アンケート特別編
フレンドの利用する超次元ネットワークの片隅に、その世界はあった。
どこまでも続くピンク色の丘、その上にわだかまる綿あめの雲。
常に穏やかな黄昏の日差しが降り注ぐ、ここは戦士達の終の地。
使命を果たした子供達が、穏やかに余生を過ごす安らぎの大地。かつてチルドレンと呼ばれていた子供達は、命尽きた後はこの大地で穏やかに過ごしていた。
『ヒィイイーーン……』
遠くから笛の音のような鳴き声が響き渡る。丘に霧のようにわだかまる綿あめの中から、巨大な地虫のようなシルエットが飛び出すと、大口で次々とそれを平らげていく。
その巨体の下を、小さなチルドレン達が駆け抜けていく。彼らは通り過ぎていく兄弟に手を振りながら、思い思いに大地を駆け巡り、自由を謳歌していた。
ここは楽園。
全てのチルドレンは、ここで何一つ苦しむことも悩む事も、戦う事もなく、好きな事をしながらいつか来る世界の終わりを待っている。
そんな世界を、見回るチルドレンが一人。
『クルルル……』
アステリオス。
最後のチルドレンである彼の日課は、この楽園の見回りだった。
この世界に敵はいないが、フレンドと超次元ネットワークを共有している以上、何かしらの不備が発生することがある。ほかの兄弟は全く気にしていないが、最後にして最新のチルドレンである彼は脳波動についても詳しく、一応念のためにこうしてこの天国を見て回っているのだった。
『……クル?』
どうやら、それはあながち間違った事でもなかったようだ。
遠くから、微かに聞こえてくる鳴き声を聞きとがめて、彼は飛行形態に変形すると、一目散にその声の元に向かった。
『クルル……』
『ミィイィッ! ミィ、ミィーー!!』
そして見つけた。
ピンクの丘の一角で、泣き叫ぶ小さな赤子の姿。見覚えのないフレンドの姿を目の当たりにして、アステリオスはドシン、とその傍らに着地する。
小さな赤子は涙を流してぴぃぴぃ泣きわめていたが、間近に降り立った巨大な影に気が付いて泣くのをやめて振り返る。
が、その視界に戦闘用竜人型生物兵器を収めた赤子の瞳に、見る間に涙の雫が浮かび上がった。
『……ミィイイッ!! ミィィイイーーーッ!!』
『ク、クルルゥ』
さっきまでとは比較にならない勢いで泣き叫びはじめた小さな子供に、アステリオスはすっかり困り果てたように頭をかいた。
とはいえ、彼とてこの手の話は経験がないわけではない。伊達に、小さな弟達の面倒を見た覚えがないわけではないのだ。
アステリオスは優しく赤子を抱きかかえると、泣いている子供を胸によせて、ゆらゆらと揺らしながら子守歌をうたいはじめた。
『クールルルークルルークルルール』
『ミギャアア、ミギャアア……!』
『クルルル? クールルー、ルルルー……』
変わらずギャン鳴きする赤子だが、構わずにずっと歌いながら優しく揺らす。
そうすると、少しずつ泣き声が落ち着いていき、やがてすぅすうという寝息に代わっていく。
赤子を起こさないように、アステリオスは兄弟たちの集う集会場を目指した。
『ミフミフ?』
『ガフゥ?』
集会場に居たのは、数名のチルドレン達だった。
彼らはゆっくり歩いてくるアステリオスを目ざとく見つけると駆け寄ってきて、彼の腕に抱かれた子供に気が付いた。興味深そうにしながらも、子供を起こさないように声を潜めて覗き込む。
どっかとアステリオスが集会場にあぐらをかいて座り込むと、ふわあ、と漂ってきたキティが赤子に巻き付いてその小さな体を包み込んだ。
『ミフミフッ』
『クルルゥ』
上質な毛布のようなキティは包まれると暖かい。眠っていた赤子が、気持ちよさそうに口元をむにむにとさせる。
それを見て、アステリオスは兄弟たちとこの子が何なのか相談を始めた。
『クルルル?』
『フガフガ』
『プクプク……』
どうやら、この子は新しく生まれる予定のフレンドの可能性が高そうだ。超次元ネットワークのつながりを通して、こちら側に迷い込んでしまったのだろう。
おそらく、現実では生まれてくるはずの卵が孵化しなくて困っている者達がいるはずだ。早く、元のネットワークに戻してやらないと。
アステリオス達の意見が一致を見て、彼らは集会場の真ん中に目を向けた。
そこでは、長兄のルーがベッドの真ん中で丸くなっている。基本的に眠りについている彼は、その実、超次元ネットワークの維持管理に忙しい。
