『お疲れ様。愛してるわ、ずっと』
私と子が警戒網を潜り抜け、大型高射砲の中枢部に侵入した時、すでに現場は無数の銃声と叫びが入り混じる鉄火場となっていた。
「もう始まってたか……」
ダクトから顔を出して戦況を確認する。
眼下では、おあつらえ向きに用意された広いスペースで、人類軍の少女兵士と宇宙人どもの防衛部隊が最後の戦いを繰り広げていた。
その広場の中央に、巨大な構造物が鎮座している。
一言でいえば、巨大なシリンダー。上下を機械で挟まれるようにした円筒形のガラスの中に、途方もなく巨大な脳髄のようなものが浮いている。その脳にはいくつもの目があって、ぎょろぎょろしながら周囲で戦う少女兵士の動きを目で追っている。
その動きに合わせて、シリンダーから伸びる無数の機械触手が動いた。それらは先端に保持した銃火器からマズルフラッシュを輝かせて、少女達を追い立てている。
「くそぉ!」
少女兵の一人が怒声と共に銃をシリンダーに向ける。
発砲。
ガンシップの装甲も穿つ強力な銃弾。しかしそれは、いかにも脆弱そうなシリンダーを叩き割る前に、不可視の防壁によって阻まれた。何もない虚空で銃弾が弾けて飛び散り、波紋のように空間が揺らぐ。
「攻撃が効かない!?」
「シールド!? そんなものが!?」
やっぱ苦戦してるかあ。
今、彼女らが戦っているのはこの高射砲というか要塞全体の中枢システム。宇宙人どもが人工的に作り出した巨大な脳髄、生体コンピューターのようなものらしい。んで、あれだけくそでっかくなるとな、なんか念力みたいなもんが使えるようになるらしい。大昔、人間の脳のサイズでは超能力が使えたとしてもたかが知れてる、サイコキネシスをするには数百倍のサイズの脳が必要だ、なんて与太話を聞いたが、それがこうして目の前で実現している訳だ。すごいな宇宙人。
ちなみに脳波動とはちょっと原理が違うようだが、チャンネルはおおむね同じだ。
だから私の脳波動でも干渉できるにはできるんだが、出力に差がありすぎる。こっちが一方的に押し負けて頭ぱーんして死ぬ。
あれに真正面からごり押しできるのは、我が子の中でもプルートゥをはじめとして数体に限られる。
「まあだから真正面からやるのは駄目だな」
私は透明化した我が子と共に、広場の天井の桟を渡る。宇宙人どもの建築はやたらフレームやケーブルがゴテゴテしていて、身を隠して行動するにはもってこいだ。そういった不逞の輩を探索するドローン程度では、我が子の姿を捉えられない。
一方、下での戦闘では駆けつけたラジコン兵やマシンカルティストの手勢が攻撃に加わっている。機動力を生かして少女兵士達は交戦しているが、広いとはいえ閉鎖空間。限界がある。
眼下で急激に劣勢に追い込まれていく人類軍の兵士。それをよそにシリンダーの上部にたどり着いた私達は、無数にそびえるケーブル類に手をかけると、それを手あたり次第に引っこ抜き始めた。コイルみたいなケーブルを寸断し、コンセントみたいなのを力任せにぶち抜く。火花が噴き出し、電気が迸る。得体の知れない液体が噴き出して、私の頬を濡らした。
供給されるエネルギーやら何やらが異常をきたして、声にならない悲鳴が響き渡る。
目に見えて、シリンダーの念力が衰えていくのが分かった。
所詮は機械。部品にすぎない。繋がりを断たれれば、たちまち弱体化するのは自明の理。あれはあくまでコンセントにつながれたモーターでしかないのだ。
『◆●★!?』
『●◆……“クィーン”●◆!!』
私の存在に気が付いた雑兵どもが、こちらにむかって発砲してくる。
引っこ抜いたケーブル類を盾に身を潜めながらそれをやりすごしていると、しゅん、とその背後に躍りかかった女性兵士がそいつらを切り捨てた。切り替えが早い。
と、そのうちの一人が急上昇、シリンダーの上に飛び乗ってくる。
被弾したのか、へしゃげたヘルメットをその場で投げ捨てる黒髪の少女。その顔には覚えがあった。
「やあ、久しぶり」
「……信じられない。本当に貴方なの、X-0」
