだり、だれだって覚えがあるだろう?
「まあ、だから気にしてはいない。そもそも、人類軍に捕まるのもこちらの策略のうちだからな。むしろ巻き込んで申し訳ない」
「そう……。貴方が気にしてないのなら、いいのだけど……。…………」
「どうした?」
何か言いたげにその場に佇んだままの葵ちゃん。私は首を傾げた。
と。
不意に彼女が頭を下げた。謝罪のポーズ。
「ごめんなさい」
「ほえ?」
「ずっと言いたかったの。前に助けてもらった時、貴方と貴方の相棒を、人食いの怪物って罵った事……。いくらパニックになっていたとはいえ、命の恩人に酷い事を言ったわ。ずっと謝りたかった」
頭を下げたまま、そんな事を言う葵ちゃん。
私はというと、え、そんな事気にしてたの? とビックリだ。
だって状況が状況だったし、そもそも人食いの化け物、というのは誤認でも勘違いでもないし。プルートゥがその場のノリで葵ちゃんとその友達をがぶりんちょしようとしたのは明確な事実だしなあ。
それを謝罪されても、むしろ謝罪するのはこっちである。もしかして私がなりゆきで人類助けまくったから変な風に美化されてる? 生真面目だしなあ、この娘。
「あー。その事については唯の事実だからお気になさらず……。っていうかそんな事気にしてたのか」
「気にするわよ。だって今の世の中、言いたい事を相手に伝えられるとは限らないじゃない」
「律儀だねえ……」
言いたい事は、まあ、わからないでもない。こんな世界だ、また明日、なんて当然のように言えていた平和な時代ではない。どんな些細な事でも、言えるうちに言っておくのが吉だ。
……私も、両親に結局、育ててくれた事への感謝とか愛とか、結局まともに伝えられないまま生き別れだった訳だしな。
心の奥でチクリと傷が疼いて、私はそれを誤魔化すように我が子の甲殻を優しく撫でた。
「あの、これからどうするの? もしよかったら、ここにしばらく……」
「ああ、その事だが。実は私達の用事はここからが本番なんだ。人類軍関係の話はこれで終わりなんだが、こっちにはこっちの事情があってな」
よっこいせ、と我が子の背中に腰かける。青白く光る脳波動の触手が伸びてきて、くるりと落ちないように私の体を支えてくれる。
続けて、我が子の体をうっすらと青いオーラが包み込むと、先ほどのようにふわり、とその巨体が宙に浮いた。
葵ちゃんはその様子に目を丸くしながらこちらを見上げている。
「う……浮いた?! ま、まって、用事って一体何?! まだ何かあるの?!」
「あー、人類軍が気にする事はないよ。貴方達にそこで転がってる敵中枢の危険性を実体験こみで伝えたから、もう何か起こすつもりはない。そうそう、研究室にラウラの抜け殻残してきたんだけど、あれ、多分宇宙人どものサイキック遮断できる素材だから。他の中枢潰すときは、それで工作員の思考を読まれないようにしてね。流石にそっちまでは面倒みれないから」
「え、ちょ、ま、待って!?」
困惑も露に、私を追いかけるか研究室に向かうか判断しかねてまごつく葵ちゃん。まあわざとなんだが。別れ際に爆弾情報ぶちまけると、優先順位がバグるよね。
深く追及されたくない時はこの手に限るな。
そのまま私は我が子と共にふわりと空に舞い上がる。青い光と共に夜空に上昇していく私達を、地上から兵士達がぽかん、と見上げている。
気分はまさにピーターパンだかティンカーベル。地上の兵士達に手を振る私をよそに、我が子はどんどん高度を上げていく。
たちまちこの躰の視力をもってしても兵士達が認識できなくなる。
そのまま雲の中に飛び込んで、さらに上へ、上へ。
「おぉう、ちょっとさぶい」
『クルルルル』
脳波動の光に包まれているせいか、この高度でも凍てつくほどではない。それでも息がちょっと白くなってきて、私はわざとほふー、と白い靄を吐き出した。それを見た我が子が、まねっこしてぼふー、と息を吐きだす。
私より体温が高いのか、より濃くて大量の靄が出る。
『クルックルックルッ』
「あ、お前、勝ったつもりか」
むきになって私も息を精いっぱい吐きだすが、悲しいかな、この小さな肺では大した量は出なかった。大敗である。
そんな風にじゃれ合っているうちに、私達は雲を抜けた。
途端に、視界が明るく照らされる。阻むものの無い月が煌々と黄金のように輝き、白い雲海を明るく照らし出している。
まるでこの世のものとは思えない幻想的な光景に、私はしばし目を奪われる。ある意味で、これから直視するものを前に、精神と目を休められたともいえるだろう。
「さて、と」
しばし風景に魅入った後、名残惜しいものの目を逸らす。
