『こういうのを、場があったまってきたっていうんだな!』
「しかし、どうしたもんかな」
拘束から解放された私は、とりあえず何から手をつけるべきか決めあぐねて頭をひねった。
背後によりそった我が子が、どこからか調達してきたタオルで体をふいてくれるのに身を預けつつ、とりあえず、一番近い人間に目を向けてみる。
そこでは、私と同じように落石から我が子が庇った軍人と研究者が、身を寄せ合うようにして瓦礫の中に座り込んでいた。
周囲は我が子の独立給餌器官が取り囲み、カチカチ歯を噛みならして威嚇している。科学者達はそれにおびえ切っているが、一人、それを物ともしない男がいる。
「これは……そんな……。私がやっていた事は……」
物ともしないというか、それすら目に入っていないというか。
床に両手をついて、わかりやすく絶望の淵に浸っている軍人の姿を目の当たりにして、私はとりあえずこいつから話を聞く事にした。
たぶん、一番状況を理解してるのはこいつだ。
「おい、そこの軍人。状況を説明しろ。いや大体わかってるが、お前の口から聞きたい。そうでないと意味がないからな」
「……っ!? X-0……お前が、この状況を演出した、のか?」
「それが分かってるなら合格点。あと私はX-0じゃなくて葛葉だ。番号で人を呼ぶんじゃない、全く」
頬を膨らませてぶーたれると、白人の男はあらためてショックを受けたような顔をした。なんかだいぶんメンタルが弱っていたというか、かなり“アレ”にやられていたらしいな。
「その様子だと、ほかの連中と違って自覚があるらしいな?」
「! で、では、やはりこれは……!」
白人の男は私の言葉にはっとしたようにして、ついで、わかりやすく肩を落とした。
「ずっと前から……変な感じはあった。いや、その時は自覚がなかったのだが、今ははっきりとわかる。宇宙人と戦うために極東に来たのに、考える事は宇宙人相手に狡賢く立ち回る事ばかり。君を……葛葉を捕獲しようだなんていう無茶ぶりにも、違和感は覚えたが反対すらしなかった。普通に考えればあり得ない事だ、いくら君の本性が不明でも、人類軍単体では歯が立たない宇宙人相手に立ち回っている同胞に銃を向けるなど……!」
「ほうほう。で、それは何でだと思う?」
「……この、頭の中に響く“声”だ」
男は不愉快そうに頭を抱えて、ゆっくりと滑走路に顔を向けた。そこにたたずむ、鼓動を打ち鳴らす巨獣の影を睨みつける。
「私の声で、私の思考で囁く、私ではない何者かの声。それを私は私自身の内から出たものだと誤認した……! 思考を……誘導されていたのだ。宇宙人の……情報工作兵器に違いない……っ」
「ご名答。パーフェクトだ」
私はてちてちてち、と手のひらを打ち鳴らし、軍人を褒め称えた。
「その通り。あいつが発しているのは、思考干渉に特化したサイコキネシス。あれを設置した陣地をわざと人類に奪わせて、情報は垂れ流し、人員は裏切ったり利敵行為を行うようにそれとなく誘導し。お前たちはずっと、宇宙人どもの用意した皿の上で奇麗に並べられる料理だった訳だ」
「それを知っていて……なぜ……。っ、まさか、我々につかまったのも態と……!?」
「こっちでぶっ壊してもいいが、ちゃんと理解してもらわないといつまでも同じことの繰り返しだろう?」
そういう事だ。
本来ならば、ガルドあたりの潜行能力をもった子に頼んで、秘密裏に破壊する事も出来た。だが、秘密裏では意味がない。
説明するとしても、そもそも情報源が情報源だ。情報媒体でもない、宇宙人の脳みそをちゅっちゅして取得しましたなんていっても、彼らを動かす証拠にはならないどころかドン引きされる。
それでも人類軍にはこの厄介な地雷の存在をしっかり認識したうえで対処してもらわなければならない。いくら私でも、海外にある人類軍の拠点までは手が届かないからな。
だから一度どういうものか、人類軍に見せつける必要があった。
ついでに、人類軍に微妙な距離感を探られる現状も、私自身も自分の事がよくわかっていない点もそろそろどうにかしたい。
それらの問題を全部一発で解決するのが、シルルの腹案だったという訳だ。