「その呼び方は好かないな。葛葉ちゃんと呼んでくれ」
飛び交う銃声を背後に、いつぞやの続きを語り合う。ばあん、と下でグレネードの弾けるような音がした。
「私達を……助けてくれるの? 貴方を、化け物のようによんだ、私達を」
「その話は後にしよう、今はこのやかましい脳みそを黙らせるのが先だ」
「了解」
答えると彼女はスラスターでふわりと浮きあがると、ブレードを持ったまま飛翔した。私の髪をすれ違いざまの烈風でなびかせて、ケーブルを次々と切断していく。
あ、透明化してるせいで気がつかれなかった我が子があやうく一刀両断だった。危ない。
ひぃー、と頭を両手で抱えてしゃがみこむ我が子の元に駆け寄って、怖かったねー、と頭を撫でまわす。
見上げる先で、ぶっといたくさんのケーブルが、少女の軌跡に合わせてずたずたに切り裂かれてしまった。流石というか、私と子ではそれなりに手間取ったであろう超極太ケーブルさえも、ジェット噴射の勢いとブレードの間合いですっぱり切断されている。恐るべし。
ずずん、と音を立てて切断されたケーブルが落ちる。
声にならない絶叫。もはや巨大システムは虫の息。念力バリアを張れなくなったシリンダーへ、取り巻きを排除した四人の少女兵の銃弾が次々に叩き込まれていく。
「よっこいせ。降りるよ、シルル」
『ふっしゅる』
私を腕に収めたシルルが、ひょいっと床に飛び降りる。5m近い高さから飛び降りた背後で、ありったけの銃弾を撃ち込まれたシリンダーの防護ガラスが砕け散った。
ガラガラガラと音を立てて円筒形の容器が崩壊する。吊り下げるものを失ったシリンダーの上部が崩れ落ち、内容物をぐしゃりとつぶしながら床にずれ落ちていく。
自らの重さによって押しつぶされたニューロン塊の末路をしり目に、私は頬についた液体を拭い去った。
「よしよし。まあ、及第点ですかね」
「厳しい採点だこと」
私の横にひらり、と舞い降りてくるお嬢さん。ああいや、いつまでもお嬢さん呼びも失礼かな。
「お名前聞かせてもらっていいかしら、二度目の再会の記念に」
「立花葵よ。葵でいいわ。……そちらの怪物君は?」
「シルルよ。かわいい子でしょう?」
背を低くして顔を寄せてくるいとし子の頬、触手のような髭を手に取って優しく撫でる。
この子のチャームポイントなんだけど……葵ちゃんはウゲ、といった様子で身を引いた。
やれやれ。このぷにぷにすべすべがわからないとは、見る目がない。
「……シルル、ね。そいつも人をむしゃむしゃ食べる訳……?」
「シルルはそんな事しないよ。プルートゥやキティと違って食事量は控えめなの、この子。ねぇ?」
『ふしゅるるる』
あ、こら。そんな警戒心むき出しの反応しないの。普通の人から見たらお前の睨みってマジで怖いんだからね。
ほら、トリガーに指こそかけてないけど銃向けられちゃってるじゃないの、ほら。
「大丈夫大丈夫、うちの子みんな人見知りするのよ」
「…………襲ってこない、っていうなら、まあもうそれでいいわ……」
げんなりしたようにしつつも、葵ちゃんは銃口を私達から外し、肩に武器を担ぎなおした。
その背後に、どたどたと四人の少女兵士が集まってくる。皆、ボロボロだが大きな怪我はないようだ。
「隊長、残存勢力は排除しました! それと、その怪物と女の子は?」
「え……重要探索対象の表示? ……X-0? なんですか、これ? 隊長?」
何やらざわざわする少女兵士達。
しかし、みんな若い。葵ちゃんを筆頭に、まだ20にもなっていない子供達だ。中には平和だった時代をよく覚えていない子もいるだろう。
そんな彼女たちが戦争に従事している事を苦々しく思うが、それを口にしてはいけない。それは彼女たちへの侮辱だ。
アーマーを破損させ、黒い汚れに塗れた少女達の瞳は、しかし強く煌めいているのがはっきりとわかる。それは無理やり徴兵された者のそれでなく、信念と願いを持って銃を手に取った戦士のそれだ。彼女たちの決断を、部外者である私が否定する事は出来ない。
