『寒くなってくると毛皮は暖かい』
唐突だが、うちの子がどんな姿で生まれてくるか、というのは親の私にも実は全く分からない。
卵が寄生中に食べたものの影響は受ける、というのは分かっている。だからその間は、カマキリとかバッタとかカブトムシとか、とりあえず強そうな生き物を食べるようにしている。出来ればライオンの肉とか虎の肉とか欲しいんだけど、そっちはなかなか機会がね……。
しかしながら、食べたものの影響を必ず受ける、という訳でもない。
カブトムシばっか食べてたのに生まれてきたのがなんか哺乳類っぽかったり、逆に魚ばっか食べてたのに鳥っぽい奴が生まれてきたりもする。
まあ、胎盤で繋がってる訳でもないのに、親、それも食べた物の影響を受けるって時点で摩訶不思議生物なので、あんまり考えても仕方ないのかもしれない。
ただ、長年付き合っていると、特定の方向性のようなものが存在するのが見えてくる。
それは姿形というより、特性の話だろうか。
早い話が、でっかい奴の卵からは、小さめな奴が生まれてくる。そういった話だ。
そして今回卵を産んだガルドは、これまででも例を見ない恵体であった。
「んー。よしよし」
『みゅっ』
故に、産まれてきた子供が成長しても大きく成らない、成れないのは予想の内である。
廃棄された倉庫の中。
木枯らしを避けるように潜んでいる私に纏わりついてくるのは、なんていうか、これまでにない形状の子供だった。
なんていうのか、生きた毛布というか、ぺしゃんこになったモモンガというか、陸生イソアワモチというか。ふわふわの繊毛に覆われた桃色の波打つ膜に、頭部っぽいでっぱりがあってそこに水晶のような目が二つある、といった感じ。かといって完全な軟体動物ではないようで、頭部の周りにはちゃんと骨の名残みたいなのがあるし、広げた体の四隅には爪っぽいものもある。
なんていうか、これまでとは違った形で不思議生物である。
抱卵中に食べたものになんか不味いのがあったのだろうか。
「やはりあれか……? 賞味期限はまだあるはずなのに中でカビてたカンパンのせいか……? おのれ品質チェック担当め」
『みゅふぅ?』
「ああごめんよ、なんでもないよー? ふふふ、お前はふわふわで気持ちがいいねえ、あったかいねえ」
生きたタオルみたいな子供を抱きしめると、もふもふな上にわりと暖かい。最近ちょっと秋が近づいてきて風が涼しくなってきた中で、この子は抱きしめていると幸せになれる。
『みゅふふふ』
「ふふふ、よーしよし、よいこ、よいこ。ふふふ」
くるくると体を丸めて抱きかかえ、赤子をあやすようにゆすると、子はまあるい目を細めてくすぐったそうに笑った。
それにしても、なんだかわりと大人しい子だ。
これまでの子も皆私にはよく懐いたが、一方で生物兵器としての性か活動的で、積極的に外敵を探しにいくような事が多かった。それに比べると、この子は移動能力も高くなく、私の傍から離れようとはしない。
勿論、戦闘力が低い訳でもない。これまでも何度か、たまたま隠れ家の近くまで接近してきた宇宙人の部隊を殲滅しているのだから、それは間違いない。
つまり戦闘力や攻撃性はあっても、それを抑制出来ている、という事になる。活動に適した形態ではないからだろうか。
となると……。
もしかすると、いけるかもしれない。
『みゅふ?』
私は子の顔を真正面から覗き込んで、言い聞かせるように尋ねかけた。
「ねえ、ママ、ちょっと行きたい所があるの。もしママの言う事をちゃんと聞いて大人しくしてくれるなら、そこにお前も連れて行ってあげたいな、ってかんがえてるの。どう?」
『みゅふふふ!!』
私の問いかけに、目を真ん丸に見開いて興奮した様子を見せる我が子。
普段、出かける時に常にこの子達がべったり、という訳でもない。人間が居る可能性が高い場所では遠ざける事もあって……皆、その時はしょんぼりとしていた(ちなみに勝手にその場を離れたら一週間の添い寝禁止&あーん抜きである。子達には地獄の責め苦らしく、破られたことはない)。
この子も、何度か大人しくしているように言いつけて、倉庫に置いてでかけた事もある。その時のしおれっぷりは記憶に新しい。何せ、全身のふわふわの繊毛がすっかり萎れてごわごわになっていたもの。乾きの悪い部屋で部屋干ししたタオルみたいな。
私の申し出は、この子にとっても喜ばしいものであるようだ。
『みゅふふふふふ!』
