『ココア美味しい? よしよし』
「ううーーん。調べた感じは変な伝染病とかはないわね……」
人類の集落にやってきた私はそのまま集落の医務室へと放り込まれた。
目の前には、防護服に身を包んだお医者さんの姿。声はくぐもって男か女かもわからないが、口調からして女医さんかな?
彼女はベッドの上で私の服をめくり、鼻の奥に突っ込んだスティックを機械にかけてチェックしたり、脈や呼吸を調べたりしている。
「はい、あーんして」
「んべ」
「んー。ちょっと衰弱気味だけど、健康そのものね。大丈夫そう」
さらさらとカルテに書き込んでいく女医さん。
そんな彼女に見えないように背中を向けて、私は壁に向かってちょっと悪い顔をした。
ふふふ。
当然だが、今の私の肉体は改造されまくってて割と原型をとどめていない。が、それらの能力は、実の所ある程度コントロールできているのだ。
というかそれが出来なかったらとっくに死んでいるって。改造人間といえど、何の能力もない子供一人が宇宙人の軍隊相手に復讐を挑んで生き残れるわけないでしょ。
まあ、それに目覚めたのは我が子の世話をしている最中の事なんだけど……。子育てってまじで大変なのよ、秘めた能力があったら目覚めちゃうぐらいには。
うちの子達は数日で成長しちゃうからまだマシだけど、これと何年も向き合わないといけない人間のご両親はまじですごいよね……。
「てっきり宇宙人が捕虜にウィルス感染させて送り込んできたのかと思ったわ、また」
「……前にもあったんですか……?」
「ええ。酷い事になったわ。いくつもの集落がそれで消えたの。ごめんね、せっかくここまで逃げてきてくれたのにこんな事をしちゃって」
なんだか気まずそうなお医者さんに、「気にしてないです」といいつつ、私はそっとキティを抱きしめた。
やっぱり、そういう事はあったのか。
ちなみに今の私は、両親と共に逃げたものの宇宙人に親を殺され、一人長い間廃墟で残された食料品を漁って生き延びてきた孤児、という事にしてある。
宇宙人に体を改造されたことを除けばほぼ真実だ。ついでに時系列とか人間の事情とか把握できていないのもガチである。
そもそも綺麗なウソをつけるだけの情報を持っていない。
嘘を通すには真実に混ぜるべき、というが、今回の場合は9割真実で1割ぐらい隠し事があるといった感じだ。え、一割の比重がおかしいって? 自覚はある。
「とりあえず、しばらくは観察処分って事で。一人部屋を用意してあげるから、そこにしばらく居て頂戴。いいかしら?」
「わかりました」
もぞもぞと女医さんが防護服のフードを外す。ぷはあ、と顔を出したのは、20代の黒髪の美人さん。わあ、と私は思わず目を見張った。
「あー、すっきりした。必要な事だけどこんなのつけて患者に触れるのはいい気分しないわねえ……。とりあえず人を呼んだから、ちょっとゆっくりしていきなさい。ココアでもどう?」
「飲みます!!!!」
「食いつくわね……」
合成だけどね、と前置きを置いて、女医さんがポットからお湯をカップにそそぐ。差し出されたカップに口をつけると、まったりとした誇り高い甘みが口の中に染み渡った。
ぎゅうううん、と頭に糖分がいきわたる麻薬的な感覚に、私はぶるるると震えあがった。
「お、おいしぃー……」
「うふふふ、そんなに美味しそうにココア飲む子は初めて見たわ」
女医さんが机に頬杖をついて私をじっと見つめている。なんだか気恥ずかしくなって、私は茶色く汚れた口周りを手で隠した。
「ふぅ。ちょっと迎えが遅いわね。私、少し見てくるわ。ここでおとなしくココアを飲んでてね」
「はい!」
開けた防護服を羽織ったまま、女医が部屋を出てくる。その後ろ姿を見送って、私はそっと医務室の壁に目を向けた。
天井の片隅で、監視カメラが静かに首を振っている。
「なるほど。そこまで平和ボケはしてなかったか」
様子を見てくる、というのは名目で、おそらくは一人になった私がどうするかを確認するのが目的だろう。
そもそもなんだかんだいって、こんな難民キャンプみたいな所の施設で私の体をちゃんと調べられるはずもない。
おそらくその自覚があっての対応だが、なんだかんだで中に招き入れている時点で迂闊と言わざるを得ないだろう。
「まあ、いいけど」
こうして観察している時点で、判断しかねているという証拠だ。白よりのグレー。だったらもう少しおとなしくしておけば全ての目標は達成できる。
私は見えないようにベッドのシーツをかぶり、その中でキティの小さな爪楊枝みたいな爪をちょいちょいして遊んで時間をつぶした。
ほとんど退化した、それこそクジラやイルカの後ろ足の骨みたいな爪だが、とがってなくて柔らかくて、触っているとなんだかおもしろい。
『(みゅふっふっ)』
「うふふ」
ついでに、ちょっとこぼす振りをして我が子にもココアを分け与える。どうやら、なかなか気に入ったようだ。
監視がとれたらたくさん飲ませてあげよう。
30分ほど放置された後、問題はないと判断されたのか、私は無精ひげのおじさんに案内されてアパートの一室に導かれた。
「ここがお嬢ちゃんの部屋だ。しばらくはここで過ごしてくれ」
「わかりました……」
中に入ってきょろきょろと見渡す。
なかなか広い部屋だ。西日の差し込む室内には、大きなソファーとテーブルが一つ。あとは、お湯のポッドと、小さな食器棚が一つで……あとは何もない。
私のような見かけ子供には広すぎるというか……いや逆に考えると、こんな広いけど何もない部屋に、小さな子供一人を放逐するのはある種の虐待なのでは?
