『れっつごー食い倒れの旅!!』
宇宙の片隅に浮かぶ、宇宙連合の船舶ステーション。
いくつもの小惑星を繋いだリング状のその構造体の内側には、無数の船舶が停泊し、修理や補給を受けている。宇宙船のサイズは様々なものがあるが、恒星間航行を想定したものは小さくても3キロはくだらない大型である。宇宙を渡るには、多くの備えが必要だ。
その中にあっても、全長20kmのアマノトリフネの威容は群を抜いている。
たとえ超次元ゲートを開けなくても、通常推進力だけで宇宙を渡れるよう設計されたその船は、もはや圧縮された小さな星そのものといえる。
尤も、その巨大船といえど竜骨に該当するメインフレームが歪んでしまってはおとなしく修理を受けるほかはない。太陽の中に放り込んでも原型をとどめる、という売り文句の超合金であっても、現実の物理法則そのものを歪める神にも値する力の前では、巻き藁と同じだったという事だろう。
そんなアマノトリフネの影が、不意にずるり、と動き出す。あまりに巨大な船の落とす影は、まるでもう一隻の船が動き出しているかのようだった。
否。
実際に、それは動き出したばかりの新しい船。
アマノトリフネ級12番艦“スピリッツ・オブ・ヴェンジェンス”。つい先日完成したばかりの、処女航行も終えていない新型艦である。
本来は侵略宇宙人の艦隊に対する決戦兵器として火力に偏った設計を施された船であるが、今現在はその自慢の艤装もほとんどが未完成のままであるため、一番艦アマノトリフネと性能そのものはそう変わらない。
その艦橋で、若き艦長“桐川貞一”の指示のもと、船の出発の準備が進められていた。
「メインジェネレーター安定、推進エンジン推移良好」
「艦内環境維持システム、異常なし。艦内のエネルギー循環に破綻無し。各部署からもオールグリーンの報告」
「了解。秒間5%でエンジンの出力を上げて、最大60%で維持。ステーションから十分な距離をとれ」
新造船という事で、その出発はいつもより慎重に行われる。リアクターから供給されるエネルギーは莫大なものではあるが、それを無駄なく使えているか、設計・製造に問題は無いか、というのは実際に動かしてみないと完全には保証できない。莫大なエネルギーを推進力に代えるエンジンが点火した瞬間、艦内の照明が落ちた、なんていう話は枚挙にいとまがない。
しかしながら現状はそのような問題もなく、12番艦は問題なく、アンカーを切り離してステーションから離脱する態勢に入っている。
ふぅ、と桐川艦長は緊張に額の汗を拭いた。
「いささか、私には責任が重いな……」
年齢を考えれば異例の抜擢、桐川艦長からしても新造艦の出港に責任者として立ち会うなど初めての経験だ。
おまけに、乗せているのはVIP中のVIPだ。まあ、仮にこの船が撃沈されても件の人物には傷一つないだろうが、それはそれとして政治的な意味は大きい。
順調に出航準備が進んでいるのもそのおかげだろう。整備班がどれだけ細心の注意を伴って整備してくれたのか、考えるだけで頭が下がる。
「艦長、ステーションから十分な距離が取れました。跳躍ゲートの準備に入ります」
「了解した。艦内放送!」
『ブリッジから、スタッフに次ぐ。本艦はこれより、超次元航行で“ティターニア”近海まで移動する! 人員、フレンドはそれぞれ、所定の場所について指示を待て!』
館内放送が響き、艦内が黄色いランプで照らされる。その中を船員が走り回る中、フレンド達の集団がそれとすれ違うようにして、一路同じ場所を目指していた。
『ミュフフ!』
『ミーフフフ!』
『キャルルゥ!』
それぞれ歓声を上げながら、一斉に殺到するフレンドが集まるのは、艦橋下部に存在するとあるルーム。その内部には、無数のカプセルが並べられており、フレンド達はその中にいそいそと自分から入っていく。様々な姿のフレンドがカプセルに収まると自動的に蓋が閉ざされ、内部がジェル状の液体で満たされる。そのジェルを通じて、フレンド達は艦のシステムと神経系を接続するのだ。
