『呼ばれて飛び出て即、参上!』
作戦開始数分前。
北川達は、瓦礫に潜み息を殺して、敵拠点ぎりぎりまで接近していた。
ここから数メートルもいくと、身を隠すような瓦礫は存在しない。
かつて行われた戦略級兵器による破壊跡。数百万度ともいわれる超高熱が、人も建物も全てを焼き尽くし溶かしてしまった大きなクレーターがあるだけだ。
そのクレーターの中央に、信仰者……アイドール・オーダーの要塞寺院が存在する。
見た目は、中世の砦のような、ゴシック調の装飾が施された漆黒の城塞だ。高さはそれほどでもなく、工場のように四角く平坦な建物が軒を連ねている。
だがそんな見た目よりも印象に残るのは、その砦の中央に聳え立つ、全長50mにもなる巨大な像だ。ぎらぎらした真鍮色を日の光にきらめかさせるそれは、やつらの信仰対象をもしたものであるらしい。彼らがアイドール(偶像)オーダーと呼ばれるゆえんだ。
「くそみたいな像をおったてやがって……」
趣味の悪い巨大像をにらみつけながら北川が愚痴る。
巨大像は、四本腕の聖者を模している。腕にはそれぞれ剣、聖杯、聖書を持ち、最後の腕は敵対者の髑髏を握りしめている。その貌には目も鼻も口もなく、卵のようなのっぺらぼう。
この像は単なる信仰の象徴ではなく、支配と弾圧の象徴でもある。
信仰者達は、捕らえた奴隷たちにこの像を作らせる。地面に鋳造の為の鋳型を掘らせ、まだ作業員たちが残る中で溶けた金属を流し込み、彼らの悲鳴と血肉を像に固める。そして像を立てる時も重機を使わず生き残った奴隷たちに鞭を打って引き起こさせ、そして全てが終わると生贄として奴隷たちは皆殺しにされる。
この像を作る為に、世界中で同じことが行われた。世界に数万個あるという巨大像、その全ての足元で、同じように虐殺が行われたのだ。
人間として、決してこの像の存在を許してはならない。
決意を新たに北川は銃を握りしめる指に力を込めた。
「そろそろ時間か……」
腕時計に目を落とせば、あと数十秒で作戦開始時刻。
今頃、空の彼方から超音速ミサイルが飛来してきている最中のはずだ。それによって敵基地の防壁を破壊し、そこから部隊が突入する。
主目的は、敵基地のジェネレーターの破壊。それさえ破壊すれば、誘爆によって基地は崩壊する。
本当なら制圧し、情報や設備を接収したいところなのだが、残念ながら今の人類軍にそれだけの戦力はない。
とにかく、これ以上の敵の戦力増大を防ぐのが第一だった。
「作戦開始まで、あと5,4……」
超音速ミサイルの接近は人間の五感では認識できない。爆発に備えて対ショック姿勢を取りながらその時を待つ。
「3,2、1……」
「0」
カウントダウンゼロ。その時、いくつかの出来事が同時に起きた。
まず一つは、予定通り超音速ミサイルがこの場所へと飛来した。遠く太平洋の洋上から発射された戦略ミサイルは、予定されていた通りのコースで飛来し、侵略者の基地へと襲い掛かった。
そしてもう一つは、聳え立つ巨大像、その顔面が突如として発光した。
光り輝く顔面から放たれるのは、高出力のレーザーだ。それが、音速の数倍に達し迎撃不可能と言われた超音速ミサイルを確かにとらえ、空中で爆発、四散させてしまう。
作戦開始と同時に響き渡った爆発音、しかしその聞こえてくる音が上空であった事に気が付き、部隊に動揺が走る。
「迎撃された!? 超音速ミサイルだぞ!?」
「まずい、敵が来るぞ!!」
要塞外壁に、空から無数の炎と残骸が降り注ぐ。燃え上がるそれらを踏み越えて、何かが土煙を上げて隠れている部隊へと向かってきていた。
それは、一見すると腰布を巻いただけの半裸の人間のように見えた。
だがよく見るとその両腕はバチバチと音を立てる電極に挿げ替えられ、頭があった場所にはその代わりに透明なタンクが据えられている。中には赤と緑の液体が満たされており、それはチューブを通じて肉体に次々と送られているようだった。
かつて人間であった、その成れの果て。
部隊の間から悲鳴のような声が上がった。
「スレイブソルジャーだ!!」
「迎撃しろ!!」
数人の兵士が即座に反応し、アサルトライフルが火を噴いた。それを受けて奴隷兵たちはもんどりうつようにして倒れていくが、いかんせん数が多い。さらに、痛覚も恐怖も持たない彼らは、ちっとやそっとの被弾では止まらない。瞬く間に距離を詰められていく人類軍。