申し訳ないと思いつつもアステリオスがツンツンつつくと、肉体に意識が戻ってきたのかルーがパチリと目を見開いた。
『ウキャア? キュルル?』
『クルクル』
『ウキャーア……』
事情を説明すると、ルーはあちゃー、と頭を押さえた。
とにかく、この子を元のネットワークに戻してくれるようだ。ただ、一人で行かせるのはまた迷子になってしまう可能性がある。
誰かが付き添いについていく必要があるだろう。
アステリオスが腕の中に目を戻すと、いつのまにか眼を覚ましていた赤子が、自分にまきつくキティの体をぎゅっと握りしめて、むちゃむちゃとしゃぶっていた。困ったようにキティの緑の瞳が、兄弟達を見つめている。
アステリオスとルーは顔を見合わせて、グッと親指を立てた。
キティは愕然とした。
そんなこんなで、キティは小さな子供を連れて、超次元ネットワークに旅立った。
不安そうにキティの端っこを握る赤子を励ましつつ、もそもそとネットワークの海を漂う。
『ミフミフー』
かつては暗黒に閉ざされ、死した宇宙のようだったネットワーク。
しかし今は、まばゆいばかりの光が飛び交い、あちらこちらで大銀河のような輝きが渦巻く、まばゆい光に満たされた空間になっていた。
今もすぐ近くを、無数のフレンド達の意識が笑いながら流星のように飛び交い、キラキラと輝く喜びの感情、その欠片を振りまいている。雪のように舞い散るそれを見上げて、赤子が嬉しそうな声を上げた。
『キャッキュ!』
『ミフフゥ』
楽しそうに笑う赤子につられて、キティも嬉しくなって笑う。
ここは、フレンド達の魂が生まれ変わりを待つ場所だ。
このネットワークを漂っているうちに、少しずつ彼らの記憶は星となってこの世界に降り注ぐ。そして全ての記憶を失ってまっさらになった魂は、現実で待つ家族の元に新しいフレンドとして生まれ変わるのだ。
それは必要な事だ。新しく出会う家族が、一番大事である為には、過去の大事を捨てなければならない。
その代わりに、この世界は全てを覚えている。これまで生まれて死んでいった全てのフレンドの輝かしい記憶は、全てここにある。
もちろん、ただ楽しい事だけではない。
視界の片隅に、黒く輝く悲しい光がある。
きっと、現実で相棒に先立たれて後を追った、あるいは相棒を置いて先に死んでしまったフレンドの悲しみに満ちた魂。
それを見て、光り輝く流星たちが、寄り添うように、温めるようにその魂に寄り添う。
……悲しみと喜びは、等価ではない。10の喜びがあっても、1の悲しみを覆せない事もある。だけど、ここには無数の喜びがある。
それがいつか、その悲しみを癒して、新しい命への希望を灯す事だろう。
ここは、全てが希望を胸に生まれ変わる空間なのだ。
『ミフミフ』
『ミィー!』
キティが促すと、赤子の体がふわり、と宙に浮いた。一緒に、どこまでも続く光の道を飛んでいく。
その先に、白い光の扉が見えた。あの向こうが、現実だ。
『ミフミフ!』
『……ミィ? ミミィ!』
行っておいで、と促すキティに、赤子がお兄ちゃんは? と問いかける。その呼びかけに、キティは小さく首を振った。
……チルドレンは、生まれ変わる事はない。
古い時代のシステムである彼らは、新生したフレンドのシステムに適合していない。過去の亡霊は、亡霊らしく、物影に潜んで、輝かしい光を見上げているだけでいいのだ。
それを悲しい事だと思う人はいるかもしれないが、彼らはそれで満足していた。
だって彼らには、幾億年の年月にも勝る、母との暖かい記憶がある。例えたった一か月の命だったとしても、宇宙の終わりまで満たされるだけの喜びで、彼らの胸の内は満たされているのだ。
『ミフミフ』
そして、そのおかげでフレンドという命が生まれたのなら。それを見守っていけるのなら、チルドレン達にはそれが本望だった。
『ミィフ、ミフミフー』
『……ミィ!』
だから。きっと、君達は幸せになれるよ。
キティの精いっぱいの激励に、赤子が小さく手を振り返しながら、光に向かって飛んでいく。
その後ろ姿が消えるまで、キティはずっとその姿を見送った。
どんな家族が待っているんだろう。どんな種族が、あの子の家族になるんだろう。どんな幸せが、あの子の未来にまっているんだろう。
期待と希望と祝福で胸を一杯にしながら、キティは光の空間をさかのぼった。
やがて、ピンクの丘に戻ってくる。
『ミフミフー!』
ただいまー!
帰りを待っていた兄弟達に、キティは元気いっぱい、返事をしたのだった。