まず前提として、宇宙人が人類軍を利用して私を捕縛しようとしている、という情報がすべての起点である。なので、私たちはそれを利用させてもらう事にした。
第一段階、代謝コントロールによる仮眠でシルルの活動時間を延長し、今私が連れている子供がシルルだと誤認させたうえで、成長したラウラを別行動させる。そして、シルルが逝った後一人になった私を人類軍に捕獲させる。
第二段階、私自身を囮に基地に侵入した後、私を人類軍が調べている間にラウラが基地の食糧を奪って独立食餌器官を増殖。地下に埋まっている中枢を掘り出させて、人類軍の前に出現させる。
そして第三段階。人類軍に状況を認識させたうえで、中枢を破壊して事を収める。
まあ、その先も予定はあるが、おおむね人類軍がかかわる範囲だとこんな感じだ。
まさに状況を一転させうる乾坤一擲の策である。学校にも行ってないのにこんな作戦を思いつくなんて、本当にうちの子は頭がいい。
だけどそれ以上に悲しかった。自らの犠牲を前提とした作戦を提案させたことが。シルルの決意を説得できなかった事が。
何よりも、私は我が子らの好意に、結局甘えてしまった。
人類軍を助けてやりたい、というのは私のわがままにすぎない。あの子達からすれば、人類軍はもちろん、それらが守っている人間の子供、戦う力なき弱い人々など、何の意味も価値もないだろうに。この子達はただ、母親である私が気にしているから、という一点で、この作戦に従ってくれたのだ。
私の後ろにたたずむラウラが軍人たちを見る視線は厳しい。この子からすれば、人類軍が不甲斐ないが故に、兄であるシルルが文字通り身を粉にする事になったのだ。よい印象など持ちようハズがない、食餌器官に人間を襲わせていないのが不思議なほどだ。それをしないのも、あくまで私の為に過ぎない。
ああ。本当に、この子達には迷惑をかける。
「よしよし……ラウラ、ありがとうねえ……」
『ぷっくぷくぅ』
それはともかく、この軍人が状況を認識した事で、作戦はほぼ完了した。あとは、あのデカブツをぶっつぶして後片付けを終わらせるだけだ。
「準備の方はどうだ?」
『ぷっくぷっくぷっくぷっくぷっく……』
確認を取ると、ちょうど我が子は独立させていた食餌器官の再吸収を始めた所だった。吐き出した蟲のような器官を、今度は丸呑みするようにして体内に取り込んでいく。みるみる間に我が子の体が大きく膨らみ、しゅう、と蒸気を発して熱を帯びた。
だが、吐き出した器官は数百にも上る。もうちょっと時間がかかりそうだ。
それに、敵の精神干渉は脳波動とかちあう。この子は脳波動特化タイプだし、少し遮断してやったほうが楽かもしれない。
私はそう考えて、軽く脳波動を放出、収束した。青白い波動がドームのように周囲を包み込み、忍び寄ってくる紫色の波動を押しのける。
これでよし。
そいや、この状態だとここに居る人間達も悪影響から解放されるのか、そう思って視線を向けると、興味津々の熱視線と目が重なった。
「と、共食い……?!」
「い、いや……これは捕食に特化した器官を切り離して活動させていたのか? 興味深い……」
ぷくぷく言いながら器官を飲み込んでいくラウラの様子を、眼鏡をキラキラさせながら観察している科学者ども。こいつら……と私はちょっと呆れてしまった。
正気を取り戻してまずやる事が不思議生命体の観察かよ。ある意味科学者の鑑だな、こいつら。
「それにしても美しい凹凸の形だ。まるでアゲハチョウの幼虫のようだ」
「!(ぴくぴくっ)」
「ああ。見た所肉厚の、さぞやビロードのような手触りとクッションのような感触なのだろうな。美しい……」
なんだ話がわかるじゃないかははははははは!! そうだとも! うちの子は可愛いだろう!!
「ふふふふふ、なかなか分かるじゃないかあ科学者ども。そうだとも、うちの子の手触りはすごいぞ。赤ちゃんのお尻のよう。わかるな?」
「おぉ……!」
「しかもだな、それで終わりじゃないぞ。これからが本番だ、凄い所見せちゃうぞ」
いやあ何だこの人達、話がわかるじゃないかふははははは! 助けたかいがあったというものだ!