「フレンドルーム充填率100を確認。皆気合が入っていますね」
「それはな。ビッグママに、いい所を見せるよいチャンスだ。気合が入って当たり前さ」
いつもは道に迷ったり、気分が乗らなかったりで集まらず、充填率が100になる事はない。にも拘らず今回ばかりは先を争うように集まったフレンド達に、艦長はじめブリッジ要員は苦笑いを浮かべた。
「まあ、数が足りてるならそれでいいさ。準備を始めろ」
「はっ。超空間ゲートの展開を開始」
艦首が展開し、開いたハッチからミサイルやビーム砲ではなくライトのようなものが展開される。
そこから照射される光が宇宙空間の闇に重なり合うような輝きを照らし出すと、万華鏡が回転するように空間に虹色に輝く光のゲートが照らし出される。
いつもよりもピンク色の強いそれに、思わずブリッジの間に苦笑が満ちた。
宇宙連合が行う超空間ゲートを用いた跳躍航行。これは侵略宇宙人のそれと違い、高出力の脳波動による、いわば現実の書き換えである。
前例としては、ほかならぬあのディスペア。常軌を逸した、超高エネルギー体そのものとなったかの怪物は、自在に宇宙法則を書き換え、無数の超次元ゲートを開いて見せた。
原理的にはそれと同じだ。出力的には比較にならないが、無数のフレンドの脳波動を一点に集中させ、足りないエネルギーは艦のリアクターから、演算能力は船の制御コアで補充する。そこまでやっても展開には何十分という時間がかかるし、精度にも大きな問題があるなど制限は多く結局真似事に過ぎないが、それでも光より早く移動できるこの技術は宇宙を旅する上でかかせない能力だ。
これもすべてはディスペア戦におけるデータを全て残していったフォースエイリアンのおかげでもある。
侵略宇宙人である彼らが何を思ってそんなデータを残していったのか、今となっては何もわからないが……宇宙連合の船員達は、いつもそれを思うと不思議な気持ちになるものだった。
なお、これだけ大掛かりな準備が必要なゲートをちょいちょい開いて飛び回っているのがアースである。当たり前のようにやっているが、本来超空間ゲートは惑星の重力圏内だとその重力にひっぱられて安定しない。あの銀竜がおかしいのである。
いくらなんでも規格外すぎて理解の外だった。
「超空間ゲート安定しました」
「よし、出航!」
艦長の合図に従って、エンジンが光の尾を引く。そのまま輝く流星のように飛び出した船が超空間ゲートに突入し、宇宙に煌めく光の六華を生み出して……そして、消えた。
主観時間ではほんの一瞬。
数秒の間に、幾千幾万光年を飛び越えて、人と船とフレンドは、銀河の果てに。
現実空間に飛び出した船の先には、輝く海洋惑星“ティターニア”の姿があった。
「おぉー……あれが、ティターニアかあ」
『ピピルピ』
アースと二人、部屋の窓に張り付くようにして外を見る。厚さ10m以上になるというアクリル板だが、そんな厚さを感じさせず、宇宙に漂う水の星をクリアに私の目に映してくれている。
海洋惑星ティターニア。ミストルティン達の母星であり、今回の旅の目的地だ。
「うーん、なるほど。ほんとに海しかねえ。陸がないのか」
『ピッピルピ』
「ははは、海中だったらお前も得意そうだな。空飛ぶ感じでばしゃばしゃーってね」
私の体にまとわりつくようにしてしがみついてくるアースの爪を撫でながら、二人で一緒に星を見る。
ティターニアは、一言でいうと黒と青のまだら模様になっていた。どす黒いコールタールのような中に、透き通ったクリアブルーの海域が点々としている。
それは残念ながら、深度による違い、という訳ではないらしい。
黒い部分は、侵略宇宙人によって汚染された海域だという。青い部分は、マザーツリーで浄化が進んだ部分、という事らしい。
