『右よし! 左よし! 問題、よし!』
「さて、と」
死体の首に頭を突っ込んでまだ食べる所ないかなー、とかやってる我が子を尻目に、私は部屋を見渡した。
部屋の壁には人間には理解できないオブジェクトが並んでいるが、しかし全部が意味不明という訳でもない。同じ二足歩行し、指で端末を操作する以上、必ず似通ったものはでてくる。
その代表ともいえるコンソールらしきものに近づいて、私はまじまじと操作盤を見下ろした。
「……レトロ趣味か? なんでタイプライターみたいな……」
かちかちと手応えのあるキーボードに首を傾げる。とはいえ、実用性を極限まで突き詰めるとこうなるのかもしれない。古い話だが、アメリカが最新の操作機器……タッチパネルとか液晶パネルを軍艦に導入したのはいいが、確実性に欠ける上に壊れると修理費が高いし修理にも専門知識がいる、という事で結局従来の形式に戻したという話を思い出す。
「まあいいや。ええと、これを、こうして。かちかちっと」
脳喰いで得られる情報は割と限定的だ。基本的に動画再生というか、そんな感じ。なんせ連中の言葉を私は分からない。だから、名前とかの固有名詞は手に入っても、日常会話の内容とか、貴重な資料の内容とかは、記憶映像から推察するしかない。
ましてやマシンカルティストの連中、言語がなんか数字の羅列だから余計に意味不明だ。それでも、記憶を漁れば基盤を操作している様子は見られるので、それを頼りに適当にいじりまわす。
「おっ、良い感じ」
どっかで警報が鳴り響き、がしゃーんとかどごーんという音が鳴り響く。いい感じに施設がおかしくなっているようだ。なんかひっきりなしに通信が送られてきているが全部無視する。
うひひひひ。なんか悪い事してる感じがたまらないね!
『しゅるるー?』
「お、シルルもやる?」
『ふしゅふしゅ!』
覗き込んできた我が子に尋ねると、それは嬉しそうに頷いた。場所を譲ると、我が子は楽しそうにボタンをカチャカチャ弄り回した。
そっか、さっきこの子も残りの脳みそ食べてたからちょっとは分かるのか。そもそも味わって食べてたし、解析度合いはこの子の方が上かもしれない。
『しゅるる、ふしゅー。しゅっしゅ』
「おぉ……」
明らかに意図をもった手つきで操作すると、どんどん設備のアラームが連鎖して広がっていく。あっちこっちで隔壁が下りて、自律兵器が暴走を開始し、培養炉の溶媒が煮え立っていく。まさに大惨事、現場犬フェスティバルといった有様だ。
「すごーい、シルルかしこーい!」
『ふっしゅふっしゅ!』
拍手喝采に、胸を張って有頂天な様子のシルル。我が子はさらにスイッチをかちかちと操作し、設備をさらに暴走させていく。
と。
かちり。
『……ふしゅ!?』
「?」
突然、一つのスイッチを押し込んだシルルの動きが固まった。ノリノリでやっていた子の急な停止に、私も隣で首を傾げる。
数秒おいて、モニター画面にでっかい警告マークが浮かび上がった。
《■●★▼! ■●★▼! ●■★▼●!》
同時に大音量で警報が鳴り響き、部屋の中が真っ赤に染まる。地球人宇宙人問わず、知性があれば分かる。ヤバイ、という感じはどうやら全宇宙共通らしい。
って、そんな事いってる場合じゃない。
「何したのシルル!?」
『ふ、ふしゅふしゅ、ふしゅる……しゅるぅん』
我が子はなんとか停止させようとしているのか、カチカチとなおも操作盤を弄っていたが、すぐにこれはお手上げ、とでもいうように諦めのジェスチャーをする。
そしてそのまま有無を言わさず私を横抱きに抱え上げると、透明化して部屋を飛び出した。
全速力で疾走するシルル。透明化しているとはいえこれだけ速度を出して走っていたら感づかれそうだが、道ですれ違う宇宙人の兵士達はどうやらそれどころではなさそうだ。
