『さあさあ、サプライズパーティーの始まりだよ!』
宇宙人への反抗作戦を成功させた極東人類軍の本部、岩国基地。
勝利に沸く基地ではしかし、奇妙な出来事が頻発し、一部の者たちを困惑させていた。
「え、ここも?!」
「はい……」
第三食堂を訪れた葵達を出迎えた調理スタッフの言葉は同じ。半ば予想していた展開に、葵は眉を潜めた。
「ここも食料がないなんて」
「数時間前にはあったんです、間違いないです! なのにいつの間にか……」
調理スタッフはすっかり弱り切った顔だ。それも無理はない、食料の管理は彼らの責任である。大量の食糧が忽然と消えたのなら、それは彼らの管理責任という事になる。
だがしかし、基地の数百人を食べさせていくだけの大量の食糧が、わずか数時間で消えてしまうというのは考え難い出来事だ。
横領だとしても、方法がない。トラック何十台導入して、運び手を何十人用意すればいいのだ。そんな事をすればたちまちバレるに決まっている。
日頃からちょろまかしていた? それもない。搬入の際に、警備部隊なども確認している。葵が視線を向けると、五人にくっついてやってきた警備員も小さくうなずいた。
「私も確認しています。確かに朝、基地の食糧は万全でした」
「……宇宙人の仕業って事は?」
「作戦開始前ならともかく、開始後の今に? まあ、可能性としてはない事もないでしょうが……」
警備員、調理スタッフ、部下たちが頭を悩ませる中、葵はらちが明かないと調理場に踏み込んだ。
「あ、中尉」
「申し訳ないけど、中を確認させてもらうわ。いい?」
「それは……まあ」
本来ならば消毒してない上に無関係のスタッフを入れるわけにはいかないが、状況が状況だ。
つかつかとスタッフルームに踏み込んだ葵は、食料貯蔵庫の惨状を見た。
「これは……」
そこには、破砕された木箱の残骸がうずたかく積まれていた。まるで、何十頭ものヒグマが、食料を求めて荒らしていったような有様。それでいて、野生動物はおいしいところだけ食べてポイ捨てするのに対し、食料らしき食料は根こそぎ食い尽くされている。僅かにのこった茶色い葉っぱをはじめとした、食料に適さない残骸だけがわずかに木片の間に散乱していた。
「……」
木片をいくらかどけて、表面を確認してみる。
すさまじい力で破壊されたというより、食料と容器の区別をつけずに食い散らかしたような跡。木片には無数の小さな噛み跡のようなものが残されているが、見たことのない歯型だ。剃刀のように鋭く、しかし小さい。まるで木片をかみちぎれる咬合力のトカゲか何かが数百匹と押し寄せて食い荒らしていったような。
さらに残骸の合間に、何やらねとりとした粘液を見出した葵は、それをくんくんと嗅いでみる。……悪臭というより、僅かにミントのような香りがする。こんな分泌物を出す生き物が、このあたりにいただろうか?
「隊長、なんかわかりました?」
「……いえ。でも気になる事が。この木片の山、どかすの手伝って」
「ええー?」
ぶーたれる部下たちをよそに、葵が木片をどけ始める。と、そこに警備部隊が割って入った。
「いえ、ここまでで結構です。こちらで続きはやっておきます。こういうのは、私たちの仕事であって、皆さんの仕事ではないので」
「……そう? なら、おまかせするわ。でも何かあったらすぐ連絡して。普通じゃない」
「わかっています」
引き下がる様子のない警備員に、葵はとりあえず、これ以上の追求をあきらめた。
実際のところ、食料が消えたのは大事ではあるが、ほかになにか起きているわけではない。もしこれが宇宙人の攻撃、その端初であれば、すでに何事か致命的な事態が起きているはずだが、今のところその兆候はない。不可解ではあるが、基地の警護は警備部隊の仕事だ。彼らに任せるべきだろう。
「ハンガーに戻るわよ。いつでも出撃できるように待機」
「はーい。とはいっても、スーツの整備終わってないですよー?」
「スラスターが分解整備してても、パワーアシストは生きてるでしょ。いざって時は走ればいい」
空戦兵の誇りもない発言とともに、葵は急ぎ足でハンガーに戻った。できれば少将に報告できるような情報が欲しかったが、やむを得ない。
「まったく、次から次へと……」
明らかに良い状況ではない現状に、葵はいらいらと踵を鳴らした。
アメリカ方面軍の独断ともいえるX-0の捕縛。
突如消えた食糧庫。
次はなんだ? 基地のマシンでも暴走を始めるのか?
