『まったく、食い意地がはってるんだから!』
人気の無い、廃墟の街並み。
多くの店が軒を連ねる商店街。シャッターも閉まる店が多い中、開け放たれたままに放棄されていた店の入り口が、突如として土煙を吐き出した。
通りに噴き出して川のように流れていく茶色い煙。
その中から、けほけほと咳き込む小さな声。
「けほっ、けほっ。ああもう、全身土塗れじゃないかー。髪の間に入ったぞ、畜生」
両手いっぱいに保存食の缶を抱えて店から出てきたのは、灰色の襤褸をポンチョのように羽織った黒髪の少女。
葛葉零士。
彼女は汚れてしまった事に憤慨しつつも、腕で抱えた保存食に目を落としてにんまりと笑った。
「まあでも、地下倉庫だったら状態の良い保存食が残ってるんじゃないかっていう見込みはあってたな! 錆びてないし膨らんでもいない缶詰がこんなにたくさん! しかし、興味なかったけど最近の保存食は凄いんだな、まさか“10年以上”先まで消費期限を確保してるとは思わなかった。……もしかしてなんかある、って想定してたのかね」
両腕一杯に文字通り抱えるほどの缶詰を手に、言葉通り踊るような足取りで人のいない大通りを歩く少女。
と、それに合わせるようにして、通りの左右の建物が、激しく揺れながら地面の下へと沈み始めた。立ち昇る土煙から距離を置きつつ、少女はえー、と顔を潜めた。
「ちょ、ちょっとちょっと、ガルド。そんなに建物あらしちゃ駄目だって、あとで怒られるのは私なんだぞ? 全く……そんなに基礎を噛み砕くのが気にいっちゃったの、お前?」
姿の見えない何者かへの諌言。
傍から見たら一体何と喋っているのか分からないが、それでも当人達の間では会話が成立しているようだった。たちまち土煙が収まっていく。
「全く。……ん?」
遠くから何か物音が聞こえてきて、少女が顔を見上げる。
視線の先、商店街の建物の上。遠くに見える大きなアパートが、がらがらと崩れていくのが目に映った。
「……ガルド、お前?」
違うよぉ!? とでも言うかのように、近くに立つ電柱がぐらぐらと揺れた。
「それで、来てはみたけどさあ」
放っておいてもよかったが、この間の事を思い出した私は、ガルドに頼んで崩落地点の近くまでやって来てみた。
そこで目撃したのは……。
「まーた人類軍の兵士が一人で追われてら……」
ビルの上から見下ろす先では、強化装備の男性兵士が一人、道路を人間離れした速度で走って逃げている所だった。少し遅れて、廃墟を突き破って追っ手の車輛が道路に飛び出してくる。
なんていうか、何度見ても斬新なデザインの装甲車輛だ。
車というより教会、教会というかパイプオルガン? タイヤもキャタピラもないせいで、一見するとそれが車輛とは考えにくい。地面から1mぐらい浮いて疾走するそれは、侵略者三大勢力のうちの一つ、ラジコン軍団こと神様ファンクラブの連中の車輛だ。奴ら的には敵を滅ぼすのと神を称えるのは同じぐらい大切な事らしく、ああやって戦闘兵器にも讃美歌やら何やらを奏でる機構を組み込んで、戦いながら礼拝するらしい。まあ、人間の耳には不協和音にしか聞こえないんだが。
大音量でかき鳴らされる金切り音に背筋がぞわっとして、立っているビルの窓ガラスがビシリとひび割れた。
まあしかし縁も所縁もない宇宙の果てからやってきた宇宙人と地球人、不思議な事に宗教が絡んだ場合の芸術的センスというのは割と似通うらしい。まあ、よく見るとどっちかというとクトゥルフ的美術的センスが透けて見えるんで、マジマジ見つめると人間には精神的によろしくない。
ちなみに聞いた話だと連中が確認されてから人類側の中で宗教勢力の権力がマッハで衰退したそうだ。まあ身に覚えがあるような鏡写しを最悪の形で見せつけられればなあ……。
ついでに言うと、連中の神は偶像や想像ではなく、実在する存在の事を示す。私はまだその顔を拝んだ事はないが、見かけた暁には子供と一緒に特攻する所存である。その面ひっぱたいてやるから首を洗っていやがれ。
「ま、それはそれとして」
追いかけっこは圧倒的に侵略者側が有利だ。
疾走する装甲車輛からヒャッハーよろしく身を乗り出した戦闘員が、逃げる人類軍兵士に発砲している。
足元や周辺で弾ける弾丸に、何度もよろけながらも人類軍兵士は時折撃ち返しつつ、必死に逃げていく。
性格が悪いなあ。連中の腕前だったら、初弾から当てられるはずなのに。さらに言えば装甲車輛も大分速度を落としている。ウサギ狩りのつもりかな、異教徒は出来るだけ苦しめて殺せってか。
その傲慢が命取りな訳だが。