うちの子が一番かわいいしすごいんだぞ! あんなクソキモ脳みそなんぞ屁でもないわ!
上機嫌で我が子の栄養吸収状態と戦況を見計らって段取りを考える。
と、不意に床に手をついて落ち込んでいた軍人がむくりと身を起こすのが目に入った。
「む?」
敵中枢の事を説明されてオーマイガってなってた軍人だ。
急に敵の干渉波を遮断したから、落差でバッドトリップでも起こしたか? 錯乱しているようならさっさと気絶させた方がいいが……。
いつでも組み伏せられるように指をわきわきさせつつ軍人の顔色を窺う私。
だが、男の目に輝いていたのは陰鬱とした諦めの闇ではなく、バチバチに弾ける強い意志の光だった。
ガンギマリの眼光を前に、思わず私は首を竦める。
「お、おぅ?」
「ありがとうクズノハ……! おかげで、私は目が覚めた!!」
「そ、そうですか……」
え、何。変なスイッチ入った?
私の困惑をよそに、男はびりびりと上着を破り捨て、その下のカッターシャツの前をはだけてワイルドに軍服を着崩した。ワックスで整えていた頭も、指でくしゃくしゃとかき乱す。
なんだか往年のハリウッドスターみたいなスタイルになった軍人は、むきき! と筋肉を唸らせながら、私ににっかりと笑いかけてきた。
キャラが変わってる……。
「あとは任せてくれ! これ以上、人類としてみっともない醜態はさらさない! 人類軍の名において、この場は何とかもたせてみせよう! 君とはまだまだ話したい事もあるし謝り足りないが、まずはこの場を凌ぐのが先決だ! 話はまたあとで、私は私の使命を果たす!」
「お、おぉう……」
ダッシュ! と瓦礫の山と化した研究室を飛び出していく軍人。
どたたたたた、と走り去っていく足音を見送って、私は我が子と呆然と目を見合わせた。
「……何あれ?」
『くぷ、くぷぅ?』
茫然としていると、ざざっ、とスピーカーのノイズのようなものが辺り一面に響いた。基地内の線は全部切ったはずだが……あ、そうか。放送室だか管制塔だかのスピーカーで直接喋ってるのか。
『……こちら、極東人類軍所属、ロバート・グラウスマン大佐だ! 今現在岩国基地は、敵宇宙人からの攻撃を受けている! 諸君らの頭の中に響いているのは、敵からの精神攻撃、情報工作の類だ! それは、諸君らの考えではない!』
『もし自分の考えの区別がつかなくなって、目の前を見失っているなら思い出せ! 我らは何のために人類軍に入った? 何のために銃を手にした? ……守るためだ! 己の大切な人を、戦う力を持たない弱き人々を! 我らの愛する故郷を、地球を、邪悪なる宇宙人どもの手から取り返す為だ!』
『思い出せ! 我らは一つの旗の下に集まった事を! 全ての人類の為に! 全ての人々の為に! For everyone!! For everyone!!』
フォー、エーブリワン。
全部の為に。人々の為に。
人類軍のスローガンが、大音量でスピーカーから垂れ流される。何度も何度も繰り返されるそれに、少しずつ、基地から唱和する声が増えていく。
最初は、蚊の鳴くような囁き声で。
それが一つ、二つ、少しずつ増えていく。
視れば倒れ伏していた兵士達、少女達も身を起こしながら、小さく、しかしはっきりと、大佐の声に唱和している。
やがてそれは、地をを揺るがすような大声に育っていく。
『For everyone! For everyone!!』
「For everone!!」
「フォー、エーブリワン!!」
エーブリワン、エーブリワン。大歓声のような響きが、基地の周囲に木霊する。倒れていた兵士が銃を手にして立ち上がり、自失していた少女達が再び走り出す。沈黙していた格納庫からは瓦礫を押しのけて戦車が這い出し、さらに整備兵らしき者達がバズーカやロケットランチャーを手に巨獣へと向かっていく。
燃え上がる火の海の中、邪神像のように屹立し地上を睥睨していた巨獣が、活気をましていく人類を前に明らかにたじろいだように私には見えた。
なんだ。やるじゃん。
「普段から強く影響を受けていた分、抗体のようなものが出来ていたのかね? なんてな、そんな屁理屈はどうでもいいか」
『ぷくぷくぅ?』
「はは、そうだな。それが出来るなら最初からやっていろという話だな」
さっきまで基地全体が沈黙していたのが嘘のように、人類軍の反撃が開始される。
吹き上がる無数の銃火。尾を引いて飛ぶ流星のようなロケット弾。無数の爆発が巨獣を襲い、僅かにその巨体が一歩後退する。
『VoVoVoVo』
再び人間達を混乱の中に引きずり込もうと、再び紫色の波動が放たれる。が、今度はそれを浴びても兵士達はひるむ様子を見せず、むしろ一層血気盛んに反撃を敢行した。
「馬鹿め。火に油を注ぐという言葉を知らないのか」
兵士達は言ってみれば、今現在トランス状態にある。無理やり開かれた心の隙間に、グラウスマン大佐の檄がかっちり嵌り込んだ。ある意味洗脳みたいなもんだ。念仏みたいにスローガンをつぶやきながら突撃していく兵士達は、相手がいかに強大な存在でも怯みもしないだろう。
とはいえ、相手が精神干渉を中断して物理に訴えてきたら流石に分が悪い。基地の防衛戦力がメタメタにされているのは変わらないのだ。
間に合うか?
