『そして家族団欒はこれからも続く』
アマノトリフネ級12番艦“スピリッツ・オブ・ヴェンジェンス”。宇宙連合の決戦兵器として建造が始まったこの艦だが、肝心の艤装が間に合わず、長い間ドックで留守番を続けていた。口さがないものはそんな船を指して、『箱入りお嬢様』『ドック住まいの御姫様』などと呼んでいたが、最近はそのように言う者は大分減ってきた。
代わりに、スピリッツ・オブ・ヴェンジェンスは関係者からこう呼ばれている。
“女王のお召し艦”と。
そんな、ノワールクイーンの事実上の専用艦と化している船のブリッジで、今日も艦長と美鶴がスケジュール等について相談を交わしている。内容は勿論、ビッグママの今後についてだ。
現状、宇宙連合の種族についてはナチュラリスト、ア・ラクチャ・ルゥ、ミストルティン、ディノゾーアについては済んだものの、まだまだ顔合わせしていない種族は多い。人類は省くとしても、あと7。X99、シュリンプスタ、メタリアン、シリコニアン、ザ・ワープ……まだまだ顔合わせしていない異種族は7つもある。中には諸事情でなかなか顔合わせするのが難しい者もいる為、タイミングや時期の調整がなかなか難しい。
また、ビッグママに対するスタンスも様々だ。シュリンプスタ辺りは割とおとなしいのだが、X99あたりはいざ対面するとどんな反応をするか想像もつかない。メタリアンやシリコニアンについてはそもそも何考えてるのか人類もイマイチよくわかっていない連中である。
もはや人知を超えた超生命体であるビッグママと接触した結果、どのような化学変化が起きるのか分からない以上、どうしても慎重にならざるを得ないのが実情だ。
しかし、艦長と美鶴の表情は以前に比べてリラックスしている。
それは何故か。ビッグママに慣れたか、あるいはビッグママが自重を覚えたからか。残念ながら、そうではない。
単に、彼らとビッグママの間に、被害担当がもう一枚挟まれたから、それだけの事である。
『ここにいらっしゃいましたか。探しましたよ、美鶴さん』
「あ、ミスター。ごきげんよう」
話し込む二人の元に、ガキュン、ガキュンと足音を鳴らしてやってくるのは、全身金ぴかに輝くパワードスーツに身を包んだ偉丈夫であった。中世の鎧を思わせる装飾が施された鎧姿で、ミスターと呼ばれた彼は手に荷物を抱えたまま美鶴に敬礼する。
「こんにちは、ミスター。今日も葛葉さんのお使いかい?」
『それが私の存在意義ですので』
艦長の言葉に小さく頷く彼はアシミレイターである。流石に生きた人体模型みたいな恰好で歩き回る訳にはいかないので、と用意されたのがこのパワードスーツだ。一部のマザー過激派が暴走して作り上げた“近衛兵”装備で、没収された後紆余曲折を経て彼の手に渡った。今では、艦内を練り歩く黄金の鎧はある種の風物詩として、スタッフから尊敬と嫉妬を浴びている。
ちなみに、彼の名前はアースが三日三晩悩んだあげく、「ピカリン」になった。金ぴかスーツが贈呈される事になったのと何かしらの関係があるのか、それは不明である。
そして今の彼の御仕事、それはビッグママの傍付きである。
放っておくと突拍子の無い事を思いつくビッグママ、その思い付きをまず最初に聞き届けて、やんわりと宥めるのが彼の御仕事である。その有り余る行動力と善意と無限の超パワーを駆使して、宇宙連合が築き上げた仮初の社会をしっちゃかめっちゃかにしようとする意志ある天災を、彼はその立場に就任してからずっと押しとどめている。
普通に考えて勲章ものの激務である。マザーの傍付きに嫉妬する者でも、彼が居なければ大変な目にあっているという事実を認めざるを得ない。
「今日は一体何を?」
『例の、マザーが銀ドンブリの種と命名した遺伝子改造自己増殖有機構成物の件です。トオル氏の説得を受け入れたものの、本人的には諦めきれないようで。あまり抑えておくと暴発すると感じましたので、艦内で限定的に試食会を開く事でどうか、という折衷案を提案しにきました』
「なるほど……あの件か……」
アシミレイターの言葉に、遠い目をする艦長。
その件についてはまだまだ記憶に新しい。正直、あらゆる意味でビッグママをまだまだ侮っていたのだと痛感する出来事だった。
「全宇宙の外食産業があわや絶滅する所でしたね……トオルさんには感謝しないと……」
「普通に滅茶苦茶美味しいからな、あれ……。それが無制限に生えてくるとか、うん。凄いんだがちょっと……」
それ自体は悪い事ではない。ビッグママは、あくまで戦争中の経験から、全ての子供たちに美味しい食事を十分に提供したい、ただそれだけなのである。