「ガルド。思う存分やっていいぞ。あ、でも人間は駄目よ」
とんとん、とビルの屋上を足で叩いて合図する。
答えは、どずん、という振動だ。
かたかたかた、という地響きが、足元を離れて鬼ごっこの現場に移動していく。その跡を追い、私も大急ぎでビルの屋上を飛び移った。
鬼ごっこの方は、今まさに詰み、といった所か。ついに至近弾が掠めた人類軍兵士が道路に倒れ込み、装甲車輛がそれを引き潰そうとまっすぐ向かっている。
だが彼らは、自分達こそが今まさに引き潰される立場である事に、全く気が付いていないようだった。
その背後に、地響きが迫る。
地響きは速度を上げて、ついには装甲車輛に追いついた。
一瞬の沈黙。
直後、装甲車輛の走る周辺の地面が、音を立てて大きく陥没した。
連中の車輛は、反重力だか斥力だかで飛行しているが、高度を維持して飛行している訳ではない。あくまで地面から1mぐらい浮いて走る、というだけなので、派手に地面が陥没すればクラッシュもする。
突然目の前の進路が壁になった事で、激突した装甲車輛が甲高い音と共に停止、あちこちから煙を吹いた。
停止した車輛から、ぞろぞろとラジコン兵士が出てくる。操縦するクラゲ生物をヘルメットでカバーしたそれらは、一見すると普通の兵士にしかみえない。いやまあ、ただの兵士、というにはいささか宗教的な装飾が多いのだが。十字軍のテンプル騎士団の装いを、現代戦っぽくしたらこういう感じか。
デザインはそんなに嫌いじゃない。中身は大っ嫌いだけどね。
すわ何ごとかと出てきた兵士の周辺で、さらに激しく地響きが起きる。段階的に地面が陥没していき、逃げ出す暇もなく兵士達は腰まで地面に飲み込まれる。
そのまま、栓を抜いたプールのように、土砂が地の底に沈み込んでいく。装甲車輛も兵士達もそれに巻き込まれて、数秒後には完全に姿を消してしまう。
ちょっとだけ遅れて、車輛が爆発したと思しき炎が吹き上がり、それきり、大穴は静かになった。
「よし」
見事なまでの不意打ちを決めた我が子に満足そうにうなずきつつ、人類軍の兵士に目を向ける。
彼は突然の事に吃驚しつつ、道路に座り込んで動けないようだった。バッテリーが切れたか、装備が故障したか。
声をかけようと近寄る私は、地響きが再び動き出し兵士の方に向かっているのに気が付いて顔色を変えた。
「ちょ……ちょいちょい?」
大慌てでビルの屋上から飛び降りる。
走り寄る先で、アスファルトを砕いて発生した蟻地獄に、人類軍兵士が悲鳴と共に飲み込まれる。腰まで飲み込まれて逃げ出せない彼を、すり鉢の底にすっぽり空いた虚ろが呑み込もうとする。
「ま、まにあえええーー!!」
数年ぶりの走り幅跳び。人類新記録をゆうに超えるのではないか、という勢いで跳躍した私は、そのまますり鉢の底にドロップキックを叩き込んだ。
『?!??!?!?』
「この大馬鹿!! 人間は駄目、っていったでしょ!!」
脚の裏から、盛大に咽て悶える気配。
人間でいえば、のどちんこに箸をつっこまれたようなものだ。いくら体格差があっても耐えられまい。
げほげほ咳き込みながら、地面の下の気配が引っ込んでいく。
「まったくもう! 当分添い寝もご褒美もなし! 地面の底で反省しなさい、お馬鹿!!」
『ヒィン、ヒヒィン……』
「ふぅ……。それで……その、大丈夫?」
悲しみに満ちた鳴き声を残して引っ込んでいく我が子にため息をついて、私は人類軍兵士に振り返った。
彼は腰まで砂に引きずり込まれた状態で、ぽかんと口を開けたアホ面で私を見つめていた。
「え? あ? え??」
「ああ、ごめんなさい。突然の事でびっくりしましたね」
混乱しきっている内に彼の手を引いて穴から連れ出す。間近で見る彼は、随分と若い兵士だった。まだ20歳ぐらいか? 大人とも子供とも言い難い、幼さの残る横顔。
どうやら、未だ状況を把握できていないようである。ぼお、としている彼に、私はここが最後のチャンスと覚悟を決めた。
ここで全力で襲われた、という事実から意識を逸らさねば、前回の二の舞である。
なんでうちの子は何回言ってもついでみたいなノリで人間を襲うのかね???
いやわかるよ、ラジコン連中食べるとこ少ないもんね。
でもさあ……。いや、いまはいい。
内心の愚痴を切り上げて、私は余所行きの笑顔を精いっぱい取り繕った。
「こんにちは、勇敢な人類軍の兵士さん。初めまして。私の事は、葛葉、と呼んでください」
茫然と私の顔を見る兵士の反応を見るに、とりあえず、この場を誤魔化す事には成功したようだと、私は心の中で安堵の息を吐いた。