「思ったよりひでー事になってんな。あとでちょっと気合いれて浄化するか……」
『ピピルピ? ピィ』
「いや、お前の力でも汚染は除去できるだろうけどさ。たぶん星の皆さんぶったまげて失神しちまうからさ……。あんまり刺激的なのは避けとこう」
そもそも、アースの真の能力はまだ秘密にしてるしな。宇宙連合の皆さんはアースの特殊能力を“超次元ゲートを自在に開ける事”って思ってるっぽいが、うん、ごめん。それ副産物なんだ。
正確にはそれができるだけの演算能力とエネルギーを攻撃的に、悪意をもって用いた場合どうなるかって事なんだけど……人類ならぬ宇宙連合にもそれは早すぎる力だ。
私は三度目のプロメテウスの火をこの世界に持ち込むつもりはない。人間、追い詰められたら何でもやるからな。
「できるだけ、お前の力は内緒にして……待て。お前、今、なんで顔そらした?」
『ピィウルルル?』
「かわい子ぶっても騙されんぞ!! 私の知らない所でなんかやんちゃしたな!? 吐け、吐きなさい!」
しらばっくれるアースの首を掴んでガンガンと振る。
そうする間にも、黒と青の星は、どんどんと近づいて大きくなっていった。
ミストルティン。
彼らについて、今一度確認しよう。
その名前の由来は、地球においてホヤという生き物が、時にヤドリギに例えられた事から来た。
これを言い出したのは、ほかならぬミストルティン達である。人類との接触後、彼らをどう呼称するか悩んでいた頃、地球のデータベースを読み漁っていた彼らから言い出した事である。
どうやら彼らは、地球文明における“神話”のスケールの大きさと儚さにいたく感銘を受けたようで、その神話の中において特別な立ち位置を与えられたヤドリギと、自分たちが似ている、という事に何か運命的なつながりを感じたとの事だった。
そんなミストルティン達だが、見た目はほんとに、でっかいホヤ、といった感じである。
もともとティターニアは、命に満ち溢れた生命のスープのような星であった。そんな海に生まれ育ったミストルティン達は豊富な栄養を糧に、脳細胞を強く発達させた。彼らはそれによって非常に強い脳波動を獲得し、それによって仲間同士で交信を行っていた。それはやがてどんどんと複雑化していく、ついには彼らは自らの精神領域に、ある種の仮想現実を作り出すまでに至った。
人類が家を建て、寄り集まって村を作り、国を作る……それと同じ発展を、彼らミストルティン達は自らの精神の中で行ったのである。やがて数を増やし、念を強める彼らのネットワークは、ただの電波の重なり合いではなく、この宇宙において確かな領域……地球人類にわかりやすく言えばクラウドネットワークとでも呼べるものに到達した。原理としては、フレンド……否、フレンドシップ達の超空間ネットワークに近いだろうか。もちろん、時間や空間を超越したそれとは比較にならないものではあるが。
ともかく、そのクラウドネットワークの形成によって、それまでは構成する一個体が失われればそれの持つ情報が失われていたのに対し、ネットワーク上に情報を残せるようになった事で、彼らの文明は一気に発達した。過去の英知を、失敗を、己が経験の事のように体験できるようになった事で、彼らは急速に知的生命体として進化を遂げた。
外見上では、海に沈む無数の固着生物にしか過ぎない彼ら。しかし今となっては彼らは非物質世界の支配者であり、それを通じて惑星の環境をもコントロールする星の頂点に君臨するもの……霊長となったのだ。
しかし、その栄光と平和も、永遠には続かなかった。
侵略宇宙人の来訪。
ミストルティン達は、すぐに彼らの邪悪さを理解し、彼らに対して抵抗を行った。脳波動を兵器として用いて攻撃し、さらにはティターニアに生息する巨大な肉食性海洋動物をコントロールし、侵略者に差し向けた。侵略宇宙人側も、脳波動に抵抗できるアイドール・オーダーを中心に、動物兵器にはセンチネル・オーダーをぶつけるなどして相性を克服して攻撃を行ったが、全ての個体がネットワークでつながりあい、意思を同じくする鉄の結束で立ち向かうミストルティン達に、苦戦を強いられる事となった。