「どうだ、ラウラ? いけるか?」
『ぷぅくぷく……』
ぷっくら膨らんだ体を撫でさすりながら問いかける。ラウラはすでに給餌器官の取り込みを完了し、その体は最初の数倍以上に膨らんでいる。
風船のように今にも弾けそうなその体表が、急速に黒ずんでいく。ぷにぷにの皮膚が、俄かに生気をうしなって干乾び罅割れていく。
始まった。
「よぅし、よしよし……。何も恐れる必要はないぞ。ママがそばで見ているからな……」
『ぷくぷくぷくぷく……』
生気の失せた、茶色い塊となった我が子の体。その内部で、もぞもぞと何かが蠢いている。やがてそれは古い殻となった体を突き崩しながら、ゆっくりとその姿を露にした。
『……クルルルル。ルルル』
ガサガサと皮を破りながら、我が子が脱皮する。
その内部から現れたのは、黒い甲殻に覆われた蜘蛛ともカブトムシともつかない、奇妙な姿の生物だ。鋭いピッケルのような四本の脚に、膨らんだ楕円形の胴体部を覆う外骨格。本来身を守る為に外骨格には隙間一つないものだが、この子の外骨格は丸い隙間だらけで、その空洞を透明なガラスのようなものが塞いでいる。その窓を通して、非常に巨大に発達した脳細胞の神経塊が脈動しているのが見えた。
頭部には、Vの字に巨大な刀剣のような角が伸び、瞳はなく、大きく裂けた爬虫類のような顎とそこからだらんと垂れた太くて長い舌が見える。
これがラウラの本当の姿。
その本質は、脳細胞特化型個体。
イモムシのような形態は、超高出力の脳波動を使う為のカロリーを貯め込む為の準備形態に過ぎない。これまでの道中で人類の集落から、そしてこの基地で掠め取った大量の食糧(申し訳ないとは思っている。めんご)を取り込み、必要なカロリーを獲得できた事でようやく本来の姿に移行したのだ。
「ふふふ、凄いぞ、かっこいいぞ、ラウラ! 今のお前は世界で一番美人だ!」
『クルルルゥ』
ずしゃん、ずしゃん、と爪で床を貫きながら動き出したラウラが身を寄せてくる。私はひらり、と我が子の甲殻に飛び乗った。
「よーし。じゃあ、ちゃっちゃと終わらせちゃうか!」
『ルルルククク!!』
私のそれとは桁違いの脳波動が放出され、オーラのように私達を包み込む。すると、1トン以上はあるはずの我が子の体がふわりと宙に浮いた。
信じられないものを見る目で見上げてくる科学者に軽く手を振り、私達はさらに高度を上げていく。
そのまま崩落した天井を通り抜けると、比較的強度が残っていそうな建物の屋根にすとんと着地した。ここなら、大出力の脳波動を放出しても誰かを巻き込む事はない。
眼前では、再び銃火を撒き散らすようになった巨獣と、死兵と化した人類軍の兵士との間で猛攻が繰り広げられている。
「さあて。人間達に、ラウラのちょっと凄い所、見せてやりなさーい!」
『クルルル、ルルルク!』




