『ここがあの女のハウスね』
目の前で、真っ暗な闇の中に亀裂が入る。その先に広がっているのは、陰鬱でサイケデリックな色彩に彩られた宇宙人の家の中だ。
「ここがあの女のハウスね」
いや連中が雌かどうかは知らないけど。
お決まりのジョークを言いながら、我が子の口の中から外に出る。私の腰に巻き付いて支えていた髭状の器官が、しゅるしゅると喉の奥に戻っていった。
私は床の上に飛び降りると、一しきり周囲を見渡す。
「ふーん」
宇宙人の秘密基地。その内部は一言で言うと、趣味の悪い宗教施設、といった所か。とにかく壁やら柱やらに得体の知れない彫刻が施され、連中の神っぽい石像やら何やらがそこら中に突き出している。あっちこっちで燃えてるのは、あれ、蝋燭か? 照明が殆どなく薄暗い割にごちゃごちゃとしていて、正直ちょっと歩くだけで何かにけっつまづいてこけてしまいそうだ。この時点で私は下に降りるのを諦めた。
そういう私が立っているのも、よくみたら変な高台の上だ。工業的意図が一切感じられないこれ、説法か何かの時にお偉いさんが立つ場所か何かだろう。
おかしいな。私は軍事設備を強襲したはずなんだが……。
「宇宙人と人間は相容れないという事か……」
頭痛を覚えて頭を抱えていると、不意に我が子が頭を私のよこに壁のようにつっこんできた。直後、ぱちんぱちんと甲殻の上で弾丸が弾かれる音。
見下ろすと、わらわらとラジコン兵士が姿を表すのが見て取れた。
どうやら私達の侵入に気が付いて迎撃に出てきたらしい。
が、狭い室内でこの子の相手をするというのが、どういう意味かよくわかってないらしいな。
「ガルド。好きにしていいぞ」
『ヒィイイイン……』
さっきは私を口に含んでいたから制限があったしな。
許可を出すと、子は歓喜の声を上げて宇宙人達に襲い掛かった。ぎょっとするラジコン兵士達に牙を剝いて襲い掛かり、片っ端から丸呑みにする。激しく蠕動するその体内で、飲み込まれた連中が粉砕、攪拌され、有機物・無機物問わず微粒子サイズにまで分解されていく音が鳴り響く。
「よしよし。好き嫌いが無い子は大好きだぞ。たくさんお食べ」
「ヒィイン!」
隔壁をぶち破り、柱をへし折りながら基地内を蹂躙する我が子。こうなってはラジコン兵士達も逃げまどうほかなく、片っ端からその口の中に飲み込まれていく。
と、我が子がぶち当たって凹んだ隔壁の隙間から、青い光が暗闇に差し込んできた。
敏感に反応した子が隔壁の歪みに触手を絡みつけて、力任せに引き倒して通れるだけの隙間を空ける。するとそこには……。
「奴らの培養槽……か?」
そこにあったのは、天井まで届くような巨大なシリンダー。青い溶液に満たされうっすらと発光するその中には、ラジコン兵士達の本体であるクラゲっぽい生命体が多数、ふよふよと泳ぎ回っている。水族館の展示みたいな光景だが、連中の生態を考えるとこれは保育園か、あるいは兵士の休養施設なのかもしれない。
『ヒィイィイン♪』
我が子が歓喜の声を上げて、シリンダーを上からまるまる一本、丸呑みにする。太いシリンダーを根本まで加え込むと、バギィ! という音と共に床から引きはがす。そのまま口を閉じると、でっかい獲物で胴体が歪に膨らみ、なんだかツチノコみたいになる。
私は思わず噴き出した。
「ははは、お前なんだそれ。バランス悪っ」
『ヒィイン』
笑われたのがショックだったのか、恥ずかしそうに我が子は柱の裏に回り込んで躰を隠した。ぶるぶると体を蠕動させると、飲み込んだシリンダーが内容物ごと粉微塵にされて、直ぐに元の体形に戻る。
とはいえ恥ずかしかったからか、我が子は地面に穴を掘るとその姿を地下へと隠した。遅れて、ずぼぼぼぼ、とシリンダーが一本ずつ根っこから地面の中に沈み始める。恥ずかしいので地下から丸呑みにしていくつもりのようだ。
シリンダーの中でクラゲどもがきゃーきゃー逃げまどっている様子がよく見えたが、まあ、自業自得である。
「あんまり食べ過ぎんなよー」
我が子の食欲はほぼ無限とはいえ、これだけの獲物を一息に食べた事はない。胸焼けとか食あたりとかすんのかな、と一応私は子に注意を促した。
と。
「……む」
ちょっと背筋にぴりっとした悪寒。何だか危険を感じる。
狙われている?