『〇■★!』
『▲●★!!?』
みんな慌てて右往左往している。施設はどこもかしこも真っ赤なアラートが鳴っていて、しっちゃかめっちゃかだ。
慌てる兵士の横を走り抜け、防壁を飛び越え、森に入ってもシルルは脚を止めずに疾走する。と、行く先に大きな岩が見えてくると我が子は、大慌てでその陰に飛び込んだ。さらに、抱えた私に幾重にも外套膜を巻き付ける。
なんだかこの先起きる事が予想できた私は、耳を塞いで口を半開きにした。
そして、数秒後。
爆音。
閃光。
衝撃。
言語に尽くしがたい衝撃波のような爆音が、身体の芯まで響き渡った。
「ういぃいいい」
『しゅるるぅ!?』
二人そろって悲鳴を上げる。
やがて衝撃波が通り過ぎ、爆音が遠のいた所で、シルルは私を解放した。地面に降り立つなり、我が子の姿を確認する。
「シルル、大丈夫!? ケガはない?!」
『しゅー、るるー』
「見た所大丈夫みたいね……骨とか内出血とか、打撲とか。大丈夫? 本当に大丈夫?」
ぺたぺた体に指を這わせて安否を確認する。幸い、見た所、大きなけがはなさそうだが……。
シルルは小さく屈みこむと、しょんぼりと肩を落とした。
「え? 失敗した? こんな大ごとにするつもりはなかった?」
『しゅるぅ……』
「ま、まあ……そんな事はあるよ」
私はぽんぽんと我が子の肩を叩くと、安全を確認して岩陰から顔を出す。
「うげえ」
周囲の光景は一転していた。
さっきまで鬱蒼と木々が生い茂る山の一角だった場所は、今やほとんどの木々がなぎ倒され、その輪郭を一回り小さくしていた。全長何メートルもある大木が、根っこからなぎ倒されて将棋倒しになっている。
周囲の山が全部、こんな有様になっているらしい。そしてその爆風の発生源たる宇宙人の要塞は、今や燃え盛る松明と化していた。
金属で編まれた要塞全体が、超高熱によって融解し、崩れ落ちながら赤熱している。時折火薬か燃料か、何かが引火して爆発しているのが見えた。燃え上がる廃墟から、黒黒とした煙が柱のように天に向かって聳え立っている。
どうみたって生存者の一人も居なさそうだった。完璧に全滅である。
「はわー。基地の動力炉でも暴走させたかね、これは」
『しゅるるるぅ……』
「あー、はいはい、落ち込まない落ち込まない」
すっかりしょげてしまっている我が子の頭をさすさす撫でながら、私は爆心地に目を向けた。
まあ、これはこれでよし、だ。
「こんだけ見事に吹っ飛んでるなら、むしろ逆にありがたい。原因を追究した所で、私達の関与なんて出てきっこないし。何かの事故として処理されれば好都合、そう悪い話ではない」
『ふしゅるる?』
「そうそう。だから結果オーライ、がっかりしないで。ね?」
頭を抱き寄せると、それでようやく子は機嫌を少し取り戻してくれたようだ。納得はしていなくとも、これ以上落ち込んでいる訳にはいかないと思ったのだろう。私を片手で抱きかかえて立ち上がる。
「さ、ほら。見つかる前にここを離れよう。人類軍にしろ宇宙人にしろ、爆発をみてわらわらやってくるはずだ」
『ふしゅる』
私の指示を受けて、とっとこ我が子が走り出す。風を切って駆ける子の腕の中に抱かれながら、私は先ほど宇宙人の脳みそから取得した情報に思いを馳せた。
「大阪拠点への反抗作戦……こんなモロバレの状態で、上手くいくものかね?」
正直な話、人類軍そのものへの直接的な関与は気がすすまないが……そうも言っていられない状況らしい。
「せめてこないだのお嬢ちゃん達ぐらい出てくればいいんだが」
私は我が子の腕の中から空を見上げる。
今晩は雲一つない夜のはず。だが黒々とした煙に隠れて、夜空に輝く月は見えなかった。