この先の事にぴりぴりしながら、速足で葵は乱暴に自分たちの休憩室の扉を開けた。
そして見た。
『くぴ!?』
「……は?」
休憩室に備え付けてある冷蔵庫。
それが開け放たれて、中にあった容器が外に投げ出されている。
記憶が定かなら、あれは少将からもらった得体のしれないジュース類だ。彼のおすすめ通り、比較的まともだったオレンジ色のだけを飲んで、後は扱いに困ってとりあえず冷蔵庫に放り込んであった。なにせ虹色に変色したり青白く発光していたり、とても人間に飲めるようなものに見えなかったのだ。一体どこの誰が作ったのか。
そんな見るからにやばげなジュースは、しかし、今や容器を空にしていた。
そして空になったジュースのボトルを逆さに咥えているのは、また珍妙な生き物だった。
一言でいえばでっかい蛆。だがよく見れば爬虫類のような口があり、目はないが代わりに額に甲殻のようなものがある。足はなく、頭の先からしっぽの先まで小さなぶつぶつが二列、規則正しく並んでおり、どうやらそれが歩行脚のようだった。芋虫の腹足のようなものかもしれない。
そんな生き物が、小さな鋭い牙でボトルの飲み口にかじりつき、ジュースを浴びるように飲み干しているのを目の当たりにして、果たして健常な人間はどういう反応をするべきだったのだろうか?
しかも一匹ではない。見た所4匹はいる。
「…………」
『…………』
お互い、硬直して見つめあう。いや、あっちには目はないのだが。
とにかく、先に動いた方が負けだ……そんな謎の緊迫感に包まれた休憩室に、しかし遅れて第三者が姿を見せた。
「隊長、足早すぎですって……え、なんじゃありゃあああ!?」
「どげんしたん!?」
『くぴぴ!!』
背後から顔を出した隊員のすっとんきょうな悲鳴で、止まっていた時が動き出す。
謎生物達は空になったボトルをほっぽりだし、でっぷり膨らんだ腹をうごめかしてその場をわっと逃げ出す。遅れて正気に返った葵が、慌ててその生物をとらえようとつかみかかった。
「ま、まて、こらっ!!」
『くぴぴぃ!!』
が、意外と連中はすばしっこく、間一髪で葵の腕から逃れる。それらはそのまま跳ねるような動きで部屋の隅に向かうと、そのまま角にめり込むように姿を消してしまった。
いや、違う。
よく見れば、部屋の角に穴がある。まるでネズミに齧られたような穴を、葵はしゃがみこんで覗き込んだ。
暗くて奥は見えない。だが今確かに、謎生物がここに逃げ込んでいった。
「くっそ……」
「ちょ、隊長、手を突っ込むのはやばいですって! 見てくださいよこのボトルの口、鋭いナイフみたいな歯ですよあいつら!?」
「腕齧られちまいますよぉ!」
部下たちに後ろに引きずられるようにして距離を離され、葵は舌打ちした。
「ち……っ! と、とにかく少将に連絡! あと基地の警備部にも通達して! 未確認生物が基地に潜んでる、たぶん、大量に! あれが数百匹はいる!!」
「ええ!?」
「食糧庫を荒らしたのもあいつらだ! くそっ、どこの何!? 宇宙人……じゃないわね、反撃してこなかった! まさか、X-0絡みだっていうの?!」
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『ぷうくぷく……』
やっちまった。
安全地帯に潜みながらも、最新のチルドレン……ラウラ、と名付けられた個体は、自分の失敗に頭を抱えた。
独立食餌器官はすべてラウラの脳波動でコントロールされているが、それも完ぺきではない。何匹か、制御を外れて食欲のままに動く個体があって……それがうかつにも人間に発見されてしまった。
もう少しタイミングを計りたかったが、こうなってはしかたがない。
必要なだけのバイオマスは確保できた。食餌器官の数も十分だ。
今から作戦を実行する事は十分に可能と判断し、ラウラは決断を下す。
『ぷっくぷくー』
さあ。
母の同族だか何だかしらないがうっかりさんども。
顎が飛び出すぐらい吃驚する時間だぞ。
『ぷぅくっくっく、ぷぅ』
ひとしきり笑うと、ラウラは己の脳髄にエネルギーを集中させる。
闇の中、肥大した脳髄がぼんやりと輝き始めた。
少しずつ大きくなる振動が、岩国基地全体を揺るがし始めたのは、その直後の事だ。
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