北川も躊躇いながらも銃を構えて、迫ってくる奴隷兵士へと引き金を引いた。
胴体の中央を撃ち抜かれ、もんどりうって倒れて動かなくなる奴隷兵士。地面にじわじわと広がる血の色は、この期に及んで鮮やかな赤色のままだった。
「ちいっ!!」
胸糞の悪さに舌打ちが出る。
理屈ではわかっている。彼らは、生物学的にはとっくの昔に死んでいる。
脳を切除された彼らを動かしているのは、送り込まれている薬液の化学的刺激だ。いってみれば、電気を流して動くカエルの足となんら変わらない。
それがわかっていても、嫌悪感と戸惑いが引き金を鈍らせる。
4時方向の隊員が引き金を引けずにいる事に気が付いた北川は、とっさに彼の前に割って入ると再び引き金を引いた。
「躊躇うな!! 彼らの事を思うなら、引き金を引け!!」
「す、すまない!!」
北川の激に、同僚も気を取り直して射撃を開始する。
不意をつかれたが、ただまっすぐ突っ込んでくるだけの奴隷兵相手に後れを取るほど、ここに集まったメンバーは愚昧ではない。
なんとかやりすごせそうだ、と楽観視した北川だが、彼はまだまだ、現実を知らなかった。
戦場に安堵できる瞬間があるとしたら、それこそが窮地なのだ。
「まずい! 伏せろ!!」
「?!」
部隊長からの激が飛ぶ。理由も考えず反射的に従い、近くの瓦礫の陰に飛び込んだ北川がその直前、目にしたものがある。
忌々しい敵の要塞。その壁から、いくつものミサイルが打ちあがり、弧を描いて戦場に降ってくる。
その先には、奴隷兵と混戦状態に陥っている人類軍の部隊の姿。
同士討ち、という単語が頭に過るも、北川はすぐに己の過ちを理解した。
奴隷兵は、所詮使い捨ての道具。悪趣味なおもちゃでしかなく、それを使いつぶす事に何のためらいも侵略者が持つはずがない。
「くそ……っ」
罵倒は、爆発にかき消された。
戦場が衝撃と熱と煙に閉ざされる。飛んでくる瓦礫から頭をかばいながら、北川は地に伏せた。
数秒たって、衝撃が過ぎ去ったのを確認して身を起こす。倒れかかっていた瓦礫を装備の出力で押しのけると、どずん、と地面が小さく揺れた。
「みんな……」
戦場となっていた廃墟は、いまや完全に瓦礫の山と化していた。
そこかしこに小さなクレーターがうがたれ、幾筋もの煙が立ち上っている。
その合間に、無数の人間の手足が千切れて転がっている。大半は奴隷兵のものだろうが、いくばくかは人類軍兵士のものであるのは疑いようがない。
見知った顔の者達が、原型もとどめぬ無惨な躯となって転がっているのを想像し、北川は思わず口を押えた。
「うぷ……そんな……部隊長! 水守! 日村! 誰か……誰か、まだ無事なものは……」
仲間を呼ぶ悲痛な彼の声。
それに答えたのは、無情なる現実だった。
『◆●★!』
『●★◆★!!』
かーん、かーん、と鳴り響く鐘の音、響き渡る大音声の金切り声。
要塞から、侵略者達の戦闘車両が次々と出撃してきている。
さらに振り返れば、はるか後方、戦線の背後からも立ち上る土煙。
今や、戦場は完全に包囲されている。他の潜んでいた2部隊がどこにいるかはわからないが、おそらく似たような事になっているのだろう。
やはり、攻撃は早計だったのだ。
もはや人類軍は鳥かごの中。待っているのは、包囲殲滅という無慈悲な未来のみ。
もう、助かる道はない。
自分達はここで、何もなせず、意味もなく、死ぬ。
「あ…………」
絶望を理解した北川が、力なくその場に倒れこむ。地面に顔をぶつける寸前で辛うじて両手を地面につくが、彼の心は完全に折れていた。
抵抗の銃声が、少しずつ数を減らしていく……。
「……?」
その時。
ころり、と北川の胸から零れ落ちたものがあった。
警笛。
葛葉と名乗った少女が、危なくなったら吹いて、と残していったもの。
「…………」
北川は少しだけ戸惑ってから、それに手を伸ばした。
頭ではわかっている。こんな笛を鳴らした所で、何かが変わるはずもない。変えられるはずもない。
ただ、藁にもすがりたい一心で、機械的に彼は笛を口にくわえて、甲高く吹き鳴らした。
『ピィイイイイイイ~~~~~…………』
銃声や爆発の音を貫いて、高く高く響く警笛の音。
遠くまで響いたその笛の音の残響が、溶けるようにして消えていく。
そして、その響きが消えて数秒後……。
激震が、大地を揺るがした。