地球人類と違って。そしてそれが、彼らの命取りになった。
奴らに名誉や誇りといった概念は存在しない。侵略者の謳う栄誉やプライドは、あくまで自分達の間だけのものであって、他者と共有するものではない。ゆえに、第三者から見てもどれだけ恥知らずな行いであっても、彼らは平然とそれを実行する。
侵略宇宙人が行ったのは、海洋汚染だ。ミストルティン達に勝てないからと、惑星の環境そのものを破壊する事で、彼らを殲滅しようとしたのである。
残念ながら、これは確かに致命的なまでに効果的な戦術だった。母なる海を汚染され、ミストルティン達は急速に数を減らしていった。それに伴い、組織的な抵抗も困難になり、多くの個体が汚染された海のヘドロとなるか、侵略宇宙人達に捕縛され脳髄を引きずり出され、ドローンの材料にされていった。
もはやこれまで、と生き残ったミストルティン達が覚悟を決めた時。しかしそこに、救いの手が伸ばされた。
宇宙連合の艦隊である。
彼らが来たのは、偶然ではない。数か月前から、謎の電波を受信していた彼らは、その発信源を求めて、惑星ティターニアにやってきていた。その電波はもちろん、ミストルティン達の一部が、最後の希望をかけて宇宙に発信していたSOSである。救いを求める声は、正しく心ある者達に届いたのだ。
当初はミストルティン達の事を理解できなかった宇宙連合艦隊だが、彼らは惑星を汚染する侵略宇宙人の部隊を見るなり、噴火する溶岩の如き怒りをもって侵略者に襲い掛かった。戦闘艦がラムアタックで侵略者のドロップシップを粉砕し、揚陸艦から乗り込んだフレンド達が侵略者達を血祭に上げていく。もともと地上に戦力の大半を差し向けていた事もあって、不意打ちを食らう形になった侵略者は壊滅状態に追い込まれ、ほうほうの体で撤退していく事になる。
こうしてミストルティン達全滅の危機は退けられたが、しかし、このままではどのみち彼らは絶滅する。
それを救ったのが、マザーツリーの枝である。連合艦隊から提供されたこの枝を惑星に植え付けた事で、汚染された環境はわずかながら、息を吹き返した。
それと同時にフレンドの卵が孵化した事で、この惑星に多数生息する現住生物が知的生命体である事が発覚。以後、宇宙連合と長きにわたって交流を続けてきた、という事である。
そんな惑星の浄化状況だが、今現在は30%ほどが浄化されている。そのおかげで、現地の生態系も壊滅を逃れ、今となっては宇宙最大の海産資源の輸出星である。生命のスープ、という表現は伊達ではなく、まだ浄化が半分にも満たない今の状況でさえ、他の星に輸出して余りある水産物漁獲量を誇っている。地球においても、海の生態系がほぼ壊滅した事もあって、海産物、といえばこの惑星ティターニアから獲れた物を指すほどだ。
しかしながら、ミストルティン達がそのまま在住するには厳しいのも事実。環境回復を優先したのもあって、ほとんどのミストルティン達は惑星を引き上げ、提供された宇宙船の水槽に移り住んでいる。その後生まれた、2世、3世のミストルティン達には、広い海を知らない個体もいるという。
そんなミストルティン達と、その母星であるティターニアを、ビッグママが訪れる。
そこで何が待ち受けているのか、予想できる者は誰一人としていなかった。
ただ一人……否、一匹。限りなく神に近い視座を持つ、一匹の銀竜を除いては。
『ピルルル……』
「ん、どしたん、アース。今度は急に涎なんかたらしちゃって。美味しい物でもあるの?」
『ピッピルルゥ!!』
まあもっとも、その視座の使い道はなんか間違ってる気がしないでもないのだが。