咄嗟にその場を飛び退ると、一瞬遅れて数発の銃弾が私の立っていた場所に突き刺さった。
「なんだ、まだ抵抗する奴がいたのか。私なんぞに構っていていいのか?」
暗闇の中に問いかけるが、返事は鉛玉だった。
ぎりぎりで身をかわすと、ローブの一部が銃弾にひっかかってびりびりと破れる。
かすめた銃弾に気を取られたせいで、私は頭上から覆いかぶさってくる影への反応が遅れた。
「!」
見上げた頭上、大きく広がる白い網。
ぶわさ、と覆いかぶさってきた粘着性のあるそれに絡めとられ、私はそのまま床に張り付けられた。
「な、なんだ、投げ網?!」
『ヒィイイン!!』
「ガルド!?」
突如聞こえてきた我が子の悲鳴に顔を向ける。
そちらでは培養槽を食らいつくしたガルドが、何か四方からワイヤーのようなものを打ちこまれてのたうっていた。怪力にまかせて引き千切ろうとするが、ワイヤーは切れず、食い込んだアンカーも外れない。それらを保持しているのは、通常の数倍以上の巨躯を誇る大型ラジコン兵士だ。それらが右腕まるごと換装したランチャーから発射したアンカーで、ガルドを押さえにかかっている。
まるで捕鯨だ。
ガルドも必死に身を捩って抵抗するが、連中は時に逆らい、時に引っ張られるようにして、上手い事巨獣の動きを掣肘している。
不味い。ガルドは身体が大きくパワーがあるが、ちょっとアホな所がある。状況を把握できていない。
このままだと体力を使い切って動けなくなってしまう。
「ガルド! 落ち着け、無暗やたらに暴れるな! くそ、なんだこの網……っ!?」
網を引き千切って脱出しようとした私は、しかし指に走った激痛に手を引っ込める。
視れば、網を握りしめた指に幾筋もの切り傷。
ワイヤーカッター!? どこぞのスケスケマッチョマンの狩猟装備かよ!?
「ええい、なんだこれ、畜生!」
『ようやく捕らえたぞ、怪物の女王よ』
「?!」
不意に、脳に響くような声を耳にして私は身動きを止めて振り返った。
私が張り付けられている高台から反対側の壁。なにやら張り出した、司令部だか見張り窓だか、そんな感じの場所に、一人の雰囲気の違うラジコン兵士が護衛を伴って佇んでいた。
他の連中と違い、気品のある感じの赤紫の機体。気持ち大型で装飾も多い。
その頭部に座するクラゲ型宇宙人が、ぎょろり、とアシンメトリーに配置された二つの目玉で私を見た。
『人間どもの大きな危機には高確率でお前が現れる。分かっていれば、対策もできる』
「お前……」
本来、連中の言葉は私にも理解できない。
だが、目の前のコイツは空気ではなく、もっと別の何かを媒介にして私に語り掛けてきている。テレパシーの一種というか。
間違いない。
こいつは、上級個体。指揮官だ。
「ち……」
『無駄だ。その網は本来、捕らえた得物を数センチ角に切り分ける単分子の網。動けば動く程その網は深く絡みついてお前の体を引き裂く』
「ご丁寧にどうも。それで、何のよう? 脱走したマウスを捕まえにでも来たの?」
網を破ろうと力を籠めるが、その分だけ、鋭いワイヤーが皮膚を裂いて血が流れた。ぽたぽたと、床に私の血の滴が落ちて広がっていく。
それを見たガルドが目を真っ赤に興奮させて暴れるが、それでも拘束は外れない。
『思い上がるな。お前程度の肉塊、あの方々が気に留める事などあり得ない』
「そう? でもその肉塊相手に、随分と大きな被害を出してるようじゃないか」
『これまで貴様が相手にしてきた者達が無能だっただけだ。私は違う』
なるほど。
……こいつ、独断専行で私を処分するつもりか。
これまでもちょくちょく、私をとっつかまえようとする宇宙人司令官とは遭遇してきた。何個も基地を潰してきた私だが、どうにも連中にとっては、私はそれ以上の価値があるらしい。意味は考えたくもない。
過去の連中は私を傷つけようとせずに確保を試みてきたもので、逆に返り討ちにしてやった。その事に、甘えて油断していた、とは思いたくないが。
網で体を傷つけて、さらに血を流す。
そんな私を見て、指揮官個体は嘲笑うような声を伝えた。
『愚かな。単分子のワイヤーを引き千切れるとでも思っているのか? やはり貴様らは劣等種族だ、物の道理も分からないと見える』
「それはどうかな? どんな高度な建物も、基礎がぐずぐずだとあっさり崩れるものだよ。単分子だろうと何だろうと、そこは変わらないものさ。……こんな風にね!」
『なに!?』
単分子の網を払いのけて私は立ち上がる。
足元では、血液で腐食した床がシュウシュウと音を立てている。
お前らの実験の御蔭だよ!
流石にワイヤーそのものは無理だったけど、張り付く相手が腐っちまったらどうしようもあるまい!
逃げ出した私の跡を追うように銃撃の火花が散る。それから逃げて床に飛び降りつつ、私は我が子に指示を下した。
「ガルド!!」
『……! ヒィイイ……』
以心伝心、私の意図をくみ取って我が子が全身を青く輝かせる。
それを見て取った指揮官個体がその行動を嘲った。
『貴様らの脳波動には完璧な対策を既に終えている、無駄な事だ!』
「ご高説ありがとう。つまり、脳波動以外には対策なんかしてないって事だね?」
『何?』
面白いなコイツ。死亡フラグを建てるのに余念がない。
「地球のガラガラヘビって生き物、知ってる?」