問題は、それを利用して彼女が叶えようとする個人的願望が、既存の社会に壊滅的な被害をもたらすという事だ。
「事後報告を受けた時は胃がひっくり返るかと思いましたよ……」
『マザーに悪気はないのです。ただ彼女、まだ食糧難が続いているような感覚のようで……』
「間違っちゃいないんだが、それとこれとは話が別なんだよなあ」
確かに、一般市民の食糧事情はそこまでよろしくない。既存の動植物が壊滅した関係で、どうしても種類が限られるし合成食糧が多くなる。ただ、それはそれで、そういった物を作る事を生業としている企業があり、市場があり、そこに人々の生活がある。
明日から美味しいご飯がその辺から無限に生えてきます、取り放題です、バリエーションも豊富です、とかやられたら、それらに携わる人々はその日から路頭に迷う事になる。
食糧不足にはならないので死ぬことは無いが、余波で文明が普通に崩壊する。
とはいえ、善意であるのもまた確か。ただでさえ普段から彼女に色々と我慢させているのもあるし、確かにどこかでガス抜きを図らねばならないだろう。
アシミレイターの忠告に、艦長は重々しく頷いた。また船が吹っ飛ぶのは困る。
「わかった。近いうちに会食でもやろう。それはもしかして新種かい?」
『いえ、そうではないのですが。……その……廊下に生えていたので収穫してきました』
「………………え?????」
困惑する人間二人に対し、仮面で顔を隠したアシミレイターは見た目、動揺しているようには見えなかった。
『どうやらマザーのフラストレーションが一定を越えてしまったため、無意識に力が漏れ出しているようです。艦内に浮遊しているマザーツリーの胞子が変異を起こして、銀ドンブリの種として発芽した様子。他にも発生している可能性があるので、これより艦内を巡回してチェックするので、その許可も頂きたい』
「そ、それは……大変だと思うが……わ、わかった、許可する」
『それが責務ですので。それと、フレンド達が争奪戦を始める可能性があるので、現状この事は内緒にしておいた方がよろしいかと』
ぽん、と美鶴の手に銀ドンブリの種を手渡し、アシミレイターは一歩下がる。
『それでは、巡回に回りますので、これにて失礼します』
「あ、ああ。お疲れ様……」
「ご苦労様です……」
ガキュンガキュンと戦場に赴く後ろ姿に、美鶴と艦長はそっと手を合わせた。
ありがとう、とても助かっている。
それはそれとして我が身でなくて助かった、ほんと。
艦内を巡回し、新たに三つの銀ドンブリを確保したアシミレイター“ピカリン”は、それを今度はフレンドの休憩室に差し入れとしてふるまうと、一路ビッグママの自室に戻った。
すれ違う人間もフレンドも、ちょっと彼から距離を置くが、それをピカリンが気にする事はない。彼らからすればアシミレイターはフォースエイリアンであり、かつて同胞を虐殺した宇宙人に対し嫌悪感を抱くのは普通の事であるとして、心底彼は何も気にしていなかった。
実際は、殺人的なハードスケジュールでビッグママの後始末に日夜駆けずり回ってる彼に対し、人々は嫌うどころかちょっとした尊敬の念すら抱いているのだが、まあ距離を置かれているという点では変わらない。
『マザー、ピカリンです。戻りました』
「お帰りー、ピカリンー。ちょうどよかった、聞いておくれよー」
『……何かありましたか?』
戻ってきたビッグママの自室。とんでもなく広い部屋の隅には大きなベッドが置かれ、机や本棚がその隣に並べられている。広すぎる部屋に対し家具は小さく、生活感の無かった部屋も最近は私物が増え、少しずつプライベートルームっぽくなってきた。
その部屋の真ん中で、アースがひっくり返っているのにちらりと視線を向けてから、アシミレイターはビッグママに問いかけた。
『……兄君が何かやらかしたのですか?』
「そーーーーーーなんだよー! ほら、前に言ったじゃん、なんかリソースの辻褄が合わないって! 惑星一つか二つぐらい余裕で埋め尽くせる有機物リソースが減ってた話!」
『ああ、その話ですか。はい、確かに』
その話ならアシミレイターにも覚えがある。確か彼自身が生産された時期に発覚していた案件だ。アースが口を割らない為、葛葉が少し気にしていた話である。
この様子だと、その用途が発覚した、という事らしい。
『一体何に使っていたのですか?』
「それが、ほら。ディスペア上位個体は独自の自我を持ってて、それらを休眠状態でプールしてた話もしたじゃん? ふと思ってそれの数を数えてみたら、消えてたんだよ! いくつか!」
『…………ふむ』