「あ、こら、興奮しない。とにかく、言いつけを守れる、という前提の話だからね? もし言いつけをやぶったりしたら……」
思い切りためをつけて脅かすと、不安そうに子が目をぱちくりさせた。
『みゅ……ふふ?』
「キティが今考えているおしおき、その数倍の罰を与えるからね。最低でも一週間は添い寝どころか接触禁止、ご飯も無し、当然ブラッシングも抱っこも全部無し」
『ムミィイィー!』
ぶわわ、と全身の毛を逆立てて子が早くも涙目でしがみついてくる。考えただけで絶望の淵に立たされたらしい我が子に、私は苦笑しながらなだめにかかった。
「あくまで約束を破ったら、という話よ。大丈夫よね、キティは約束守れる子だもんね?」
『みゅ……ふみゅ!!』
必死にこくこく頷く子に、これなら何とかなりそうだ、と私は微笑む。
これまでの子は私の目の届かないところで普通に人間を食べそうだから、そもそも人里に近づく事自体が絶大なリスクを伴っていた。
それにいくら大人しかったとしても、見た目が怪物すぎて受け入れられるのはほぼ不可能。さらに詳しい生態を把握されたら、どう考えても殺処分か私もろとも研究所へ輸送は免れられない。
だがキティは見た目ふわふわの毛皮のようで、これを肩から羽織っていればケープか何かにしか見えない。すこし寒くなってきたのもあって、違和感はまったくないはずだ。あとはキティが自分の獣性をちゃんと我慢できれば、短期間なら人間の集落に入り込む事は可能なはずである。
まあ食欲は他の子とそんな変わらないので危険性が全く無いわけではないが……リスクを受け入れるだけの意味はある。
人の集落には、外には無いものがたくさんある。
暖かいご飯!
綺麗な服!
便利な道具!
そして何より大事な、最新の情報!
考えるだけで夢が膨らむ。
人の集落はお宝でいっぱいなのだ。無理してでも行ってみる価値は、ある!
「よぉし。集落訪問チャレンジ、いってみよう!」
『ムミィ!』
◆◆
目指す集落には、あらかじめあたりをつけてある。
ここから比較的近くて、かつ、できるだけ敵の襲撃がない安全な場所。
戦略的価値が低く、かつ複数の防衛線が交差する場所にあり、それでいてたどり着くにはそれなりに危険な場所を通る必要があるため、住んでいる人間も少ない。
そんな場所に、私はずいぶん前からあたりをつけてある。
私だって、人間の近くに行けるなら行きたかったのだ。
それでも、可愛い可愛い我が子と別れる事なんて出来ず、いつもビルの屋上から双眼鏡で炊事の煙を眺めるだけ。
そんな場所に、ついに向かう事が出来る。
テンションを上げるな、というのはどだい無理な相談である。
「るんたったー、るんるんたったー、るんらーらー」
『みゅっふ、みゅっふ、みゅふふふ~』
下手くそな鼻歌を小さく呟きながら、瓦礫に塗れた道をいく。肩から巻き付けた我が子も、私のリズムに合わせて素っ頓狂な歌を歌っている。
なんだかピクニックのようだ。
思えば、これまでの子達は成長した後は殺戮と破壊に明け暮れるばかりで、あまりこういう時間をもってやれなかった。
「……るんたた、るんらー」
『ふんみゅ、みゅふふふ』
あの子達は、そういった不満を露わにした事はない。
だけど、本当の所はどうだったのだろう。
これまでの子供たち。わずか一月しか生きられない、皆違う命。一つとして同じ命はない。好きなものも、嫌いなものも全部違っていて……私は、その全てを理解してあげられていただろうか。
私は……あの子達を……。
『みゅっふ!』
「…………ん? どうした?」
思索にふけっていた私を、キティの鳴き声が引き戻した。
警戒を促すその鳴き声に、にわかに緊張が満ちる。私は物陰に身を隠しながら、周囲の様子を伺った。
「……居る。敵か?」
『(みゅふ)』
気配を殺して、子の誘導に従って瓦礫の間を背を低くして歩く。合図に従ってそっと崩れた家の陰から顔を出すと、向かいの通りに佇む人影が見えた。
一見すると、人類軍の兵士にも見えなくもない、アーマーを装備した人型の影。
だが、近くで見るとそれが人間ではない事は丸わかりだ。
私は、連中を知っている。
宇宙人の三大勢力、最後の一つ。
時計仕掛けの技術者、神を奉じる狂信者どもとは違う、純粋なる戦闘屋。宇宙人の戦闘部隊。
「……センチネル・オーダーの連中か」
これは。
ちょっと厄介な事になってきた気がするぞ。