私に許されるのは、ただ、願い祈る事だけだ。
「……今、貴方達が破壊したのは、この基地の中枢よ。敵の制御システムの中心。これを破壊した事で、実質この基地は無力化されたのも同然よ。つまり、貴方達の勝利。よくやりました」
「え……じゃ、じゃあ! 私達は、人類は勝ったの!?」
「ええ。勿論。だから、一刻も早くここから逃げないとね」
え? と固まる少女達に苦笑して、私は頭上を指さした。
電源が落ちて真っ暗な闇の中に、あちこちでスパークが飛び散っているのが見て取れる。それらはにわかに数を増していき、ついには小さな爆発が生じ始めた。
「あの電脳に注ぎ込まれていたエネルギーが行き場を失って暴走し始めてる。数分としないうちにこの建物は吹っ飛ぶわ。急いで逃げてね」
それだけ言い残して、私は我が子に身を預ける。
私をそっと抱き上げた我が子は外套膜を広げると、すぅ、と溶けるように透明化を始めた。その様を目の前にした葵ちゃんが、切羽詰まったような声を上げる。
「ま、待って! 私、貴方に言わないといけない事が……」
「それは、また今度会えた時にしましょう。大丈夫、生きていればまた会えるわ」
その言葉を最後に、我が子に抱かれたままこの場を脱出する。振り返ると、半透明の膜を通して少女達も脱出に映るのがちらりと見えた。四人の少女が我さきに出口に引き返していき、葵ちゃんもちょっと躊躇ってからその場を後にする。その背中も、噴き出した爆発に遮られて見えなくなる。
心配だが、あの調子なら大丈夫だろう。
私達は問題ない。事前に把握しておいた最短ルートを通り抜けて脱出する。
外はすでに夕刻に差し掛かっていた。炎のように燃える空の下、基地のあちこちで炎が上がっている。
どうやら戦況は人類軍に大きく優勢のようだった。私にも聞き取れる歓声が、あちこちで轟いている。
中央棟の外に抜けて、そのまま防壁の上を走って離脱する。監視塔と思わしきひときわ高い建物の上に陣取ったところで、本格的に中央棟から爆発が噴き出した。
あちこちから炎とスパークを吹き出す巨大な建造物。それに応じてか、稼働していた高射砲が動かなくなる。その外壁に、降り注いだロケット弾が着弾した。
爆発が、基地全体を覆っていく。中央棟の機能停止により、それまで迎撃されていたロケット弾が素通りし、基地に破壊をまき散らしていく。
これで逆に人類軍に被害が出てないといいが、まあそこまでは面倒も見れない。
とりあえず、これでこちらの作戦の第一段階は完了した。
「お疲れ様、シルル。ありがとう……シルル?」
振り返って、我が子を労おうとする私……だけどそこで、私は息を呑んだ。
ああ。
わかって、いた事だ。
この子に、時間が残されていないことは。
「シルル……」
我が子は、私の傍らで片膝をついたまま、静かに事切れていた。
目を閉じて、まるで彫像のように佇む彼。さっきまで生きていたのに、今もまだ生きているようにしか見えないのに、その体の奥に、命の灯を感じない。
「ああ……お疲れ様。本当に、お疲れ様。おやすみなさい、私の愛しいシルル。あっちで、兄弟達と仲良くね」
その頬に顔を寄せ、私は零れそうになる涙を必死に抑えた。
体温を喪った我が子の体が、急速に朽ちていく。手足の先からほろほろと灰になっていく我が子の体を、私は最後まで抱きしめていた。
桜のように、朽ちた灰が風にのって飛んでいく。炎に包まれる基地の空に、愛の欠片が踊るように空を舞う。夕焼けの光に照らされて、煌々と。
そのたどり着く場所が、きっと暖かで満たされた場所でありますように。
「さようなら、私のシルル」
空を見上げて、私は手を合わせる。一筋の涙が、こらえきれずに頬を伝った。
◆◆
その無防備な瞬間を、狩人はスコープに捉えていた。
『ターゲット確認。護衛は確認できず、ターゲットは現在単独の模様』
『了解した。極秘コード、“カウンター・シューティング”実行せよ』
『了解。“カウンター・シューティング”実行』
黄昏の空。爆発に紛れて、一発の銃声が空に響いた。