アシミレイターは人間がそうするように、思考を整理するべく顎に手を置いて首を傾げた。実際はすでに彼の中で結論は出ていたのだが、ちょっと解答を先延ばしにしたいときもある。
ただディスペア上位個体に肉体を与えただけでは、ビッグママもここまで取り乱さないだろう。アースの価値観とビッグママの価値観を擦り合わせれば、おのずと答えは出てくる。
出したくないが。
『……ディスペア上位個体に特級フレンドボディを与えて、侵略宇宙人の勢力下に遊撃隊として送り込みでもしましたかな?』
「そう! 流石ピカリン、話が早い! そうなんだよー! そりゃあ、宇宙連合からしたらまだ侵略宇宙人の規模は遥かに大きくて攻めあぐねているとはいっても、だからって勝手に殴り込んだら駄目だろ?! どうしよう、これ艦長達にすぐ伝えないと駄目かな??」
『やめた方がいいでしょう』
反射神経の限りでアシミレイターは即断した。
『もうやってしまった事はしかたありません。が、そんな情報を与えても宇宙連合だって判断に困ります。知らなければ知らなかったで済む案件というのもあります。幸い、私の知る限り、宇宙連合は敵勢力内で暴れているそれらの事を知りません。変に伝えて手を抜かれるよりも、現状のまま警戒態勢を続けてもらう方が、文明としても建設的な対応でしょう。ええ』
「そ、そうかな? 確かにあのクソども、数だけは多いから、準アース級が暴れまわっても、そんな簡単に殲滅できる話じゃないし……」
『じゅ、じゅんあーすきゅう……いえ、失礼。どのみち侵略宇宙人とは敵対、殲滅あるのみですので、将来宇宙連合にかかる負担が減る、と考えましょう。通達タイミングは、一番無理ないタイミングを見計らうべきです。現状伝えても、彼らの負担が増えるだけです』
アシミレイターとしてのスキルをフル活用して、ビッグママを説得にかかるピカリン。
「そうかな……そうかも……?」
『マザーが地球で活動していた時と同じ話です。仲間だからと、あらゆる全てを通達する必要はありませんし、されても困ります。ただ、万が一存在を捕捉された時の為に、文面は考えておきましょう。それと、彼らの行動は制御できるのですか?』
「あ、そのあたりは多分大丈夫。私が分からなかったって事は、かなり深い所で活動しているはずだから、現状の宇宙連合からは絶対に存在は発覚しない。いやまあ、ヴォイドレイダーとかには見つかるかもだけど……」
ヴォイドレイダーというのは確か、フレンドを嫌って独自活動している知性体の一派である。それならば、宇宙連合とは距離があるはずだから問題ない。大体、準アース級など新種の宇宙怪獣にしか見えないだろう。
問題は無い。
問題を明らかにする方が、問題になるケースである。
『このピカリンにお任せください、マザー。ご安心を』
「ありがとうーピカリンー! 頼りになるぅー! アースも謝るんだぞ! お兄ちゃんなのに迷惑ばっかりかけて!!」
『ピリルゥ……』
身を起こして、頭を抱えたまましおしおと謝ってくる銀竜に、アシミレイターは仮面の下でいかなる表情を浮かべたのか。
『お気になさらず、兄上。これもまた、私の生きがい、ですので』
少なくとも。その口調は穏やかで思いやりに満ちていたのは、間違いない。
こうして、葛葉ファミリーに頼れる次男、ピカリンが加わったのであった。
頑張れ、ピカリン。いけいけ、ピカリン。
全宇宙の知性体の胃は、君の采配にかかっている!
エルダーも草葉の陰から応援しているぞ!
~17番目の漂流者 END~
あとがき
皆さん、ここまで読んでいただきありがとうございました。
17番目の漂流者、これにて完結でございます。
そしてこれを持って、本編完結時に想定していた後日談のネタは全部書き上げた事になりますね。いやあ、自分でもびっくり。まさか全部書ききるとは……。
とりあえず、考えればネタは出てくるのでしょうけども、これで一旦、後日談を終了とさせていただきます。
実はちょっと、近いうちにあるイベントがありまして。それに参加する作品に注力したいという思いもあります。
個人的にはTSエイリアンに負けず劣らずの傑作のつもりなのですが、皆さんに同じように楽しんでもらえるのかは未知数でございます。
まあ、いつまでも完結した作品に拘り過ぎても不健全ですからね!
新しい楽しみを皆さんに提供できるよう頑張っていきます、はい!
勿論、本作も余裕が出来たらまた続きをかいていきますので、ごゆるりとお待ちください。
ここまでこれたのも、皆さんの応援あっての事でございます!
どうも、ありがとうございました! これからもよろしく!