やはりまだ信用は得られていない、という事か。
「配給は一日に一回、このアパートの正面広場で行われる。配給チケットを忘れないようにしろよ」
「わかりました」
「それと、あとで再度、お嬢ちゃんの聞き取り調査に人をよこす。一時間後ぐらいだから、ちゃんと部屋にいるように」
あら。
一応診察を受ける際に身の上話をしたのだが、あんまり信用されていないか。
どうにも完全に容疑者のような扱いだ。
これはもしかして……平和ボケしていたのは私のほうだったか? ちょっと人間の感覚がわからなくなりつつあったかもしれない。
「それじゃあ、おとなしくしていろよ、お嬢ちゃん」
「はい……」
バタン、と扉が閉じる。
なんか、急に広い部屋が留置場のように思えてきた。
とはいえ、監視カメラの類は無いようだ。周囲にいる人間の気配は感じ取れるし、ここなら大丈夫だろう。
私はショールに偽装していたキティを抱き上げると、もふもふもふ、と丸めるように抱きしめた。
「よーし、よいこよいこ。よく我慢できたね! ハナ丸あげちゃう!」
『みふ、みふふ』
ちゅっちゅとキスを額に落とすと、わさわさわさ、と全身をうごめかせて子が喜びを露わにする。
そのまま体に纏わりついてくる愛らしい子にやりたいようにさせつつ、私はくるくるとその場で回転した。遠心力でぶわ、と子の体が広がってピザ生地みたいに広がる。
「ふふ、おもしろーい」
『きゅぅ~』
そのままふわふわ広げた子を、再び絡めとるように抱きしめる。
空気をたっぷり含んでふわっふわになった我が子を腕に抱えたまま、私はカップを取り出して給湯ポットに向かった。
ポットの横には小さな缶が二つ、並べてある。どっちも真っ黒な粉末が詰まっていて、くんくん、と匂いを嗅ぐと片方はココアのようだった。
早速ココアを淹れると、わさわさ腕からはい出した我が子がカップに頭を突っ込んだ。
「あ、ちょっと、熱いって……」
『みゅ?』
湯気を立てるカップに浸る我が子に慌てて声を上げるが、子供は特に気にした様子もなくひょいと顔を上げた。90度前後のお湯は熱くもなんともないらしい。
「平気ならいいよ。ゆっくりお飲み」
『みゅ!』
再び顔を突っ込んでココアを吸い上げる我が子。少しずつ減っていく黒い水面を見下ろしながら、私は膝をついて鼻歌を歌った。
ココアを気に入ってくれたなら、それを作れる人間の事も好きになってくれないだろうか。勿論、人間は良い面も悪い面もある生き物だ、一概に人間の事を信じてほしいなどとは口が裂けてもいえはしない。
しかし、それでもやはり手あたり次第に噛り付こうとするのも問題だ。自ら敵を増やす事はない。
「……私もだいぶん、人間からずれてきているかな」
同じ人間だから、ではなく。面倒だから敵対しない方がいい、などと。
思考がだいぶん怪物よりになってきている気がする。
あんまり、子供たちの事を悪く言えないな。
「まあいいか。私にはお前たちがいるものな。ねぇ?」
『みゅ~』
ココアを飲み干して顔を上げる我が子の茶色く汚れた鼻面を、私は服の裾で優しくぬぐって抱きしめた。
<コンコン>
「失礼します。葛葉さん、お話を伺いに来ました」
「あ、はい、どうぞ」
おや。予定よりもだいぶん早い、抜き打ちのつもりかな。
私は再び物言わぬショールに偽装した我が子を羽織り、来客へと対応する。
さて。
あとは私の詭弁がどれぐらい回るかな。まあ失敗したら逃げ出せばいいし。
ちらりと逃走経路を確認しつつ、私は扉へと向かった。