私達が探しているのは、さらに上空。ここからさらに上空、成層圏ギリギリの空。宇宙と惑星の境目。
そこに、そいつらはいた。
「見つけた」
星空が輝くダークブルーの空に浮かぶ、場違いな醜悪な鉄の塊。人類のそれとは明らかに異なる美的センスで構成された鉄の箱舟が、無数の灯を輝かせながら衛星軌道の上を漂っている。
初めて見るが、間違いない。
「宇宙人のドロップシップ……!!」
興奮に口の端がつり上がる。今の私はさぞ凶悪な笑みを浮かべているのだろう。
宇宙人が画策した、人類軍を利用しての私の捕獲作戦。同胞である人類相手に私が強くでれないのを利用して捕獲させ、身動きを封じた所を強襲し、私の身柄を奪取する。
宇宙人どもからすれば一石二鳥の作戦だ。被害を最小限にして私を捕獲でき、人類軍には何がどうなったか把握できない。勿論中枢の存在が明らかになる事もなく、私という脅威を取り除いた宇宙人はこれまで以上にやりたい放題ができるようになる。そのメリットの大きさは、開戦以降封じられていた大気圏外からの強襲が許可されるほど。
そう。ドロップシップは、奴らからしても貴重品だ。破壊されれば、地球近隣で入手できる資源では再建できない。
だから、敢えて私は連中の作戦に半ば協力するような形で捕まった。あの鉄の箱舟を引きずり出すために。
「ラウラ。私と意識を同調させて」
『クルルル……』
我が子と精神を同一させる。脳波動の出力はこの子の方が上だが、コントロールにかけては私のほうに一日の長がある。
脳波動を用いた攻撃は、はっきりとしたイメージが重要だ。より強い殺意、より強い憎悪で、実体の無いエネルギーを形作る。この点において、私より優れた担い手はいないはずだ。
能力そのものは劣っていても。この憎悪で、他の何かに劣るつもりはない。
「やっと、やっとこの時がきた……!」
差し伸ばした右手、指の間からドロップシップを睨む。鉄の箱舟を青い光が包み込み、私はその光に憎しみの記憶でもって指向性を与えるのだ。
思い返すのは、喪われた者達の記憶。
ルー、ウルスラ、ミニモ、ケラト……。生まれては死んでいく子供たち。
生き別れた、多分もう生きてはいないであろう両親。友人達。
戦場で死んでいく、見知らぬ兵士。弄ばれて果てた罪無き人々。道路の端に横たわる母子の亡骸。弔われぬまま死んでいった人々の墓標である廃墟の街。
宇宙人によって奪われた、あまりにもの多くの命。
目の前が真っ赤に染まる。頭蓋を内側から弾けさせんばかりの怒りが、ゴウゴウと耳鳴りのように響く。
その憤怒で意思を束ねて、私は強く念じた。
「死ね」
次の瞬間、巨大な箱舟は深海の如き圧力で、数百分の一まで圧縮された。
爆縮した質量は、その熱量によって崩壊するプラズマの塊と化す。空の果てで、光球が輝いた。
「ははは……はははははは! はははははははははは!!!!」
燃え上がる鉄の箱舟を見上げ、私は高らかに笑った。目や耳、口から流れる血など気にもならない。
「やったぞ!!! シルルゥ!!!!」
この作戦を練った我が子の名を高らかに叫ぶ。この星で一番高い空で、天国へ届けと言わんばかりに、私は心からの喝采を上げた。
「ざまあみろ、見てたか?! 見ていたよな、ルー! ウルスラ! ミニモ! ケラト! ああ、私の愛しい子供たち、見ていてくれたか!!」
昂る感情のまま両手を掲げる。興奮のあまりに、胸が弾け飛びそうだ。叫んで吐き出さないと、気がおかしくなりそう。
これまでのように、ただ兵力を殺戮したのではない。
ついに、ついに取り返しのつかない損害を宇宙人に与えた。その意味は大きい。
「終わらない! 終わらせない! これで終わらせなどしない! 殺す……宇宙人はぜんぶ! ぜんぶぜんぶぜんぶ、みんな! 殺してやる!!」
ダークブルーの空。そのどこかにきっといる筈の連中の母船。星の輝きに紛れているであろうそれを睨みつけて、私は高らかに宣告した。
「次はお前達だ、宇宙人の幹部ども! 貴様ら三人とも、必ず地獄に叩き込んでやる! その上で貴様らの母船を地に落とし! この星に来たことを、心の底から後悔させてやる! 必ずだ! ははは、はははははは、あはははははははははははっ!!!」
嗤って。
嗤って。
肺の空気を全部吐き出すまで嗤い尽くして。
私は、ラウラの肩に倒れ込んだ。
「…………帰ろう、ラウラ。少し……疲れた」
『クルルルゥ……』
我が子が少しずつ、高度を落とす。気遣うように優しく触れてくる、子の心の具現たる光の触手に手を重ねながら、私は小さく息を吸う。
遥か高空の空気は冷たく、肺を切りつけるような痛みが走った。
私の復讐は、終わらない。




